誰も死なないデスゲーム 後編
第二ステージでは完敗を期した。
それでも諦める事無く運営側は第三、第四ステージにおいて、多種多様なゲームを参加者へと繰り出していく。
しかし、参加者はどのゲームもいとも簡単に突破していった。
当然の事如く、誰一人脱落せず、芽生えた友情が消える事もない。
逆に友情は強くなり、参加者は一丸となってステージに挑んでいた。
この想定外の状態に、運営側も限界が来ていた。
「もう……駄目だ……。どうしようもない……」
「主催者様、大丈夫ですか?顔色が良くないようですが……」
「まあ、大丈夫……とは言えないかな」
ハッキリ言って、全てが想定外。
全てが上手くいっておらず、状況は最悪。
予定では最終ステージの人数は一桁代になるはずだった。
それがまさかの全員生存。
ここまで来ると胃が痛いとかそう言う次元じゃない。
俺はもう心身ともに限界だよ。誰かこの状況をどうにかしてくれ。
あー……なんかもうどうでも良くなってきた。
デスゲームなんかやめて、家に帰ってゲームでもやろうかな。
そう言えばこの間買った新作ゲーム。まだ序章しかやってなかったんだよな。
よし、家に帰って新作ゲームをやろう。
無駄に見ないテレビをつけて、お菓子を食べながらゆっくりやろう。
デスゲームなんか忘れて、楽しい事をしよう。
「……お疲れのようですが、そろそろ最終ゲームを開始しなくて大丈夫なのですか?最強の殺人鬼の用意は一応済んでますが、直接何か伝えたりなどは……」
「え……いや……別に……あっ……あああああああああ!そうだ!最終ステージは殺人鬼を使うんだった!最強の殺人鬼を使うんだった!」
最終ステージの内容を思い出し、思わず心の声が出た。
それと同時に、一筋の希望が見えてきた。
そう。最終ステージでは、最強の殺人鬼を使用する。
この殺人鬼は我ら運営側が一年の月日をかけて鍛え上げ、作り上げてきた最高の殺人鬼。
元は集団の中にいるのが死ぬほど嫌いなだけの、殺人願望のある少年だった。
そんな彼に、俺たちは様々な事を覚えさせていった。
2mを越える身長に、スイカをいとも簡単に握り潰せる握力。
鍛え上げられた最強の肉体に、極められた殺人技術。
そして、敵を仕留める事に特化した数多の武術など、本当に様々な能力を覚えさせてきた。
その強さは強大で、世界最強と謳われる様々な武術家や戦闘狂を、8割の確率で撃破することが可能なほどである。
まさしく、運営側の秘密兵器。
この殺人鬼がいれば、参加者全員を脱落させる事も苦ではない。
想定外の事態が起こりすぎたせいで、すっかりその存在を忘れていた。
やはり、諦めなければ奇跡は起こるんだな。
当初の予定では、最終ステージで一人を残し、参加者のほとんどを殺害する予定だった。
しかし、ここまでコケにされて、もう我慢の限界だ。
今回のデスゲームクリア者は無しにしてやろうじゃないか。
最後の切り札を前に、一気に自信を取り戻し、職員に指示を出していく。
そして、最強の殺人鬼に通話を繋ぐと、指示を伝え始める。
「もしもし、我だ!最強の殺人鬼よ、調子はどうだ?」
「うおおおおおおお!プロフェッサアアアアア!最高だぞおおおおお!」
「それは良かった!さて、殺人鬼よ!君にいい知らせがある!当初の予定では一人を残して、全員殺せとの事だったが、協議した結果。なんと……今回は参加者全員を殺して良いとの事になった!」
「えええええええ!本当かあああああああ!全員殺して良いのかああああああ!?」
「ああ、全員良いんだ!君なら出来る!頼りにしているぞ!」
それだけ告げ、通話を切る。
普段通り、調子良さげな殺人鬼の声を聞くと、安心感が爆増してくる。
調子が良い時の彼の仕事は完璧だ。失敗した事は両手両足で数える程度しかない。
これなら、大した問題は怒らないはずだ。
肩の荷が下りたような気分になり、体の力を一気に抜く。
思い返してみれば、第二ステージを突破されてから、飲み物一口も飲んでいない。
気付くと無性に喉が渇いてくる。
随分前に用意されたブラックコーヒーを手に取ると、全てを飲み干す勢いで喉へと流しこんで行く。
不思議と苦みは感じず、美味しいとすら感じる。
確実な勝利を目前としているからだろうか。
そんな事を考えながらも、全ての準備が整ったのを確認し、最終ステージの会場へ、映像を繋ぐ。
「やあ、参加者諸君!ここまで良くたどり着けたものだな!一応は褒めてやろう!しかし、残念ながら諸君らはここで全員死ぬこととなる!最終ステージのゲーム内容を説明する!ルールは簡単。これから一時間、最強の殺人鬼から逃げきればいい!正真正銘ルールはそれだけだ!それでは……ゲーム開始!」
突然の開始の宣言に、参加者は一気に騒めきだした。
そんな彼らを待つことなく、無慈悲なゲームは開始される。
会場の出口が大きく開くと、そこから鉄パイプを持った大柄の男が会場へと侵入した。
そう、彼こそが最強の殺人鬼その人である。
その不気味な雰囲気に、彼らが動けずにいると、その中から一人。
大柄な中年男性が前へと出てきた。
「最強だか殺人鬼だか知らねえが……俺は柔道で茶帯を持ってるんだ!お前程度ぶっ倒してやる!」
「柔道うううう?柔道なら俺も出来るぞおおおおお!」
そう叫ぶなり、殺人鬼は男へと駆け出す。
想像以上の素早さに動揺しながらも、男はすぐさま戦闘態勢に入る。
が、殺人鬼は彼をいとも簡単に捕獲し、大きく持ち上げると、彼を十数m先の壁に投げつけた。
その衝撃の強さに、彼は苦しみ声をあげ、地面に倒れこんだ。
大柄の見た目と反する想像以上の素早さ。
大柄な男を軽々と持ち上げ、十数m先へと投げつける圧倒的力。
人間をほぼ超越したとも言えるその力に、参加者は動揺し、動こうにも動くことが出来ない。
「ふっふっふっ……どうだあああああああ!これが俺たちの奥の手だ!見ろ、女職員よ!あの驚いた顔を!恐怖に怯える顔を!あのマヌケな顔を!」
「流石にあの殺人鬼には動揺を隠しきれないみたいですね」
「ああ、そうだ!だが、ここからだ!さあ、行け、殺人鬼よ!参加者全員を地獄へ送り出せ!」
その声に応えるかのように、殺人鬼は参加者へと向かって行く。
当然、参加者は怯え、一斉に逃げ惑う。
その様子はまさしく地獄絵図。
ふう……最高!
あー、もう……最高!
自分の作戦が上手くいくことが、ここまで気分が高まる事だとは思わなかった!
本当にいろいろあった。思えば苦悩の連続だったな。
初めてのデスゲームなのにも関わらず、全てが予想通りにいかず、デスゲームとは思えない雰囲気で進んで行った。
ステージは軽々とクリアされ、誰一人として死なずに最終ステージまで来てしまった。
ハッキリ言って、心が折れたこともあった。
というか、少し前まで心は折れていた。
全てが上手くいかず、デスゲームなんかやめて、家に帰ろうと思ったこともあったな……。
長く、大変な一日だった。
本当に……本当にここまで長かった……まあ、実際の時間は一日も立ってない訳だが。
体感時間で言えば二日ほどたったような感じだ。
だが……ここで終わる。全てが最高の状態で終わる。
最強な殺人鬼によって、参加者は全員脱落し、デスゲームは終了するのだ!
「……主催者様。様子がおかしくありませんか?」
「え?おかしいって……何がだい、女職員よ。すべてが順調じゃないか!」
「いや、さっきまで逃げまどっていた参加者が、逃げるのを辞めて、殺人鬼を囲っているのですが……」
そう言われ映像を見ると、確かに参加者は逃げるのをやめ、殺人鬼の周りに集まっている。
何事かと思いながらも、その様子を眺めていると、突如として、参加者全員が殺人鬼へと駆け出した。
突然の行動に動揺しているのか、殺人鬼は一瞬反応が遅れてしまった。
その隙を突き、何度もゲームのクリアに貢献した、アホずらの男が殺人鬼から鉄パイプを奪い取った。
そして、その鉄パイプで殺人鬼を全力で叩く。
当然の事ながら、最強である殺人鬼には全く効いていない。
殺人鬼はアホずらの男に対し拳を向ける。
しかし、それを阻止するべく、他の参加者が彼へと襲い掛かる。
驚きながらも、軽く参加者を投げようとすると、別の参加者が襲い掛かり、邪魔をする。
次から次に参加者は襲い掛かり、殺人鬼の動きを封じていく。
どうやら、参加者は数で対抗しようという考えのようだ。
「ふっ……無駄な事だな。いくら一般人が襲い掛かろうが、最強の殺人鬼の前では無力!そんな行動は無駄なのだよ!さあ、全てを蹴散らせ!殺人……あれ、え、殺人鬼?最強の殺人鬼?」
殺人鬼の様子がおかしい。
最初は参加者を蹴散らし、余裕があった。
それが襲い掛かる参加者に捕まれ、身動きが取れなくなっている。
しかし、彼の力なら一般人である参加者程度蹴散らせるはず。
一体どうしたのだろうか。
「主催者様……これまずくないですか」
「え、何がだい、女職員よ」
「いや、そもそもとして、最終ステージにこんなに大勢が残るって予定されてないんですよ。予定では数人が残るとされていましたし、それもあって殺人鬼は対大勢向けではありません。対大勢になると、世界最強のボクサーレベルから、サッカークラブに通っている小学生並みに弱くなります。それに……彼が嫌いなこと覚えてませんか?」
「嫌いな事?何かあったか?」
「……たしか彼、集団の中にいるのが嫌いじゃありませんでしたっけ。それも死ぬほど」
「……確かにそんな事も言ってたな…………。対大勢に向いておらず、死ぬほど嫌いな状況下にある。あれ……これまずくね?」
「はい。まずいです」
その言葉を聞き、最悪のシナリオが頭をよぎった。
焦りながらも再び映像に目をやる。
丁度その瞬間。
一か所に集まっている参加者の中から、一人の男が抜け出し、出口へと超高速で走り出した。
その男は大柄で、目から大量の涙をこぼしている。
見るに堪えない姿になっているが、間違いなく殺人鬼であった。
「プロフェッサアアアアアア!助けてええええ!人が沢山で怖いよおおおおお!殴ってるのに人が減らなくて敵わないよおおおおおおお!」
「ちょっ……落ち着け最強の殺人鬼!お前は最強だ!お前なら出来るだろ……ちょ……殺人鬼聞いてる!?一回足止めて、話聞こうよ!殺人鬼くんんんんんんん!」
言葉を聞くことなく、殺人鬼は会場を後にした。
会場は少しの間静寂に包まれたが、すぐに参加者の喜びの声で包まれた。
「やった……やったぞおおおおおおおおおお!なんとかなったああああ!赤髪!お前の言った通り数で何とかなった!」
「ハッキリ言って賭けだった……全員が最後まで残ることを想定してなかった事を考えて、想定外である参加者の数をいかせば、想定外の事態に反応できないのではあと思ったが……上手くいって良かったよ!ヤンキーくんも武器を取るの良かったよ!」
「そうか?ありがとうな!」
互いが互いを褒め合い、喜びを分かち合っている。
泣き叫ぶ者もいれば、抱き合い、喜びあっている者もいる。
信じられないほどに嬉しそうだ。
それに比べて、俺の気持ちは最悪だった。
……だってさあ……想定外も想定外も想定外じゃん。
まさか、こんな形で殺人鬼の弱点疲れるとは思わんやん。
いやさ、殺人鬼の嫌いな事は把握してたんよ。
だけどさ、最終ステージに来るのは数人の予定だったんよ。
絶対に弱点がつかれる事はないと思ってたんよ。
絶対にないと思ってたから、さっきまで頭から抜けてたんよ。
それに、全員が一斉に襲ってくるとは思わんやん。
あんな化け物目の前にしたら、全員恐れて、逃げ惑うに決まってるじゃん。
全員協力して立ち向かうとか……お前ら全員勇気バケモンかよ。
最悪だ……ここまで来たらどうしようもない。
どんな手を使っても、参加者全員を脱落させる手が思いつかない。
さっきの様子じゃ、殺人鬼もしばらく動けなさそうだもんな……。
はあ……初めてのデスゲームだったのにな……。
ワクワクとドキドキで昨日は眠れなかったんだけどな……。
……うん、今回ばかりは完敗だ。
全て参加者に上をいかれた。
潔く負けを認めよう。
だが……負けを認めるのは今回だけだ。
次は負けない。次こそは完璧なデスゲームを開催し、参加者を恐怖で苦しめてやる。
楽しく、最高なゲームを作り上げてやる!
「女職員よ……今回のデスゲームは失敗だ。しかし……次は勝つ。次は完璧なデスゲームを開催し、俺たちが勝ってやるぞ!」
「……はい。そうですね。……しかし、その前に一つ越えるべき壁があります」
「ん?超えるべき壁って?」
「……この数の参加者の賞金……どします?」
「あ…………ふう……」
全てを悟り、ゆっくりと振り返る。
そして、一つの決意を胸に持つ。
嫌な事忘れて、家帰ってゲームしよう!
評価が良ければ続くかも?