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3/10

○第三条○そういう時代





 どうもここは港町らしい。家家の向こうに浜を越して海が見える。何本も石柱?が立っていてそこに帆を畳んだ漁船(ニシン漁船のようだ)がイカリやらをくくりつけているのか、停まっている。近づいてみる。潮風で肌がベタつく。

 柱には亀の手らしき貝がびっしり張り付いていて、海は意外と暖かい。あまりウロウロしていると怪しまれかねないので、移動することにした。


 貧民街は、道端に茶碗を持った人が大勢座り込んでいる。明らかに疫病を持っているような気色の人間もちらほら。縋ってくるのはほとんど子供だ。恐らく殺して盗む元気もないのだろう。あのボロ布の下には、アバラが胸まで浮いているのだ。


 運河。川のおそらくは入り口であろう。幅五十メートル近くある。なかなかの大河のような気がする。

 造船所。石垣から、何本も吊り下がったクレーン。滑車。街の中心は流石にレンガ造だ。そりゃあそうだ。


 運河から枝分かれしたクリーク、そして水車が回っている。製粉場であろう、恐らく。


 農地はあるのだろうか。三圃農法か?いや、恐らく海水性だからーー。


 ここの主食は恐らく。


 遠くから船が見える。人々が、何か大声で叫んでいる。恐らく意味はないのだ。


 市場。新鮮な魚(ニシンのような小型。サバなどの青魚もある。近海漁業だろうか)が並べられている。比較的静かなこの街で、唯一賑やかである。どうやらまだ朝のようだ。


 入ろうとすると、支配人?(魚を買うでもなくうろうろしている男たち。剣を腰に差している)から怪訝な顔をされたのでやめておいた。あそこで集まっているのは恐らくこの街でも富裕層、貧民はパン、ニシンの塩漬けでも食べるのではなかろうか。するといよいよ水分が足りない。川から取水しないのか。


 あの支配人の陣営がこの街の領主筋であろう。にしては顔付きが粗野だが。


 あの少年は仕事に戻っていってしまった。さっき出てきたのも休憩ではなかったらしい。雇い主の目を盗んで出てきたのだ。

 まるで産業革命期のイギリスのような子供の扱いである。


 港町である。いくら魚が腐りやすいと言っても、塩漬けにして内陸になり送ればかなりの収入になるはずだ。もしかして、孤児だろうか。

 

 ーーいや、違う。まさか。


 ーーいや、止そう。特定の人間に肩入れしようとする考え方はあまりにも危険だ。行政においても、一方を優遇することはあってはならない。ならないのだが。


「おじさん!」


「む」


 呼ばれて振り返ると、先ほどの少年がいた。


「その怪我は?」

 

 こめかみのあたりにあざがあった。


「え?大丈夫だよいつものことだから」


『いつものこと』?いつものことであってはいけないだろう。処置の仕方などわからない。が脳に後遺症が残ると非常にまずい。私は少年の肩を両手で持つと、


「いいですか、悪いことは言いません。私のことは構わないで。大人の言う通りにしなさい。確かに今は辛いことがあるかもしれません。でもね、耐え忍んでいればいつかーー」


「良いことがあるの?」


 と少年が見透かしたように言ったその問いに、私は何も答えられなかった。驚きを禁じ得なかった。既視感があったからだ。この顔は。眉根を下げて、口角をあげて、何か受け入れているような、諦めているような、この厭世的な、この顔は。


 ーー私だ。そして、日本国民の顔だ。


「ーー大人たちはみんなそう言う。苦しそうな顔をしちゃって、そう言う」


 矛盾していることに気づいているのだ、この子は。もし耐え忍んでいいことがあるとするなら、大人がこんなこと言うはずもないし、薦めることもあり得ない。


「賢い。大人は賢いから、先のことを見てるんだもんね」


 次の言葉に、絶句した。


「僕も、こんなになるのかなあ」


 この子は賢い。みんなが乞食でいる中、この子は働いている。この世の中を生きるには、賢すぎる子なのだ。


「私はひさし。井上壽です」


「え?なに?」


「自己紹介ですよ」


 私はこの子に、居住いを正して話をしなければいけない、と思った。


「僕はね、メイア」


「よろしく、メイア。一つ聞きたいことがあるのですが」「なに?」


「この街から、逃げ出したりしないのですか?」と尋ねる。すると、メイアは言いにくそうに俯きながら言う。


「ーー無理だよ。外には魔物がたくさんいるって、皆んなが。二つ隣んとこのシューベルさんもやられちゃった」


 そして、また哀しそうな顔をする。


「……そうですか、では職務に戻りましょう」


「ショクムって?」


「ーーああ、職務って言うのはね、人のために働くことを言うんですよ」


 そう言いながら、私とメイアは、来た道を、ゆっくり、踏みしめながら引き返していった。


ーーーー夕方。


 聞くところによると、彼の父は漁師をやっていて、近海を回って小魚やらを取ってくる仕事をしているらしい。酒ばかり飲んで雇い主に借金をし、メイアは働いてその返済に奮闘しているそうだ。碌でも無い父親だと言ったが、メイアは慌てて否定した。昔はこうではなかったらしい。父親は働き者だったのだ、と。母の話はしなかった。私も特に踏み入ることはなく、彼は大きなレンガの壁の、子供しか入れなさそうな穴から入っていった。最後に、


「あ、これ『預かってた』よ」


 とネクタイピンを返してくれた。優しくて、強い子だ。もしかすると、雇い主の束縛から彼は、逃げ切るかもしれない。この時代は強さがものを言うのだ。


 体の強さも然り。頭の強さも然り。運の強さも然り。そういう時代なのだ。


「では、職務に励むように……なんて言いませんが、賢く頑張ってくださいね」


「うん!でもこれ、職務じゃないよ、人のためにならないんだもん」


 また、また。その顔をする。


「……」


 その言葉に対して、私は何も返すことができなくなっていた。私の胸の中で、行き詰まった言葉が反響する。

 

 こう言う時代なのだ。仕方がないのだ。


 こう言う時代なのだ……。


 そう、言い聞かせる。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 編集ページからではなく、読む方から3話を読んでみてもらえませんか?本文→題名→本文で掲載されているように私の携帯には表示されます。 たびたびすみません。
[良い点] 情景がしっかりしてますね。 [気になる点] 3話が二重に投稿されてるみたいです。 あと改行を。のあとに細かく入れた方が読みやすいかと。 [一言] 今後は感想は控えてじっくり読ませて頂きます…
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