可愛い少年は世界を救う?!
宗教には宗教で抵抗だ。その言葉を念頭に遊山は平和の宗教を作った。聖歌隊を薔薇が木に土下座をしてやってもらい、友達も連れてきてもらった。
「ほんとに土下座だけで引き受けてくれたのか?」
「それと好き放題殴らせた後ね」
と、顔面がミミズのように腫れた遊山は足を引きずっていたり、ところどころは頭はげかかっていた。
「無理すんなよ、大地」と秋人は言う。
「…なんて言った? 片方の耳の鼓膜が破れてて聞こえないんだ。それに、もう片方の聴力も弱まっちゃった」
扉が開く、そこから明らかな宗教っぽい服装の薔薇が木がやってきた。手には讃美歌の歌詞が載ってある本を持っていて、七人くらい少し恥じらいを感じながら歩く幅を狭めて歩いた。それは桐崎が指示したものだった。
「お、来たか」と桐崎は段の方に顎をしゃくった、「俺がまず歌うからな。これでも俺は教会に通ってたから任せとけよ」
秋人はオルガンに着いて讃美歌を弾き始める。それに乗って桐崎と、七人の少年が歌い始める。桐崎の歌声を覆う、少年たちの声は美しく、遊山は特に表情も出さなかったが秋人はとても感心していた。
「歌い終わった?」と遊山。
「終わったよ」
「よし、今から作戦を言うよ。聞こえた?」
「うん。聞こえてる。聞こえた時肩を叩こうか?」
「いや、まだほんのちょっと聞こえるから大丈夫。作戦はこう。まずお前たち聖歌隊が俺の家に入って歌うんだ。そしたらきっと、あいつらはストライキ教から平和の宗教に入りたいと思うようになる」
「そんな強引に家に入ってやるのか? 上手くいくとは思えねえぞ」桐崎はボヤいた。
「だってこんな美しいんだからな、全然聞こえなかったけど…とにかく、賭けるしかない。もう退学決定まで時間はないんだ。桐崎、秋人、これは勝負だ。俺たちの人生を賭けた」
勝負? と秋人は嫌な予感が過ぎった。夜に見た夢は、刺されて殺された夢、目覚めた直後に感じた、試合という勝負の敗北感。
もしかしたら僕は今日、刺されて殺されるかもしれない、正夢になるような恐怖が彼を襲った。
突然、秋人は家から抜け出して逃げるように走り出した。
「あ、秋人!」
彼は途中で走っていたタクシーを止めて、遠くまで運転させた。
それから秋人は潮の風が匂う崖に立っていた。下を見ると海が、人間では出せない音を立てながらうねっていた。
「秋人!」と桐崎と遊山が別のタクシーに乗って来ていた。子供達もついて来ていた。
「急にどうしたんだ?」
「怖いんだ」
「なんだ?言ってみろ」
「殺される夢を見た」
「大丈夫だ秋人、その時は守ってやる」
桐崎は彼に近づいた。
「来るな!」
そう言われて足を止めた。
「殺されるくらいなら、ここから落ちた方がいい。来るなら落ちる───」
「自殺はやめなさい!」
遠くから、拡声器を通して声がした。
リムジンが走ってくる。桐崎と遊山の前で止まると中から遊山の父が出て来た。
「自殺はやめなさい」と今度は生の声。
「秋人さん、自殺をやめてください」と後ろからついて来た信者たち。
「元はと言えばお前たちのせいなのに」
「パパ、いったいいつから俺たちをつけてた?」
「大地、それは知らなくていいことです」
「こいつら俺たちをストーカーしてたのか!」桐崎が声を上げた。
「秋人君!自殺はやめるんだ!」
と、さらに後ろから学校の教師たちがやって来た。あのストライキ教諭も、丸山先生もやって来た。
「自殺はやめろ!」
「おいおい、いつから俺たちを追ってたんだ?」と桐崎は困惑していた。
「ならストライキ教をやめろ! 大地のお父さん!」と秋人は声を上げる。
「ストライキ教?」とストライキ教諭は大地の父を見た。
「え? いや、何を言ってるのかな。わたしの心の宗教はそんなものではない。誤解もいいところだよ、秋人君」
「嘘をつけ!」
「嘘なんかついていないよ。じゃあ聞くけど何処で私の宗教がストライキを起こしている証拠があるのかね?」
肝心なところを秋人は抑えていなかった。桐崎も遊山もハッとした顔で、記憶を探ったがそうしたところで現場を抑えていない。
大地の父は勝ち誇ったようにニヤッと笑った。
「待って」と声がかかる。幼くて、桐崎の後ろに整列している聖歌隊の一人の子供。
「どうした?」と桐崎が駆け寄って耳を傾ける、「宗教について知ってるのか?」
と言うと、全員が子供に近づいて耳を澄ました。
「僕のママが、あの人の宗教にね、入ったんだ。なんか、渡された紙に、ストライキっていうのが…書かれてたよ」
「子供の言った言葉を信じるのですか? 皆さん」と大地の父は腕を上げて注目を集めようとした。
「僕の家もそうだったよ、はやと先生…ストライキをする場所って、ママが元気に叫んでた」とまた一人の子供が桐崎の側まで行って話しかけた。
「今の時代、いくらでも偽ることはできます。ましてや子供に嘘を言わせるなんてとても簡単でしょう」
「いや、この子たちは嘘なんかついてない」と桐崎は立ち上がる。
「どうして決めれるのです? 言っときますが、もしそれが嘘ならあなたは大罪人になりますよ」
「そうか? 好きにしろ。そう決める前にお前たち、聖歌を披露してあげなさい。これで真実か嘘かを、今いる大人たちに審判させてやりなさい!」
七人の子供たちは、崖まで歩いた。秋人は桐崎と遊山の側に戻った。
そして子供たちは雨空を背景に歌い始めた。その声変わりしていない無垢の声が、人々の心に光を充てるようであった。
「なんて美しいんだ!」と大地の父は跪いた。気づくと信者たちも跪いていた。そのうちの一人の信者が茶色のカツラを取って懺悔をし始めた。
「神よ!私は嘘をついていました! わたしは宗教を作ったものの。失敗した責任を取るのが嫌でわたしに似ている人を教祖にしました! お許しください! 神よ!」
そして教祖の方は、
「神よ、ほんとはこの宗教の名前は心の宗教ではなく、ストライキ教です。ストライキ教は、賃金の上がらない状況を改善しようと各地をストライキさせて世の中を混乱に陥れてしまいました。秩序を乱した事を、神よ、お許しください」
「は…は?」と大地は偽物の父まで歩く、
「パパじゃないの?」
「違うんだ。本当のお父さんは、あの人だ」
茶色のカツラを握ったまま、力なくうなだれている男に指を差した。
遊山が本物の父親にゆっくり近づいた。しかしそれよりも早く走って蹴りをお見舞いしたのは秋人だった。
「ふざけんじゃねえ!野郎、てめえのせいで最悪な一日になっちまったじゃねえか!しかも責任逃れに変装まで! 何が教祖だ!」
一方で、
「先生、僕たちの退学って…」
と、桐崎が丸山先生に話しかけていた。丸山先生はストライキ教諭と何か話をしていた。
「え? ああ、取り消しよ」丸山先生は目の前にいるストライキ教諭、山口先生をうっとりして見ていた。
「うわまじかよ」と桐崎はその場からすぐ距離を置き、子供たちを一人一人褒めていった。
「おい秋人!」
「ん?」秋人は聞こえた方に目をやる。
吉田が走って来た。両腕を広げていた。
秋人は当惑しながらも両腕を広げた。
「この野郎!」
吉田はすかさず隠し持っていた包丁を秋人の腹に刺し入れた。
「は、おい…勇気?」
「殺すって言ったろ? 殺しに来たんだよ」
「畜生…」
秋人は後ろに仰向けになって倒れた。丸山とストライキ教諭がやってくる。
「大丈夫?秋人君? あ、刺されてる!」
「救急車!救急車!」
雨が降り始めた。
「あれ、丸山先生、綺麗ですね?」とストライキ教諭はストライキと書かれているヘルメットを脱いだ。
「山口先生も、なんだか今日はいけてますね…山口先生? 来週デートでもどうですか?」
秋人は意識がなくなるまでイチャイチャしている丸山とストライキ教諭を見ていた。彼の心には敗北感が苛立ちと共に渦を巻いていた。
「君か! 人を刺したのは! じゃあ署までご同行願おうか?」と警察官が先に来た。
「嫌だよ。だって日本の未来は暗いもん」
「…あ、たしかに」と言ってその場にいる警察官は頭を撃って倒れた。また信者たちが餌に集まる鳩のように銃に群がってパンパンと銃声を軽やかにリズム良く鳴らしていった。
その後、ストライキ教は無事解散した。収入源がなくなったことで遊山一家は仕事をしなくちゃならないようになった。リムジンを売り、別荘も売った。ジェット機、島も売った。大地も経済の事情で退学の危機があったがなんとか夜にバイトを入れることで回避できた。宗教一家は、いつのまにかアルバイト一家になっていた。
病院で、秋人の見舞いに来た坂上は、すでにいる桐崎と吉田を除いた薔薇が木に軽く挨拶した。
「大変だったな」と坂上は言う。
秋人は腹を刺されたが幸い死なずに済んだ。ただ意識が無く、軽く植物状態になっていた。
「ストライキが止んだことで、俺の親父の会社も無事に運行し始めたよ。ストライキが起きたときはどうなるかと思ったね。最初はすぐ終わるだろうと思って無視していたけどさ、ずっと賃金上げろって、危うく上げることになりそうだったけど、終わってよかったってホッとしてた」
………
コヨミが倒れている秋人を覗き込むように見ていた。やがて秋人は目を開けて、死の世界を見出すのだった。
次回はフェミニストとゲイにまつわる話です!