虐げられたて貢物として贈られた私は、魔王様の隣で本当の幸せを掴み取る。
異世界恋愛小説短編コンテストに出した短編の作品です!
遥か昔、人間と魔族の間で戦いが続いていた。
その際、大賢者によって創られた結界によって人間たちの住む街は守られ、人間たちは平穏な生活が送れるもようになっていた。
しかし、結界の力が弱まったのか、最も守るべきはずの王都の結界が崩壊してしまい、いつ魔族の侵略を受けてもおかしくないという状況になっていた。
「エリーよ。お前の身柄は魔王軍に引き渡すことにした」
そんな世界で久しぶりに地下から出られたと思った矢先、私は謁見の間で衝撃の言葉を告げられた。
「……お父様、身柄を引き渡すとはどういうことでしょうか?」
「そのまま意味だ。それと、気軽にお父様などと呼ぶでない。お前はこの世に生まれていないということになっているのだからな」
「はい……申し訳ございません。エリザベス王」
私は少しだけ上げた顔を強く睨まれて、すぐに頭を深く下げ直した。
そう、私はこの世に生を受けていない。エリザベス家の長女は私の妹であり、エリザベス家の子供は妹のオリバだけなのだ。
王家の生まれのはずなのに、着ているのは薄汚れた白色のワンピース一枚のみ。手入れなどできていない、長くなっただけの黒髪を垂らしている様はどこかの囚人と大差ない。
「これもオリバの案だ。オリバに感謝するのだな」
「……オリバが」
「第一王女を呼び捨てとは相変わらずみたいですね、お姉さま」
不意に後ろから声がして振り向くと、そこには派手な色のドレスに身を包んだオリバの姿があった。
金色の派手な髪に派手なドレスという目がチカチカしそうな組み合わせだが、本人はイケてると思っているらしく、大きな目を細めて私を見つめていた。
汚らわしい物を見る目つきと、私のこれからのことを想像して緩んだ口元がとても愉快気だった。
「ずっと薄暗い地下にいるくらいなら、汚らわしい魔族にその身を捧げた方がいいのではないかと提案しただけです。汚れた血同士、お姉さまも魔族との方が仲良くできるんじゃないかと思いまして!」
オリバが口にした汚れ血というのは、黒い魔力のことを示している。
私はこの世に生まれた瞬間、忌まわしき魔族と同じ黒い魔力を持っていると神官に言われて、私は忌まわしい存在として今まで扱われてきた。
稀に生まれると言われる魔族と同じ黒色の魔力を持つという子は、生まれたという事実を隠されたままひっそりと処分される。
幸か不幸か、私が王族の身であるため処分されるようなことはなかった。
ただ幼いころから日の当たらないところに監禁され続ける生活は、生きていると言っていいのか微妙な所だったとも思う。
そして、そんな私に嫌がらせをして楽しむのがオリバの趣味の一環だった。
そんな惨めな生活から解放される。
その先に待っているのが魔族だとしても、今の状況から抜け出せるのなら私は喜んで出ていくことを選ぶ。
「……分かりました」
「せめてもの餞別として、少しは身なりはまともにしていけ。そんな奴隷のような格好でいかれては、王家の名が廃るからな」
別に、したくてこんな格好をしている訳ではない。
そんなことを考えながら、私は反論することもなくお礼の言葉を述べてその場を後にしたのだった。
私の魔王軍への引き渡しは想像以上に簡単に済まされた。
手錠を付けて拘束された状態で他の金品類と一緒に荷物のように運ばれたのだから、引き渡しも簡単だっただろう。
そして、魔王との初対面に恐れながら顔を上げてみると、開けられた扉の先にいた玉座に座っていたのは――眉目秀麗な青年だった。
銀色に輝くサラサラな髪に、エメラルドブルーの瞳。綺麗な鼻筋にきりっとしている眉は男らしく、それでいて全体体に中世的な容姿をしている。
この人が、酷く醜くて野蛮な存在と噂される魔族を率いる魔王様?
「人間の娘を寄こせなど言ってないぞ。どうなっているんだ、セバス」
魔王様はセバスと呼ばれた藍色の髪をした青年と何かを会話しているらしく、やがて渡された紙をくしゃりと音を立てて潰した。
「っ! 何を考えているんだ、あの王は」
眉間に皺を寄せて何かを睨むような目つきをした魔王様だったが、ようやく私のことに気づいたらしい。
「……ルーカス。その手かせをすぐに取って差し上げろ」
「かしこまりました」
ルーカスと呼ばれた私をここまで連れてきてくれた筋骨隆々な魔族は、見かけに似合わず優しく手錠を外してくれた。
そして、私は手錠を外してもらってすぐに、そっとその場に片膝をついて頭を下げた。
「お初にお目にかかります。エリザベス・エリーと申します」
「ああ、魔王のディアベルだ。すまんな、何かの手違いがあったらしい。すぐに王城まで送り届けよう」
「こ、困ります、魔王様」
「困る?」
「あっ、いえ」
思わず発してしまった私の言葉を受けて、魔王様は少しだけ眉をひそめるようにして私を見つめていた。
おそらく、今回を逃したらもう二度と日に当たる所での生活はできない。
「……何でもするので、私をこの場所に置いて頂けないでしょうか?」
しばらくの間続いた静寂の後、少しだけ顔を上げてみると、意外そうな顔をしていた魔王様の顔色が少しだけ変わった気がした。
「詳しく話を聞こうか」
「はい……」
じっと瞳の奥を覗き込むような魔王様の瞳を前に、私は正直にこれまでの境遇を話した。
私の生い立ちから、これまで受けた扱いについて。面白くもない話だったのだが、魔王様はそんな私の言葉を真剣な眼差しで聞いてくれていた。
「なるほど、随分と苦労をしてきたんだな」
そして、それらの話を話し終えた後、魔王様はしみじみとした様子でそんな言葉を漏らした。
こんな真剣に話を聞いてもらった覚えがなかったので、私は痛みすらも共有してくれるかのような魔王様の優しさに、胸の奥の方を熱くさせていた。
「魔王様、黒色の魔力を持った人間ということは……」
「ああ。前言撤回だ。悪いが、君を送り返すのはやめた」
その目は先程までと違い、どこか興味深いものを見つめるような微かに熱を帯びたものになっていた。
「エリー、俺のモノになる気はないか?」
「……はい?」
ただの道具としてお父様に送られたはずの私に提案されたのは、思いもよらないプロポーズの言葉だった。
突然のプロポーズを受けた私は、何も分からないまま魔王様に魔王城の最上階へと連れてこられていた。
「ここだ、エリー」
「……あれは、何ですか?」
その部屋に連れていかれると、部屋の真ん中には大きな柱のようなものがあった。
私がなぜ突然ここに連れてこられたのかも分からずに小首を傾げていると、魔王様は私の前を歩いてそっとその柱に手を置いた。
「エリー、ここになんて書いてあるか読めるか?」
「これですか? えっと……え、大賢者イリス?」
大賢者イリスというのは、昔人間の住む街に魔族が簡単に侵入できないように大々的な結界を作った大賢者様の名前だ。
「なんで、イリス様の名前がここに?」
「イリスの名前の前にモーリスと書いてあるだろ? モーリスというのは、俺の家の名前だ」
「え、それって……」
「そうだ。大賢者イリスは、魔王と婚姻関係にあったということだ」
魔族と人間の世界を分けるための結界を作った本人が、その魔族のトップである魔王との婚姻関係にあったってこと?
「歴史書によると、イリスが現れる前までは魔族も人間も同じ街で暮らしていたらしい。俺は、そんな平和な街づくりをしたい」
「平和な街、ですか」
私たちが知っているはずの魔王や魔族の考え。
それとはまるで違っている夢を語る横顔は、覇権争いを繰り広げる人間たちと比較することも失礼なくらい、綺麗な顔をしていた。
「ああ。そのためには、いつか街の結界を壊さなければならない。片方が脅えて結界に閉じ籠っていたら、共に暮らしているとは言えないからな。そして、大賢者イリスと同じ魔力の色を持った人間と魔王の魔力によって、街の結界を解除することができるらしい」
「同じ魔力の色?」
「エリーの持っている黒色の魔力のことだ」
「え、黒色の魔力って汚れ血なのではないのですか?」
「まさか、魔力を扱う者の中でも、一番魔力の使い方に秀でている者の色だよ」
「秀でている? え、でも、私の国では――」
次々出てくる初めて聞く情報に飲まれそうになって、私の頭の中はパンクしそうだった。
そんな混乱した状態で魔王様を見てみると、魔王様は私よりも頭一個以上も大きな身長から私のこと見つめていた。
「エリー、俺の夢に協力してくれると言うのなら、俺は君に残りの人生の全てと富や名声を与えよう。だから、イリスのように俺の妻になってくれないだろうか?」
「そ、それって……」
これって、完全にプロポーズって奴だよね?
「だから、俺と今の世界の形を壊す共犯者になって欲しい」
整った顔に見つめられて自然と心臓の音は速まるのだけれど、どこかロマンチックにかけているなと思った。
それはおそらく、私と結婚したいからするプロポーズではないからだ。私の力を頼りに、自分の夢に近づくためのプロポーズ。
普通の女の子なら、不満に感じるかもしれない言葉だったけれど、私の場合は生まれてからずっと誰かに求められるということがなかった。
煙たがられて、軽蔑される視線を受け続けた日々。
そんな中で、奇跡的に私を求めてくれる人に出会った。それが人ではなくて魔王であっても、自分が求められているということに小さく心が躍っていた。
「……私でよければ、よろこんでお受けいたします」
私のように黒の魔力を持ったというだけで迫害される人を減らせるかもしれない。
そんな思いが私の背中を押して、私は差し出された魔王様の手に自分の手を重ねた。
こうして、私は魔王様からのプロポーズを受けて婚約したと同時に、今の世界の形を壊す共犯者になったのだった。
「これが夕食ですか……」
それから、私は大き過ぎる一人部屋を用意してもらって、そこで御付のメイドのルーナさんと夕食までの時間を過ごした。
そして、待ちに待った夕食の時間。私は座り心地の良い椅子の上に腰を掛けて、感動をしてそんな言葉を漏らしていた。
「ああ。気に入ってもらえると嬉しい」
部屋にあったフルーツを全部食べずになんとか我慢して数時間後、セバスさんに連れてこられた部屋の机の上には、多くのご馳走が並べられていた。
見てすぐ分かるくらい手の込んだお肉やお魚の料理に、色とりどりの野菜たち。そして、唾液を含ませないでも柔らかそうな出来立てのパン。
見ているだけで食欲を強く刺激されてお腹の音がなってしまい、その音を聞いたディアベル様は小さく口元を緩めていた。
「それでは、冷めないうちにいただくことにしようか」
私のことを気遣ってくれたのか、先に料理に手を付けたディアベル様に倣うようにして、私も少しずつ目の前にある料理に手を付けていった。
「お、おいしい……」
一口料理を口に運ぶと、パッと花が咲いたかのように閉じていた味を感じる器官が開いていくような気がした。
今まで食べていた物と言えば、ぱさぱさで硬くなった小麦のパンか、雑に塩だけで味付けがされたお湯のようなスープ。
そんな食事をしていただけに、色んな味覚を楽しめる本来の料理というものに衝撃を受けていた。
気がつけば、私は無我夢中で目の前に置かれていた料理に手を伸ばしていた。
少し遠くの料理に手を伸ばそうとしたとき、不意に目の前にいるディアベル様と目が合った。
そしてそのとき、私はピタリと料理に伸ばしていた手を止めた。自分がしでかしてしまったことの大きさに気づいたからだ。
「も、申し訳ございません! あまりにもはしたないことを――」
「気にすることはない。見ているこちらが幸せになる良い食べっぷりだ」
「し、幸せにですか」
「それに、君はもっと食べた方がよい。心配になるくらい細いのだから」
なんでだろう。ディアベル様の夢のために婚姻をしたと分かっているはずなのに、自分の心臓が少しだけ早く鼓動を刻んでいる。
そんな優しい顔をされると、思わず勘違いでもしてしまいそうになるってしまう。
「エリー、明日の午後にドレスを仕立ててもらおうと思うんだけど、どうかな?」
「ドレス……えっと、どなたのですか?」
「もちろん、エリーの分だよ。明日にでも業者に来てもらおうと思うんだ」
「お、お気遣いただなくても大丈夫です! お洋服は何着か持っておりますのでっ」
「エリーの境遇を聞いて、こちらで全て新しい物に買い替えた方がいいと思ってね。あまり思いだしたくない思い出もあるだろ?」
「で、ですが」
断ろうとしたのだけれど、確信を突くようなディアベル様の言葉を前にして、私は何言えなくなってしまった。
もしかしたら、サイズが少し合っていないドレスから何かを察してくれていたのかもしれない。
「気にしないでくれ。俺がしたいからそうするだけだ。だから、俺のわがままに付き合ってくれると嬉しいな」
「……ありがとうございます」
心の奥の方がじんわりと温かくなるような優しさを前に、私はただ静かに頷くことしかできなかった。
「良い娘だな、エリーは」
エリーから聞いた話によると、人間たちの間では我々魔族という物は醜い容姿をしていて野蛮な生き物らしい。
だから、魔族が俺やセバスのように人間よりも綺麗な顔立ちをしている魔族がいるとは思わなかったらしい。
彼女の言葉には嘘偽りがまるでなく、素直な子供のようにまっすぐな目をしていた。
それでいて、時折女性を感じさせるような表情を浮かべるのだから、その緩急には少し参ったものだと思っていた。
「驚きましたよ。まさか、ディアベル様が婚約する日が来るとは」
「どういう意味だ、それは?」
「そのままの意味ですよ」
少しだけジトっとした目をセバスに向けてはみたが、セバスは何か間違ったことを言っていないといった様子でむしろ反論していた。
確かに、これまで結婚相手として多くの魔族を紹介された。
容姿が整っていて、魔族としての家柄も良い家の娘だっただけに、その紹介をことごとく断られた身としては言いたこともあるのだろう。
俺も初めはただの人間の娘だと思って、エリーのことをすぐに返そうとした。
「……エリーは、恐ろしく透明度の高いマナをしているな」
しかし、初めてそのマナを見にした時、俺は少しの間体が固まってしまっていた。
俺はそこまで魂が汚れていないマナを持つ者に会ったことがない。
マナというのはその者の生命エネルギーのような物。その者が生きてきた色に変わっていくので、その者の生きてきた軌跡として見られることが多い。
エリーは王族とは思えない境遇で虐げられながら生きてきたみたいだった。当然、人を恨むことだってあったと思う。
それでも、そんな扱いを受けてきても純度の高い汚れてないマナを持つエリーは、心の芯から優しさに満ち溢れた存在だということが分かった。
「それでいて黒水晶のように綺麗な瞳に、艶やかな黒髪。強く抱き寄せれば壊れてしまいそうなほど華奢な体をしている」
満足いく食事を与えて貰っていなかったせいか、体は心配になるくらいに細い。それでも、どうしても元の顔立ちの良さは隠せてはいなかった。
時折見せる頬に朱色を引いたような表情は魅力的で、つい口元が緩んでしまいそうになる。
そんな女性には心身ともに健康になって欲しい。そう思うのが当然だろう。
「……ただちゃんと夫らしい振る舞いができているのか、それが少し不安ではあるがな」
「はぁ」
「セバス、なぜそんな顔をする?」
「いえ、そうですよね。狙ってやっているのなら、でき過ぎていると感心していました」
セバスは俺が真剣な顔で心配事を吐露したというのに、うな垂れるように溜息を吐いていた。
何かに気づいてしまったとでもいうかのような反応だけに、余計にその反応の意味が分からなくなる。
そんな俺の視線に気づいたのか、セバスは小さく息を吐いて少し脱力したような笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、きっと今のままで」
「そうか?」
セバスは俺のことを良く知っているし、どんな相手でも言うことは臆することなくしっかりと伝えられる男だ。
そんな男が自信のある顔でそう言ってくれているのなら、問題はないのだろう。
それでも、『夢のために』という言葉を使って婚約をしたのは、少しだけ卑怯だったかもしれない。
そんなことを静かに考えてしまっていた。
まるで、それ以外の意味があるような考えを前に、俺は少しだけ緩んだ口元を片手で隠した。
「ディアベル様、ご報告がございます」
「いや、すまない。今はエリーと話をしているんだ。後にしてもらっていいか?」
「でぃ、ディアベル様。私にお構いなくお話していただいても平気ですよ」
仕事の合間に私の部屋にやって来てくれたディアベル様は、セバスさんの言葉を軽くいなして私との雑談に戻ろうとしたので、私は少し慌ててしまった。
魔王城に荷物同然に運ばれてきた私は、魔王城でディアベル様の妻としての生活を送っていた。
私が魔王城に来た翌日には、仕立て屋さんが着て私用のドレスを何着も仕立ててくれた。
今私が着ているのは、どこか気品高いような淡い桃色のドレスだった。
シンプルなデザインなのに、タダならぬ高級感があるのは多分造りの精巧さと滑らかな生地のせいだろう。
時々、ディアベル様の夢のために婚約をしたのだということを忘れそうになるくらい、ディアベル様との時間は楽しいものだった。
こんなに幸せでいいのだろうかと、時々心配になるくらいだった。
「エリーがそういうなら、いいか。……セバス、手短に頼むぞ」
「はい。以前から計画していた、王都の一角を人間と魔族が共に暮らす街にするという計画ですが、そちらは無事に完了しました。しかし、問題がありまして……」
「問題? 何があったんだ?」
「人間たちが魔族の住むエリアに近づかないので、どうしても人間たちと交流をするのが難しいそうです。共に暮らす街づくりができているかと言われると、怪しいですかね」
セバスさんの言葉を受けて、ディアベル様は顎に手を当てて深く考えるようにしていた。
この城で生活して、ディアベル様とお話をしていく中で私たちの魔族への印象というのは人間サイドによって都合よく作られたものだということが分かった。
魔族側が人間たちを支配するために攻めてきているというのも逆で、人間たちが魔族側に攻撃をしてきたらしい。
どうやら、この国にはまだ私が知らない偏見が多くありそうだ。
「あの、ディアベル様」
「どうした、エリー?」
「多分、その偏見を取り除くのは難しくありませんよ。ディアベル様とセバスさんがその街に偵察に行けば全て解決する気がします」
偏見があるなら、事実を突きつけて上げればいい。
醜悪な見た目をしている乱暴者。そんなイメージを払拭するには十分すぎる人物。それがここに二人もいるのだから。
「こうしてこの街に来るのは初めてだな」
「私もほとんど報告を受ける身でしたので、実際に街に来たのは久しぶりです」
「……あの、なんで私まで同伴する流れになったのでしょうか?」
薄桃色の高級感あふれるドレスに、御付のルーナに丁寧な化粧をしてもらった私は、魔王様の隣を歩いていた。
「これから主に人間が多くいる場所に行くのだから、人間が一緒の方がいいだろう?」
「確かに、そうですけど……」
「だが、すでに少しざわついているな。やはり、魔族は良く思われないのか?」
「いえ、というよりは逆ではないかと」
「逆?」
いつの間にか街を歩いている者が魔族から人間に変わっていくと、私たちに向けられている視線が多くなってきた。
その視線の多くは女性の熱っぽいものや、憧れる存在でも見るようなもので、魔族に対する偏見の籠った目を向けている人は一人もいないみたいだった。
それどころか、恋でもしているんじゃないかってくらいの目を向けてる人もいる。
「あ、あのっ、魔族の方、ですか?」
私たちが街を見ながら歩いていると、不意に可愛らしい女性に声をかけられた。
店の制服のような物を着ている女性たちが数人いて、その中の一人が勇気を出して話しかけてきたらしい。
「いかにも、少し人間の生活に興味があってね」
ディアベル様はその女性に少しの笑みを浮かべながら、そんな返答をしていた。
魔族の中でもその頂点に立つ魔王様なのだが、今回の視察では魔王ということは隠すことにしたらしい。
そんな事情を知らない女性たちは、魔王様をただの魔族だと勘違いしているようだった。
「でしたら、うちのお店をご覧になられませんか? 茶屋ですので、簡単なお菓子などもご用意してありますよ」
「ほう、人間の食文化か興味あるな」
「でしたら、ぜひこちらに!」
女性たちはディアベル様の手を引いて、そのままディアベル様を店の中に連れていこうとしていた。
「あっ……」
そこで今さらになって気がついた。
魔族に対する偏見がなくなったら、私以外の人間もディアベル様の魅力に魅かれて、私の手から簡単に離れていってしまうのではないかということに。
私は離れてしまいそうになった魔王様に手を伸ばそうとして、その手で虚しく何もない宙を掴んだ。
そうだ、私はあくまでディアベル様の夢の実現のための妻。それなら、ここはむしろ笑顔で送り出さなければならないだろう。
そんなことを考えていながらも、上手く作れない笑顔を隠そうと顔を俯かせたとき、ふと私の手を優しく温かい大きな手が触れてきた。
「エリー、この店に入ってみよう」
触れてきたディアベル様の手は、そのまま私の手を優しく包み込んで、軽く私を引き寄せた。
「は、はい」
私は突然近くなった距離に動揺を隠せずに声を上擦らせながら、そのディアベル様の手を少しだけ強く握り返していた。
今この瞬間を、この幸せを放したくないと本能が言っている気がして、私は確実に体の熱が上がっていくのを感じていた。
どうやら、私は気づかないうちに少しだけ我儘になってしまっていたみたいだった。
『どういうことよ……』
どこか聞きなじみのするような声が聞こえてきた気がしたが、それが聞こえないくらい、私の目の前にはディアベル様の姿しか映っていなかった。
「ディアベル様、エリザベス王がお見えになりました」
ディアベル様が部屋に来てくれて、他愛もない会話をしているとそこにセバスさんがやって来てそんな言葉を口にした。
先程までディアベル様と楽しい時間を過ごしていただけに、私は驚きと絶望で表情を歪ませてしまっていた。
「エリザベス王が? なぜだ?」
「エリザベス王の話によると、『一族の恥がとんだ無礼をかいたので、その謝罪に来た』と仰っています」
「……一族の恥だと?」
「でぃ、ディアベル様、私は大丈夫ですので。言われ慣れているので、なんともありません」
「エリー……」
ディアベル様に気を遣われないようにと思ってそんなことを言ったのだが、少し重かったかな?
ディアベル様は心配そうな表情で、私の頭を優しく撫でてくれていた。
「あと、我が娘を紹介したいとも仰っていましたね」
「娘を?」
首を傾げる二人に対して、私は嫌や予感を強く抱いていた。
そうして、父様はすぐに謁見の間に通されることになったのだった。
「魔王、ディアベル様。この度は急なお申し出にも関わらずお目通しいただきまして、光栄であります」
「よい。それで要件というのはなんだ?」
魔王城の謁見の間にて、ディアベル様はお父様と顔を合わせることになった。
そして、その場には私も参加させてもらうことにしたのだが……ディアベル様、なんでそんなに機嫌悪そうなの?
玉座に座るディアベル様は首を垂れているお父様をじろりと睨みながら、肘置きに肘を置いてぶすっとした顔をしていた。
当然、威圧感マシマシのディアベル様にお父様が平然といれるはずもなく、遠目で見て分かるくらい冷や汗をかきながらガクガクと震えているようだった。
そして、お父様は私に視線を向けて数秒後、脅えた表情をそのままにくわっと目を見開いた。
「え、エリー!! 貴様はなんてことをしてくれたのだ!!」
「お、お父様?」
「勝手に荷物に紛れて魔王様に会いに行って、媚を売っているそうじゃないか! 忌まわしき娘のくせに、なぜそこまで私に迷惑をかけるんだ!!」
まるで自分は被害者だとでも言うかのような言葉を前に、私は訳が分からなくなっていた。
そして、先程まで恐れていたはずのお父様の表情は、私に対する怒りの表情に変わっていた。
「魔王様、お怒りなのも当然かと思われます。私としてもエリーの行動は想定外のことでしたので、せめてもの償いをさせていただきたく思います」
予想外のこと? 妹のオリバの名案だと言って笑って私を送り出したのに?
私はお父様の言っている言葉の意味がしばらくの間分からないでいた。
「そこで、私の自慢の娘オリバがディアベル様へかけた身内の迷惑な行為を償いたいと言っておりまして、魔王ディアベル様に嫁ぎたいと言っております」
お父様はそう言うと、私の方をちらりと見てから悪巧みをするかような気味の悪い笑みを浮かべていた。
そして、お父様の紹介の後に謁見の間に姿を現したのは、紛れもない私の妹だった。
「オリバと申します、魔王ディアベル様。お姉さまがご迷惑をおかけしました。お姉さまでは満足できないことも多かったでしょう。ですが、私なら色々とディアベル様を満足させてあげられるかと思いますっ」
金に物を言わせて買った高そうなドレスに、財力を誇示するためだけの装飾品。長時間をかけて作った化粧顔をした顔。
そして、何人もの男たちを落してきたような猫撫で声と、初心に見せかけた表情。
もしも、私がディアベル様の立場だったらオリバを選ぶかもしれない。
そう思ってしまうくらい、今のオリバの上目遣いは可愛らしいものだと思った。
魔族を嫌っているはずの王族の人間が魔王に嫁ぎたいだなんて思うはずがない。
考えられる要因としては、私とディアベル様が街で歩いている姿を見て、幸せそうにしている私を許せなかったのだろう。
男受けしそうなオリバの容姿と立ち振る舞いを前にして、私は不安で胸が押しつぶされそうになっていた。
せっかくできた幸せな場所が奪われてしまうかもしれない、
そう思うと鼓動が激しくなって、正面を見ていたはずの顔が徐々に俯き気味になってしまった。
「満足? ……すまない、今のはジョークだったのか。完全に笑うタイミングを失ってしまった」
「「「え?」」」
困ったように首を傾げていたるディアベル様の反応を前に、私とお父様とオリバは声を揃えて素っ頓狂な声を上げていた。
どうやら、ディアベル様はふざけてお笑いをやっていると思ったみたいだった。
何をどうしたらそんな考えになるのだろうと考えた私に対して、オリバは分かりやすく体を震わせていた。
顔を真っ赤にしているあたり、かなり怒っているのだろう。
……こんなに余裕がないオリバの顔は初めて見たかも。
「ディアベル様! 私の方がお姉さまよりも可愛いですし、て、テイクニックだってあります!」
ディアベル様はオリバの言葉を前にして、先程までのやり取りがお笑いではなかったことに気づいたらしい。
そして、私とは反対側にいるセバスさんと顔を見合わせた後、二人して合わせたようにしてから言葉を口にした。
「「腐りきったマナに、お面のような厚い化粧をしているくせに?」」
「っ!!」
自分の外見に自信を持っていたオリバは、自分がそんなことを言われると思っていなかったのだろう。
耳まで真っ赤にさせながら、体をプルプルと震わせていたようだった。
腐りきったマナ?
……オリバのマナってそんなに汚いのかな?
「悪いが貴様ではエリーの代わりなど務まるはずがない。そんな妄言を言うために来たのなら今すぐにでも帰ってくれ」
呆れるようにそんな言葉をかけられたオリバは、お父様に連れられて泣く泣く謁見の間を後にしたのだった。
謁見の間を後にするとき、一瞬振り返ったオリバが凄まじい形相で私を睨んできたのが気掛かりだった。
プライドの高いオリバのプライドが傷つけられたらどうなるのか。それは私にも分からないことだった。
「……エリー……起きろと言っているだろう、エリー!」
急に頭に冷たい何かをかけられたと思って目を覚ますと、そこには私を見下ろすようにして立っているお父様とオリバの姿があった。
私は少しクラクラとする視界の中で笑う二人の姿を見ながら、自分が手足を拘束された状態で王城にいるのか思い出そうとしてみたが、どうも頭が上手く働いてくれない。
……なんでこんなにぼーっとしているのだろう。
確か、私は人間と魔族が共に暮らす街のスイーツ店に行っていたはずだった。
新作ができたからぜひ味見をして欲しいと言われて、私は御付のメイドのルーナと共に人間たちが暮らすエリアに向かったはずだった。
そして、そこで出された甘いスイーツを食べてお茶に手を付けたときに意識が……。
「もしかして、全てお父様が仕組んだ罠だったってことですか?」
「私ではない。オリバが考えた案だよ、エリー」
お父様はそう言うと、少しの笑みと共にオリバの方に視線を向けた。
視線を向けられたオリバは、以前に私を魔族の元に送るという案を口にした時と同じように口元を緩めていた。
「お姉さま、ディアベル様のことがお好きなのでしょう? 好きな人の幸せは誰もが望むもの。それなら、お姉さまの代わりに私がディアベル様の隣に立った方が、ディアベル様も幸せになると思いませんか?」
作ったような笑みの下には、以前の魔王城での出来事に対する逆恨みが関係しているようだった。
あの去り際に見せた表情が気になってはいたが、まさか魔王城に送った私を再び攫おうとするだなんて考えもしなかった。
私がそんなことを考えていると、お父様が一歩私の方に近づいてきて、汚いものを見るような目で私を睨んでいた。
「オリバから聞いたぞ。お前は見張り役と毎日いかがわしいことをしていたらしいな。性欲に溺れおって、汚らわしい娘よ」
「ま、まってください。そんなことしていません! 見張りの人に確認を取ってもらえれば――」
「うるさいぞ、エリー! 一国の王にきやすく話しかけるなど無礼だと思わんのか!」
王が黒だと言ったら白いものは黒になる。溺愛しているオリバの意見以外、お父様は聞く耳を持たないのだ。
今までは理不尽ながらに、一国の王ということもあるから多少は敬っていた部分もあった。
でも、そんなものは初めからなかったのだ。
この人はただ勢いに任せて大声を上げるだけの男だったのだ。それも、自分の娘の貞操を勝手に決めつけてくるような男だ。
そこまで考えたとき、微かに残っていた父親という繋がりが自然と切れていく音がした気がした。
「こけにされた分、お姉さまにはお仕置きが必要ですね」
オリバはそう言うと、二回ほど大きく手を叩いた。
すると、その音に反応するように、謁見の間の扉が開いて、大柄の清潔とは程遠いような男たちがゾロソロと入ってきた。
その目は拘束されている私に向けられていて、瞳の中で膨れ上がっているような下心を前に、ゾクッとした感覚が体を走った。
「な、何をするの?」
「さぁ、なんでしょうね? お姉さまが大好きなことかもしれませんわ」
「や、やめて、来ないで」
必死に逃げようと試みてはみるが、拘束された手足では上手く立ち上げることができない。
慌てて立ち上がろうとする度に体は倒れてしまって、そんな私のことを見て不敵な笑みを浮かべている男たちとの距離が近づいていく。
「……お姉さまに幸せな表情は似合いませんもの」
心から漏れたようなオリバの本音を前に、私はオリバが本気だということを察した。
男たちもすぐそこまで来ていて、何もできない私は強く目をぎゅっとつぶってしまった。
そして、届くわけがないと分かっていながらも、私は自然と大きな声で叫んでいた。
「ディアベル様、助けて!!」
その瞬間、空間が割れるような鈍い音が謁見の間に響いた。いや、実際に謁見の間の壁にヒビが入っていた。
そして、私と男たちの間に割って入るように現れたのは……私が助けを求めた張本人だった。
「すまないエリー。怖い目に遭わせてしまったな」
ディアベル様は私にだけ優しい笑顔を向けると、優しく私の頬を撫でてから指を鳴らした。
すると、ディアベル様が指を鳴らした瞬間、拘束されていたはずの手足に付けられた拘束具が音を立てて外れた。
そして、ディアベル様は私の安全を確認した後、すぐに険しい表情で視線の先を男達の方に向けた。
「それで、貴様らは魔王の妻であるエリーに何をしようとしたんだ?」
「ま、魔王の妻?! ま、待ってくれ! 魔王の妻だなんて知らなかったんだよ! 俺たちはただこの部屋で女を好きにしていいって言われただけだ!」
「……好きにしていいだと?」
ディアベル様は低く怒りの籠ったような声で呟くと、振り向きざまに手に持っていた大剣を怒りに任せるように大きく振り抜いた。
次の瞬間、凄まじい風圧を感じたと同時に謁見の間の壁が大きな音を立てて崩れていった。
屋根がなくなって吹き抜けみたいになってしまった謁見の間にて、屋根と壁を吹っ飛ばした張本人は何食わぬ顔で大剣を担ぎながら言葉を続けた。
「返答によってはどうなるか分かっているな? エリザベス王よ、エリーに何をしようとした?」
「ひぇっ!」
鋭すぎる眼光を向けられたお父様は、あまりの恐怖に立っていることもできなくなったのか、腰をすとんと落としてしまっていた。
「で、ディアベル様。私は大丈夫ですので、もうおやめください」
私はこのままではディアベル様がお父様を殺してしまうと思ったので、少し慌てるようにディアベル様の体に抱きついた。
お父様はそんな私の行動を見て何を思ったのか、何かに気づいたようによろよろと立ち上がり上がって、作った笑みで言葉を続けた。
「そうです魔王様! 何かの勘違いなのです! エリーは我が娘です、娘を危険にさらすような行為をさせるものですか! その男どもが言っているような事実は一切ございませ――」
「この者には、ディアベル様の手を汚すほどの価値なんてありません。なので、どうかご収めください」
「ぐっ! このっ……」
お父様は何か反論がありそうだったが、喉まで出かかっていた言葉を悔しそうに呑み込んでいた。
それもそうなるだろう。少しでもディアベル様の機嫌を損ねたら体が消し飛ぶ未来が待っているのだから。
「エリーがそう言うのなら……仕方ない、手を引いてやろう」
ディアベル様はそう言うと、切っ先をお父様から下げて剣を鞘に収めた。
そして、不意に私の背中に手を回すと、そのまま私を自分の胸の中に抱き寄せてきた。
「エリー、本当に無事でよかった」
心から漏れ出るような言葉を前に、私は確実に鼓動を速められてしまった。
耳の先まで熱が届きそうになるのを何とか抑えながら、私は魔王様が私に良くしてくれている理由を思い出して、何とかその勘違いをしそうになっている鼓動を落ち着かせた。
「本当に助かりました。ディアベル様の夢のためにも、まだ死ぬわけにはいかないので」
「夢のため? ただそれだけのためだと思っているのか?」
「? 違うのですか?」
「どうやら、何か勘違いをさせてしまったみたいだな」
ディアベル様は何かを言いづらそうにしながら頭を掻くと、微かに照れたように頬を朱色に染めた。
そして、少しだけ抱き寄せた状態から距離を取った後、ディアベル様は私の唇にそっと自身の唇を触れさせた。
触れただけのキスなのに、その熱と優しさは私の全身に巡って一気に私の顔を熱くさせた。
落ち着きそうだった鼓動が、おかしくなったみたいに跳ね上がった。
「ディアベル様? これって……」
「誰も初めから夢のためだけに結婚してくれなんて言ってないだろう?」
全く考えなかったわけではないけれど、そんな夢みたいなことはあるはずがないと思って諦めていた。
だって、私のことをそんなふうに見てくれる人に会ったことがなかったから。
「え、あ、あのっ」
「これまでもこれからも、夢のためだけではなくて一人の女性として、俺のことを支えて欲しい」
今まで勘違いだと思っていたことが本当で、瞳の奥を覗くようなディアベル様の言葉を前に私は何かを取り繕う余裕なんてなくなっていた。
そして、熱くなった顔をそのままに、私は心の内を吐露するように言葉を漏らしていた。
「……はい、私もずっとディアベル様の隣にいたいです」
表情を緩めるディアベル様の表情を前に、私は夢のような日々が叶ったことが嬉しくて口元を緩めてしまっていた。
そんな喜びを噛みしめようかと思った矢先、ディアベル様が壊した壁のはるか後方に一本の青白い光が見えた。
天まで届きそうなほど輝いている光。魔力や魔法に詳しくない私でも、あれがただの光ではないことくらいは想像ができた。
それに、あの方向って……
「あれは、魔王城の方か」
「で、ディアベル様、すぐに向かいましょう」
キスをした後の甘い空気を引き締めるようにそう言うと、ディアベル様も同じことを考えたのかその表情を引き締めていた。
「……なぁ、俺たちは結局おあずけなのか?」
「知るか馬鹿! 命があっただけマシだろ」
「いや、そうは言っても我慢した分が結構あってだな」
私たちが急いで魔王城に戻ろうとしていると、私に良からぬことをしようとしていた男たちがそんな言葉を呟いていた。
どうやら、ディアベル様の登場で男たちは不完全燃焼の状態になってしまったらしい。
ディアベル様は私の手を引いて走りだそうとしていた足を止めると、不意に男達の方に振り向いて口を開いた。
「誰でもいいなら、そこの女でも好きにすればいいだろう。どうせ何もしなくとも、貴様らはあそこの王によって罪をなすりつけられて、処刑させられることになるとは思うがな」
まるで何でもないことのようにそんな言葉を漏らした後、ディアベル様はまた私の手を引いて走りだした。
そして、私たちの後方から微かに男たちの言葉が聞こえてきた。
「まじかよ。何もしないで死ぬくらいなら……な?」
「元々そういう約束だしな」
「殺されるなら、その前にあの王殺しちまうか」
そんな物騒すぎる言葉が聞こえた数秒後、私たちの後方ではお父様とオリバの悲鳴のような言葉が聞こえてきた。
何をされているのか想像ついたが、私は振り向くようなことはしなかった。
もうお父様もオリバも私には関係のない人たちだから。
それに、自分がしようとしていたことがどんなことなのか、身をもって体験した方がいい。
私は助けを求めるような二人の声をそのままに、王城を後にしたのだった。
「光っているのはこれみたいですね」
魔王城についた私たちは、その光の元へと急いで向かった。
その青白い光の正体は、魔王城の重厚な扉で守られているイリスの名前が入った柱から出ているものだった。
特殊な光なのか、その光は部屋の天井をすり抜けているみたいだ。
ディアベル様と顔を見合わせてから、その文字が書かれた箇所にそっと手のひらを置いて、私たちはその浮かび上がった文字に目を向けた。
「『……真の平和の世界を目指す者たちよ。魔王と強力な黒の魔力を持つ王家の者の合意の元、ここに結界魔法の解除を行う。』か。なるほど、これが条件だったのか」
「合意は初めからしてましたよね?」
この柱の前でディアベル様の夢に協力をすること、人間と魔族が共生できるような平和な世界を目指すことは約束したはずだった。
でも、そのときは柱がこんなに光るようなことはなかったはず。
一体、何が起きたらこんなふうになるのだろうか?
「『強力な黒の魔力を持つ王家の者』、ここが重要なのかもしれないな」
「?」
「気づいてないのか、エリー。俺とキスしてから今までと比較にならないほど魔力が増大しているぞ」
「え? そうなのですか?」
全く気づかなかったけど、言われてみれば胸の奥の方が温かい気がする。
ただディアベル様とのキスのせいで体が熱くなっているだけだと思ったけど、これって強い魔力が体を巡っているからだったのかな?
「きっと、黒の魔力を持つ者は世界を平和にすることのできる救世主なのだろうな」
「……救世主」
忌まわしい娘と言われ続けてきたのに、私がそんな対極にあるような存在だったなんて思いもしなかった。
そんなディアベル様の言葉を受けて、私はまた胸の奥の方が温かくなったのを感じた。
うん、これは多分魔力だけじゃない。ディアベル様の心が、私の冷めてしまった心を溶かしてくれたから、そこから魔力が溢れてきているのだ。
根拠なんかないけど、なんとなくそんな気がした。
「しばらくの間は混乱が続くだろう。だが、魔族と人間の争いがない世界になることを目指していきたい。……いや、共に目指していこう」
ディアベル様はそう言うと、優しい笑みを私に向けてくれた。
私みたいな黒色の魔力を持つ人が差別されない世界。偏見もなくて、魔族と人間が共に手を取り合って支えていくような夢のような世界。
その実現に向けて、ディアベル様を隣で支えることができるという幸福は、多分私にだけ許された特権だと思う。
「はいっ。……末永くよろしくお願いします」
ただの夢の実現のためではなく、以前されたプロポーズに対する本当の意味での返答。
その返答をしたつもりだったけれど、ディアベル様は変わらない笑みを私に向けてくれいるだけだった。
私の言葉の意味、分かっているのかな?
私は改めて言葉にするのが恥ずかしかったので、勢い任せるようにディアベル様の腕に抱きついてみた。
私の行動に驚くような表情をしているディアベル様の顔を見つめながら、この幸せな場所だけは離さないと強く心に誓ったのだった。
もう少しだけ、できれば私の一生をあなたの側で。
私たちの幸せを祝福してくれているかのような青白い光に見守られながら、私は幸せな今この瞬間を強く噛みしめるのだった。
異世界恋愛小説短編コンテストに出した短編の作品です!
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