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第十二話 父は二人に 

長いから分けます。

 指定したホテルの個室ラウンジ。

 緊張からか喉が渇く。

 テーブルに置かれた水で喉を潤しながら待つ。


 優馬は母に対する気持に整理をつけた。

 本来なら俺が息子を守らねばならなかったのに、何も出来なかった。


 絶望で何も考えられず、浮気相手から良いように条件を叩きつけられてしまった。

 最初は本当に酷い条件だった。

 それでも最終的に何とか離婚条件を整える事が出来たのは、山内(美愛ちゃんの家)さんが優秀な弁護士を紹介してくれたお陰だ。


 結局俺は霞と向き合わず、一度も腹を割らないまま全てを終わらせてしまった。

 それが優馬を8年も苦しめていたとは、なんて情けない父親だ。


 美愛ちゃんの母がやらかした不倫の例があったのにも関わらず、自分の妻は大丈夫だと慢心していた。

 不倫に至る切っ掛けなんか、どこにでも転がっているのに。


 妻が男に言い寄られる可能性を考えたら、夫としてもっと注意を払うべきだったんだ。

 異性に言い寄られる経験は俺に限らず、誰にでもあるだろう。


 だが、大切な物を壊してはいけない。

 愛する家族を裏切り、傷つける事なんか出来ないと考えるのが理性ある人間。

 俺の考えを妻も共有していると思い込んでしまった。


「あの時のアイツ()は普通じゃ無かったんだ…」


 妻の変化に全く気付かなかった。

 性格を知っていた筈なのに、疑う事が出来なかった。

 絶対に変化はあったはずだ。

 俺は見落としていた、それが俺と息子は捨てられるという最悪の結果を招いてしまった。


「…そろそろのはずなんだが」


 時計は約束の時間を既に15分程過ぎている。

 弁護士を通じ、時間と場所は間違いなく伝えた。

 ここで別れた妻、そしてあの男と話を…


「川口様」


 部屋の扉がノックされ、ホテルスタップが俺の名前を呼ぶ。


「伊藤様がお見えになりました」


「ありがとうございます」


 どうやら来たようだ。


「…遅れました」


 扉が開き、元妻の霞が入って来た。

 8年振りの再会、少し老けたか。

 俺の3歳下だから、今年で41歳になる。


「旦那は?」


 入って来たのは霞だけで男の姿が見えない。


「は…はい、少し遅れると」


「それはまずいだろ」


 この先もう会わないと離婚した時、奴と取り決めた。

 今日は霞が優馬と接触して来た事について、男と話をつける為に呼び出したのだ。

 霞だけと話をする訳にいかない。


「すみません…私もここで待たして貰っても」


「君だけここで待ってなさい、旦那が来たら連絡を」


「ま…待って下さい!」


 部屋を出ようとする俺を霞が止めた。


「…少しで良いんです…話を」


「だから取り決めが…」

「私は同意してません!」


 霞は叫んだ。

 だが同意してなかったにしても、証書で交わした以上それは覆せないのだが…


「…お願いします…どうかお願い」


「分かったよ」


「…ありがとうございます」


 霞の涙に絆されたんじゃない、少しなら大丈夫だろう。


「で?」


 再び椅子に腰を着ける。

 込み入った話は避けよう。


「…元気でしたか?」


「なんとかな」


「そうですか…」


 俺の近況を探りたいのか?

 優馬から聞いた話では、霞は興信所を使い俺達を調べていたそうだが。


「そっちはどうだ?」


「……元気です」


「そうは見えないな」


 改めて霞を見る。

 高級そうなフォーマルドレスを身に纏い。

 髪は綺麗にセットされて、自然な化粧もひいているが、表情には隠しきれない疲れの色が滲んでいた。


「最近眠れなくって…」


「そうか」


 五日前にここへ来たというが、ずっと寝不足なのか。


「家に来たんだな」


「ええ…優馬と美愛ちゃんに会いました」


「二人は5年前から付き合ってるんだよ」


「はい……知ってます」


 調べているなら知ってて当然か。

 優馬と美愛ちゃんは、幼馴染から恋人になった。

 互いを支えあい、思い遣る姿は親として頼もしく…羨ましくもある。


「…(真奈美)もすっかり二人に懐いて」


「聞いたよ」


 優馬と美愛ちゃんが真奈美ちゃんを受け入れたのは、何か期する物があったのだろう。

 俺には分からない何かが…


「…ありがとうございます」


「何が?」


「優馬を立派に育てて下さり」


「…立派にか」


 確かに優馬は立派に育ってくれた。

 優しく、別け隔てなく人と接する事が出来て、親の俺から見ても……かなりモテるんだよ。

 それが美愛ちゃんには悩みの種でもあるみたいだが。


「わ…私が居なくなって……その…」


 言いたいことは分かっている。


「大変だったよ、特に食事が」


「…すみません」


「いいよ、全部任せっきりの俺も悪かった」


 食事は全部妻に任せっきりはまずかった、俺も協力をするべきだった。

 食欲はない、作るスキルもない。

 かといって、食べに行く気力もない。

 当時、俺と優馬はかなり痩せてしまった。


「そんな事ない!

 私があんなバカな事しなければ…」


「今は俺も少しは炊事を覚えたんだ」


「あなたが料理を?」


「山内さんに色々と教えて貰って」


「そうでしたか…」


 美愛ちゃんの父である政志さんは、かなり料理が上手い。

 彼の手解きで簡単な物なら作れるようになった。


「美愛ちゃんも優馬の為に、毎日ご飯を作りに来てくれてたんだ」


「美愛ちゃんが?」


「そうだよ、美愛ちゃんの家族は優馬と俺の身体を心配してくれて」


 美愛ちゃんが優馬を支えてくれなかったら、今も立ち直れなかっただろう。

 そして俺も、山内さんの家族が居たから今がある。


「…山内さんの家族が」


「複雑かい?」


「そんな事…」


 言葉と裏腹に霞は表情を一層曇らせる。

 山内さんの元妻(史佳)が浮気をした時、霞はショックを受けていた。


『なんで史佳さんは家族を一番に考えられなかったの…』

 そう言った自分が、三年後に同じ過ちをした。


 加えて立派に成長した息子に自分は全く何の役にも立たなかったのを歯痒く思っているのだろう。


「……何を間違ったのかしら」


「何をって?」


 何って、分からないのか?


「自分から家族を裏切って…勝手に絶望して…でも生きていくしかなくって…」


「まあ……そうだな」


 こっちが聞きたいよ。

 君は何を考えていたんだ?


「分かってる、自分は最低最悪の人間だって!

 くだらない物に目が眩み、本当に大切な家族を傷つけ捨てたゴミクズなんだって!」


「今更懺悔か?」


 遅すぎる、どれだけ時間が経ったと思ってるんだ。


「そうよ懺悔よ!

 償う事も謝る機会すら与えられなかった女のね!!」


「そうか…」


 離婚の話に、知らないままに条件を決められたのか。

 話す機会を壊したのは武左夫だろう、全てが仕組まれていたんだ。


「…俺も踊らされた」


「貴方も?」


「まあな…」


 絶望に沈み、何も考えられない俺は奴の言う事に心をズタズタにされた。


「アイツは何を言ったの…」


「それは…」

「霞!やってくれたな!」


 扉が乱暴に開くと同時に1人の肥満男が部屋に入って来た。

 誰だコイツは?


「……あなた」


「まさか?」


 怒りに満ちた霞の声。

 コイツがあの伊藤武左夫?

 確かに面影はあるが、8年で随分と肥ったな…


「よくも空港で待ちぼうけを食らわせてくれたな!」


「そうよ悪い?

 あなたに余計な口を挟まれたく無かったのよ」


「なんだと!!」


 いきなり喧嘩とは……

 しかし霞はさっきまでと雰囲気が全然違う。


「とにかく落ち着いて」


「黙れ!

 だいたい貴様は霞と今後一切会わない約束だったろうが!!」


「まあ…そうでしたね」


 唾を飛ばすなよ。

 しかし凄い臭いだ、香水に加齢臭が加わったらこうなるのか、いや肥満が…もしかしたら体調でも悪いのか…


「なにがおかしい!

 約束違反したんだ、相応の覚悟は出来てるんだろうな!!」


「違反ですか…」


 今後、一切の交渉はしないと確かに証書を交わした、しかし罰則は特に明記してなかったが。


「そんなの無効よ!

 だいたい離婚の時、彼に何を吹き込んだの!」


「お前が知る必要はない!!」


 参ったな、ホテルも迷惑になるし、そろそろ頭に来た。


「お前ら…いい加減静かにしろ」


「……な…な……」


「ご……ごめんなさい」


 どうやら落ち着いてくれたか。


「さて話をしましょう、伊藤武左夫さん」


 武左夫を座らせ、ホテルのスタッフに謝罪をする。

 これからが本番だ。

 俺が先に進む為、後悔を断ち切るのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] > 今後、一切の交渉はしないと確かに証書を交わした、しかし罰則は特に明記してなかったが。 お見事です! 理屈をゴネる上級国民を凹ませてください! [一言] 真奈美の改名 「まな」は「愛」…
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