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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
私のような愚か者でさえ
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さよならキャンサー

「あ、ぎぃあぁ、ああああああああああッッッッ!」

 

 シズクに腕を切り落とされた魔術師が悲鳴を上げている。

 絶叫、と共に腕の切断面から血がどくどくと溢れる。

 

 数秒だけホースの水のように血が流れ、シズクの髪の毛や肌を真っ赤に暗く濡らす。


 血流の勢いは時間の経過と共に緩やかに収まる。

 と言っても放水から漏水に変わる程度の変化しかない。

 あっという間にシズクと魔術師の間に真っ赤な水溜まりが生成されていた。


 小さく呻き声を漏らして魔術師は倒れる。

 血溜まりのなかに埋もれ、清潔なビジネススーツが赤血球の色素に染め上げられていった。


 別の魔術師が叫ぶ。

「て、敵襲!!」

 サーベルのような形状の武器を構えた魔術師がシズクに襲いかかる。


「チェスト!」

 伝統的な掛け声と共に魔術師はサーベルにてシズクの頭部をかち割ろうとした。


 なかなかに素晴らしき太刀筋である。

 武器のきらめきを見つめ、シズクは心浮き立つ思いで太刀筋の中心点へと突進する。


 また、時間の速度が限定的に遅くなるような錯覚が生まれる。

 魔法使いと、魔術師との間にだけ結ばれているスローモーション。


 魔術師側は、悲しいまでにただ動揺するばかりであった。

 まさか獲物の方が先に都合がよい、いや良すぎるほど狙いやすい起動の先に移動してくるとは。


 ただうっかりフラりと刃の軌跡に侵入してきたわけではない。

 意図的に、確固たる意思を以て魔法使いは危険な刹那へと身を投じている。


 理由を考えるよりも先に魔術師は敵を切ることを優先していた。

 戸惑わない、迷わない、戦いにおいて魔術師が学んだ方法だった。


 技術を信頼していた。

 そしてその信頼は魔法使い、シズクにも同様の感情だった。


 シズクは魔術師の技巧を心から信じていた。

 相手が己よりも優れた戦いの技術を有していること、戦闘においての清廉さ。


 今にも刃が己の頭頂部をかち割り、頭蓋骨を切り裂いて脳漿をぶちまけるであろう。

 未来に期待していた。


 想像することが出来た。

 故に、シズクはあえてその可能性を否定することも出来た。

 

 サーベルの刃が当たろうとする期間、少し足をステップさせて体の位置を変えられる程度の余裕を含ませる。

 

 首の皮一枚と言う言い回しがふさわしいほどのジャスト回避。

 黒猫のような漆黒の髪の毛が数本持っていかれたのは、この際ご愛敬としておくことにした。


 寸での回避。

 自己の安全性を可能な限り無視した避け方。


 いっそ狂っているとさえ思う方法に、当然のことながら魔術師は対応しきれなかった。

 命を優先させるための戦い方を学んできた相手に、命を無視した狂い方を理解してもらうには、時間が足りなさすぎていた。


 ふわり。魔法使いの鼻腔を春の花のにおいがくすぐる。

 ムズ、とする甘さ。冬と言う感覚があたたかさにゆっくりと殺されていく感覚。


 心地よい、と勘違いしたのは魔術師自体が産み出した現実逃避。

 

 魔術師の攻撃を回避したシズクは既に口づけ出来るほどには相手と距離を詰めている。

 あとは簡単だった。


 ざちゅ。と、シズクは相手の首、頸動脈が走るであろう皮膚へとナイフを沈めていた。


 刺突、そしてこんにゃくでも切るような滑らかさでナイフを横凪に降る。


 切り裂いた。

 魔術師の首筋に大きな、大きな切り傷が作られる。


「かひゅ」

 空気漏れ、そこに水泡が混じったような声を相手が漏らす。


 そして血が勢い良く溢れた。

 またシズクのワンピースが生暖かく、腥く濡れる。


 さて。


 魔法使い側の所有する探検用の船の上に視線を戻す。


 そこでは。


「うえぇぇ……」

 味方であるはずの魔法使いの少女の殺し方に、クドリャフカがひどく吐き気を催していた。

「ひどい……とても味方のそれだと信じたくないほどにはひどい……」


 アンジェラがクドリャフカの体をそっと、慰めるように撫でている。

「悲しいけどのぉ、あれが現状うちの探検隊の切り込み隊長兼メインアタッカーおよび主戦力で、あとついでに……」

「多い多い。あー……? つまり一番攻撃力が高いってことか」


 その分と言うべきなのか、如何せん防御力が心もとないのが問題点とされている。


「いや……問題にすべきなのはそこじゃねぇと思うが?」

「ほうなん?」

 

 アンジェラはおふざけ半分、そこから何割かは多めの配分にて純粋に、クドリャフカに疑問を抱いている。


 人殺し云々、倫理観やらの問題についてを考えている。と言うことを、アンジェラはすぐに察している。


「むっかしからよぉけ言われまくっとるからのぉ。現実世界どころか、あろうことか架空の世界の殺人にすらヒィコラヒィコラ文句垂れる暇人ばっかで」

「誰に文句を言っているんだ?」

 クドリャフカの不安げな視線をあえて無視して、アンジェラはわざとらしい口を適当に連続させる。

「倫理観の前に現実と架空の境界線を整備したほうがええんかと思うんじゃけど。それはそれとして、別にあれは人間ってわけでも無いんじゃよ」

「話題の繋がりが全く見えないが……。いや、そんなことより、えっと……あれは、魔物か何かなのか?」

「それじゃとフツーに同族殺しになるけぇの。そうやのぅて、なんじゃろうなぁ……あれはかなり、かわいそうな存在なんじゃよ」


 普段は平気で人をバスバス刺すように罵倒するアンジェラが、珍しく全うに同情の心を向けている。


 異常ともとれる状況である。

 が、何故かクドリャフカは心の割合重要な位置から直通に納得をしてしまっていた。


 記憶喪失の弊害、耳慣れぬ情報に現状の意識は混乱するばかり。

 なのに、失ったはずの記憶が「アレは殺すしかない」と呼び掛けている。

 強制でも脅迫でもない、まるで心優しき父親が愛し子に語りかけるような、そんな慈悲深さを皮膚の下側に直接感じる。


「そんな、バカな」

 それでもクドリャフカは今の意識を優先しようとしている。

 そうしなければ、何か、とても重大な秘密を思い出してしまいそうな不安があった。


「もし」

 不安から目を反らそうとしているクドリャフカに、ジョズ・ストーンが話しかけている。


 ずっと空腹だった腹が少し満たされた、満足感から彼はどこか恍惚とした気配で会話を行おうとしていた。


「そこのあなたも、自分と類似した存在と見受けられるが?」

 

 クドリャフカは返事をしなかった。

 出来なかった、今しがた人を食らった存在が、まるで隣人のごとき親愛さを込めて微笑みかけてきているのである。


「いま、君のとても可愛らしい仲間が処した物体は一般的にもどき、と呼ばれている戦争兵器だ」

「兵器」


 ジョズはうなずく。

 とても思慮深そうな青色の瞳。

 会話相手、少なくともライカ・クドリャフカに対するマイナスな感情は見受けられない。

 

 残酷な現実で相手を傷つけようなどと、そのようなことは微塵も考えていないようだった。


「侵略戦争の最中に魔物から人間性を多く引き出した肉の兵が産み出された。

 アレはその残滓、オリジナル版のでき損ない。「天使」のモドキ。

 で、モドキと呼ばれている」


 魔物以上、人間以下。


「だから」


 モネが武器を構えて要約する。

「神さんとおんなじ、ただの害虫なんよ」

 それ以上は黙っていろ、でなければ。


 言葉の続き、あるいは行動の指針を示すかのようにモネは標準を定めて引き金を引いている。


 トリガーの言う通り、銃口から激しく放出された弾丸が敵の頭蓋骨を破壊する。


 ただ回転力で肉を抉るだけに飽きたらず、拡散性のある魔力が業火のごとく骨肉を爆散させている。


 飛び散った血肉や骨片にまとわりつく水分を基軸に、またシズクが魔法を使って電流のような速度を起こしている。


 次々と殺されていく兵器モドキたち。


 皆殺しも視野にいれる勢い。

 そこへアンジェラの叫び声がけたたましく鳴り響いた。


「あー! あーー! マイクテス!マイクテス!」


 何やらヒーラーロンドをスタンドマイクのように構えている。


 歌声のように良く響く声にて、アンジェラは無鉄砲としか言えない提案を魔術師たちに発信している。


「このまま自陣の手持ちをうちの切り込み隊長とプロ狙撃主に皆殺しにされるよりかは、さっさとこの場からはてきとーに退去したほうがエエかと思いますが??!

 それともエエ?! このまま貴重な兵器をひとつ残らず虐殺されて、お上にとんでもない損失をぶっかけられてもいいと?! それでもいいと?!」


 要するに戦力は圧倒的にこちらが上である、と言う主張である。


 随分と強気に出たものであると、クドリャフカは自陣の選択に不安を覚えている。


 しかしクドリャフカの憂いは、とりあえずのところ今回においては無事に杞憂に終わっていた。


 大量の魔力が動く気配、いや、もはや単純に気流の乱れと見紛うほどに巨大な力が吹き荒れている。


 荒涼の中心点はジョズであった。

 神にも匹敵する存在。かつては殺戮兵器として敵をほふり続けてきた、その残骸。


「自分に下賤な魔物の肉を食わせたこと、万死に値する」


 お前が勝手に食ったんだろ?

 クドリャフカは心のなかでそう言った。


「代償は、貴様らの拠点を三つか四つほど破壊し尽くすぐらいか? あるいはそれでは全く足りないか?」


 魔術師の拠点為るものがどれ程の規模のものなのか、クドリャフカはいまいち想像できないでいる。

 魔王団のそれだとすれば、まあ、厄介な放火魔程度の影響か。


 いや、しかし、仮に魔術師側の味とがかつての米軍基地レベルの重要度を有していたとしたら?


「おいおいおい……!」

 やにわにクドリャフカは全身の毛を逆立てている。

「めちゃくちゃやベェ状況じゃね? 何かもう、敵とか味方とか関係なしに皆殺しにされる気が……」


 魔法使いのバイオレンスな思考は、なにも理知的な魔術師たちもちゃんと考慮している範囲内であるらしかった。


 少しだけの間、魔術師側の船からまた声が聞こえてくる。


 退却の意味を有した内容。

 魔法使い側の愚行を暗に避難しつつも、遺物の意見を尊重する旨を伝えてきた。


 そして、去っていった。


 さて。


「何か、以外とあっさりしてたな……」

 クドリャフカは以前としてソワソワとした気分を捨てきれないでいる。


 彼が不安に思うのも、それなりに仕方の無いことだと言える。

 まがりなりにも公的機関に大損害を与えたのである。


「大丈夫なのか? 今ごろ指名手配のビラを大量印刷しているところとか、そんな状況になってんじゃねえだろうな?」

「なっていたら、どうするん?」

「え?」


 ライカ・クドリャフカが語る不安内容について、モニカ・モネはむしろ不安を煽るような文言で質問を返してきている。

「私は」

 モネは先んじて自分の意見を用意している。

「まあ、多少の逃亡と損害は覚悟の上で魔王側に付くつもりやけど」

「それは……」


 別段違和感のある選択肢ではないと言うことを、クドリャフカは既に知っていた。

 モネと言う少女は魔王のために戦う存在であること、その理由はある程度彼女自身から教えてもらっている。


「まあ、あー……お前がそう言うんなら、使いっぱである俺は当然、お前の意思を尊重するつもりだが……」

「見るからに不服そうやね」

「そりゃそうだろ……!」


 クドリャフカはなるべく声を潜ませようとしていたが、あまり上手く出来ているとは言えそうになかった。


「あり得ねえだろ! 公務員皆殺しにするガキと一緒に仕事するとか!」

 

 クドリャフカの、ある意味正論とも言える主張について、悲しげなため息を吐き出しているのは戦争兵器の遺物であるジョズ・ストーンであった。


「モネ君……君は自分の使いに基礎知識もまともに織り込んでいないのかね?」


 かなり直球に己の無知と愚かさを指摘された。

 しかしクドリャフカは自分のことよりも、モネと言う少女が不条理な叱責を受けたことを腹立たしく思っていた。


 反射的な反応で、理屈は彼自身にもうまく理解することが出来ないでいる。


「あ? ざっけんな」クドリャフカは柴犬の姿でグルルと牙を剥く。

「こちとらどう少なく見積もっても精神年齢十九歳以上の脳みそ携えた記憶喪失ワンコロなんだっての。並大抵の女に対応しきれる許容量越えまくりだろうが!」

「クドさん?! 自虐が過ぎるんよ」

 

 なんにせよ、クドリャフカジワジワと戦争がこの世界に残した禍根のいくつかを想像せずにはいられないでいる。

 むしろ体感させられている、と言うべきか。


「なあ」

 不意に、ジョズが魔法使いたちに提案、と言うよりかは頼みごとをしている。

「少し、散歩に付き合ってくれないか?」


 さて。


 船。魔法使いたちが所有している船。

 水没した都市の上を移動するために製作された移動方法。


「フム……」

 ジョズは太い職種の一本を人差し指のように補食器官の近くにあてがう。

 どうやら考え中、のジェスチャーのつもりらしい。

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