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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
我らが愚かなる愚行を許し給え
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絶、初恋泥棒 その4

 ビームサーベルをご存知だろうか?

 なんとなくのイメージだけを有してもらっていただければ申し分ない。

 科学世界の生き物、「人間」と呼ばれていた存在が暮らしていた文明において。

 そこは極限の科学技術が構築されていた。

 

 それこそ、ビームガンなる武器が安易に量産され販売されるくらいには、科学が蔓延っていたのだ。


 そして、その科学技術が魔法使いたちの目の前に現れていた。


 閃光が走る。

 モネめがけて走り出した、止まりようがない、なぜならその光は弾丸なのである。

 銃口が指し示す方角、狙いの範疇にいる存在を殺すための弾丸。

 御伽世界を構成する一部である特殊なエネルギー。

 一概に魔力と呼称されるエネルギーを練り固めた弾丸である。

 凶悪な熱を持ち大抵の金属板なら容易に貫通してしまえる代物。


 その弾丸がモネめがけて発射されていた。

 撃ったのは集団に属する若い男性であった。


「黙れ!!!」

 と、そう叫ぶや否や速攻で攻撃をしてきたのある。

 相手、攻撃してきた相手、すなわち敵のビームガンの扱いは敵ながらやんわり感心しそうになる程度には熟れたものであった。

 西部劇の世界で何度も繰り返されてきた攻撃方法。

 ハンドガンの見事なる早撃ちである。


「当たった!」

 攻撃してきた敵の男性は己の内層に命中を確信していた。

 だが。

「なっ?!」

 それは盲信だった。

 勘違いも甚だしいものだった。

 たしかに弾丸は敵の肉体を破壊した。

 だが。


「ぴゃー」

 弾が命中したのは男性が本来狙ったはずの獲物ではなかった。

 情報が確かならば「ハルモルニカのモネ」と呼ばれる個体。その存在を瞬時に護衛した影がいた。


 真っ黒い影、のようなもの。

 角が生えているから鬼だろうか? 伝説に聞く殺人鬼でも現れたのだろうか?

 「人間」が、そう呼ぶべき条件に当てはまる存在が絶滅してはや十数年、人を殺す異形もただのおとぎ話に変わりつつある今日このごろ。

 人を殺せられるほどに攻撃力が高い魔物の存在も段々と希少になっていっている。

 少なくとも集団のリーダー格である男性にとって、その少女の挙動はほぼ完璧に理解の範疇を超えてしまっていた。


「にゃあ」

 猫の声が聞こえた。

 それは敵の男性に襲いかかろうとする旅の魔法使い、シズクの喉から発せられていた。

「う、あ……?」

 唐突な出来事に男性はただ戸惑うばかり。

 小さく開かれたままの唇、その左側がシズクのつま先によって激しく破壊されていた。

 

 モネと男性、攻撃という一直線上に介入したシズクは翻したその身を渦のように激しく回転させる。

 重力の存在を疑いたくなるほどの身のこなし。

 アクロバティックに繰り出された蹴り上げに敵の男性の体が撥ね飛ばされていた。


「がぎゃ!」

 喉をねじ切られたカエルのような悲鳴とともに敵が集団の波の中へと撃墜した。

 ひゃあひゃあ! と集団が撥ね飛ばされて来た男性の肉の重さに慌てふためいている。


 動揺と困惑の気配が急激に膨れ上がる場面。

「さあ、逃げましょう」

 しかしながらシズクは努めて平然とした様子のままで積極的に逃走を勧めるのみであった。

「急いで逃げましょう。でなければ貴殿の願望を叶えることが難しくなってしまう」

「お、おう……?」

 シズクの供述にナナセは生返事しかできないでいた。

 概ね、このシズクという名前の魔法使いが主張している事柄はナナセ……ないし彼の大事な連れ合いであるセオにとって都合が良かった。

 それはもう、とても……都合が良すぎる程には。


「いや……だが、落ち着け、よく見ろよ?」

 事が上手い具合に運びすぎる、その状況に彼はあまり慣れていないのだろう。

 ナナセはシズクに注意喚起をしている。

「あいつら、教団の関係者っぽい……」

 

 言うが遅し、とはこのことか?

 魔法使いたちはとっくに「逃げ」の姿勢を取っていた。


「モネさん」

「はいな」

 シズクに提案をされたモネが答えた。

 モネは左手に携えている鞄を少し上に掲げた。


 アタッシュケースと革鞄のハイブリッドのような造りのあまり派手さのない鞄。

 可憐な乙女のお供にしてはいささか無骨すぎる気もする、そんな雰囲気のアイテム。

 魔法使いが持つ道具となれば、やはり魔に携わる奇妙キテレツな機能をたっぷりと搭載しているのである。


「電灯!」

 モネが唐突に「光ること」についてを意味する単語をはっきりと喋る。

 独り言にしてはやたら発音の良いその言葉は、やはり当然のことのように魔法に関連する意味合いを有した行動の一部であるらしかった。


 鞄がやにわに光を放つ。

 冬の朝の雪景色、鞄の光を見た瞬間ナナセの脳内にそれらのイメージが浮上してきていた。

 洗脳のような強制力はほぼ皆無、ただ不意に思い出したかのような気軽さしかない。

 だと言うのに、全く持って無の感覚から唐突に芽生えた情景にナナセは言いしれぬえもいわれぬ不安感を抱いていた。


「んなッ?!」

 攻撃意識にまみれたリーダー格を含め、教団と思わしき者共がどよめく。

 声が収まり、やかましさが静寂に塗りつぶされる頃、魔法使いたちの姿は跡形もなく消えてしまっていた。


 ……………………。


 バイオリンの音。

 バイオリンの音だけが聞こえてくる。

「もし」

 ナナセの声が同時にわたしの鼓膜へと届けられていた。

「なんだか突然の一人称、これがもしも小説だったら割合戸惑いの展開だろ」

「その指摘は否めないですね」

 閑静な住宅街と思わしき場所でわたしは横になっていたようだ。

 往来で寝っ転がっているこの状況。

「なんとも乙な」

「感動してねぇで、さっさとどきやがれ。ほら……めちゃくちゃ周りに変な目で見られてるから」


 実際問題わたしは、この「わたし」は……。

「わたしを意味するところのこのわたし、は」

「ワタワタうるせえなァ、落ち着けよ」

 男性がわたしの鼻っ柱を無遠慮に指で摘んできた。

「ふが」

 わたしの呼吸を阻害しつつ、男性はさっさと本題に入り始める。

「俺の名前はナナセで、お前は……ルインズとか呼ばれていたが」

「ルインで構いません、いえ、ルインでお願いいたしますお願いですから」

「あっそ。じゃあ、単刀直入に聞くが……」


 ナナセは眼球だけをぐるりと動かして形式的に視野を確認する。

「ここはどこだ?」


 まさにそこは謎の場所であった。

 とりあえず地上ではないのは確かである。

「頭上に水面が揺蕩っていやがるぜ」

 声色こそ平静さを装えているものの、しかしナナセは彼自身にさえ把握できないほどの恐怖心に支配されつつあった。

 水の底にそこがある。

 そこはちょっとした公園のようだった。


 灰色に霞む視界。

 光がきらめいている。……いや、

「違う」

 ナナセは気づいたようだ。

 自分の存在が今この瞬間、今すぐにでも泡となって消え去ろうとしている事実というものを。


「あまり長くここに存在することはできません」

「……どういうことだ? ルイン」

 分かりきったことを。と彼のことを茶化したくなるが、今はどう考えてもそういう空気ではないと賢明に思い直す。


「ここは灰色の海、世界中の人間の魂すべてに許されるべき無意識が累積する果ての場所」

「はあ」

 詩的すぎる表現なのは常々の悩みだが、残念ながらこれが自身が言語化できる範囲をすべて駆使した説明文でしかないのだ。


「ああ、いや、まあ……なんとなくは理解できるな」

 幸いにもナナセはわたしが思っている以上の理解力を有してくれているようだった。

「そうとなると、もしかするとここに」


 ナナセはアジア人系統に多く見られる普遍的な色彩の瞳を軽く動かす。

 そしてすぐにわたしの方に視線を戻した。

「いや、……そういう空想は現実的じゃねえな」

 どうやら何かを諦めたかのようだ。

 もっとも、すべての魂の行き着く果てに求め夢想するものなど大概碌でもないものでしかないのだが。

「手短に話しましょう、これは会議だ、ミーティングだ」

「ほう?」

 ナナセは探るようにわたしを見る。

 睨みをきかせる一歩手前、ただ密やかや緊張感だけを瞳に湛えている。


「それはいわゆる、保護者面談的なアレなのか?」

「それも有りではありますが、もっと短絡的な話をしましょう」

 わたしは彼に情報共有を提案する。

「貴方がかつて所属していた教団について、お教え願おう」

 わたしは、「姫」としての物語を持つ魔物の力を思う存分使う。


「了解、何から聞きたい?」

 とはいえ、ナナセはおそらく何者にも頼ることなく提案を受け入れたような気もする。


 わたしは彼にとても親近感を抱いているのだ。

 彼は、ツツイ・ナナセはわたし、ルッカ・ルインにとても良く似ている。

 もちろん、その事実を彼に告白すれば間違いなく相手はとても嫌な気持ちになるに違いない、きっと。




 ……。

 さて、海の外、陸地、すなわち人間の肉体にとって限りなく現実性のある場所。

 凶暴な教団から逃げてきた魔法使いたちがどやどやと狭い部屋に駆け込んでいた。


 何かしらの倉庫らしき空間のようである。

 いわゆる小学校の体育倉庫程度のスペースしかない。

「小娘数匹逃れ隠れるには十分かと思いますが」

 モッサリモサモサと、暗がりの中でうごめく娘1人分の影がいる。

 シズクという名の魔法使いである。

「しかし、籠城をするにはいささか備品と備蓄が心許ないですね」

「いくらなんでもこないな所で立てこもりするつもりはあらへんよ」

 シズクの過剰な心配にモネという名の魔法使いが平坦なつっこみをしていた。

  

 モネは眼帯に保護されている右側、眼窩に埋め込まれている機械の義眼を指先で弄くる。

 眼の持ち主の意向に従い機能がモネに情報を伝達している。


「あーあー、もしもし? もしもし? アンジーちゃん?」

「アイアイリーダー?」

 モネの義眼を起点に電子的な音声が空間を震わせた。

「まったくいきなりの緊急離脱とは、いつもながら姉さんには肝がヒエヒエじゃよ」


 何かしら。今後の展開についての相談事を行っている。

 そんなモネの姿を見て、ふとナナセたちは一つの違和感に気づき始めている。


「あれあれ?」

 ワープ?移動をかます最中から今の瞬間に至るまでナナセにベッタリなセオがキョトンとキョロキョロ、視線を巡らせている。

「主様、主様、あのツインテールのロリ美少女が不在ですわよ?」

「ロリって……どこで覚えてきたんだそんな下品な言葉」

 セオの知識吸収速度に恐れおののきつつナナセは彼女の主張に同意を返している。

 そしてもののついでといった雰囲気を意識しながら同業者であろう少女たちに確認をとる。

「なあ? お仲間一人ロストしてるが、もしかして……まさか」

「そのまさか! 真っ二つに引きちぎられて怪物に食べられちゃったんじゃよ!」

 まさかも何もなく、その通信音声は紛れもなくアンジェラからのものでしかなかった。

 それなりに他人の名前を覚えるのが得意な方のナナセは、とりあえず死者の可能性が一つ減ったことに軽めの安堵をする。


「ひ、ひいい?! おばけの声?!」

 怯えるセオに。

「残念! もれなく生きとります」

 アンジェラの通信音声が安心を呼びかける声を発している。


 セオ本人への効能云々はともかくとして、彼女の主人とされるナナセにはすでに仕組みが伝わったようだった。

「今まで俺等とやり取りをしていたツインテ娘は身代わり人形みたいなものだったのか」

 合点が行ったナナセにモネが申し訳無さそうに牛耳をシュンとさせている。

「事前に説明すべき事情をお伝えしんかったこと、まことに申し訳ないと思っとります」

「ああ、そう」

 ナナセとしては魔法使い側が何人減ろうが知ったことではないのだが、あえてそれを本人に伝える義理も根性も無かった。


 ナナセは凝りかける体へ無言の圧をかけるように立ち上がろうとする。

「それで、ここは……少しはマシな場所なんだろうな?」

 わかりやすく期待を寄せた声だった。そう思う。


 ルインは考える。考えるまでもないことをあえて考える。

 姫君はこれから自分が相手の期待をひどく裏切る事を予想した。

「あの……」

「見つけた!」


 しかしながら犬も歩けば棒に当たる、貴人が動くとこの世界は否応なしに反応してしまうようだ。


「裏切り者が!」

 それは教団のリーダー格であった。

「アサノ!」

 ナナセが敵のものと思わしき名前を叫んでいた。


「っ……!」

 シズクがすぐに武器を構えようとした。常人であればこそ瞬時の対応と呼ぶべき素早さであった。

 しかし残念ながら今回魔法使いたちは敵に遅れを取る事になった。


「クソが」

 アサノも分かりやすいほどの馬鹿ではなかったようだ。

 彼の手にはすでに兵器が備え付けられていた。

 遠近両用を可能とした魔力弾丸銃。

 形状はドイツ製のサブマシンガンを模しているのだろう、かつての侵略戦争にて多数の魔物の血肉を灰燼にしたに違いない。


「動くなよ」

 何かしらの逸脱したルールを使用したのだろう、魔法使いの目ざとさを見事にかいくぐったアサノは己の武器を獲物にあてがう。

「動けばこいつの頭が粉々になる」


 銃口を向けられているのはナナセの側頭部ど真ん中だった。

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