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僕たちの戦争  作者: イケサキ
ストライキ教編
5/18

ストライキおぼぼぼ

 秋人は夢を見た。

 団地の中にある公園で、刺されて殺される自分の姿を、遠くから見ていた。救ってくれるはずのトトがいない。


 負けた世界。試合。


 ハッと眼を覚ました。目の前に猫の状態のトトが寝ている。その小さな後頭部をじっと見ていた。もう一匹のトトは足元で寝ている。ヨコミはベッドの隣に敷布団を敷いて眠っている。フラチはというと一階の和室で眠っていた。フラチは一人の時間がほしいらしい。秋人はその夢から身を離そうとそんな考えをしていた。

 でも自分が一人の時間を欲しいなんて思ったことはなかった。両親が帰ってくる時間もわからない数十年を通す中で、秋人はそう気付かされた。

 もし死ねばどうなるんだろう。あの時、刺されていたら、あの程度では終わらないだろう。きっと何度も刺してくるはずだ。そうなれば、僕は死んでいる。

 トトの頭を軽く撫でて、また眠ろうと眼を閉じた。


 朝、秋人は遊山という友人と学校に向かっていた。あの時の記憶が延々と繰り返されているからか、秋人は無言になっていた。それに気づいた遊山は、雨の予報から持ち出した傘で秋人を突っついた。

「なに?」と秋人。

「元気とかどう?」

「全然。良いことなくて」

「そう──」

 しばらく無言が続く。近くから鳥の鳴く声がした。足音がよく聞こえてきた。

「まあ、元気は出しとけよ」遊山は言う。

「…わかってるよ」

 これでも二人は小さい頃から付き合いがあった。いわゆる幼馴染。

 ゴミ箱に埋もれた女が涎を垂らしていて、鼻の穴から酒を飲んだ姿を遊山は、父からもらったビデオカメラで撮ってそれを当時近所に住んでいた秋人に見せたところから交遊が始まった。

 そしてその映像を小学生の頃、いたずらに家電量販店のテレビのモニター全てに映した事が友情を固める要因となった。

 だから、こうした短い言葉のやりとりは二人にしかわからない疎通があった。だがこの会話はそれとは例外である。


 学校に近づくに連れ、二人は違和感を遠くから聞こえる声で覚えた。やがてそれは、教師によるストライキが起きている事と知る。生徒もサボれると優秀な生徒を除けばほとんどが参加していた。

「なにしてんだ?」

 秋人は先頭に立って拡声器に口を当てている桐崎に話をかけた。さっきからずっと「賃金を上げろ! ブラック校則やめろ! 生徒を敬え!」と、その文句は言う度に変わって落ち着きがない。校長はやめろ! 副校長は馬鹿だ! 女水着をブルマに! ゲイにセクハラされた! 私たちは雇われた! という次第。

「これか? これはストライキだ」

「見りゃわかるよ。事前に聞かされてなかったけど、俺たち」と遊山。

「そりゃそうだよ。今日から始まったんだ。何の予定もなしにね」

「隼人から始めたんじゃないのか?」

「いや、俺が来ていた時は二、三人の教諭が発狂してたよ。あくまでも俺はそれに便乗していただけで気づいたら」桐崎は後ろを見る、「こんな増えてた」

「くっだらねえ、もうサボって映画館でも行こうぜ」と秋人は言う。ポケットに手を入れていて、まったく興味を持たなかった。

「おいおい、こんな機会滅多にないから楽しめよ。映画館なんて明日でも行ける」

「そこの人! あなたたち!」教諭が校門から近づいてきた。指を差して、逃さないつもりだ。

「なんすか、先生?」と秋人。

「あなた達?ストライキを起こしたのは」

「違いますよ、今来たんです」

「嘘はいい」

「おい! 丸山生理用品男ブス女! お前はそっち側の化け物なのか! この未婚のまま四十代突き破って閉経した更年期怪物!」とストライキという文字を入れた黒いヘルメットを被った教諭。

「ああめんどくさくなりそう。俺は関係なしで」と秋人は離れようとした。

 が、丸山に腕を掴まれた。

「待ちなさい。あなたがやったことは重大な事件ですよ。まずあなたは退学です」

「はぁぁあ?」

「それに、あなたたち二人もです!」

 三人の驚いた顔はあくびをしようと口を開けた猫がその瞬間に時間が停められた時の顔だと思えばわかりやすいだろう。ちょうどトトは秋人の部屋の窓辺であくびをしていて、曇り空を眺めていた。

「先生、それは誤解です。俺が来たのはちょうどさっきです。このストライキは全然知りません」

「嘘はいい。どうせやる予定だったんでしょ? それにあんなセリフを吐かせるだなんて悪魔です、あなたは!」と丸山は目に涙を浮かべた。

「違うって先生! 俺はなにも知らない!」

「もう黙って!」と丸山はその場に崩れて泣き始めた。

 三人は互いに見やってから現場から走り出して逃げた。

「じゅ、塾に行くぞ!」


 塾に着き、中に入る。鍵を閉めて、ほっと安心する三人。

「マジでどうなってんだ?」と秋人、「俺がいつ更年期怪物とか言えと指示したんだ?」

「きっと勘違いだ。そうだろ、秋?」と遊山。

「おいなんで疑ってんだ。俺はあんな非道な発言をしないって今までの付き合いからわかるだろ」

「まあそうだな。秋人はこんな事言わない」

 と、言う桐崎を二人は見た。

「…俺は本当に関係ないからな。ただ好奇心で便乗しただけで」

「でもゲイにセクハラされたとかはお前が思いついたんだろ!」

「あれはジョークだよ。ジョーク。ゲイの友達いるから、あくまでもお笑い…」

「嘘つけ、お前にゲイの友達がいるなんて聞いたことないぞ!」

「いやいるいる。今度紹介してやるよ」

「ふん。ならいい」

「いいのか?」


「ただ困った。このままじゃ退学にされちまう。秋人、どうしたらいい?」

「知るかよ」秋人は掴まれた腕を労わりながら無意識に言った。

「誤解を解くんだ。とにかく、そうしないと丸山先生には伝わらない。いや、あの人はちょっとヒステリックなところがあるから誤解を誤解とすら認識しなさそうだな…」

「なんだよ大地、丸山先生をヒステリック患者扱いか? もしかしてこのストライキを行ったのはお前じゃねえのか」

「おい隼人、俺たちが疑い合っても解決しねえだろ」

「だからって全員の疑惑が晴れたと言うことでもねえな、秋」


「たしかに…」と秋人は納得して黙った。

 三人黙った。


 桐崎は近くにあるリモコンを手に取り、天井に掛けられてあるテレビに向けて電源ボタンを押した。

 ニュース番組で、緊急生放送としてストライキが映っていた。それは秋人たちが通っている学校ではなく、他県にある水族館のストライキだった。

「ここでもストライキか」と遊山。

「ん、ちょっと待てよ。昨日もコンビニでストライキが起きていたな」桐崎は二人を見て言う、「かなり前にもさ、ジムでムキムキの男たちがストライキしてたんだよ」

「…多くないか?」と秋人。

「これには裏がありそうだな…」と遊山は顎を指で撫でながらいかにも探偵を気取って言った。


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