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第四話  美愛は母に

「すみません、今日の予約をしていた山内と申します。

 この席を教えて頂けませんか?」


 いかにも高級そうなホテルのロビー。

 受付カウンターに居たフロントの女性に1枚の紙を手渡す。

 先日弁護士から来た紙には、今日の時間と面会場所が書かれていた。


 一人でホテルに来た事なんか一度もないので勝手が分からない。 

 ましてや、ここは地元でも有名な高級ホテル。

 17歳の私が気後れしてしまうのは当然だ。


「ラウンジの個室ですね、どうぞこちらに」


 受付カウンターを出て来るフロントさんに促されるまま後に続いた。


「こちらになります」 


「ありがとうございました」


 フロントさんに頭を下げる。

 ロビー横の開放的なスペースから少し離れた場所にその部屋はあった。


 扉の向こうに母が居る。

 6歳から一度も会って来なかった母が、ここに。


「…はい」


 扉をノックすると返って来たのは母の声。

 懐かしさより、こんな声をしていたのかという気持ちになった。


「失礼します」


 扉を開ける。

 室内に置かれた大きなテーブルと四脚の椅子。

 そのひとつに座っていた女性が立ち上がり、私を凝視した。


「…み、美愛なの?」


 女性…いや母が私に駆け寄る。

 名前を呼ばれた事に嫌悪感は無い。

 それは久しぶりだから?

 よく分からない。


「はい、そうです」


「お…大きくなって」


「17歳ですから」


 感極まった様子の母は私の手を握る。

 その手は随分小さく感じた。


「そっか…もう高校生だもんね」


「高三になりました」


「まさか…その制服は?」


 母はようやく気づいたようだ。

 制服でここに来たのには二つの理由がある。

 高級ホテルにどんな服装で行けばいいのか分からなかったのと、


「…北静高校なの?」


「はい」


「…勉強頑張ったのね」


「どうでしょう?」


 制服のカッターシャツに刺繍された校章に母が気づく。

 北静は地元で一番偏差値が高い名門校。

 この街の出身である母も当然知っているだろう。


「そっか…凄いわね」


「ありがとうございます」


 僅かに複雑な表情を浮かべる母は、北静高校を落ちていた。

 別に母のリベンジや、意趣返しをしたかった訳じゃない。

 優馬と一緒だったから、頑張った結果に過ぎない。


「座っても良いですか?」


「あ、そうね…座って話をしましょ」


 冷淡に感じるかも知れないが、どう接すれば正解なのか、ますます分からなくなって来る。


「何か飲む?」  


「ホットレモンティをお願いします」


「分かった、少し待ってて」


 母は部屋を出る、ラウンジに飲み物を注文しに行ったのだろう。

 数分後、母は部屋に戻って来た。


(化粧を直したんだ)

 そんな事をボンヤリ考えていた。


「…美愛」


「はい」


「…みんな元気してる?」


「ええ、みんな元気です」


「…そう、良かった」


 全く会話が弾まない。

 母は私を伺うようにしか喋らない。

 こっちから話を振ったら、トゲが出やしないか…


『美愛、言いたい事や聞きたい事は、ちゃんとした方が良いよ』

 優馬の言葉が脳裏に浮かんだ。


「母さん」


「な…なに?」


 母と呼ばれ、母さんの表情がピクッとする。

 嬉しいのかな?

 それとも意外だったのか。


「再婚したんですか?」


「な…なんの事?」


 母は驚きながら私を見た。


「だって指輪してるし」


 母の左手薬指に填められている指輪が。


「ち…違う、これはお父さんと結婚していた頃の…」


 必死な母の様子に心が冷えていく。


「別れたのに?

 お父さんとは離婚したから他人でしょ、なのになんで?」


「そ…それは」


 夫婦の証としてが結婚指輪の意義じゃないの?

 自分から断ち切っておいてなお、指輪をしている母に怒りが込み上げた。


「ごめんなさい…不快な気持ちにさせるつもりなんか無かった」


 指輪を外しながら項垂れる母。


「この時間だけでも、家族だった頃に戻りたかったの」


「今更だよ」


「…そうね、ごめんなさい」


 謝罪を繰り返して欲しい訳じゃない。

 そんな惨めな姿を見たいんじゃない!


「なんで急に面会を?」


「それは来月で美愛の養育費が終わるからよ」


「そうでしたね」


 確かに私の養育費は18歳の誕生日までだ。

 だけど、それだけじゃないよね?


「それなら今日の面会理由は果たせたね、今までありがとう」


「ち、ちょっと待って」


 母は立ち上がりかける私を止める。

 言いたい事があるなら早く言えば良いのに。


「お母さん、今度本社に帰って来たの」


「そうでしたか」


「だから近くに住む事になるの」


 やっと言ったね、父さん達に調べて貰って事前に知ってたけど。


「なんでお父さんと離婚してから、別の人と再婚しなかったんですか?」


「は?」


「答えて下さい」


「不倫する女に幸せなんか…」


「嘘ですね、離婚してから付き合った人が何人か居たでしょ?」


「な…なんで?」


「調べたから」


 どんなに隠そうとしても、秘密はバレる。

 なにしろ母は新卒以来ずっと同じ会社に勤めているんだ、関係者も多く居て、調査の結果、沢山の証言が得られた。


「7年前だって私達に面会を頼みましたよね?

 あの時もお付き合いしてた人が居たと、最近聞きました」


「…あったわね」


 直ぐに思い出したか。

 7年前、母は大病を患って大きな手術をする事となり、私達家族に面会を申し出たんだ。


「…だから、みんな面会を断ったの?」


「こっちはそれどころじゃなかったんです」


「私を許せなかったからじゃ無かったの?」


「もちろん、それもありました」


「じゃなんで?」


「言いたくありません」


 あの時は優馬の母さんが出ていった頃で大変だった。

 私達家族は優馬の家族を助けるのに必死で、面会どころじゃなかった。


 母の離婚の時、私を奈落から助けてくれた優馬のピンチに家族は一丸で弁護士の手配や心身のケアに奔走していた。


「私がどれだけ心細かったか」


「自業自得でしょ?」


「…う」


 追い打ちになってしまったか。


「どうして再婚しなかったんです?」


「…病気が見つかって別れたのよ」


「なるほど」


 つまり今度は母が捨てられたのか。


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