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第八条 生

時間が空いてしまい申し訳ないです。


 さてーー。


 私は乗っ取った船小屋のテーブル、横には鎖帷子ことパンツァー。向かい合わせにでかいタンコブを作って項垂れている男、叔父さんーーこと、アマデウス=シューマン。どっかの高名な音楽家のような名前だが、実態はこれだ、笑えない。


「ここの船小屋、からのニシン料の収益、からダーズリィ家のみかじめを差し引き、子供にはもちろん無給、漁師に端金をくれてやっている、と。しかしーーまったく、それでは収支が合わないですね」


 こいつは船小屋の主でありニシンの塩漬けを王都に輸出するダーズリィ家の運び屋に渡す役割も担っていた。そこで売れた益を受け取っている。


「しかしーーだからと言ってあなたは貧民街に未だ身を落とし、粉飾した金の行き先が掴めない。いったいこれはどういう魔法ですか?」


「……」


 シューマンは答えない。汗を吹いて押しだまったままだ。


「埒があかんな」


 パンツァーが立つ。拳を握るーーが、「まだです」と手で制す。


「誰か、別の『みかじめ』を食らっている可能性が高い。まあ、例えばーーオルガ家から」


「オイオイ、それは筋が遠らねぇな」とパンツァー。彼は椅子に座って私に向き直る。


「みかじめは土地代みたいなもんだ。港一帯は俺たちの縄張りで、オルガの出る幕はねぇし、ナワバリに手ェ出したら即、戦争って決まってる。それにこの野郎はそれを密告するだけで大陸金貨が2枚ももらえる。向こう一年は暮らしていける金のはずだ。それなのに俺たちに知らせずだまっていたのか?それだけはありえねえ」


「それが、あるんですよ。エレインです」


 その単語を口にした瞬間、シューマンの体がぶるりと震える。どうやらビンゴのようだ。


「エレインーー。シューマンはもともと、船大工の家に生まれ裕福だった。貴族と顔が効くほどにね。ただ、妻が流行病にかかってしまった。間に子がいました。エレインです……というのは憶測ですがね。いささか強引ですがそんなところでしょうか?そんな中現れたのはオルガ家。あなたは一つ『商売』を持ちかけられた。多額の金と引き換えに、流行病の『薬』を渡される、そんな取引です」


 パンツァーがシューマンを睨む。が、シューマンはこちらを見ようとしない。ただ壽にとってはこの男が妻のためならここまでできることに少し感心していた。


「そんで、どんどん対価は上がっていって、気づいたら担保として娘を持っていかれちゃったーーそんなところだろ。あいつら、いや、俺たち外道はよくやる手口よ」


「だから俺は娘を遠ざけたんだ。自分が父親であることすら伝えなかった。なのに奴らにはしっかりお見通しだったんだ」


「ーーあんたも運がねえな」


 そう言って億劫そうに溜息をつくパンツァーを少し意外に思う。


「ーー何故残念そうにするんです?オルガ家を攻撃する機会ができたのでは?」


「証拠がねぇだろ。現場を抑えないことには白を切られるさ」


 それもそうか、この時代には隠しカメラなどはない、悪行やったもん勝ちの世の中である。とはいえこの闇取引をいつまでも見過ごすわけにはいかない、しかし、こちらが闇取引に勘付いた気配を見せれば、向こうは警戒して決定的な尻尾は隠すようになってしまうだろう。どうしたものか。心理戦はいかにも井上壽の十八番と言った感じだが、どちらかといえば壽は悪役寄りだったのでなかなか思いつかない。選挙の時相手にやられて一番面倒だと思うのは、若年層の票を獲得されることだ。悪役ーー、強者は、弱者が声を上げるようになられると困る。仕組みを作るのは強者だが、破壊するのは大勢の弱者。経済も、そうだ。


「そうですね。向こうから尻尾を出すように仕向けましょう」


「ーーどうやんだよ」


「考えがあります」


  * * *



 井上壽は、王都の市場に来ていた。鎖帷子のローブを着て、いかにも盗賊風と言った出たちだが、こうでもしないと下の背広が見えてしまうので仕方ない。それならば脱げばいいではないかと言う意見も頷けるが、やはりまだ井上はこの世界と自分に一線引いて考えたいのであって、すぐに順応することはまず不可能であった。三十年も前から共に歩いてきたこの背広こそが、彼の元の世界へのよりどころなのである。


 さて市場は割に賑わっていた……人種は白人、ゲルマン系でやや平均身長が低い、乳製品などが十分に摂られていないのか?いや、市場の様子を話すより先に、王都の様子を話さねばなるまい。


 王都ヘイリング、ヘイリングはドイツ語でたしか神がどう、みたいな意味であった気がするが記憶が曖昧だ。しかしやはり宗教も存在するらしい。宗教は民族の松葉杖のようなものだ、切っては切り離せない。


 立地はどうやら盆地のようだ。感覚からして、乗っていった馬車は山を一つ越え、二つ目の六合目あたりまで行っていた気がする。しかし周りを山で囲んだ場所というのは鎌倉幕府然り、とても攻めにくく良い立地だ。なので通常見られるような外壁は山が肩代わりしてくれるらしく、それらしいものは見当たらなかった。しかし農業はどうするのだろう、これでは果物、野菜、獣……特に農耕の部分が不十分な気がする。川は?魚は取れるのだろうか。いや、しかし海の魚を欲している時点で足りてはいないのだろう。


「港の漁師、しかり、王都の民しかり彼らはビタミン及びミネラルが欠乏している可能性が高い」


「みねらる?」


「足りないと悪い病気にかかってしまう栄養のことです。貴方らが上納制にしてわざわざ保存食にするせいで本来の魚の栄養素はことごとく無くなっている」


「ケッ、言いやがる。じゃあどうするって?保存食にして売らなきゃあそもそも生活が立ち行かねえぜ、弱者さんたちはよ。そういうふうに強者(俺たち)が縛り付けてんだから」


「保存は何も塩漬けにするだけじゃないんですよ」


「知らねーよそんなの」


「物を知ることだって立派な強者の条件の一つだ」


 そういうとパンツァーは黙った。彼は意外にクレバーだ、倫理観はこの世界らしくシビアだが、他人の意見を無下にはしない性格で、飲み込みも早い。


「で、どうするってんだよ」


「言ったでしょ、誘うって。新たな金の源泉を見つければ、必ず彼らは来る。そして……栄養状態を改善させるためにも、生の魚の保存を成功させます」


 かくして、井上壽の『行政』は始まる。

 

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