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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
我らが愚かなる愚行を許し給え
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ドキドキ異世界歓待黙示録 その2

「自分はこの農業特化型迷宮にて、まあ、色々と野菜なり米なり麦なり作らせてもらっとるものです」


 そう語るのはロボットであるユーエン・スリー氏であった。

 彼は実にロボットであった。モニターメインの四角い頭部、腕はメタルの骨格、筋肉は鈍色の人造、鼓動の代わりに謎のモーター音が貸すかに存在感を主張している。


「こんなこと聞くの野暮なんだろうけどよ」

 クドリャフカが質問をしようとしている。

 問いただすというよりかは、不安解消のための確認行為に似た気配を滲ませている。

「魔界の科学文明ってのはどういう具合になってんだ??」


 クドリャフカは不安げに疑問を抱いている。

 魔界となれば住人はそのほとんどが魔力に基づいた生命体となる。

 魔術の才能の有無はあまり関係がない。

 無関係というよりかは、いっそ問うべき項目があまりにもジャンル違い過ぎているのだ。


 生命を維持するためのエネルギーがそのまま魔力であり、魔力が生命力そのものと言える。

 それが魔物という存在なのだ。

 ちょうど人間がその体内に大量の水分を含んでいるように、基本的な材料でしかない。


 それゆえに、人間と魔物では存在の起源事態がまずもって異なりすぎているのだ。


 だからこそ、人間が産み出した技術の極致とも言える「科学」の至宝のごとき存在が目の前にいるということ。

 そのことがクドリャフカにはにわかに信じられなかったようだった。


「おやおや、そちらの旦那は新参ものかね?」


 無意識の内にかなり唸り声をあげてしまっていたのだろう、ユーエンが若干の気まずさを含んだ音程をスピーカーから発している。


「どうもどうも、手前はそこのモニカのお嬢様の土地で農家をやらせていただいておりまして、この度はお嬢様のご学友の皆様に魔法の追求の手がかりをご提供できると……」

「ユーエンさん、そないにかしこまらんと逆に白々しいで?」

「あ、マジ?」


 雇い主? らしい。

 モネからの指摘にユーエンはすぐに態度を切り替えていた。

 いくら命令と思わしき指示があったとしても、なんともロボットらしからぬ切り替えの早さである。


「とはいえ、今後の混乱を防ぐためにも個人情報は適切に提供すべしだぁね」


 ロボットに気を遣われた……。

 というクドリャフカのささやかなプライドの損傷は、しかしながらユーエンの語る身の上話にすぐに跡形もなく流されていた。


「手前はもと軍用兵器ロボットだったんだよ」


 

 色々と経験済みの彼であるが、全部を一つ一つ語るとなるととても一夜では済まされない長さの話題になってしまう。


「ともあれ、侵略戦争が終わったあとに我々ロボットは、……そう……思い出すもおぞましい恐ろしい目に……」

「おぞましく恐ろしい目……だと……っ?」


 元戦闘特化型ロボットが恐れる相手とは? クドリャフカはやにわに関心を示している。


「それは……」

「それは……?」

「それは、就職難だっ!!!」


 呆気にとられているクドリャフカなどまるでお構い為しと、ユーエンは苦い思い出に電子回路をビクビクと震わせていた。

「人間は当然のことながら魔物ですら戦争でほぼ絶滅しかけた夕さりの時代!! かつての科学世界で歌われ語り継がれた「氷河期」さながらの就職難が我々ロボットに襲いかかったのさ!」


 死ぬほどどうでもいい、というのがクドリャフカの本心であった。

 本心ということは心の奥底に秘めているという事であって、要するに実際には一切言葉にしてなどいなかった。


 どうでもいいと思いつつも、それでもつらつらと語られるユーエン氏の悲しい過去、辛かった日々は本当の苦しみを帯びていると、彼なりにすぐに想像することができたようだ。


「戦後の事情、かぁ」

 ルイが純粋に関心を示していた。

「我々のような状態の個体にはあまりインストールされていない情報であるため、是非とも積極的に収集をしておきたいですね」

「お前な……そういうこと要っている場合……だったな、うん」


 クドリャフカはルイを諌めようとしたが失敗に終わった。

 そもそもこのフィールドワークの目的は「自分が知らないこと」を獲得するためなのである。


 平たく言えば情報収集。

 インタビューということで。


「何の見返りも無しにというわけにはいきませんので、僭越ながらこちらは可能な範囲における労働力を提供させていただきたいと思う所存ですが……」


 シズクが、異様なほどにすらすらとした言葉遣いでユーエン氏に仕事の取引を提案していた。


 基本的に色々な意味でコミュ障の気が強い彼女であるが、こと「魔法使い」に関わる行為においては目を剥くほどに勤勉な働きを見せてくる。


 同業者二人、モネとアンジェラによれば「あれは血反吐を吐く勢いで無理をしている」とのことだが……。


 さておき。

「こういうのって「鴨が葱を背負う」っていうんだったかな」

 ユーエンの方は、さすがに魔界で一端の農家を切り盛りできる程度の社交性はあるらしい。

 経営者らしく実にスムーズに魔法使いたちへ仕事を依頼していた。


「害獣を、駆除してほしいんだ。ええ、もう、根絶やしにしてほしいネ」


 というわけで。


「その害獣というのがユーエンさんにとって「人間」を指す言葉であり、また彼らを神様として担いで科学世界の覇権を取り戻そうとする一派。ということでファイナルアンサー?」

 

 シズクの確認にモネが親指をビシッと上に向けている。


「アンサー正解! というわけでサクッと殺しにいこう」


 ノリノリだな……。と、クドリャフカは少女たちの手慣れた様子に憂いを抱かずにはいられないでいた。


「何だか表情暗いネ?」

 ユーエンがクドリャフカのことを心配していた。

 今回においては彼はあくまでもクライアント。重さの多い戦車はあえて携えていない。


「先代の守り手さまの娘さんがどんな技量持ちか、実際にメインモニターで確かめないことにはネ」


 機械的なノイズを含んだ音声にも関わらず、ユーエンのその行動理念からは実に人間臭い思慮が多く含まれていた。


「先代の守り手?」

 クドリャフカは疑問符がもつ特有の音程を見事に使いこなしていた。

 彼自身驚くほどに、上手くできたのにはやはりクドリャフカがその要素に深く関心を寄せているからに他ならなかった。

「ああ、モネの両親のことか」


 クドリャフカはあえて、多少は事情を噛んでいるという素振りを演出しようとしていた。

 要するに知ったかぶりである、なぜそうしようとしたのかは彼にもよく分かっていないようだった。


 形容しがたいマウント思考が彼の脳裏を割合多めに侵略していたのだ。

 なぜだか分からない。分からないが、何故かクドリャフカはモネについての情報を知らない、という状況に必然とストレスを覚えているようだった。


 理性的かつ社会生活に伴う高度な負荷のそれではない、もっと単純なストレスである。

 例えるなら体をナイフで切り裂いた時に驚く、その程度の本能。


 とにかく、本能的に動いた結果にクドリャフカは無事にモネについての情報を上手い具合にてユーエンから聞き出していた。


「彼女は、モニカ・モネお嬢様はこの土地を守る「糧の一族」の一派、その現当主だぁヨ」


 正体不明の集団の名称よりも、クドリャフカは彼女がその集団にとっての重要な立ち位置に追いやられている、という事実が気になって仕方がなかった。


 追いやられている、という想像に異常なほどに確信を抱いている、その実感すらも分からない。

 とにかく、現状クドリャフカにはこの世界のことも、そして何より少女のことも何一つとして分かっていないのだった。


 色々と考えていると。


「おっと」

 ユーエンが体内のモーター音を一瞬、意図的に抑制していた。

 人間的感覚では一秒に満たぬ時間ではあるが、しかしロボットである彼には十分な情報収集時間となり得たらしい。

「お出ましだ」


 ユーエンより1拍遅れてシズクがベルトから刃物を抜き払っている。


「誰だ」


 普段のシズクが使う他者にへりくだる程に柔らかい口調とは明確に異なるものだった。

 相手に有無をいわさない、それはただの命令だった。


 さっさと答えた方が事が楽に進むであろうと、クドリャフカはすぐに予想できてしまえていた。


 だが、相手の方はどうも察しが悪かったらしい。


「おやぁ? こんなところにメスガキが三匹も」


 相手の正体など知る由もしない、それは成人型の魔物だった。


 声の低さからして男性、年齢のほどは判別できそうにない。

 というのも相手、最低でも八人以上はいるであろう輩たちだった。


 ここの判別がつかない。

 のは、何もルイやシズクのように極度に相手に関心を持たないという心理傾向というわけでもない。

 彼らは皆一様に暗色の濃いマスクやら頭巾やらを被っているのだった。


 不審者そのもの、泥棒スタイルまっしぐらと言ったファッションである。


 どうやら相手側は武器を持っているらしい。

 軽い戦争行為に向いていそうな武器だった。


「だめだなぁ~~こんなカワイコちゃんがこんな時間に歩いているなんて」


 シズクは黙って相手の言い分に耳を傾けていた。


 アンジェラは剣呑な気分で相手をにらんでいる。

 彼女としては相手へ不快感しか抱いていないらしい。

 今すぐにでも手持ちのハンマー式治癒術用ステッキで彼奴らの脳天をかち割りたくて仕方がないと言った気分。


 しかし。


「なんだなんだあ? かわいーお嬢ちゃんだなあ」


 相手側には、とりわけ男性的な要素に大きく関わっている個体にしてみると、ただの誘惑にしか見えなかったらしい。


「っていうか、アンジェラ……大丈夫か?」

 クドリャフカはアンジェラを守るように身構えている。

「下卑た糞野郎共から、……えーっと、やたら血気盛んな女にまでイヤらしい目を向けられてしまっているが……」


 意外にも盗人たちの男女比は程よくバランスがよかった。


「男所帯意外にも、女使えば絆しやすい対象がいっぱいいるからね」


 ユーエンがやれやれとメインモニターを物憂げに濁らせている。


「魔物の厄介なところは、男女関係なく戦闘員足り得るところだ。全くもって忌々しい」


 体力や筋力以前に、魔力というメンタリティを基軸としたパワーが魔物の最たる強みとなる。


 人間が持っていた科学的な、遺伝子の情報に基づいた肉体の差異は魔物にとってはあまり重要ではないのだ。


 事実、早くも巨漢レベルの筋肉を有した女魔物がアンジェラに近づいてきていた。


「お嬢ちゃんんんん? イイコだからあたしたちのイイコトしないぃいい?」

「上手いこといったつもりかね?」


 アンジェラは西側のとある地方に続く訛りに似た言葉遣いを相手に差し向けている。


「糞くだらんのぉ、ナンパするならせめて盗品以外貢ぎもの持ってこいや、このコソ泥どもが」


 唾棄する勢いの罵倒だった。

 みるみる内に相手の顔面が怒りに真っ赤になる。


「ンだとこのクソガキっ……!」


 手を出そうとする相手の腕を、シズクが素早く切断していた。


 全くもって容赦がなかった。

 人を人とも思わない。という状況がまさしく当てはまるような、そんな滑らかさだった。


 さしゅ、く。少し腐りかけのリンゴを切り刻むような音、若干水分が多い。


 皮膚から皮下組織、脂肪は容易く切り裂ける。

 厄介なのは骨だった。

 人体の骨というものは殊の外破壊しづらい対象であった。 

 二足歩行を可能とする程度には頑強であり、また密度も重さもそれなりにある。

 カバほどの顎さえ用意すれば容易く破壊できるのだろうが、残念ながらシズクの能力では限界がある。


 ともすれば、即席の攻撃のために特化したスキルを使うしかなかった。


 それが、「あれなのか」とクドリャフカは予想をたてていた。


 スキルという基準があるとして、シズクの左目に爛々と輝くそれが恐らくそうなのだろうと、クドリャフカは直感していた。


 させられているというべきなのだろうか?

 それは……。

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