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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
私のような愚か者でさえ
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伝説的に飽きられた伝説の勇者 その4

 戦争兵器の遺物である存在、ジョズ・ストーンの答えを聞くより先。


「にゃあああああああああああっはっはははははははは!!!!!!」


 ものすごい勢いの騒音が彼らの耳を盛大に刺激しまくっていた。


「うわあ?!」

 モネが思わず牛耳を両手でパフッと押さえ込んでいる。

「なんや?!」

 アンジェラが杖で音のする方を指し示している。

「あの辺……というより、あの魔術師どものお舟がもれなく音の発生源じゃの」


 基本スペックとして魔物の聴覚は「人間」のそれより優れている。

 だが予想外の騒音に対する恐怖心と言う、いかにも人間社会らしいホラーはあまり理解できない。


 その事実を証明するかのごとき勢いにて、魔術師の船団の内部からけたたましい警告のメッセージが発せられていた。


「そこの不審者!」

 女性の声だった。

 とても溌剌としていて、炭酸をほどよく抑えた飲料水のような甘味を感じさせる。

「止まりなさい! そこの不審者ぁ!」

「いや……こっちは最初っから止まっているんだが?」


 クドリャフカの真っ当な意見など、海を挟んだ向こう側の船に届くはずもなかった。

 魔術師と思わしき声は船の推進都ともに段々と、確実に近づいてきていた。

「いいー? 動かないでよー? 動いたら起こるからねー!」

「はいはいー!」

 シズクが律儀に返事をしている。

「頼み事となれば、そりゃもう地に根を張る勢いで待ち続けますとも!」

「おい?!」


 主体性がくるくる変わるように見える、そんなシズクの様子にクドリャフカが叱責をしている。

「どう考えても仕事の邪魔する敵だろ?! なに律儀に向こうの指示に尻尾振ってんだ!」

「はっ……! ぼくとしたことが、つい」


 どうやらシズクは無意識に近しいところで行動していたらしい。

「ぐうぅ……抗いがたいレベルの濃密な美少女の気配につい屈服してしまいました……不覚!」

「声だけで分かるもんなのか……?」


 にわかには信じがたいが、しかしクドリャフカは同時にシズクの持つ「美しいメス」に対するえげつない執着心を心のどこかで信頼してしまっている。


 魔法使いどもが実に下らない葛藤に陥っている。

 その間に未だ姿が見えぬ魔術師の少女は継続して遺物であるジョズに警告していた。


「戦争の遺恨であるあなたには、我々に同行しなければならない義務がある! これは魔道世界における法律で決められていて」


 しかしジョズは相手の言葉をほとんど聞き入れていなかった。

「魔道世界……」

 いや、まったくの無関心と言えるほどには平和でもなかった。


「ここは、人間界ではないのか?」


 この頃合いには既に魔術師たちは遺物の目と鼻の先まで船を近づけていた。

 さすがに魔術師機構が所有する船である、中古品のそれとは比べ物にならない性能だ。


 まあ、今回に限っては、その機能性が仇となったと言えるのだろうか?


「人間界ぃ?」

 ジョズの発した疑問について、魔術師の少女は音声だけでも分かりやすいほどに戸惑っていた。


 戸惑いの最中、呼吸の気配はすぐさま呆れへと変わる。

「はあ? なにいってんの? 人間とか……チョーウケるんですけど」

「……何を笑っている」


 ここでまさか電話を介した際のコミュニケーション障害が発生しようとは、よもや当人同士が一番予測できなかったに違いない。


 遺物の表情の変化など露知らず、通信越しの魔術師はさっさと仕事を終わらせようとしている。

 ただそれだけだった。

「人間なんて過去のゴミ、今時もう誰も真剣に考えてないっての。大体あいつらのせいでこの世界もメチャメチャのぐちゃぐちゃになっちゃったんだから」


 事の証明は、最初からジョズの足元に存在していた。

 何となく予想はついていたらしい。

 ただ見ようとしなかっただけだった。


「ああ」

 ジョズは足下を見る。

 水に沈んでいる、海のなか、かつて人間が支配していたはずの土地を見る。


 水没した都市。覆う水は「姫」という最強クラスの、最悪の魔物の残滓。


 すなわち人間の敗北をかなり直接的に示唆していた。


「ああ、あ……?」

 事実が受け入れられないようだった。

「なん、でぇ……?」

 人間にとらわれ、人間に管理され、そして人間の手によって兵器として生きてきた。


 兵器だったものは混乱していた。

 まだ生きているはずだと、そう信じていた存在が突然消えてなくなったのだ。


「がんばったのに……がんばったのに……」

「負けたんだよ」


 通話ごし、魔術師が事実だけを伝える。

「人間は負けた。魔物にも勝てないで、ただものすごい災害と疫病によって、なんか勝手に死んでったよ」


 かなり詳細を省いているが、間違っては居ない。

 かつて日本という国がどの年数で戦争に負けたことを認めたのか、その放送日をしっかりと覚えている若者、それより下ぐらいには知識を有している。


 世界のあらすじをしった。

 遺物は。


「ああ、ああああ、あああ」

 酷く動揺していた。


 しかし彼の変化に魔術師の彼女は気づいていなかった。


「さ、分かったならさっさとこんな魔界の空気からおさらばしないと、さもないと……」


 しかし魔術師の提案は遮られていた。


「ぎゃああああああ! 

 あ、あああ、ああ、ま、あああ、まああ。

 う、ぉ、ぎゃああああああああああ!!!!!!」


 ジョズはものすごく叫んでいた。

 絶叫だった。個人が耐えられる苦痛の限界のはるか向こう側へと捨て置かれたような声だった。


 理性を全て捨てた、人間と言う個性を捨てて、ただ畜生としての本能だけをさらけ出す叫び。


 肉欲の喘ぎにも似ていると、個人的に思っているのは魔王だけの感想。


 さておき。


「あああ、あああ、あ……」


 ジョズ・ストーンは喘ぎ、泣き叫び、喚きながら魔術師の船団を襲っていた。


 運搬用のトラック一台分のサイズがある異形の存在。

 それが尋常ならざる殺意を伴って襲いかかってくる。


 この事態に陥ってしまえば、「普通」ならば体が非常事態を受け止めきれずに硬直してしまう。


 ごく稀に例外があるとして、しかし残念ながら今回はその場合に当てはまる事は無かった。


 タコのような柔軟な触手を持つ遺物、ジョズは船団の内部構造を熟知しているかのような的確さで敵を探知している。


 触手がまっすぐ伸ばされる。

 冷静な行動はさすがに出来なかったのだろうか、ジョズは己の肉体に許された手を全て稼働させてしまっていた。

 そのために強ばっていた全身の肉が引きつれ痛みを覚えても、彼は痛覚を自覚するリソースすら失ってしまっている。


 1本のそれぞれが電信柱ほどの太さがある触手。

 

 まっすぐに魔術師たちの船に伸ばされている。

 合計8本、やはりタコと同じ。


 と、魔法使い側の誰か、あるいは全員が場違いに計算を行っている。


 それはさておき、触手は結局のところ実働的に機能したのは1本だけであった。


 人間バージョンにおいて恐らく利き腕に近しい部位なのだろう。

 ジョズはとても器用に、さながらドールハウスの内装からお気に入りのお人形を摘み取るかのような的確さにて、自己が敵と認識した存在を捕らえていた。


「きゃあああ!」


 通信越しでも電話越しでもなんでも無い、少女の悲鳴が空間を振動させている。


 ジョズの触手は船の窓を破り、その中から一人の少女を捕らえる。

 スカートタイプのビジネススーツを身に付けている、セミロングほどの長さの髪の少女。


 悲鳴からして通信相手の彼女であることは間違いなさそうであった。


「いやあぁぁぁーーっ!!」

 巨大なタコの触手に囚われた魔術師の少女は、緊急時の対処もうまく出来ないままにただ恐怖に怯えるばかりであった。


 魔術師の集団も身内への襲撃を受けてひどく動揺、混乱の最中にジョズを敵として排除しようとする気配が滲み出し始めている。


「おいおい……!」

 クドリャフカが毛を逆立てながら不安に体毛を震わせている。

「ヤバくないか……?」


 それからのジョズの行為はさながらスローモーションのごとき所作であった。


 触手をおもむろに動かし、そして口を開く。

 補食器官であるそこは、タコやその他の魚介類が持つそれらとは大きくことなっていた。

 口にはきちんと歯がある、舌がある。

 どちらかと言うと獣、イヌ科の動物のそれに近しい造形をしている。


「あ、ぅ……?」

 巨大な口を目の前に、魔術師の少女は状況の全てを理解できないまま、ただ、パクリ、と丸飲みされてしまっていた。


 一瞬、確かに、否定しようもない沈黙が場面に訪れていた。

 春の嵐のように問答無用で、入試試験の豪雪のごとく不意に、静かになった。


 刃物でゆっくり眼球を切り裂かれていくような、いっそ冴え渡るほどの苦痛を伴う静寂だった。


「う、わああああ!」

 間違いなく魔術師側が先に悲鳴を上げていた。

 仕方ないことである、味方がいきなり補食されたのである。


 場面に混乱が取り戻されていた。

 いっそ感情の動きがありがたいと思いそうになるが、しかし。


「敵性生物を速やかに排除する! 味方の敵を討てーーーッ!」

 やはり所詮は魔物である。

 魔術師は敵を速やかに排除しようとしていた。


 さて、さらに問題なのは魔法使い側のブレーンもこの状況についてあまり困惑していないということである。


「おおお? どうすりゃいいんだ?」

 クドリャフカはその場でちゃかちゃかと足踏みをしながら戸惑っている。

「なんか子供が食われた? っぽいし……ここは魔術師の方に参戦した方が良いっぽい??」

「……」

 ルイは、特に表情を動かさなかった。

 あまり興味がなさそうに見える。


 であれば、結局のところ実働部隊が動くしかなかった。


「やれやれ」

 ひっそりとしたような声で、だがシズクは確かな意思を以て自分の行動を既に決定し終えている。

「まさか対人戦闘をする羽目になるとは」

「シ……シズク……?」


 戦う気満々。

 いや、むしろ殺意に心も体もギンギンに漲らせている。

 クドリャフカは少女の感情の方向性に何となく気づいてしまっている。

 何故他人の殺意にこうも敏感になれるのか?


 その理由について考える暇もなく、魔法使い側は次々と戦闘準備に入り始めてしまっていた。


「ちょちょちょ……っ ちょっと待てよ?」

「んあ?」アンジェラがヒーラーロンドを片手にクドリャフカに返事をする。

「なんじゃ? キムタクかの?」

「キムタクじゃねえよ!」


 科学世界にかつて存在していたとされるイケメンの伝説はともかく。

 クドリャフカは慌てて魔法使いたちを止めようとしている。


「な、なんで戦う必要があるんだよ?」

「そりゃあ、遺物さんを守るために決まっとろうよ」


 何を当たり前のことを……。

 と、決めつけそうになった寸前、アンジェラはクドリャフカが何に対して疑問を抱いているのか、何とはなしに見当をつけはじめていた。


「あー……まあ、確かに見るからにあん人は人食いのバケモンなんじゃろうけれどのぉ。それでも、水脈を守るためには必要な、大事な人柱なんじゃよ」

「水脈……? 人柱……?」


 クドリャフカの脳内が知らない情報と疑問符にまみれる。

 単語それぞれは一般的にも知られる意味しか持たない。


 問題は組み合わせである。

 水に関連する事象にて「人柱」なる単語が登場するとなれば、導きだされる結末は安易に想像出来てしまえる。


 何にせよジョズ・ストーンの存在はこの世界にとって重要な意味を有するらしい。


「魔術側の方々に易々と貴重な水脈を渡すわけにはいきません」


 シズクはナイフを構えている。

 石器時代に流行したとしか思えない原始的な作りのナイフ。

 

 ナイフは魔王の魔力の結晶。

 溢れんばかりの攻撃性を何とかひとまとめにしているにすぎない。


 魔術師のうちの誰かが、ジョズに向けて弾丸を放っていた。

 拳銃に似た武器から発射されたもので、またその精度は中々のものと言えた。


 通常であれば間違いなく弾丸はジョズの頭部を破壊していただろう。


 だが、残念ながらそう易々と、安全にことは運んでくれなかった。


 ぱちゃん。

 水が一滴落ちるような音、ただそれだけが鳴る。


「え?」

 銃弾を撃った魔術師は一瞬何が起きたかまるで理解できていないようだった。


 それもそのはず、撃ったはずのたまが消滅しているのである。

 当然敵であるあはずの遺物は破壊されず、平然と呼吸をし続けている。


「何が……」

 魔術師はそれでももう一撃、攻撃を続けようと試みていた。

 だがその試みさえも否定されている。


 ひゅう。と雨風が通り抜けるような感覚が魔術師の肌を撫でた。

 と、思った次には武器を握る魔術師の片腕がナイフで切り落とされていた。


 どうやら海の水を伝ってものすごい早さで船に侵入してきたらしい。

 水を媒介にして異常な速度を獲得してしまう。

 それが「魔法使い」、シヅクイ・シズクの魔法だった。

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