間話 魔力について
次から世界観が広がるため、魔法の説明をば。
読まなくても全然大丈夫。呼んだら良いことあるかも?
○魔力。
世界に満ちている未知の物質である。見えない通貨、のようなものと例えると大方腑に落ちると思う。通貨と言うならもちろんなにか取引するのが目的なのだから、つまり魔力というものは、その多寡や質によって使用者の願いを叶える物質のことである。
魔法は火を放ったり水を生み出したりするものが多いが、それは長い魔導研究史の中で定型化されてきた人間の『原初の欲望』の形であって、
喉が渇いた、火で暖まりたい、闇が怖いーー、火、水、光は基本三種の魔術、それがどんどん高次化していって土とか加速とか、空間に干渉していく魔法へと変化していく。
○初級魔法。
子供でも才能があれば一発、二発打てる魔法の基礎の基礎。複雑な理論を学ぶ必要がなく、遊ぶ中で自然と身につけていることがある。火をちょろっとこけ威に出す程度の魔法。大人でも打てないものは居るが、然るべき訓練を積めば誰でも出来るようになる。
○中級魔法。
常人が死ぬほど努力してやっと打てるような魔法。中級魔法にははっきりした線引きがあって、
「生身の大人に殺傷力があるか否か」が初級と中級の線引き。普通数人で詠唱を分けて打つことが多い。でも実力者はバンバン打ってくる。
○上級魔法。
才能ある人間が死ぬほど努力してやっと打てるようになる魔法。鎧を着てる人間でも即死は必至、それどころか一発で戦況が変わってしまうこともある大魔法、一般的な魔法の極致である。
実力者でもおいそれと打つことが出来ず、訓練を積んだ魔導士が十人以上で、魔法陣をあらかじめしたためておいて打つような魔法。
○極大(災害)魔法。
人間の枠を超えた(魔人、国宝級の人材)怪物が打つ災害級の魔法。一発撃つだけで、地図を書き換える必要が出てくるそうだ。
○魔力操作について。
魔力はそこらじゅうにあって、そのままでは無色で使おうとしてもすり抜けてしまう。一度丹田に取り込んだあと、脳に回して自分の色に着色し、もう一度吐く。着色した魔力は自由に魔法に変換できる。
魔法を使えるもの同士が対峙した場合
①あたりの魔力を猛スピードで自分色に着色する(実力差があるとここのスピードで勝負が決まってしまうことが多い)
②できたナワバリで相手を囲う。
③魔法をぶっ放す。(実力差が開いていないなら、広げたナワバリの面積分の魔法の物量で押せるため、ナワバリを相手の周りで囲めたほう、面積を広げた方が勝つ)
この場合、着色した魔力は他の魔力と共鳴する。すると死角にある魔力を帯びたものも位置が分かるようになる。魔力の密度を濃くしていくと、まるでそれを触っているかのように鮮明に知ることができる〔魔力感知と魔力展開〕。
常人で何十センチ、熟練者で五〜十メートル、達人で十数〜百メートル、宮廷魔導師、魔法騎士、近衛騎士団が
百〜一キロ、怪物が、十キロ以上(魔力感知)。
常人でレイコンマ数ミリ、熟練者で数ミリ、達人で〜百センチ.宮廷魔導士などが十〜百メートル、怪物がキロ単位(魔力展開)。
ナワバリの、膨大な魔力全てを持って魔法を使った場合(そんな芸当ができるものは世界に数えるほどしかいないが)ナワバリ内の世界のルールが使用者の思いのままに(重力がおかしくなったり、空が落ちてきたりする)書き換えられてしまうことがある。それを『天地開闢』と呼ぶ。願いを叶えることが本質の魔法において、真の極地といえる神業である。
炎魔法。
原初に発見された光魔法の派生の魔法。光の力をそのまま熱に還元しただけであり、使い勝手も悪く調整を誤ると大惨事には発展することから、多くの魔導士からは、野蛮な魔法と言われている。
合体魔法との相性もイマイチであり、水魔法と砂魔法を合体させた爆裂魔法なんてもう使い勝手が悪いどころではない。自決用。
しかし、中級魔法であっても他の上級魔法より状況次第によっては威力が出る。
故に魔導士から嫌われているというのはさておき。
何はともあれ魔導研究学を大きく発展させた魔法である。
水魔法。
天災【降水】より発見された原初の魔法。少ない魔力で指向性を持たせたり多重展開出来たり合体魔法との相性もいいなどとにかく汎用性が高いのが強み。
まさかの下等魔法に大気中から水を作り出すという超高等魔術の一つである《創造》魔法に似たものがある。
魔導士の大半はコレ。水魔法は雷魔法の次に強いと言われる。
死にたくないなら水の魔導士を連れて行けというのは有名な文句である。
風魔法。
水魔法と光魔法に素質が、ある人間だけが使える高等な派生魔法。
空気が暖かいところから冷たいところへ行く法則を利用した魔法で、
魔法陣との相性が良い。
砂魔法(闇魔法)。
どこから派生したのか、発見されたのがいつどこでかが全く分かっていない異質な魔法。
どんな魔法かといえば、
有機物を砂に変えること。それのみである。
砂魔法に適性がもしあれば、大工、解体屋から引っ張りだこだ。
癒術(厳密には生命魔法とは違う)について。
人の傷を癒やす癒術は、厳密に言えば魔法ではないと言うのは、魔導士の間では常識である。
魔法は魔力を魔法として行使する行為であり、癒術はただ魔力を対象に流し込む行為であるが、
その行為は一度色を染めた色水を、真水に変換するような常識外れの行為であり、
流し込んだ魔力を対象は活用し、生命活動又は、キズを癒すべく『生命の魔法』を行使する。
この、生命の魔法であるが、砂魔法又闇魔法以上に訳の分からない魔法である。
普通、人は生きる為に魔力を必要としない。勿論、魔法もである。
魔法も、元々有った魔法を行使する植物から人間が学んだ物であり、
教えてもいないのに、癒術を使われた対象は例外なく、唱えようとする限り生命の魔法を行使する。
更に、癒術は自分自身につかえないのである。
○蛇足。
魔法使いは総じて『魔導士』と呼ばれる。魔に導く士。原初の大魔導師がその名を広めたらしい。
魔法は文字通り魔法のような、夢を叶えるための力だが、
それを使うことによる、根本的で、明らかなデメリットはいまだに発見されていない。