彼氏が帰って来る前に『あれ』を消さないと
「ほんとに届いてしまった……。」
それはどハマりしている某魔法少女アニメのトレーディングカード入りウエハース1カートン分が入ったダンボール。SNSのキャンペーンでそんなん当たるはずないだろーって安易に応募したのがいけなかった。後日、当選DMが届いた時は思わず驚いて、フェフォッとかいう変な声が出たのは今でも鮮明に思い出す。
しかし、問題がある。魔法少女アニメにどハマりしているのを同棲している彼に秘密にしているのである。いや、そもそもヲタクであることも隠している。と、とりあえず、今は目の前の問題を片付けなければならない。ぶっちゃけカードだけならなんとか隠せる自信はある。だが、このウエハース込みとなると話が違う。どう考えても場所をとる。この大量のウエハースが入っていたこの段ボールだって2日後の資源ごみの日までどこかに隠しておかなくちゃならない。
現在の時刻は10時30分。そして、彼が帰ってくるのはだいたい19時30分くらい。約9時間で少なくともこの存在感があるこの子達を違和感なく隠さなくちゃならないのだ。ヲタバレは絶対ひかれる自信がある。約3年のお付き合いもサヨナラバイバイになる可能性だってある。それは避けたい。どうにか、どうにかしなくては……。
「ってことで、あと7時間弱で1人60枚ノルマでウエハース消化ね?あ、マジカルミミリンと宇崎モモちゃんのカードさえ全て私にくれれば、他のカードは好きに持って帰っていいから。」
「いや、1人60枚って何の罰ゲームだし。口の中の水分全部持ってかれるどころか、身体中から水分なくなるんじゃね?ってか、急過ぎ笑たんだけど。」
近所に住むヲタ仲間を3人緊急召集した私に、上の階に住む奏はそう突っ込んだ。
「ってか、まだヲタバレしてないの?奇跡じゃない?どんだけ彼氏鈍感なの?」
ケラケラと笑いながらそう言ったのは、ここから一番近いコンビニでバイトしている杏里。
「というか、こんなことになるなら応募しなきゃよかったじゃない。マジ頭悪すぎない?まぁ、ここで開封の儀は一緒にしてあげるけど、ここで食うのは無理っぽいからテイクアウトで、おけ?」
大量のタッパーとチャック付きの袋を用意してきたのは、一緒にコミケに参戦したこともある古からの同志であるカズちゃん。
「うん、各ノルマのウエハースとゴミは各自持ち帰りでお願いします。ほんと、急で申し訳ないと思ってる。1カートンを甘く見ていた。」
「ってか今日仕事は?」
「今日は休み。これの他にブルーレイボックスとか通販で色々頼んでたからさ、受け取りコンビニでもいいんだけど往復大変だし、うん、きりがないからさ。」
「きりがないってどんだけだよ。そっちは隠し場所あんの?」
「あぁ、大丈夫だ、問題ない。あとはウエハースさえなんとか出来れば…。」
「そのウエハースが一番の大物じゃん。」
そんな会話をしつつ、私達は開封の儀を始めた。
開封の儀とか大袈裟に言って入るがやっていることは何てことない。お菓子の袋を開けて、ウエハースはテーブルの中心に置いた大きなボールに入れて、透明な袋に入っているイラストカードは私の推しであればボール横のトレーに入れてもらい、他のカードは各自各々で置いていく。気付いた人がたまったウエハースをタッパーやチャック付き袋に詰めていき、ボールを空けるようにし、それを繰り返す。実に地味な作業だが、1人でやるよりはるかにましだ。私はなんて仲間に恵まれているのだろう。
「そういやさぁ、今更的な話なんだけど、初めて私はおうちにお呼ばれしたんだが……、なんか広くね?」
突然杏里が私に問いかけた。
「まぁ、上に住んでる私が言うのもなんだけど、ここ駅近いし、オートロックだし、この広さだからさ、そこそこのお家賃しちゃうんだよね。まぁ、うちは旦那の『職場にも実家にも行きやすい場所に住むー』っていう希望でね、ここになったからさ、義父さんが少し出してくれてるんだけど……。」
「いやいや、私のとこも似たようなもんだよ?彼氏がエンジニアで、ここに引っ越すちょっと前はさ、結構帰りが遅くなること多くて、『駅からあまり歩かないでおうちに帰りたい』って理由でね。今は割と帰りが早くなったけど、『僕のワガママでここに決めちゃったから』って、家賃に関しては全額出してもらっちゃってる。でもでも、だからさ、ヲタバレしたら追い出される可能性があるわけで……、そこはなんとか避けたい!」
すると、ポンッとカズちゃんが肩に手を置くと、
「多分、大丈夫だとは思うけど、もしもの時は拾ってあげるから何かあったら連絡してよね、今回みたいにさ。」
「カズちゃんが女神に見えるかも……。」
「その『かも』は要らなくない?」
そんなくだらない話をしながら、開封の儀を終えると、バイトのある杏里と家事仕事がある奏はそれぞれ60枚分のウエハースと取り分のカードを手に帰ってしまった。
「急に寂しくなったね。」
「いや、私もそろそろ帰るからね?」
「ほんと、アリバイ工作までしてくれてありがとう。」
人が来たのはきっと誤魔化せないだろうとカズちゃんは、うちでお茶会をしていたという偽装を施してくれていた。いや、開封の儀とか目を瞑ればほぼお茶会と変わらない。
「カードも推しの分はコンプしたし、ほんとカズちゃんがいなかったらダメだったよ。ほんとありがと!」
私はカズちゃんに抱きついた。あぁ、カズちゃんのお胸がふわふわで癒される…。
「ただい…ま……。何してんの?春香。」
「あ…、大くんおかえり。」
「お邪魔してます。」
どうやら本当にギリギリだったみたいだ。今は19時45分。彼が帰ってくるのがいつも通りの時間、もう少し早い時間に帰宅していたら、大量のカードもウエハースもまだ隠せてなかった。
「じゃあ、またお茶しようね!」
「うん、春香もたまには私のうちに遊びに来て!」
そう猫を被ったカズちゃんは帰って行った。まぁ、素の姿を見せてくれるっていうことはそれだけ私を信頼してくれてるってことだよね。
「美味しそうなお惣菜、スーパーで売ってたからこれ食べよう?」
「え、ありがとう。タコのマリネに竜田揚げ、ほんとどれも美味しそう!」
こうして、私は無事、彼氏が帰って来る前に大量のキャラクターもののウエハースが届いた証拠を消すことに成功したのだった。
「へぇ、今日は3人も遊びにきてたんだ。」
春香が風呂に入っている間、大はリビングに置いたパソコンに内蔵されたカメラで録画した今日1日の春香の様子をタブレットにデータを移して見ていた。
「ヲタ活隠してる春香も、焦ってる春香も、俺には見せないダラけた顔の春香もみーんなみんな可愛いよ。ほんと、ずっと眺めていたい。愛してるよ、春香。」
ニヤリと笑うと大は今日録画した映像をいつもの専用クラウドに保存した。