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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
私のような愚か者でさえ
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圧迫祭りは遥か遠く

 どうやら複合施設のようなものであると、そう考えてほしいらしい。


「かなり意味が分からんのだが?」

 バイクの下敷きになっている人間にとてもよく似た男性、トコロ・クルミと言う名前の魔物がいた。


 クルミはちょうど全身を縦に裂かれるような勢いで二輪バイクに轢かれていたのである。


 当然のことながら意識が遠くなる。

 まさかこの様なところで死に等しいダメージを食らわされるとは。


「ヤッベー! マジヤッベーー!!」

 若者の声が聞こえる、男性のようだ。

「オレ人轢いちまったよ」


 嫌いとも言えない女子と間接キスをした男子小学生のようなリズム感で、その若い男性、……少年? はクルミのことを心配していた。


「おっさん! おっさん!! 大丈夫っすか!」

「……これが大丈夫に見えるかよ……」


 少年の生命力バリバリの音声が耳の近くで轟いている。


「このクソガキ……人身事故だバカヤロー……」

 クルミは言葉の全てに濁音がつく勢いで、息も絶え絶えに少年を罵倒している。

 

 そこへ別の男性の声。

「カブ!!」


 人名と思わしき言葉。どうやらクルミを轢いた少年の名前らしい。

 

 カブの名前を呼んだ別の少年は風のような速度でこちらに近づいてくる。


 ぐるぐると回る視界の中、クルミはカブとその少年の会話を薄ぼんやりと聞いている。


「お前、なにやってんだよ?」

「まずは落ち着いてほしいよ。これでも一応、大事な仕事なんだし」

 

 別の少年が少し体を動かす、衣擦れの音がそのまま彼の動揺を表しているかのようだった。


「人を殺すのが仕事なのか?」

 カブと言う少年が答える。

 クルミの視界にカブの姿が映る。

 

 酷い脳震盪を起こしているにも関わらず、クルミの視野は異常なまでにクリアだった。


 それこそカブと言う少年の緊迫した表情、頭頂部付近に現れている魔物としての特徴も程よく観察出来ている。


 狸のような造形の耳がピクピクと動いている。


「オレの仕事は魔王城に侵入するならず者を一匹残らず轢き殺すことだからさ」


 齢十五程度の若造に任せるにはいささかバイオレンスが過ぎるのではなかろうか?


 クルミは疑問点を抱く。

 そうすると視界が一気に歪み始めた、思考力を動かしたのが不味かったらしい。


 カブがこちらに、片方の少年と共に近づいてくる。


 もう片方の少年がため息混じりに提案をしている。


「とりあえず、アンジェラのところに運ぶか」


 と言うわけで。

 クドリャフカは魔王城の病室にて、城の主である少女に城についての解説を施されているのであった。


「あの、シズクさん……だったか?」


 病室といえども実際はただの床の間、ジャパニーズ式の布団しかない。

 布団の上、クルミはシズクと言う名前の魔法使いの少女の姿に話しかけている。


「どうしておれは魔王城で床についているのだろうか……?」

 

 シズクは、頭頂部付近に現れている魔物としての身体的特徴を小さく動かしている。

 黒猫の耳のような形状の聴覚器官は、少女の身体の動作の都合、あるいは秘匿するに値しない感情の動きに合わせて細やかに動き、環境の音を丁寧に拾い集める。


 シズクは耳でクルミの言葉を受け止め、いたって自然な範囲内の短さだけで思考した言葉を情報として相手に伝えている。


「それは貴方が我が魔王城トットテルリの優れたる番狸、ポンダ・カブ氏による巧みな防衛術に貴方が運悪く引っ掛かってしまったわけでございまして……」


 シズクは申し訳なさそうにしている。

 だがクルミにたいしての謝罪と同時に、瞳の奥底では同業者の類まれなる技術力に感心をする動きも見て取れた。


「さすがはモネお嬢さん直々の推薦人員です……まさに即戦力で期待以上の功労と労働力……!」

「身内に感動しているところ悪いが……こちとら満身創痍なんだが……?」


 クルミが若干腹立たしくなっている。


 そこへ。


「怒れる、ということは、大分意識がはっきりしている、と言うことですね」

 シズクではない声。男性の声、クルミにとっては馴染みのある音声が部屋のなかに届いていた。


 すぅ、と部屋の襖が開けられる気配。

 寝具や天井のスタイルも然ることながら、扉も日本文化古来のそれを多めに参考にしているらしい。


 奥から現れた、それは勇者の姿であった。


「おやおや」 

 勇者を前に、シズクはどこかエレガントを感じさせる動作で彼を室内にゆったりと招いている。

「これはこれは、ユーさん? でしたっけ」

「はい」


 ユー、と言う名前の、勇者らしき存在はシズクに返事をしている。


「僕の名前はユー。アンドウ・ユーです」

「これはどうもご丁寧に。ぼくの名前はシズク。シヅクイ・シズクと申します」

「え、なにこれ……お見合いか何か?」


 クルミとしては冗談のつもりで発した言葉だった。

 が、ただ一言発しただけで不意に、クルミは空間全体を支配する殺気のようなものを感じ取っていた。


「……っ?」


 クルミは床に臥せったままで周辺を警戒する。

 現状敵になり得る可能性が高いのはシズクなのだろう。


 白の襟元がよく映えるオフショルダーのワンピースに身を包んでいる、一見して淑女と解釈できる少女。

 齢は16と聞いたが、それにしては大人びた雰囲気が、有りすぎる。

 

 世間ずれしているとか、あるいは野郎を魅惑する能力に長けているだとか、そういう方面とはまた異なっている。

 少女はあくまでもまだ、少女だった。


 ただ、ただならぬ少女であることは確かであった。


 さて、色々と考えた挙げ句に結局クルミは殺意の正体をつかめないままで終わった。


 それよりも先に、別のお客人が魔王城の室内に現れたからである。


「あれぇ? ンだよ死んでねぇのかよ、期待して損したわ」


 めちゃくちゃなことを言っているように聞こえるが、彼にしてみれば真剣な願いをただ言葉にしただけである。


 本願を率直に言語化することの問題はともあれ、クルミはその「エルフ」の彼が自分に殺意を抱いていることを既に知っていた。


 知っている上で、真っ向から拒絶する。


「病床の人間に言う台詞だとは思えんな!」

「何が病床やねん、自業自得やろうが」


 メラニン色素が濃いめの褐色の肌は十代の若者のごとく瑞々しい。

 実際はシズクどころかクルミよりも、あるいは大概の老人よりも年上だと言うのに、彼はどこまでも若々しいままだった。


「えっと、貴方は……」


 シズクはメイド服を着込む珍奇な客人について、記憶を脳内で軽く検索している。


「エルメル・……ミミロさん」

「はいどうも~ミミロさんだよ~」


 ミミロは海草のようにゆらゆらとした佇まいで城の主に挨拶をしている。


 そしてすぐに謝罪をしていた。

「すまんねぇ、うちのごみクソスライムがおたくんとこの魔王の旦那にいっつも迷惑かけて」


 「スライム」と言うのはそのままの意味。

 かつて、この魔界にてたくさん存在してた種族であった。


 だが。


「先の侵略戦争で大量に人間に殺されるか、飼育されてブヨブヨになるか、あるいは勝手に自滅するかで、今じゃすっかり絶滅危惧種やで」


 ミミロはそれはそれはもう楽しそうに「スライム」について話している。


 悪意は間違いなく、また紛うことなくクルミへ一直線に向けられ続けている。


 容赦なく険悪になる空気感にシズクはオドオドとしてしまっている。


「え、えと、その……改めまして本日は我が魔王城にどのようなご用件で?」


 質問の意図するところをクルミは一瞬だけ理解することが出来なかった。


 魔王城へと訪れる、あるいはそれに類する行為。

 それらの理由についてなど、大体検討がつくではないか。


 クルミが答える。


「それはもちろん、魔王を殺して姫を助けるために」

「バカじゃねえの?」


 クルミの願いを真っ向から否定しているのは、一応は彼の味方であるはずのミミロであった。

 ミミロは、素晴らしいまでにクルミの願いを否定していた。


「今さら魔王殺してどないすんねん、頭イカれとんのか」

 

 西の土地仕込みのコテコテきつきつな罵声。

 だが、供述している内容そのものは、現状この魔界において広く一般的な常識でしかなかった。


「「勇者」も「姫」も、あろうことか「村人」も、人間畜生が担当できる役割はもう全滅したんや。死に絶えたんや、ほかでもない「姫」さんが皆殺しにしたやんけ」


 かなり簡略化しているが、しかし内容としては間違いでもない。


 シズクはミミロの供述について考えてみる。

「つまり、姫と言う名前のものすごい力を持った存在が、たまたま愛知県名古屋市と呼ばれていた場所に一していて、運悪く、そこで戦争行為を繰り広げたために、そのお姫様が刺激されてしまい世界規模の魔力暴走による大災害が起きてしまった。と?」

「はい、お嬢ちゃんありがとう、分かりやすい解説ありがとう!」


 ミミロが優美な指先でシズクのてをそっと握り、握手をしている。

 美麗なエルフの褐色の滑らか素肌が触れて、若い女な感じのシズクは「んるるる……」とメス猫のように喉をならしてしまっている。


 と、また、部屋全体に殺気が満ち溢れていた。

 クルミが先ほど感じ取ったそれと同質ではあるが、しかし質量としてはかなり軽くなっている。


 とはいえ、多かろうが少なかろうがその殺意の鋭利さが損なわれることは決してなかった。


「は~ぁ……」

 ミミロがそこでシズクの手を握りしめたままの格好で、赤色が映える瞳をぐるりと大きく動かしている。


「おい、その……もう一人の魔王ってことでエエんか?」


 ミミロは大きめの声を発している。

 叫び声やがなり声とは異なっている。舞台役者の発声練習のように伸びやかで広がりのある呼び掛け。


 若干女性的な高さのある音程が和室の内装に反響していた。


 端から見ればミミロがいきなり大きな独り言を発したかのようにしか見えない。

 あるいはもしここに「普通の人間」が居たとしたら、確実にエルフの男性の気が触れたか、そう勘違いしたに違いない。


 つまりのところ、ミミロの呼び掛けにはキチンと返事があった、ただそれだけのことだった。


「はい」

 襖が開けられる。

 しゅぅ、と区切りが滑らかに開け放たれる音色。

 

 何かしら、とても大事なものが隠されていまいか、クルミは無自覚に期待していた。


 しかし期待は外れた。

 クルミは少なからず失望しているようだった。


「ごきげんよう」

 のんびりと挨拶をしているその男性は凡凡とした魔物でしかなかった。

 

 若干顔色が悪いこと以外には、取り立てて語ることもない。


 せめて顔の造形かなにかしらで個体としての個性を判別したいところだが……どうにもこうにも、それすらも難しそうだった。


 なぜなら彼の顔面は仮面に覆われているからだった。

 人間が着用するにはあまりにも密封性が高すぎる、まるで大きな水滴にすっぽり顔を覆われてしまっているかのような、そんな誂えの仮面である。


「仮面の告白は、必要でありますか?」

「い、……いえ、いらねぇっす……」


 訳の分からない挨拶のあと、現れた「魔王」の彼はすぐにクルミから視線を外している。

 関心を別に移した、と言う表現が真っ向から突き刺さるような感覚がクルミの脳髄を襲った。


 目的の誰か、会うべきとして出向いたはずの人物が、こうも自分自身に興味を持たないとは。


「いっそ清々しいな!」


 クルミが苦し紛れ、若干自暴自棄な嫌みを言っている。


 そこへ。


「そんな貴方に!」

 また、別の魔物の声が室内に鳴り響いていた。


 部屋の中の全員、あの美しき仮面の魔王ですらキチンと視線を動かしている。


 と言うことは、と、クルミは安直に想像する。


 現れた、二匹の魔物の少女は魔王にとって大切な人物であることがうかがえた。


「モネさん、アンジェラ君」

 シズクがパッと立ち上がって二人を出迎えている。


 どことなくアメリカンホームドラマの一幕を想起させる動作が、クルミに少女らの友好的な関係性を想像内にて連鎖させていた。


「おやおや」

 モネ、と言う名前らしい。

 牛のような獣、魔物の特徴を身体に宿している。

 耳は人間のそれとにたような位置に生えている。耳だけに限定したならどことなくホルスタイン種を想起させてくる。

 牛としての勇猛果敢、剛健なる生命力に満ち溢れていると同時に、家畜としてどこか神経質なまでに整った肉体美も伴う。

 まあ、要するに美少女と言うわけである。健康的な美少女だ。


「城の防犯ブザーがエライ勢いで鳴ったから何事や思えば……」 

 

 モネは、これまた西の土地特有の訛りを含んだ言葉遣いをしている。

 ミミロのそれよりかは、どこか古くて入り組んだ細い道のような雰囲気を纏っている。


「これはまた、めちゃくちゃなお客様だらけやねえ」


 歓迎しているらしい。


 しかしモネのそれは「普通」の歓迎とは大きく異なっていた。

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