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○第六条○「そういう時代なんてないんだよ」




 私は殴られた。黒板を殴り砕いたその瞬間に、ぐわんと地が揺れて何が起こっているかわからなくなった。


 たたらを踏む。再び鈍い衝撃が今度は、脇腹に走る。ついに私は膝を屈した。頭が割れそうなくらいに痛い。


 何か固いもので頭を殴られた。これはーー、


 オールか。


「はっ……、ざまあないな。御高説どうもありがとう」


 雇い主のシルエットがボヤけている。くそ。頭が上がらない。下を見る。あの少年が、痩せぎすで、亜栗色の金髪を震わせた、あの賢い少年がーー。


「いいかいーー。ここから逃げるんだ。そのピンを売って働き口を探すんだ。そして幸せになるんだ、君はーー」


「おい、わかるよな、今、何が『賢い』選択か?メイア。信じてくれ、じゃない、『信じろ』。この男の生殺与奪の権を握っている俺のことを、信じろ」


 雇い主はドス黒い声で言って、長いオールをちらつかせ、こちらに手招きを


 しかし、メイアは後退りしながら、強い意志を宿した瞳でいう。


「い、嫌だね。自分のことを『信じろ』なんていう人を信じちゃいけないんだよ。信頼は行動で勝ち取るんだ。当たり前のことでしょ?」


「ーーこのガキィ、やっぱり、殴られないと分からねぇか」


 そういうと、雇い主は息を深く吸って、オールを振り上げた。そして、メイアににじりよる。私はなんとか地を張って移動するが、速さは比べるくもない。


 メイアは後ろに逃げるが、その先は水路。追い詰められてしまう。


「最後のチャンスだ。曲げろ」


 はっきり、言った。「……曲げない」


「そうか」


 その小さな体へ、雇い主がオールを、特上段から。


 思いっきり、振り下ろすーー。


 甲高い音が鳴った。


「ぬあぁ!?」


 私はギリギリそこに体を滑り込ませて、肉壁となった。もちろんそのまま受けてしまっては撲殺は必至であるから、背中を氷の魔法で凍らせた。アドリブであったが、必死にやったからか上手く行った。


 衝撃はかなり伝わった。臓物が飛び出そうだ。もう立てない。しかしその衝撃が、雇い主にそのままに帰ったようで、手が痺れたのか、一旦オールを下げている。


「逃げなさい!今は生き残るんだ!」


「嫌だ!もう逃げない!もうクレインを置いてかない!逃げてたまるもんか!」メイアはブンブンと首を横に振ると、雇い主を睨みつける。そうか、子供は弱いと言ったが、もうすでに彼は、子供ではないのか。


 それを見て、次第に雇い主の顔が笑顔のそれへと変わっていく。


「……そうか。お前、クレインにホの字なのかぁ。教えてやるぞぉ?こちらにくるのなら、クレインの行方を教えてやる。約束しよう」


 恐らく時間稼ぎであろう。手の痺れが収まるまでの時間稼ぎ。その後自分たちを殴って海に捨てる気でいる。逃げるのも不可能ときた。視界にはメイアが入る。この子を守りたい。彼こそ、宝なのだ。この街の宝なのに。


 ふっと思い浮かんだ。それは懐かしい夢だった。いつしか、捨てることもできず、忘れてしまった夢だった。


「ねえ……国民に、なりませんか?」


「え?」


 メイアが聞き返す。雇い主はとうとう気でも狂ってしまったか、とため息をついた。

 

「ねえ……。約束では……ないですが。私には夢があったんです」


「……」


「国を作るんです。国民全員が十分ご飯を食べられる国を。


 子供が一人にならない国を。当たり前に学校に行けて、当たり前に勉強して、


 当たり前に好きな子と恋愛ができる国を。


 大人が子供を見捨てない国を。当たり前に電気、ガス、水道が通っている国を。そんな奇跡が、当たり前であれる国を。その奇跡を当たり前だと思わず、みんなが感謝できる国。


 そんな国を、作りたい。ねえーー」



「そんな国の、国民になってくれませんか。メイアーー」


 フン、と雇い主は大きく鼻を鳴らし、半笑いで見下ろすと、「なあに馬鹿なこといってんだ」とばかりに私を睥睨し、メイアをーー。


「なる」


「は?」


 メイアの即答に、雇い主の手が止まる。


「国民に、なる。おじさんの方に、僕は付いていきたいから」


 とんだ茶番だ。と雇い主は気を取り直して、オールを振り上げる。


「ーーハッ。良いよ。国民になってきなよ、連れてってやるよ。ただし、黄泉の国だけどよォ!!」


 そういってメイアに振り下ろした瞬間、私の唇が言葉を紡いだ。


 そうだ、国民になるということはーー。


「『増税』」


 砂埃が舞う。私を中心に旋風を作る。雇い主が慌ててこちらを見る。 


「なんだ、まさか魔法がーー」


「『インフェク=アイス』」


 拳の中で作った氷の塊。それが一直線に雇い主の土手っ腹をぶち抜く。「ぅぎっ!?」と悲鳴をあげてオールを取り落とし、たたらを踏む。しかしーー。



「甘ぇんだよクソガキがぁ……!」


 雇い主は立ち上がった。ダメージが、軽い。どう考えても、昨日放った氷魔法より威力が劣っているのだ。ーーそうか。メイアだからか。彼は幼い子供。それとプロの盗賊五人では魔力とやらの量に絶対的な差があるのだ。


「不味い、メイアーー」


 そう叫ぼうとするが、体は全く言うことを聞かない。メイアは私を庇うように立った。違うんだ。メイア。逃げるんだ。


「けっ、てめえら仲良く俺が締め殺してやるぜ。その後細切れにして海に流す。魚が寄ってくるだろうからなァ」


「そんなこと、させない。お前みたいな悪党に、おじさんを殺すことなんかできない」メイアが言う。雇い主の下卑た言葉よりも、よっぽど真っ直ぐしている。


 しかし、それだけでは足りないんだ、メイア。


 今は、そういう時代なのだから。勝てないのだ。


 勝てなきゃ意味なんてーー。


「馬鹿が。人は言葉なんか理解しねぇのよ。正義とは力なのよ。悪とは無力よ。力こそが、この世界の公用語なんだよ、メイア。だから、お前は、死ぬんだーーぎっ」


 すると、倒れた。


 ーー雇い主が、倒れた。


 何かに打たれたような音を残して、倒れた。


 何が起こった?動揺を隠せないままに、雇い主が倒れた先を見る。


 そこには、オールを持った子供たちが、肩で息をしながらも、そこに、立っていた。


「……みんな」


 メイアは目を見開いて言う。あの子供たちは、朝から晩まで、休みもなく働かされていた子供たち。その子供たちが、雇い主を討ったのだ。


 子供たちを助けたのは、キラキラ輝くヒーローではなかった。ましてや私でもない。子供たち自身なのだ。


 その目にはやはり、声なき声が宿っていた。どうして、前世でそれに、気づいてやれなかっただろう。


「そういう時代なんてないんだよ」と、そう叫ぶ声に。


 やっと気づいた。


スキル『増税』


○敵対する相手に魔法を行使する際に一律10%余分な魔力を消費させる。

○消費した魔力は自分に還元される

○本人から同意を得た『国民』は、彼らの任意によって、自由に魔力を引き出すことができる。

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― 新着の感想 ―
[一言] クレインを告発した子供もメイアを助けるためにやってきたのは感動…自分が助かるためかもしれないけど結果的に他人のためになる行動をしたっていう成長が見えて好き
[良い点] 主人公、ギリギリですね。 [気になる点] あー、スキルに制限があったかあ。 [一言] ハイペースですね、続編合わせてで十万字で全編読みたいです。
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