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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
土になった初恋を食べる
9/86

昔話「アンジェラ」その六

  家に帰っていなかった。彼はどこにもいなかった。

  ただ、アンジェラの荷物だけがとても綺麗に、コンパクトに、持ち運びしやすそうに纏められていた。

  連絡先、信頼のおける孤児院。

  かなりの金額が詰め込まれた通帳やらカードやら。

  貴重品もしっかりと圧縮魔術を施して、アンジェラひとりだけでも持ち運びできるようにしてある。


  挙句の果てには、お気に入りの漫画までもを六冊ほど、貴重品入れの魔術の中に丁寧に組み込んでいる。


「……っ!」


  爆発的な怒り、暴力性がアンジェラの全身を滾らせた。


  殺意にも似た感情。

  だが確かに、あるいはどうしようもなく、心には彼に対する愛しさが存在していた。

  もう誤魔化せられない。

  嘘は絶対につきたくない。


  アンジェラは荷物に指一本触れずに、彼を追いかけて家の外にかけ出す。


「はあっ……! う、ん……はぁっ!」


  ずっと探した。

  どれくらい探したかもよく分からない、時間など意識の外。


  夜はずっと続いているような気がする。

  二十四時間、三日間、六ヶ月、十年だって百年だって、続いて欲しかった。


  朝が来るのがこんなに怖いなんて、思いもしなかった。


  時間が過ぎれば、過去が累積して、未来に可能性が見開かれるほどに、アンジェラは彼の姿が遠くなっていくのを予感していた。


  やがて海岸線、海沿いの小さな家にたどり着いた。


  廃墟だった、誰も住んでいない。

  窓ガラスも何も無い、軒先のような気配の空洞。

 

  ジェラルドは家を背景に、海をじっと眺めていた。

  月明かりは無い、曇り空の下、雨が少しだけ降っている。


  指すように冷たい空気の中、アンジェラはジェラルドに話しかける。


「おぢちゃん」


  声を聞いて、ジェラルドはアンジェラに微笑みかけている。


  笑顔を見て、アンジェラはもう耐えきれなくなった。


「おぢちゃん……逃げよう……! ここから逃げよう」

 

  そうしなければ、殺されてしまう。


  アンジェラは必死に言い訳を作ろうとする。


「おぢちゃんは、ただ、周りの人が怖くて、だから、自分を守ろうとして、その、みんなを助けることが……出来なかった」


  涙は流れていない。

  視界はクリア。水よりも透き通っている世界に、アンジェラはただ一人、世界でいちばん愛している人を見ている。


  愛する人を守ろうとしている。


  ジェラルドは彼女に答える。


「君は本当に、賢いなあ」


  アンジェラは絶望した。

  取り繕えなかった、と、瞬間的に理解してしまった。


  把握してしまった。どこまでも彼女は、彼のことを理解していた。

  それだけの事に過ぎなかった。


  ジェラルドはアンジェラの頭を撫でて、頬に触れて、そして抱きしめる。


  我が子を慈しむ父親のような、柔らかな触れ方。


「俺は自分を許さない」


  ジェラルドがアンジェラに秘密を教えている。

  魔法使いにとって、命よりも大切なもの。

  よく分からなないもの。心より繊細で、魂よりも強固な何かをさらけだしている。


「俺は、助けられなかった。助けなかった。

  だから、絶対に、助けちゃいけないんだ」


  彼は彼女に懇願する。

  愛情を持って抱きながら、懇願する。


「お願いだ、俺を許さないでくれ。

  頼むから、俺を助けないでくれ」


  アンジェラは涙をこらえる。

  もしも腕に自由が効いていたら目を潰さんが勢いで、ひたすら耐えていた。


  涙を拭う訳には行かない、絶対に。


  この指で、アンジェラはジェラルドを抱きしめ返す。


  彼のと彼女の肉体が密着する。

  互いに心臓の音を共有する。

  呼吸さえも共通しかける。


  ただ、どうしようもなく愛情の形だけが噛み合わなかった。


  烈火の如き熱情を込めて、アンジェラは彼の背中に爪を立てる。


「そんなの、知らないよ……!」


  怒る。


「知らないよ! どうでもいいよ!」


  わがままを言う。


「だって貴方はあたしを助けてくれた!」


  彼が答える。


「ただの罪滅ぼしの、偽善だ」


  彼女が叫ぶ。


「嘘とか本当とか! そんなのどうだっていい! あたしが助かった! 助けてくれた、あなたが助けてくれた!」


  爪は傷をつけるにはあまりにも小さくて、背中を覆う服は硬すぎた。


「あたしには……それだけでよかったのに……っ」


  彼女は彼に告白をする。


「お願い……あたしと生きて。

  ずっとずっと、死ぬまで生きていてよ……。

  これで終わりなんて言わないで。あたしも一緒に苦しむから。

  ……あなたと一緒なら、どんな地獄だって耐えられるから……!

  ……お願い」


  願う。


「あなたのいない世界が、あたしにはあまりにも痛すぎる、苦しすぎる」


  ジェラルドはアンジェラを抱きしめたままだった。

  強く握ることも、手放すこともしない。

  ずっと優しく包む。


「ごめんな」


  答えを返さなかった。

  つまりは、拒絶の意味だった。


「こんな俺を愛して、君は、本当に馬鹿だ……」


  鼻をすするような音の後、最後に少しだけ、ジェラルドは腕の力を強める。


「君に会えてよかった、ありがとう」


  魔力を、ほんの少し動かすだけだった。


  たったそれだけの暴力で、アンジェラの小さな体は気を失ってしまう。


  ぐったりと、小さく動けなくなった彼女の体。

  重さが、彼が彼女にふるった唯一の暴力だった。



  ……。


 

  感情が叫んでいる。

  物凄い声で叫んでいる。

  アンジェラを殴り潰すような勢いで、眠りを否定している。


  目を開けて、アンジェラはすぐに体を起こそうとした。

  だが、上手くできなかった。


  なにか、とてつもなく不快な感覚。

  彼が敵を攻撃する際に施行する、烈火の如き魔力、そのものだった。


「そうやってお前は何人もの女を動けなくした」


  誰かの声が聞こえる。

  男なのか女なのか、子供なのかお大人なのか、若者なのか老人なのか。

  何もかもが分からなかった。


  まるで、透明な何かを相手にしているような気分だった。


  ただ一つ、アンジェラにもわかることは、ついに追いつかれてしまった、ということだけだった。


  彼は罪に追いつかれてしまった。


「お前が陵辱した女の恨みを、その身に受けろ」


  結局、彼は罪から逃れなかった。

  逃げなかった。

  助けを求めなかった。


  自分を許さなかった。


「最後に言い残したいことはあるか」


  慈悲とも言えない、そこのない残虐性を帯びた命令。

  彼は命令を受ける。


「あの日から、俺は本当の意味で笑えたことは無かったよ」


  笑い声が聞こえたかもしれない。

  怒る声が聞こえたかもしれない。

  憎む声が聞こえたかもしれない。

  あるいは、何も聞こえなかったかもしれない。


  確実なのは時間の経過だけ。

  瞬間が訪れた。


  銃を発砲するような音。

  あるいはただひたすらに拳を振り落とすような、そんな音が十秒ほど続いたか。


  永遠のように思われた。

  もしくは同じシーンをずっと繰り返してみているかのような感覚。


  いっそのこと死ぬまでその繰り返しが続けばいいのにと、アンジェラは願う。


  だが願いは叶わなかった。


  どれくらい時間が経過しただろうか。

 

  朝日が昇る。

  また、朝がきた。


  遠くなった夜、魔物の時間の終わり。魔力が薄くなる。


  暴れ狂うような勢いで戒めをとこうと試み続けていた。

  アンジェラは、プツンと途切れた拘束の先、廃墟から朝日の中に飛び出す。


  瞬間。

  一瞬。

  刹那に、全身が日光に焼かれた、様な気がした。


  だがそれは勘違いだった、ただの夢想だった。


「……」


  アンジェラは息をしながら、神に祈るように砂浜に跪く。


  肉片が散らばる、骨片が散らばる、眼球が転がる、脳髄が散らかる、皮膚が破ている、爪はもはや跡形も残っていない。


  古代の遺跡のような残骸の中心点。

  血液の酸っぱい匂いを鼻に嗅ぐ。


  アンジェラは口を大きく開けて、息を吸って。


  吐いて。


「いただきます」


  指を広げて、遺跡のような彼の残骸を食べた。


  もぐもぐと、むしゃむしゃと、ぱくぱくと。

  もぐもぐと、むしゃむしゃと、ぱくぱくと。

  もぐもぐと、むしゃむしゃと、ぱくぱくと。


  肉を食べた。

  骨を食べた。

  皮膚を食べた。

  眼球を飲み込んだ。

  爪も血液も、体液も精液も粘液も、まつ毛や陰毛の一本さえも残さないように。


  可能性があるもの、彼の可能性があるものを全部食べた。


  ……。



  ごくり、と喉を鳴らす。

  腹は重たく満たされている。


「ごちそうさまでした」


  小さく祈るように手のひらを合わせる。

  熱が籠っているような気がする。


  だがそれらは決して彼の体温ではなかった。

  どこまでも、はてしなく、アンジェラ自身の体温でしかなかった。


「……」


  自分が生きている証を確かめて。


「あはは」


  アンジェラは笑う。

  涙は流していない。


  笑いながら、微笑みながら、アンジェラは砂浜の上を真っ直ぐ、海の中へと進ませようとした。


  一歩一歩、確実に、決して踏み外さないように。

 

  やがて、つま先が潮騒の気配に少し触れた。


  その時。


  また、悲鳴が聞こえた。


  聞き覚えのある悲鳴だった。


「エミさん?」


  声のする方に視線を向ければ、何故だろう? エミはまた「神様」に襲われていた。


  今度はもっと大きな神様だった。

  それも人間に近い造形をしていて、何やら言葉を発している。


  強烈な魔力の気配を感じとって、素人の女共を襲ってまとめて犯して食らって。


  そして、デザートに。


  ……。



「……っ!!」


  アンジェラは途端に全ての感覚を思い出していた。


  取り戻した感触が、感情が、自分を確立する全てが痛みを叫んでいる。


  全てに絶望している。


  だから死のうとした。

  なのに。


「……ぅ」


  手遅れだった。

  また、間に合わなかった。


  どうして、こうも。


  アンジェラは聞いてしまった。

  エミの声を聞いた、彼女の叫び。


  確かに己の肉体の全てを使って、魂を燃やして、心をすり減らして、命の限り叫んでいる。


「助けて」


  助けを求める言葉。

  言葉に、アンジェラは答える。



  走り出す。

  叫ぶ。


「うああああっ!」


  口の中に砂が詰まって上手く声が出ない。


  しかし掠れた声でも、肉欲に飢えた神様は敏感に反応してくれた。


  振り向きざまに、アンジェラは遺跡から拾った武器を握りしめる。


  拾うと言うより、もはや発掘したとも言えてしまう。

 

  結局、ジェラルドはアンジェラが勝手に武器を持ち出したことを咎めなかった。


  そんな暇もないままに、ただ彼は笑って死んでしまった。


  死んでしまった。死んでしまった。死んでしまった……もう二度と会えない。


「うあああああっ!」


  アンジェラは怒っていた。

  怒り狂って、憎悪のままに金槌を神様に振り落とす。


  神様は抵抗した。

  暴れ狂って何度もアンジェラの体を殴打した。


  殴れば相手が黙ると思い込んでいたらしい。

  しかし悲しいかな、アンジェラにその手は通用しなかった。


  殴打の衝撃を全てその身に受ける。

  骨が砕けようが皮膚が破けようが、顎が砕けて歯が折れても、お構い無しだった。


  どうでもいいと、そう言わんばかりに彼女は暴力を振るい続ける。


  腕が熱い。

  腕が燃えている。

  腹の底から魔力が膨れ上がって、アンジェラの肉体を勝手に改造し尽くす。


  神様の血液で指が滑って、金槌が手から離れても関係なかった。


  拳を握りしめて。

  痛みも忘れるほどの憎悪と怒りを、アンジェラは自分自身に向ける。


  ひたすら拳を振り落とす。

  肉の感触が曖昧になって、泥遊びよりも柔らかいドロドロが神様の残骸の骨の内部にたまる。


  動かなくなっても、アンジェラは拳をとめなかった。


  暴力を止めない。

  殴る、失望に身を任せて肉体を雑に消費する。


  ついに決定的な崩壊が訪れようとした。


  その瞬間。


「アンジェラ!」


  リンの悲鳴が空間を切り裂いた。


  飛びつくような勢いでリンはアンジェラを止めようとする。


  アンジェラは暴れようとした。

  もう既に意識のほとんどを手放している。

  触れるもの全てが不快で、殺してやりたかった。


  しかし幼女の体に、アンジェラの殺意はあまりにも重たく大きすぎていた。


  リンの慣れた手つきで、アンジェラは直ぐに制圧されてしまう。


  一旦落ち着くと、一転してアンジェラは石のように動かなくなった。


  そして、リンもまた動けなくなってしまっている。


  神の存在に脅えているのでは無い。

  ましてやかつて己をレイプした野蛮の気配に脅えているわけでも……。


  いや、脅えは確かに存在していた。


  何年も忘れようと努力してきた忌まわしき過去。

  おぞましい記憶、痛みの全てをリンはこの瞬間、しっかりと思い出していた。


  何故か。


  なぜなら、まさに目の前の幼い子供の肉体に、おぞましき兵器の証がはっきりと刻まれていたから。


  アンジェラの泥まみれでボロボロになったシャツから覗く細い腕。


  細い枝っきれのようで、肌は雪のように白い。

  幼女のそれにしては痩せぎすの腕は、弱々しさの象徴。


  なのに、今のアンジェラの両腕には深く、そして広く、魔法の刺青が刻み込まれていた。


  有機戦争兵器、その実験体、ジェラルシ・ジェラルドが有していた魔力刻印。

  それらによく似ている。


  いや、あるいは、もしかすると元の持ち主のそれ以上に強大で強烈で強力で、そして凶悪な魔力の激しさを想起させる。


「継承したのね……」


  リンは生娘のように怯えていた。


「彼の魔力を、全部、全部受け止めたのね……」


  アンジェラは、笑顔で答える。


「操は、手に入れられんかったけどね」


  圧倒的な不快感を込めた目線。

  涙を流しそうになっている。


  相手から逃れるように、アンジェラはその場から移動する。


  ゆっくりと、肉体の疲労と損傷が大きすぎて上手く体が動いてくれない。


  両腕の感覚は無い。

  ただ、生命よりももっと深いところに、暗い暗い彼の魔力を感じとっていた。


  死体よりも冷たい。

  腐肉よりも柔らかい。

  感触だけを頼りに、アンジェラは逃げようとする。


  だが。


「まって」


  アンジェラはエミに抱きしめられていた。


  ナメクジよりも遅い歩み、エミは容易くアンジェラに追いついていた。


  地面から這うように、天へと伸ばすように、エミはアンジェラの体を抱きしめている。


「エミさん」


  理解ができない。

  アンジェラの言葉を聞いていない、エミは抱きしめる腕の力をぎゅっと強める。


「軍人さん! 軍人さん! またお店に来てくれたのね、わたしに会いに来てくれたのね、嬉しい!」


  まさしく娘の声だった。

  元気に働く若い女性の声音だった。


「軍人さんに会えないから、わたし、体が寂しくて寂しくて、仕方がなかったんだから……っ」


  夜の匂いを思い出させる。

  大人だけが分かる、女の音程。

 

  誘惑をするように、エミはちゅ、とアンジェラの唇に口付けをする。


「違う……」


  分かった。

  アンジェラは震える声で否定をする。


「違うよ……!」

「違わないもん」


  エミの声が否定を上書きする。


「この匂い、この強い腕、魔力の匂い。間違いなく軍人さんだわ。

  わたし間違えないもの。だって愛してくれたから。

  何度も何度も、その腕でわたしを愛してくれたから」


  アンジェラは涙を流していた。

  視界が滲む、揺らぐ、息が上手くできない。


「ひ、ぅ……。……ひっ、ぃ……ぃ……!」


  号泣する一歩手前の気配。

  涙の匂いを感じとった、エミが動揺をする。


「軍人さん! 泣かないで。

  ほら、わたしが慰めてあげるから。

  癒してあげるから。

  ほら、この前愛し合った時の傷もすっかり治ったのよ?

  ちょっと治るのに時間がかかっちゃってごめんなさい……。

  でも治ったから」

「やめて……」

「だからまた愛して。

  わたし、軍人さんのためならなんだって出来るの。

  どんなことだって許せるの」

「やめて……!」


  エミは、笑う。


「わたし、軍人さんがどんなに悪いことをしても、キス一つで許せるんだから」


  悲鳴。


「やめてっ!」


  アンジェラは号泣していた。

  体をまともに支えられなくなって、エミごと硬い砂浜の上に沈む。


「お願いだからやめて」


  涙の粒が頬を濡らしている。


「助けないで」


  アンジェラは願っている。


「お願いだから、許さないで」


  エミは拒絶する。


「いや」


  アンジェラは絶望する。


「お願いします……許さないで。

  許さないで。

  許さないでよ……あの人のために……!」


  最後まで笑顔になれなかった、いとしい人を想う。


  エミがアンジェラの頭をよしよしと撫でる。


「愛しているの。全部を捧げたって後悔しない、だって軍人さんはまたわたしに会いに来てくれた! 助けてくれた!」


  アンジェラは土下座をするように、地面の上にうずくまる。

  くぐもった鳴き声が空気を濁す。


「頼むから……お願いだから……」


  懇願する。

  助けを求める。


「許さないで。

  助けないで」


  ついに意識が途切れた。

  弱々しく呼吸を繰り返すだけ。

 

  眠りに落ちた、小さな体を撫でながら、エミはその指に己の指を絡める。


「あら」


  そして、困ったような声を出す。


「大変、こんなところで寝たらダメよ。風邪をひいちゃうわ、おとこで寝ないと」


  夫を気遣う妻のような所作。

  抱き抱えようとして、上手くできないで困っている。


「エミちゃん」


  そんな友人に、リンは優しくほほ笑みかける。


「寒くなってきたから、病院に帰ろうね」


  しかしエミは友人の言葉を無視して、腕の中にある愛欲だけに夢中になっている。


「お布団に行きましょう、温かいものを飲んで、温かいものを食べて。そしてまた、愛し合いましょう」


  リンはエミに賛同する。


「そうだね」


  目は、友人を助けてくれた小さな魔法使いを見つめている。



  ……。



  潮騒は遠くなった。

  町の気配が近くなる。


  心臓の音を聞いて、女の匂いを嗅いで、アンジェラは少しだけ目を覚ます。


  自分がこれから何をされようとしているのか。

  答えを直ぐに理解して、絶望する。


  アンジェラは自分を抱えている、抱えて、安全な病院で適切な治療を行おうとしている、そんな彼女に懇願をする。


「リンさん……」

「なあに? アンジェラちゃん」

「あたしを見捨てて、今すぐ」


  涙がまた、ぷっくりと溢れる。

  こぼれ落ちないまま、涙液はアンジェラの赤い瞳をキラキラと煌めかせる。


  リンがアンジェラに答えを返す。


「ごめんなさい」


  彼女の目にも涙が流れていた。


「私は貴女を助けられない。

  貴女の命を助けることしか出来ないの」

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― 新着の感想 ―
[良い点] キリがよかったのでこのあたりまで読ませていただきました。 最初は独白めいた文章が多めかな?と思っていたら途中から軽妙な語り口になって一気に読みやすくなったと思います。
2023/05/19 18:59 退会済み
管理
[良い点] こ、れは……ジェラルドの亡骸をアンジェラが食べ……(;゜Д゜) 第一話の時にも愛情が食べるという行為に繋がる倒錯的な世界が衝撃でしたが、ここでも言葉を失いました。 第一話ほどではないにして…
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