絶、初恋泥棒
そんなこんなで、戦争の影響で危険物まみれになってしまった魔界である。
取り分け危険なのが爆弾であった。
魔物のメスをまるごと一匹加工して作られる爆弾は、かつて存在していた核弾頭が赤ん坊のクシャミかと思えるほどの「破壊力」を有していたとされる。
この情報は伝説ではない。
架空や空想、妄想が為した絵空事ではない、ただの事実であり記録であり過去でしかない。
結果として、戦争の最中に産み出された一人の爆弾が爆発し、その破壊力は人類をまるごと破壊し尽くし、また魔界の大多数を混沌の渦に叩き落とした。
……はて、そんなことが、たかが戦争のために作られた兵器に可能なのだろうか? 一回や二回に飽きたらず、この記録を閲覧したものならば誰しもが抱くありきたりな、テンプレじみた疑問点である。
いかにも魔界の魔王の権利をその肉に抱くアイオイ・ルイも同じような感想を抱いていた。
故に、最愛の魔物であるシズクのためにルイは情報を集めている。
この世界の情報を集めている。
どうして人間が滅ぼされたのか?
爆弾である「姫」がどうして起動してしまったのか?
それは……!
「当代の姫であった女性から生成された唯一の成功品プリンセスであるルイ氏が、色々と不具合を起こして魔王となり姫に唯一対抗できる魔物の長と成り果て……っっっ!」
「なんとも意味不明じゃの」
シズクの熱い熱い手厚い説明よりも、そんなことよりも仮称魔王の護衛とその甲斐甲斐しいお世話を目的として編成された小隊。
通称ロヒカルメ小隊。
「異国語で竜って意味らしいよーーーー!!!」
小隊の回復役担当、ジェラルシ・アンジェラが波打ち際に向かって叫んでいる。
端から、もしも彼女らに何ら関連性のない魔物がこの現場に運悪く遭遇してしまったとしたら?
「大丈夫かいなーーーっっ!!!?」
かなり現実味を帯びた可能性にて、回復役の一人の美しい小さな魔物が狂ってしまったと、そう思い込むに違いない。
アンジェラは回りの目を憚ることなく、お構い為しに水のそこにいるであろう「なにか」向けて叫び続けている。
声の限りの叫び。
普段は鈴がころころと転がるような愛らしさを持つ彼女の声が、持てる限りの発音技巧によってさながらサイレンのごとき音量を発揮してしまっていた。
「ぎぃやああ~ぁ、エルフ族の高鳴りですよ、竜姫様」
シズクはお調子者っぽい素振りを努めて意識しながら、となりに佇むルイを冗談めかし茶化している。
「急いで耳を塞がないと、エルフの森の怨念に連れ去られてしまいます」
「なんやねん、エルフの森の怨念って」
モネがあきれ顔に突っ込んでいる。
たっとき巨乳の上司の疑問にお答えすべく、シズクは呼吸を軽く整える。
「かつて「人間」達がこの魔界に侵略してきたばかりの頃、彼らはやたらにエルフ達が暮らす集落を襲いまくったそうですよ?
それはもう、まるでなにかを盲信するかのように」
「あれじゃよ、あれ」
アンジェラがシズクの語りに乗じる格好として、己の肉体を構成する遺伝子のルーツについてをサクッと考察する。
「ヒューマン暴力がエルフ族をことごとくレイプしまくったお陰で、現在この魔界のほとんどの個体にエルフの血統因子が混ざったんじゃよ」
「チンギス・ハーンの子孫問題のようですね」
ルイが要約したところで、アンジェラは波間に杖をかざしている。
「とりあえず、容疑存在は海の底に立てこもったままじゃけぇの」
アンジェラは、ふーぅ、ともも花色のツインテールを風になびかせる。
「萌え」の体言化のような存在であるヘアスタイル。
……そうであるはず、そう在るべきだと言うのに、アンジェラの頭部に並び立つそれらは、どうにもこうにも、まるで「ケルベロス」の尾っぽのごとき獰猛さを帯びてしまっている。
これらの感覚、感想も所詮は個人の主観による錯覚にすぎないのだろうか?
「……」ルイは己に問いかけてみる。
しかし答えは分からなかった。
そんなことよりも、ルイがつぶさに観察する先にてアンジェラがヒーラー用の長い杖を何やらものものしく構え始めていた。
アンジェラの持つ杖。
魔法「do not save me」の一部である杖である。
ロンドと呼ぶべき長さの在るそれはイチイの樹木から削り出されている。
特殊な洗礼と加工を施した木材を、さらにヒーラー役本人が己の持つ魔力回路に基づいた彫刻を施すことによって完成する。
アンジェラの持つ一品はかなりシンプルな作りとなっている。
スタンダードな形状に掘り出した杖は、まさに「魔女」がキヒヒキヒヒと不気味に高笑いしながら振り回すのにふさわしい装いと言える。
だがしかし、アンジェラは杖をなぜかライフル銃を取り扱うかのような姿勢で構えている。
それもそのはず、と言うべきなのか? 杖の石突きに魔法陣が輝かしく展開されている。
本来ならば柔らかい地面に素敵にキュートな魔法陣の一つや二つ描き出しても良いはず。
そのはずの場所には、すでにある程度の酷さを予期してしまえるほどにグロテスクなデザインの魔法陣が展開されていた。
あらかじめ用意してある魔法陣である。
銃の使い手が非戦闘時に己の武器を丁寧にメンテナンスするように。
あるいは刀剣の使い手が己の刃を丁寧に磨き、清めて整えるように。
魔法陣は弾丸のように煌めいていた。
そして刀の一閃のごとき鋭さで、アンジェラのもつ魔法の杖から発射されている。
ぱしゅん、凝縮された魔力が海面へと沈む。
一直線へとすすむ、海中を熱量で焼ききる。
無粋な熱線に邪魔されかき乱された海の水たちが平穏を取り戻す頃合い。
海が。
どっかーーーーん!!!
と、大爆発した。
「???!!」
突然の爆発にルイがルビー色の目玉を吃驚仰天丸く見開いている。
姫君の動揺など些末と、シズクが快活そうに爆発の飛沫に見惚れていた。
「たーまやー、ですね」
「えー、ウチ鍵やのほうがいい」
「どっちでもいいでしょうが」
そんなことよりの叱責。モネが杖を構えたままのアンジェラの脳天にぽこん、と羽のように軽いげんこつを食らわせている。
「気軽に水爆レベルの魔法陣砲弾を撃つなと、何遍言ったら分かるねん」
その気になれば箸が転がるだけで笑い転げそうな乙女さんでさえ、戦艦一隻を沈没させられそうな、そんな可能性がある。
それが現代の魔界のスタンダードである。
その事を念頭に置いた上で、当然の現状とでも言わんばかりに海底から「なにかしら」が反撃に馳せ参じていた。
また爆発音。
しかし火薬の気配はあまりしない。
というのも、海面からなぞの巨大な質量がせり上がり、うち上がってそのまま海岸へと攻め込んできたのである。
「くぅーぅぅううう、オオォーーー……っん」
クジラ……? の、声。
と、ルイは直感的にそう思った。
しかし現れたそれ、……それというべきか? 彼女というべきなのだろうか、その存在、一人の女性の魔物は普通に「人間」にも通じるであろう言語を使い始めていた。
「いきなり何すんのよ!」
いきなり謎のヒーラー役魔法使いに水爆レベルの魔法陣砲弾をぶちかまされた。
となれば起こられるのも当然といえる。
しかし。
「何もかも、そちらさんがウチらの大事なクライアントをよだれ垂らしたイヤらしい目でじろじろと眺め回しとるんがイカンのじゃろうて」
やたら他人の視線に厳しいのは思春期女性の悩ましい難癖ではある。
だが、実際問題として相手側、つまり海底から地上に飛び出してきた謎の女性にもそれなりに心当たりがあるらしかった。
「べ、べべべ、別にぃ?? 見てなんかいないしぃ、そ、そそ……そんな幸薄そうな赤の他人のお兄さんのことなんて1ミリも見てなんかいないしぃ?」
「嘘が下手!」
モネはいっそのこと軽く絶望のようなものを抱きそうになる。
しかしながら同情をしている場合ではない。
相手は曲がりなりにも魔界の要石足り得る素質を宿した個体、貴重種を狙う密漁者である。
「しっかしながら、本当に「姫」感ハンパないんだね」
彼女は海岸の上にのたうち回りながら、這いずる格好のままでルイの脳天の辺りに鎮座する輝きをじろじろと観察している。
「「人間」の侵略のせいで、ありとあらゆるプリンセスは引っ捕らえられて凌辱の限りを尽くされたはずなのに」
シズクはとっさにルイを慮るように、あまりスマートとは言えない所作で視線を向けている。
種族や血筋を至上とする思考系統の系譜の影響は、「人間」を失ってしまった魔界の現在においても依然として色濃く取り残されたままになっている。
個体数が少ない魔物を「人間」が宝石のように重宝したように、珍しい存在は依然として奇異の目を向けられる。
「……」
その事について、ルイは特別悲観することもしなかった。
決して短いとは言えない尺度まで継続したであろう彼の人生において、もうすでに珍獣扱いなど日常茶飯事となってしまっていた。
とはいえ、現実に抱え続けてきた苦しみを理由に現状の問題から目を逸らしていい道理など存在しない。
ルイは手短に決意を練り固め、強襲してきた相手の情報を収集しようとする。
「貴女がおっしゃる通り、わたしは現在の魔道世界においてもっとも「魔王」の座に近しい存在。有用なる回路を有した個体です」
「お、おおぅ……?」
意気揚々、朗々と不躾な質問をしてしまった手前、謎の彼女はせめて理解者ぶった素振りを演出しようと懸命に努力していた。
しかし、あらゆる存在には限度、限界、専門外の領域というものが存在する。
「あのぅ~……あの色男さんはいったい全体何の話をし始めたのでしょうか……?」
分からないことは素直に質問できるタイプの女性らしい。
図らずもシズクのようなちょろい小娘などはぐらりと絆されそうになる。
とはいえ、シズクが美人に弱い性癖であることを加味してもなお、それでも彼女の審美眼なる能力はかなり信頼がおける。
どうしようもない程に信頼がおける。
信頼感と共に、モネは小隊長として相手側とのコンタクトを取ろうと試みることにした。
「シズクちゃんが「イイ女」言うたらもう、それはもうほぼ現実的に存在感がありすぎるイイ女具合なんやろうて」
「何をおっしゃっている?」
まっすぐな目で疑問視してくる彼女に対し、モネは苦しみから目を逸らすように眉間にシワを寄せている。
「あまり深く考えんといてください、こちらとしてもあまり有効活用したくない劇物なので……」
「なんだか、フクザツ、なのね」
選択肢の多さに迷うと言うよりかは、選ばなければならない道の闇の濃さに目が惑うような感覚なのだろう。
ルイは常識的な思考の持ち主たちにそれなりに同情した。
しかし意味不明はまだ止まってくれそうになかった。
「私の名前はセオ。ヤオ・セオでっす!」
セオと言う名前の彼女は、のたうち回っていた地面からピョンコと勢いよく、魚が水面をはねるに、元気に立ち上がっていた。
ふんわりと、彼女のみにつけている下袴が風の流れに合わせ柔らかくひらめく。
彼女は分かりやすく和装をしていた。
少なくともルイが覚えている限りは、そしてその記憶の情報が現実にある程度合致しているのならば、ここは「日本」という文化圏のはずだった。
二千年代前半の「日本」。
かつての世界、「人間」だけが生きている社会がどこかに存在していた。
地球と言う場所に異常なほどににている異世界を侵略し、「人間」たちは魔界に科学的な文明をそれっぽく根付かせることに成功。
と言うわけで、やはりセオの衣服はいわゆるところの巫女装束に間違いなさそうだ、と、ルイは目測する。
しかし、かつての人間世界における常識的な巫女装束とはかなり気質がズレてしまっているようだ。
結論に近いであろう表現を使うとしたら、何ともエロチックなのである。
まずもって袖はノースリーブ、地肌が青白いセオの二の腕はそこそこに肉が艶やかに膨らみ生命力を無言にて証明している。
呼吸するたびに布面積が少なめの襦袢のような衣服が上下する。
かなり乳房が大きい、ノースリーブからさらにデコルテに解放感のある和装が女性特有の膨らみを図らずも劇的に強調することに成功していた。
その他は、まあ無難に巫女がよく身に付けている真っ赤な袴と白足袋に下駄である。
……しかしながら袴の横側、服の構造上から必然的に生まれる隙間から思いきり素肌が見えてしまっている。
……、……あの部分、インナーなりパンツなり、何かしらの下着が見えるはずでは? まさか袴の下は……。
「……」
「姫?」
「……んん」
「おーい、姫様」
「!」
少し考え事に集中しすぎたらしい。
愛するただ一人の娘、シズクに何度も己を意味する名称を、己の魔物としての本質を名称として呼ばれた。
「何でしょう?」
ルイは誠心誠意、精一杯、一生懸命、等々の心尽くしが過ぎ行きて過剰なまでに妖しい笑顔になりながらシズクに返事をした。
愛しい魔法使いの手前ならばいつだってキメキメのキメ顔でいたい。
と言うのがルイの願望であったが。
「……っ!」
だが、悲しいかな魔界全てに愛されるべき存在である「姫」の本質をもつ存在であっても、現実は優しくしてくれそうになかった。
突如、世界を構成する空間に異常なる歪みが生まれる。
超常的現象、とは言えそうにない、とても単純な仕組み、誰かが投擲してきたナイフがまっすぐこちらに襲いかかってきているのだった。
「危ない」
ルイとしてはものすごく叫んだつもりだった。
もう、声の限りの叫び、である。
しかし実際に空間を振動させたのは、いたって冷静な男性の声だった。
戦闘行為、あるいはそれらにあまねく関連してくるであろう狂気について、ルイはそれなりに慣習として認識することができた。
色々な事情があるがゆえ、ルイは血なまぐさい事象に慣れっこだったのだ。
「姫様!」
シズクが叫んでいる。
ルイの視点からはうまく確認できないが、恐らく酷い驚愕の表情を浮かべているに違いない。
シズクや、モネやアンジェラが佇む地点から1メートル離れた場所。
至近距離とはいえ、一匹の大人の男の魔物が空中へと飛び上がる、その光景はまるで一陣の黒い嵐のようでもあった。
実際の問題として、ルイの姿はその大部分を暗黒によく似た色合いへと変身していた。
服を着替えた? そうとも言えるかもしれない。
実際には体毛から皮膚までが丸っとメタモルフォーゼしてしまっていた。
巨大な鳥が魔法使いと敵との、酷く限定されている空間にて発現していた。




