○第七条○灰色の街
「取引をしませんか」
騒ぎを聞きつけて、鎖帷子が船小屋に入り、子供たちと伸びているクズ野郎が目に入ったとき、増税メガネは鎖帷子ことパンツァーに、そう話を持ちかけてきた。面倒だと思った。盗賊である以上、一度でも打ち倒された相手はあまり無下には出来ない。
というかこのメガネは一体どんな面の皮をしているのか。身につけているその外套はパンツァーのものである。煽っているのだろうか。しかし。
「貴方の盗賊一家をこの街の首領級にします」
その一言で、面倒の気が吹き飛んだ。
この街、シーミールは三つの盗賊団が取り仕切っている。
貧民層、牧畜、農業をシマとするフロイライン一家。
貧民層、漁業、造船所をシマとするダーズリィ一家。
市場、工業その他をシマとするオルガ一家。
この三家の三竦みの力関係かと思いきや、実態はオルガ一家の一強状態であった。市場をシマとしているのが強すぎるのだ。金の流れのあそこが源流なのだから、オルガが他の一族の利益を制御することができる。今のところオルガに頭が上がらないのだ、我々は。規模もかなり違う。あちらは三百、こちらは半分。二つの一族が組んで反旗を翻せばあるいは打倒も叶うかもしれない。
しかしこの乱世において、協力関係を結ぶことは何よりも難しい。裏切られた方が負けなのに、あちらに裏切らない保証がないのだ。それが分かっているからこそ、オルガはこの狼藉を働いている。
ーーくそったれ。このままじゃあ俺たちはあの一家に食い物にされて終わりだ。
パンツァーはこの二進も三進も行かない状況に、歯噛みすることしか出来ない自分を情けなく思っていた。少し前に、変な服を着た若いのに多対一で負けたことも、それをより悪化させた一因でもある。
そんな中ーー首領にしてやるだと?
「あんまり舐めた口聞くんじゃねえぞ、クソ野郎め」
そんなの何百と夢見たことだ。何百と叶わなかったものだ。「兄貴兄貴、掟掟」と慌ててツヴァイ(三下)が言うが、無視する。
「言っただろ?金なんだよ。金は全ての力の原理だ。金の根本を掴まれてんだよ。あいつらに首根っこを掴まれてるんだ。反抗するにも肩を並べるにも、金が要る。金だけが、必要なんだ」
「そうです」
「だからって、お前を頼れと?」
「そう、です」
「無理に決まってるだろうが!俺は盗賊だ!テメェなんかに頼れるか!?部外者のお前に!?例えお前が俺たちを首領にしてやったとして、俺やママがその椅子に、一から十までお膳立てされた空の椅子に座ると思うか?それを、愧ずにいられるとでも、思ってんのか……?」
いったんパンツァーはここで言葉を切って、『叔父さん』の上ににどかりと腰を下ろした。でかいタンコブを作って伸びているクズ野郎を睥睨して、パンツァーはため息をつく。
「そのプライドはーー必要ですか?」
「ーーあ?」
「金だけが、必要なのではないですか?」
パンツァーは言葉に詰まる。この男ーー一体どういう人生を歩んできたのだ。一体どういう人生を歩んできたら、そんな声色が、抜き身の刀のような冷たく熱い声色が出るのか、と思う。
「あなたは、盗賊なんです。だから盗賊としての道理で動く。奪いたいものを奪い、奪われたものには敬意を表する。ただね、私たちは、元来、本質的に、獣だ。獣の道理が下敷きとなって、この世界を生きている。
私たちは、獣だ。強さこそが正しさなんだ。
獅子が、自分のために食った子鹿のことを覚えているだろうか。獅子が子鹿のために経をあげ、もしくは懺悔するだろうか。立派な墓を拵えてやるだろうか。
いや、しないね。獅子だから強いんじゃあない。強いから獅子なんだ。もし子鹿の方が獅子より強いとしたら、立場は逆になっているんだ。
人も同じだ。どれだけ着飾っても、言葉で繕ってもその下には、立派な牙がある。
シンプルな問題だ。私が今からあなたに聞くのは、とてもシンプルで、わかりやすいことだ。
貴方は子鹿か?
ーーそれとも、獅子か?」
※ ※ ※
「クソッタレ」
パンツァーは舌打ちした。
これは罠だ。分かってる。そんな上手い話あるはずがない。こいつは話が上手いだけだ。恐ろしい人心掌握の術だ。こいつのいうことは歳の割にあまりに老獪だ。パンツァーは優秀な人間である。盗賊といえども野蛮人の集まりではない。やはり持つものは、輝けるものは、フィールドを選ばない。だから分かっている。こいつのいうことは罠だ。結局奴の思い通りの展開へと進んでしまうのだ。ーーしかし。
ーー魂が震えてしまっていた。どれだけ、頭で理解しても、それだけは抑えられなかった。運命というものは、パンツァーの感覚からすれば、圧倒的に上位のブルジョワジーで、翻弄される俺たちは悲しいくらいに、プロレタリアートだ。
パンツァーは、盗賊だ。しかし、その前にパンツァーは、獣だ。
じゃあ、獣だとしたら。
獣だとしたら、俺はどっちだ。
「ーー何をすればいい。この件を受けるかどうかは、それを聞いてからだ」
そう口にしたのを聞いて、増税野郎はほんの少しだけ、口角を上げた。ような気がした。