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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
土になった初恋を食べる
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昔話「アンジェラ」その五

  アンジェラは怯えていた。

  日常が、大切な日常が脅かされる、恐怖に震えていた。


  自宅。

  リンは怒号とともに扉を激しく開ける。


「意味が分からない! 頭イカれてんじゃないの?!」


  ものすごく怒っていた。

 

  アンジェラはまるで自分が怒られているような気分だった。

  いや、むしろ自分自身に怒号が叩きつけられるよりもずっと、苦しくて辛かった。


  襖からそろりと、アンジェラはジェラルドの方に駆け寄る。


「おぢちゃん……」


  彼の体温を指に、アンジェラは彼のことを心配する。


「おぢちゃん……だいじょうぶ?」

「アンジェラ」


  ジェラルドはアンジェラにほほ笑みかける。

  憔悴しきっているのは明白。

  だが、瞳の奥にはどこか、真夏の太陽よりも強烈な光の気配を感じる。


  光が、アンジェラをとても不安にさせた。


「おぢちゃん?」


  アンジェラは彼に質問をする。


「ねえ、ねえ? どうしておぢちゃんが、リンさんに怒られるの? ねえ? どうして?

  どうして……おぢちゃんが、おぢちゃんが……エミさんに、……謝らないといけないの」


  彼が答える。


「それが分からない君じゃないだろう?」


  アンジェラは呼吸を忘れそうになった。


  普段とは全く違う言葉遣い。

  大人が子供を安心させようとするそれとは、全く異なる。


  まるで、男が女の肌を慈しむような、そんな愛情を感じる。


  怖いと思うのは、ただ単に知らない世界への不安。それだけの事。

  しかし、恐怖を凌駕する勢いで、アンジェラは彼のことを抱きしめたくなった。


  抱きしめて、撫でて、どこまでも優しくして癒してあげたかった。


  自分なんかにできるわけが無いと、ジェラルドが自分を見る目線の優しさが既に証明し終えている。


  それでも。


「アンジェラ!」


  ジェラルドが呼び止めるのも聞かないで、ただ助けを求めるように、アンジェラはリンを呼び止める。


「リンさんっ!」


  悲鳴にも聞こえる。

  声に、堪らず彼女も立ち止まる。


「どうしたの、おチビさん」


  リンはアンジェラの方を見ない。

  潮騒が遠くに聞こえる。


「えっと、えっと……!」


  どうすればいいのか、アンジェラには全く分からなかった。

  ただひたすらに意味だけが理解出来て、答えは空気よりも透き通っている。


「お、ね、がい、します……」


  最終的に選んだのは、考え抜いた先の取り繕いは、懇願だった。


「お願いします……お願いします……」


  何をどうして欲しいかも分からない。

  ただ、願うことしか出来ない。


  リンは、拒否をするような雰囲気で被りを振る。

 

  後ろの、彼女の小さな呼吸に耳を澄ます。

  リンの深呼吸が聞こえる。


「もうすぐここに、私たちのかつての……」


  すぐに言い直す。

  この期に及んで、リンはまだ小さな子供のことを気遣っていた。


「……あなたの、愛する人を殺そうとする人達が来る」

「それって」


  アンジェラはもう、誤魔化すことも出来なくなっていた。

  辛うじて、まだ涙は出ていない。

  泣き声を発している余裕すらもない。


「それって、おぢちゃんの、昔の仕事仲間なんでしょ」

「……」

「分かってたよ、分かるよ。おぢちゃんが昔、すごく、すごく酷いことをしていた人だって。

  きいたもん、町の人が、「あいつはひとのこころがないカイゾーにんげん」って」


  人間はもう絶滅しているのに。

  アンジェラは唐突に嘲笑したくなった。


「初めて会った時、お風呂に入れてくれた時、おぢちゃんの体を見た。

  怖いと思った」


  なぜなら、彼の全身には大量の刺青のようなものが施されていた。

  明らかに強い攻撃性を放つそれら。

  触れるだけで火傷をしそうな、恐ろしい魔力の気配。


「あれは……」


  リンが、賢い、悲しいまでに賢い子供に事情を話す。


「人間と魔物の戦争の際、人間側が捉えた魔物を人工的に改良して作った魔力の回路。

  むき出しの凶暴性、隠そうともしない残虐性、そのもの」


  まだまだ魔法の勉強も足りないアンジェラには、なんの事やら全くもって意味不明だった。


  ただ、誰かが作った悪意が、他の誰かを確実に傷つけたのだ。

  理解、進むまでもなく目の前にエミの笑顔が浮かぶ。

  消毒液の匂いがする、口の中がが、濁った目が思い浮かぶ。


「戦争が終わって、彼らは廃棄されることになった。

  仕方の無いこと、彼らは戦火で功績をあげる以上に、凶暴性に身を任せた凶行を積み上げていた。積み上げすぎていた」


  過去の痛みを思い出しているのだろう、リンは拳を強く握りしめている。


「彼らの凶暴性を少しでも収めようと、兵器として少しでも多く利用しようと、彼らのオーナーは凶行の幾つもを、何度も、何度も、誤魔化した」


  だが、嘘は必ず限界を迎える。

  少なくとも、真実よりもずっと早く限界を迎える。


「かつての被害者が寄り集まって、新しく作られた宗教団体? のようなものと結託して、残った兵器たちを次々と殺している」


  リンの話を聞きながら、アンジェラは段々と状況を把握していた。


「結託の誘いは私のところにも来た。断ったあとも、痛みを共有するように私の元には彼らの活動報告が流れてきた」


  それらについて抱いた感情、それについてはリンは、語ろうとしなかった。


  あるいは、もう二度と語らないと、この瞬間に決めたのかもしれない。


「逃げなさい」


  リンは、提案とともにアンジェラの方を見る。

 

  睨むような鋭さは、ある種の敵意さえ含んでいる。

  対象をはっきりと認識している敵意。


「彼を連れて逃げなさい。

  私から言えるのはそれだけよ、ジェラルシ・アンジェラ」


  もしかすると願っていたのかもしれない。


  言葉を残して、答えを求めず、リンは去っていった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] Twitterから来ました。蛙鮫です。とりあえずここまで読ませていただきました。ジェラルドとアンジェラの関係。なんかいいですね。あと文章が上手い影響か,脳裏に情景がかなり鮮明に浮かびました…
[気になる点] 字下げが1字分と1.5? 字分があること [一言] 賛否が分かれる作風でしたが楽しめました。 このスタイルを貫いてください!
2023/01/06 14:06 退会済み
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