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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
私のような愚か者でさえ
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また来てオクトパス

 昨晩は雨が降っていた。

 戦争が、あるいは戦争が主な起因となった大災害が過ぎ去ったあと、夜に雨が降ることが割合多くなったような気がする。


 そう考えているのはクドリャフカだけの感覚でもなかったようだ。


「なにも雨だけで、この大量の水を保持している訳ではないのだろう?」


 ジョズ・ストーンが近くにいるモネと言う少女に質問をしている。

 彼は、あまり生き物とは呼べない存在である。

 どちらかと言うと器物に近しい、侵略のための戦争の際、主に人間側が大量生産した生体兵器、その生き残りとされている。


 情報が不確かなのは、クドリャフカ自体があまり仔細なデータを所有していないから。

 記憶喪失であると言う前提も、あるにはある。

 が、しかしそれ以上に、クドリャフカはうっすらと情報の秘匿を肌に感じ取っていた。


 なにか、小さい子供にアダルトコンテンツを見せないよう保護する大人のあまり意味をなさない気遣いのようなもの。


 男性一人の不可解を置き去りにして、魔物たちの会話は小躍りのように進むだけだった。


「言われてみれば」

 シズクはジョズの感想、雨天が多いことにうなずきを返している。

「確かに夜は基本雨がしとしととしておりますね、あまり深く考えなかったです」


 ジョズは勝手に想像をする。

 想像と言うより、常識的な知識と経験による反射能力と言うべきか。


「まあ、確かに君のような麗らかな乙女に夜更かしは大敵……」

「昨日は3Pシーンに必死になって取りかかってましたから」

「あ?」ジョズの疑問。

「え?」こちらはクドリャフカの漏らした声。


「な、わわわ、なぁ、わ」

 クドリャフカは舌がもつれて仕方がなかったが、なんとか言葉を発することに成功する。

「な、何か……およそ未成年の口腔内から発せられるべきではない卑猥なワードがモロだしされたような気が……っ」

「誠に申し訳ございませんなんやけど……聞き間違いやあらへんのよ」


 モネが申し訳なさそうにしている。

 そのすぐ近くで我関せずとでも言いたげに、アンジェラがシズクに向けて叱責をしている。


「だからゆーたじゃろ! 多人数プレイはまだあんさんの画力じゃレベル高すぎるって」

「ですが!」シズクがアンジェラに反論する。

「今回のヒロインである人妻には個体では到底耐えきれない肉欲の業火に燃えてもらおうと……っ」

「志が高ぉてもなぁ、実力さ伴ってなければただの夢物語なんじゃよ……。

 エエんか? くそみたいな体位で満足しても。それがあんさんの望んだ理想の快楽なんか?」

「ぐ、ぅぅう……!」

 正論を突きつけられたようだ。

 シズクは傷ついた獣のように唸り声をあげている。

「ええ、ええ……! わかってます、分かってますとも……! ぼくの最高の人妻にそのようなやぼ天慇懃をさせるわけにはいかない……!!」

「その心意気じゃ……板ロス先生よ……!」

 アンジェラはシズクのペンネームを唱えるように呼ぶ。

「淫らな夢の果てを目指し、今日も迷える肉欲たちにとっての緑色の灯台明かりになるのじゃ……」

「はいっ!!」


 と言うわけである。


「つまり」

 モネは取り繕うように状況説明をする。

「私らこう見えても実は成人向け漫画家板ロス先生……ああ、あそこにいる猫耳ちゃんのことなんやけど。彼女のアシスタントとして、夜は日々漫画制作に勤しんどるんよ」


 アンジェラがシズクをよしよしと撫でながら、得意気に鼻を吹かしている。


「現状我が魔王団「トットテルリ」二番手稼ぎを誇っとるけぇのお!」

「へぇ~」


 ジョズ・ストーンは単純に感心しているようだった。

「トットテルリか、良い名前だな」

 そして、とりあえず彼女らの昼の職業については無視することにしたらしい。


 いや? この場合は夜と言うべきか。

「殺し屋とエロ漫画家、どっちがミッドナイトなんだ……っ!」

「気にするべきはそこなのだろうか?」


 珍しくルイがクドリャフカに向けてマシな突っ込みを入れてきている。


「おや?」

 すかさずジョズがルイの声に反応している。

「夏の向日葵のごとき、甘い声が聞こえたような気がするが?」


 どこをどうサンプリングしても成人男性の、それもかなり無感情で、いっそくたびれた印象さえ抱かせる肉声にしか聞こえない。

 と思ったのはクドリャフカ、あるいはシズクだったかもしれない。


 だが認識の違いは決定的なズレを起こしたまま、ただジョズの視線が魔王の声を探し求めている。


 その様子は町で丸々と膨らむ尻を携える若い女を見つけた男性のそれを想起させる。

 つまりのところ欲情した気配すら見せていた。


「魔王陛下は」

 シズクが魔王の所在について、神に等しき存在に説明をしている。

 静寂を織り込んだような声だった。戦闘行為以外のコミュニケーションにおいては、彼女はむしろ平均的な少女のそれ以下の能力しか有していない。

「その……陛下はおやすみ中でございまして」


 休むどころの騒ぎではない。

 魔王は、片割れの魔女王のためにそのお姿をナイフにトランスフォームし、今しがたバッサバッサと敵を切り殺しまくったばかり、である。


 とても休養が必要な生き物の行動とは言えない。

 だが魔王たちは嘘をつくことにしていた。


「ですので」

 シズクは魔王が隠れるための嘘に締め括りをつける。

「誠に恐縮ではございますが、謁見はまたの機会に……と」


 シズクが嘘を言い終えたあと、ジョズは僅かだけ黙っていた。

 時間の上で計測すれば二秒、いや、むしろ一秒をギリギリ逸脱しているか否かの短さだった。


 星の瞬きほどの速度のなかで魔王に仕える魔法使いは嘘を信じようとしていた。

 そして、戦争兵器の遺物は嘘を、恐らくだが、ほとんど見抜いていたに違いない。


 少なくとも船に同乗しているおおよその魔法使いたちが、遺物の慧眼を安易に予想していた。


「了解した」

 ジョズは遺物としての肉体、異形の体のままでそっと目を細めている。

 笑顔を作ろうとしているらしい、だがあまり良い感じに成功はしていない。


「陛下のご体調の回復を、僭越ながら祈らせていただくよ」


 場を切り替えるように、モネが息を吹くように船のエンジンを再稼働させている。


 かつての科学世界における船とは大きく異なる、魔法使いの乗る船は自転車並みの気軽さで動力を操作できる。


 船が進む。

 おもちゃのポンポン舟のような、なんとも気の抜ける可愛らしいエンジン音が心地よく繰り返される。


「ああ、ここは」

 ジョズが水面の一点を見つめている。

「子供のころ、よく遊んだ公園。

 ……が、アパートになってマンションになって、最終的にはライオンの彫像が玄関口に鎮座する謎のマンションになったんだっけ」

「順調に進化したんやね」


 はは、とジョズはモネに笑いかける。

 柔和な男性の笑い声が水面に一滴垂れる。


「自分なりに遊び場が他人の記憶に支配されることを受け入れて、それとなく納得したつもりになって、日々をやり過ごしていたような気がするが」

「詩的やね」

「でも、それも全部水の底か」


 ジョズ・ストーンはマンションが沈む水底へと帰る。


「本来はもっとこう、祭り上げて魂を癒す的な……」

 アンジェラが素直に申し訳なさそうにしている。

「巡礼をしたり、催事をしたり、色々とこちらも身構えていたんじゃがノォ」


 そうして、おもむろに肉の塊をジョズに差し出している。

 もれなく人間のかたちをしている、先程殺したばかりのモドキたちの死肉である。


「いぎゃああっ!?」

 クドリャフカは全身の体毛を逆立てる。

 

 供物と魔法使いどもは称したが、どう見てもただのグロッキーな死体でしかない。


「何をおっしゃいますやら」

 シズクが論点をずらそうとしている。

「普段ぼくたちが接種している食事も死体そのものではありませんか」

「関係ねぇよボケ」


 倫理観について考えたい、だがクドリャフカの願いはこの場面においてはただ無情に踏み潰されるだけであった。


「気持ちは分かるような気がするけれど」

 モネが申し訳なさそうにクドリャフカをなだめようとしている。

 うずくまって視線を彼と合わせて、撫でる手付きはまるで我が子を慈しむ母親のように柔らかい。

「彼らは人間で、私たち魔物とは別の生き物なんよ。どんなに形がにていても、生きている間は問答無用で私たちを殺してくる」


 だから殺す。

 生き延びるために殺す。


「それがこの黄昏の時代に新たに始まった戦争、生存のための戦争」


 生存戦争。

 勝つために戦略を練る。

 あるいは負けても生きるために、戦略を考え続けなくてはならない。


「放置するとどんどん溢れてくる魔力を抑えるために、遺物さんにはこれからも人柱として場を支配し続けてもらう」

 モネは供物を携えジョズと取引をする。


「これは提案ではありません。むしろ命令に近しいと思っといてくれると助かります」

 異常なる存在を相手にするがゆえに、常に武器を携えている。


 例え肉を剥がれようが、魔法使いは魔界を守るために戦うのである。


「なるほど、なるほど」

 ジョズは納得をする降りをして見せている。

 つかみどころの無い所作を得意としているであろう。そんな彼にしてみれば、なんともお粗末なジェスチャーと言える。

「現状の世界においての自分の役割は、そのような形になった。と」


「ああ」


 クドリャフカがジョズに話しかけている。

 視線は間違いなく相手を見ている、言葉はしっかりと情報伝達としての意味を伴っている。


 それなのに、クドリャフカの意識は明滅のような無意識に侵食されていた。


「人間は死んだ。人間のために行われていた戦争は全部無駄になった。俺たちはただ世界に負けたんだ。あの戦争に、勝者は二度と現れない。


 これは事実だ。ただの過去でしかない。

 納得しようがしまいが関係ない。

 だって、死人は生き返らないだろう?」


 もしかするとこの時が一番ジョズ・ストーンの神経を逆撫でした瞬間だったかもしれない。


「それは」

 声音の静けさが、静寂の風の音にも似たそれが、ジョズの怒りを明確に現している。

「……それは、自分への叱責のつもりかな?」

「いいや」


 クドリャフカは探るように話している。

「どちらかと言うと、ただの自虐だな」


 ジョズにたいしてクドリャフカはひどく動揺したように声を震わせている。


 恐ろしい遺物、あるいはクライアントを怒らせてしまったことについての自責、……も当然のことながら含まれている。


 だが根底にはやはり供述した通りの内容、己への卑下が込められているようだった。


「俺たちの生存戦略は失敗したんだ」


 膨れ上がる殺気に、せめてクドリャフカの身だけでも守ろうと魔法使いたちが身構える。


 しかし。


「しかして、間違いではないか」


 とてもありがたいことに、ジョズはクドリャフカよりかは遥かに大人びていた。


 それでも内に秘めたる少年じみた対抗心が完璧な沈黙を拒絶したらしい。


「さておき、せめて君は守るべきものを今度こそ守るのだろう。

 でなければ、いっそ自分がその首を捻り切ってやりたいくらいだ」


 あからさまにクドリャフカに向けて発せられた言葉だったが、しかし当の本人はその言葉の意味をまるで理解することが出来なかった。


「愚かしいね」

 ともあれ、遺物は供物を携えて、ただ寂しいだけの社へと帰るのであった。

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