ドキドキ異世界歓待黙示録
「はっきりいいますとネタ切れということになるので、ですので、他人の人生、生き様、プライド、その他もろもろのスタンスとスタイル、概ねオンリーワンな要素全てをパクろうと思うのです」
「著しく誤解を招く言い方はやめぇや、魔王陛下の旦那よぉ」
しかしながらモネと言うなの「ミノタウロス」の美少女は話し相手、つまり「魔王」であるところの彼に痛く同情せずにはいられないでいる。
「こういうときは素直に取材旅行を申請したいとでも言えばええんよ」
「そういうものなのでしょうか?」
仕事の相談と見せかけて世渡りの説法をかましてしまっている。
モネ自身が最も嘆かわしいと思わざるを得ないのは諭している相手がよりにもよって己の直属の上司であるということだった。
「いやいや、いや」
過剰演出のごとし、後輩のジェラルシ・アンジェラがモネにいやらしい冗談をふっかけてきている。
「栄あろう栄光の永遠の魔王であろうお方でさえネタ切れという愚物そのものとしか言いようのない状態異常に陥るなんて。なんて、自分を卑下しなくてもいいエッセンスがまた一つこの世界に増えたとか増えないとか、そんなこと、微塵も考えとらんですよねぇ」
「人のマイナス面を勝手に考察せんでよぉ……っ」
しかしながらそうせざるを得ない状況下に彼女たちは陥っているのであった。
「いやいや、いやぁあああ!」
叫ぶふりをしている、しかしモネは良識ある美少女魔物なので本当に叫んだりはしない、なぜなら近所迷惑だから。
「ネタ切れ言うならこっちのほうがネタ切れのあかぎれ血まみれなんよ!」
どうやら魔王の手下は恐れ多くも魔王とほぼ同様の悩みを抱えているようだった。
「侮ってはいけませんよ、モネさん……」
「し、シズクちゃん……っ?!」
春のそよ風の如き囁き声。
シズクのささやきにモネは肌をブルブルと粟立てている。
性感帯を無造作に撫でられたような心地。
例えば殺し屋などに対する先制としてこれ以上効果的な一撃はなかなか無いと言える。
「安心してください」
甘く囁く。
このシズクという少女は、どうやら天性の殺し屋であるらしい。
だが。
「ネームはすでにストック三週間分まで溜めてありますでございます!!!」
とかくこの猫耳美少女魔法使いは、己の本性に気づけ無いほどには愚かしい。
要するにアホなのであった。
そして。
「才能が憎い」
「ええっ?!
モネはモネで、純粋な才能の差をすぐに理解できるほどには程よく利口なだけであった。
ただそれだけの事である。
「この場合は都合悪く、なんじゃろうか?」
他人事のようにモブを速やかに描き終えている。
漫画作りは今日も難航しているようだった。
各々にそれぞれの才能はあれど、そのどれもがまだまだ未熟なのである。
「そうは言いましても」
いつの間にか美少女たちの輪にルイがするりぬるりと参戦している。
「いかなる存在でも無尽蔵のアイディアを生み出すことは不可能である」
「何やらそれっぽいことを言い始めたの」
少女たちの視線が魔王に注がれる。
忠誠心というよりかは近所の気さくで清潔感のある中年男性に向けられる視線のような温度。
ルイはそれらを心地よく思いながら、彼女たちに提案をした。
そして。
「たどり着きました、農業区域!」
シズクは新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んでいる。
さてさて、質問の声。
「あのさ、いきなり駆り出されたのはまあ、使い魔としては特に不満もねぇんだけど」
前提として文句そのものとしか言いようのないフォローをしているのは一匹の柴犬……のような姿の魔物であった。
柴犬にしては一回りサイズが大きい。サモエド未満程度のサイズ感の彼は、今日も今日とてもふもふの体を己自身の肉体として活用しているのであった。
さて、クドリャフカが愚痴っている。
「それにしたって、出かける寸前にもうちょっと連絡ぐらいしてもいいんじゃねぇか?」
「なぜそのような七面倒臭い事をしないといけないのでしょうか?」
クドリャフカの意見を一刀両断しているのはルイであった。
「なんでって……そ、そりゃあ……」
あまりに真っ向勝負な否定意見に思わずクドリャフカも一瞬怯んでしまう。
「お、おお、俺だって色々と用事があるんだよ! 大人の魔物なんだし……」
暗に大した用事もないがただ怠惰で面倒くさいがために緊急要請に文句をつけているだけ。
「ということでしょうか?」
「うるせぇよ! 駄魔王が!」
彼らのやり取りはさておき、シズクは周辺の環境に注目をしていた。
「農業区域、主に土地の生産物、食料化が可能な植物や家畜ないし果樹、等々を生育及び管理している区域ですね」
概ねの情報を文章化してみれば、かつて「人間」が存在していたとされている科学世界の農業地域とさして変わりがないように思われるかもしれない。
「主目的としては古代生物たちが行ってきた農業とそんなに変化はない、と思うんやけどね」
モネは日差しが眩しいらしい。
西洋人に現れやすいと言われた青色の虹彩が紫外線をうまく捌けないでいるらしい。陽の光の眩しさに若干めまいを覚えているようだった。
「モネさん、帽子をどうぞ」
シズクは魔法のポシェットから取り出した麦わら帽子をモネに手渡している。
「ああ、ありがとうね」
モネはそれを被り、頭に寄り添う小さな日陰に微かなため息をついた。
「相変わらずフィールドワークとなれば英国執事みたいな所作になるねぇ」
モネの褒め言葉にシズクは「んるる」と恥ずかしそうに喉をならしている。
「こう見えてもぼくは偉大なる「魔女」様の付き人を勤めさせてもらってましたからね!」
過去の実績、とも呼べるかどうか怪しいただの出来事。
それでもシズクにとっては大切な思い出だった。
「その通りですとも、当たり前でございましょう!」
人間に翼が生えていないのと同等である、と主張する勢いでシズクは己の思い出を全力で肯定している。
「ぼくと魔女さまが共に過ごした日々。ああ、ああ、ああ……あれはまさに幾星霜の星々さえも霞むであろう……」
うっとりと語るシズク。
その視線に輝きがある。
「ほら、ちょうどあそこに輝きたる巨大なデコレーショントラックのように」
なるほど確かに?
時刻は夕方。夕闇は空に茜と藍色のコントラストを見事に描き出している。
空気は若干ひんやりとしていて、水分を豊かに含んだ土の匂いが農業の気配を濃密に漂わせている。
静かな場所、農地、野菜や草花田畑などが広々と展開されている最中、「それ」はあった。
存在しているし、なんならデコトラと見まがうほどには自己主張が激しい。
なんといっても愉快な音楽まで流しているのだ。
しかし、気にすべき事柄が多々あるのもまた事実であった。
長閑な田園地域にバキバキのデコトラが鎮座している程度では驚かない。
あるいは驚けない、と言ったほうがより魔法使いたちの心理的状況に則していると言えるだろうか。
そもそも、まずもってその存在はどうにもこうにも……。
「トラックやあらへんで? アレ」
そう、モネがそう表している通りそのデコレーションの塊はトラックではなかったのだ。
「あれは……」シズクは視力を凝らす。
「ああ、戦車ですね。キャタピラもきれいに整えてあります」
なるほど確かに、向こう側に見えるのはビカビカにデコられた戦車だった。
「ほうほう、あれは「ドイツの虎」によく似ている……って」
モネはようやく状況の異常さを把握し始めている。
「戦車ぁ??! なんでこんな農業地に戦車がっ??!」
「しかも、」
アンジェラが杖を携えたままで遠くの様子をうかがう。
「なんじゃあ、だんだんとこっちに近づいてきとるのぉ。ほれ、もう側面に描かれたグラフィティまで仔細に見えるわい。
……ふぅむ、なかなかイカした色使いじゃの」
「感心しとる場合ちゃうやろがい!」
モネは慌てていた。
武器を構えて戦車に立ち向かおうとしている。
だがそんな彼女の攻撃体制をシズクが抑えている。
「その必要はありませんよ、モネさん」
耳打ちをする、密やかな声は必要最低限だけの緊張感をほどよく均一に保つだけであった。
「相手は戦車です。視認距離に入った時点で既に利は向こう側が掌握しているはず」
「その割には、何もしてこんのが逆に怖いんやけど」
不安を抱くモネにアンジェラが提言する。
「安心せぇお嬢。あのいかにもな主砲からレゲエ調の「新世界より」を大音量で流す輩がまさかただの観光客にむけていきなり砲弾ブッパするような真似もそうそう考えられんて」
そういえば先程から延々と流れているやたら愉快な音楽もまた、怪しい戦車から聞こえてくるのであった。
ドヴォルザークの「新世界より」、それを何やらレゲエ仕込みおよび若干のEDM風味にしていやがるのだ。
「ドヴォルのアントニンが聴いたら卒倒しそうじゃの」
アンジェラは嘆いているが、しかしシズクの方は割合肯定的に音楽を楽しんでいた。
「いやいや、過去の名作から新しい視点を独自に見いだす。古来より綿々と繰り広げられた芸術探求の大事な一手ですよ、これは」
確かに方向性は荒唐無稽であれども音の運びには水の流れのようにスッと耳に馴染む感覚がある。
と、モネは感想を抱きかけて、しかしてそれどころではないと意識を勤めて切り替える。
「なんにせよ、こちら側にコンタクトを取ろうとしていることは明白やね」
と、そこへ柴犬の姿のモネの使い間、クドリャフカが彼女に提案をしてきていた。
「なんなら俺が斥候でもしてやろうか?」
「うう~ん」
申し出が有り難い。有り難すぎるが故に迷いを抱いてしまうモネの性分にはクドリャフカもすでにある程度なれているようだった。
「この暗がりだ、犬コロ一匹がこそこそ近づいたとしても戦車側にはそうそう気づけねえよ。かつては犬を使った戦車用の自爆兵器も考案されたようだぜ?」
「またずいぶんと、頭の悪い手段を考えるもんやね」
モネの言う「頭の悪さ」が武器のお粗末さ具合についてなのか、あるいは戦争意欲のない生物にまで頼って勝利の損害をケチろうとする意向についてなのかは分からない。
おおよそどちらも含んでいるような気がしつつ、クドリャフカはさっさと作戦行動に移っていた。
「じっとしていても向こう側が勝手に近づいてくるだけだ。先手を打たれるのは魔法使いの苦手科目なんだろ?」
用意周到と言う訳でもなく、ただ単に経験不足からの非常事態に不慣れなだけの話である。
慌てやすい性分の少女たち。
彼女らを安心させるのもまた使い魔である己に与えられた役目なのだ。
と、クドリャフカは自身を適度に適当に納得させている。
「はて」
しかしそれでも、どうにもこうにも、クドリャフカの胸の内には形容しがたい不安感が漂っていた。
なんとも曖昧な気持ち。
はっきりとしない、曇り空も遠くに霞むほどのモヤモヤ感。
「とりあえず」
確定的に言えるのは、恐怖心による不安感ではないと言うことだった。
別に怖くはないのだ。
なんといっても相手からはまるで敵意が感じられない。
「ッつーかそもそも、エセレゲエ垂れ流すデコトラ戦車って何だよ……意味分かんねぇっての……」
「しゃべるワンちゃんも大概意味不明すぎるでしょうがーーーっ!!!」
実に至極真っ当な反論である。
がしかし、問題点はあまりにも大きくその声は戦車のほうから一直線に鳴り響いてきていたのだった。
「うわっ?!」
かなりの大声であることも踏まえ、それ以上にクドリャフカは自分の潜入があっさり相手に見破られたことに静かに、深く驚愕していた。
(この暗がりで、気配を殺した獣を視認で探知しただと……?!)
とても人間業とは思えない。
魔物だなんだと堂々と区分していようとも、種の根元には大体人間のDNAが深く刻まれている。
この世界の魔物の多くが、かつて存在した「人間」に類似した背格好を持つ半獣のような出で立ちなのは、これらの要素が原因とされている。
であれば、視力もよほどの緊急事態でもない限りは人間を基準としているはず。
生物としての単純な戦闘力についてはお粗末であったはずの「人間」。
少なくとも宵闇の内から犬を的確に発見でき得るほどの視力を、よもやただの「普通の人間」が保有しているとは考えにくい。
と、色々と考えていると。
「侵入者確保。……と、言いたいところだけれド」
もう砲弾も必要ないほどに距離を詰めている戦車からまた声がしていた。
「見たところ魔法使いっぽいネ? うちの畑に何か用かヨ?」
若干イントネーションに違和感はあれど、戦車の持ち主の声は健康的な人間の男性のそれらとさして変わりがないように思われた。
しかし。
やはりと言うべきか、クドリャフカは己が日々黙々と蓄積しつつある確信をひとつ、また再確認していた。
「やっぱ声だけで生き物を判別するもんじゃねえよな」
「あー確かに」
クドリャフカのぼやきにモネがうんうんと頷きの肯定を示している。
「まさか、ねえ」
これほどまでに見事なロボットに出会うとは。
古式な立方体ぎみのメインモニターを頭部に頂く、彼の名前は。
「ユーエン・スリーともうしまス」
ユーエン氏はまあまあ緊張しているようだった。
「そりゃあのそりゃ、モチのロンでありますよ」
ロボットの彼は若干古式豊かな言葉遣いを使用している。
「我らがオーナーのお嬢様が直々にお越しくださったとなれば、手前みたいなただのフツーの百姓はびびり散らかすに決まっているっての」
ユーエンは愉快そうに自分の頭部のメインモニターをピコピコと明滅させている。
冗談が半分、残りは彼なりの誠意のつもりなのだろう。
どうやらこのロボットは魔法使いたちの関係者であるらしかった。
「所謂、契約関係として仲良おさせてもらっとるって感じなんよ」
モネがかなり砕けた表現を使っていた。




