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僕たちの戦争  作者: イケサキ
Tokyo白銀セキリュティTokyo青山Japan侘び寂びゲート編
4/18

悪徳だらけな社会

その日、秋人は手伝いをほったらかして四人の少年について行った。財布は秋人が後ろポケットに入れることにした。道から一歩違う道へゆくと、日陰が増していった。

「こっちこっち、面白いよ」と宮良。

「お先真っ暗な連中が多いぜ」と吉田。

「お前ら人を馬鹿にすんなよ…」

 やがて道が明けた。その先は、団地の公園であった。公園には、幼稚園児が遊んでいたり、それを見守る保護者もいた。それまではよかったが、ちょっと遠くの距離があるベンチを見たり、休憩所のような屋根付きのベンチを見ると秋人は顔を顰めた。

「な?」吉田は秋人の袖を引っ張る。

「お前らなあ…あの人たちをどうするんだ?」

「別に。ただ見てるだけ。自分より下の人間を見ると、めちゃ安心しない?」

「しねえよ。…お前たち本当に小学三年生か?そんな言葉を使うのは普通大人とかだろ」

「秋人って遅れてるね」と青木が幼い笑顔を見せて言った。

「今じゃ普通だよ。成績悪くたってああいうのを見るととても安心する。…あそこを見てよ秋人、あのね、階段のほう」と青木が指を差した場所を見る。団地の四階の手すりに双眼鏡を持って公園を見る大人がいる。

「ただ見てるだけじゃないのか」

「それが違うんだ」

「どう違う?」

 すると青木は黙った。

 

「…なあお前たち」と秋人は四人に振り向いた。四人は顔を傾げて秋人を見る。

「なんでそんな陰湿で得もしない事をするんだ? 下を見たって成長しなければ卑屈な精神野郎になっちまうぜ?」

「ギャハ、秋人ってやっぱり遅れてる。上を見たって仕方ないのに。だから僕たちは下を見て安心するんだ。勉強ができなくても、ああいうてい…てい…」

「底辺だろツトム」と吉田。

「そうそれ! 底辺を見て安心するの」

「うえぇ、ゲロ吐きそうになるぜ…そんな事をしている自分をたまには見つめ直したほうがいいんじゃないか?」

「秋人だってバカじゃん」

「それは否定できないけど、人を馬鹿にしたり軽視したり見下して精神を保つのはやめろって言ってるんだよ。そうでもしないと保てない精神ならいっそ捨てたほうがいいだろ」

「ムリムリ、もうこれを知ったらやめれないもんね。僕は今、秋人を見下してるよ!」

「そうか、なら抱っこしてやる!」

 秋人は怒った顔をして青木を抱き上げた。

「これでどうやって見下すんだ?」

「ねえ降ろさないと叫ぶよ」

「…このクソガキ」と秋人は青木を降ろした。

「秋人だって、劣等感を感じることはないの? 例えば親戚の人が自分よりすごかったら」

 秋人は黙った。

「あ、思い当たるって言う顔してる! 秋人も下を見て安心しなよ」

「…悪いけど、俺は人を見下さないよ。意味がないってわかってるからな。お前たちは人を育てようと思わないのか」と秋人は言う、「遠くから見て呪文でも囁くように馬鹿にせず、現実的に育てようと思う気持ちにはならないか? 枯れた花でも花って名前はついてんだぞ」

「秋先生って僕たちが小学生なのを知らないんだ」と瀬古が笑った。「難しいことはよくわかんない!」四人とも笑う。

「それに、掛け算とか満足にできなさそうな秋人に育てられても何の役にたつっての!」と吉田は大きな声で笑った。

 そう揶揄われた秋人は、今までにないほど屈辱感のある顔をしていた。鼻に皺がより、ほうれい線が浮かんでいた。

 

「あの…」

 秋人の後ろから声がした。

 振り返ると、一人のやつれたスーツを着た男が立っていた。

「な、なんですか」

「君の後ろポケットにある財布…それ僕のじゃないかなと思ってね…」

「これっすか?」と秋人は財布を出す。

 秋人の後ろに立っている四人の少年は静かになっている。

「ちょっと、中身をみせてもらえるかな…免許証に鈴木克治ってあったら…返してもらえるかな…?」と鈴木は懐に手を入れて、包丁の刃をちら見せした。

「いいっすよ。実はこれ落ちてたんすよ」

 鈴木は感情のない目をしていた。

「ほんと?…これ、わかる? アザ」と鈴木は首を見せる。細いコードで強く締められた跡がある。

 

「君がやったんじゃないの?」

「え? どういうこと?」

「それとも、その後ろにいる子供? あの時両腕を抑えられていたから」

「…どうだろう。とりあえず財布の中身を確認してみます。私はこれを道から拾ったからわかりませんし、この子たちだって知らないと思います」

 秋人は警戒しながら財布を見る。その中から免許証を見つけ、名前を見た。

 鈴木克治

 一致する名前。手が止まる。

「どう? 名前は?」

「え? …いや、違いました。鈴木じゃなくて斉藤でしたよ」

「…見せてください」

「いや、これは交番に届けます!」

「早く」鈴木は懐を広げて刃物を見せた。

「いや!」と彼は財布をポケットに入れようとした。したら、引っかかって足元に落ちてしまう。秋人はすぐ拾おうとするがその時には刃物が秋人の額近くに出されていた。

「あ…え…あの」

「動いたら刺すよ。君たちも、逃げようとしちゃ駄目だよ。追いかけて殺すから」と小声で言った。

「子供に殺すなんてやめましょうよ…」と秋人は小声で言った。

「…こちらに蹴って。姿勢はそのまま」

 秋人は従って免許証の入った財布を鈴木の近くまで蹴った。もし屈めばその隙に襲われるかもしれないという理性をまだ持っていると秋人は思った。

「…うん、僕のだ。どうして君、斉藤なんて嘘をついたのかな」

「それは、もしこの財布が自分のものだと知れば、なんの証拠もなしに襲いかかってくると思ったからです。嘘をついたのは謝ります。」

「…でも、許さないよ」鈴木は言った側から包丁を秋人の腹に向けて刺そうとした。

 その時、一匹の猫が鈴木の包丁を持っている手首を襲って落とさせた。

「ト…猫! お前たち逃げろ!」秋人は薔薇が木に向かって言う。周りを見ても誰も興味を持たずに空を見ているような人たちが多かった。唯一四階から双眼鏡を覗いている人間は秋人を見ていたかもしれない。

 四人は逃げていった。

 

 秋人は包丁を蹴った。直後に鈴木が後ろから抱きつくように襲っきたことで倒れてしまう。男は秋人の首を絞めようと手をかけようとするが、ぎりぎりで手首を掴まれた為硬直状態が続いた。

「この…クソジジイ!」

 そしてトトが秋人の頭の前に立ち、じっと男を睨んだと思いきや突然顔面にむけて爪と歯を剥き出しにして飛び掛かった。

「グギヤァ!」と鈴木は後ろに倒れようとしたが、手首を掴んでいる秋人はそれを許さなかった。

 こいつは、それほどの罰は必要だ。それにクソガキどもの発言もストレスだ。この男が苦しめば苦しむほど、秋人のストレスは解消されるような気がした。

 鈴木は顔を左右に激しく振った。しかし振れば振るほど爪が食い込んだ。やがて手首を離すと、男は後ろに転がった。そのすきに秋人は立ち上がる。

「猫、下がれ!」

 そう言うとトトは飛んで距離を置く。

 秋人は立ち上がろうとする鈴木の頭を蹴り上げると、男はうつ伏せで動かなくなる。

「俺は暴力が好きじゃねえ。でも殺されそうになったら話は別さ。鈴木さん、俺があんたから財布を取ってないのは本当だよ。ただ詳しくは話せないけど、返したかったんだ。それでもこんな事をされたら、こっちだって温厚に相手してるわけにはいかないでしょ…」

「先生!」

 四人がやってきた。縄を持っていて、走ってくる。鈴木は力尽きたようで、動きそうにない。

「戻って来んなよ!」

「嫌だね、俺たちだって戦えるってところを見せるんだ!」と吉田は鈴木の頭へ飛んで乗った。「よし、やれ!」と言いながらバランスよく頭の上で跳ねた。

 残りの三人は、両足を抑え、両腕を後ろ背中に回し込んで縄で縛った。

「これで襲われないよ、先生」

 その時、秋人は猫を撫でていた。

「そうか。…これでわかったろう? 盗みとか暴力は振るうもんじゃないってさあ」

「…でも先生だって暴力してたよね」

「バカ、これは正当防衛だ」

「じゃあじゃあ、僕たちがやった事も正当防衛だよね!」

「そんなわけあるかよ。そもそもお前たちが始めたんだろう? 最初からあんな事をしてなければこうにはならなかったんだよ」

「…やっぱり…君たち」

「サッカーボールキック!…これで忘れるはず。覚えていたら何処までもやってきそうだからな。記憶喪失になってることを祈ろう。…これも正当防衛の内だ」

「せ、先生も僕たちと一緒だと思うよ…」と青木は言った。

「…まあでも、勝った試合は気持ちがいいもんだなあ」

 秋人は背伸びをした。

「お前たちが言う見下しは嫌いだけど、勝った試合は心地が良い。ほっと安心というか、一時的にだけどな」

「優越感とかある?」

「ねえよ」

 

 その帰り、秋人は桐崎に勝手に抜け出すなと怒られているのを、四人はくすくす笑いながら聞いた。

「でも、楽しかったよ…先生の社会科見学」

 と、吉田は言った。

「社会科見学? どこに行ってきたんだ?」

「俺がこいつらに連れて行かれたんだよ。団地にさ」

「団地? あの暗くて陽の当たらない?」

「うん。先生が底辺を見れる場所って言って連れて行ってくれた」

「え」

 突然桐崎が彼を殴った。

「子供に何を吹き込んでんだお前。生きている人間に底辺とか、まともに道徳も知らないのか?」

「…俺じゃなくてこいつらが」

「言い訳はいい。そのくそったれな道徳をなんとかしろ。幻滅だぞ、秋人」

「桐崎先生、秋人先生は僕たちにいろいろな事を学ばせてくれました」と瀬古。

「なんだ?言ってみろ」

「まず倒れてる人の頭を蹴っても正当防衛になる事と、見下すよりも勝った勝負の方がずっと心地がいいと言う事です」

「こうやって! サッカーボールキック!」と宮良が秋人の真似をする。

「なんだ? 何してきたんだ?…秋人?」

 

 扉からフラチが顔を出した。

 桐崎に何か耳打ちをしている。それを聞こうと秋人は耳を澄ませるが、まったく聞こえてこなかった。

「…そうか。まあ、とりあえず今日はこれでお終い。お前たちも帰れ、家近いだろここから」

「でももう暗いですよ」

「何言ってんだ?まだ明るいぞ」桐崎はカーテンを退かして外を見せた。時間は五時を過ぎていた。その季節だとまだ明るい。だが小学三年生で、治安の悪さを考えれば、ふと桐崎もそのままにしてはおけない。親に迎えに来るよう言うべきだったか、と秋人は思った。それは桐崎も同様。

 

「じゃあ、秋人に送ってもらえ」

 それが桐崎の答えである。

 秋人は心底怠そうに姿勢を前のめりにして口を開けた。筋肉がまだ未熟な子供がよくやるような舌も見せた。

 

「いやか?」

「…送るよ。もしもの事があっちゃ怖いだろうから。…まあこいつらならそんな心配にかけることでもないと思うけど」

 そう言われた四人組は得意げな顔をした。

 

 こうして秋人は四人を家に送った。初めに宮良と瀬古が住んでいるマンション。その次は青木の家、吉田の家に。ようやく秋人が自分の家に向かう時には六時になっていた。

 トトが彼に走ってやってきた。

「秋人」と声がかかる。

 近づくに連れて少年になって行った。

「もう一人はどうした?」

「秋人の家で待ってるよ。心配になったから来てみたんだ」

「そうか。俺が襲われた時、助けがなかったら多分刺されてたよ」

「危なかったね、あれ。もし秋人を見かけていなかったら、今頃死んでたかもしれないよ」

「どこから見てた?」

「曲がり角を曲がった時。あの先は団地のわだかまりで、嫌な噂が絶えない場所だから心配になってついて行ったんだ」

 

 家に帰って、その日はいつものように過ごした。


底辺という言葉はこの作品のこの話で初めて使いましたね。しかも頻繁に。気分が不快にされたら、私もそうされたらと思って少し落ち込んでしまいました…。

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