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ルシフェル ≋꒰ঌ❁( ꒪˙꒳˙꒪ )❁໒꒱≋ ショッピング

ショッピングとは。

 基本的に「ガロ系」のそれらしい。


「言うてかなり範囲が広いけれどなぁ、ねえ、板ロス先生よ」


 とりあえず健全な精神をお求めのお客様にはあまりおすすめできない、かなり性的に攻め入った成人向け漫画らしい。

 というのが、同じ絵描きとしてのミミロが下す漫画家板ロスの概評だった。


「なんと行っても人妻モノの神聖と呼ばれとるからね。

 ストーリーとしては仲睦まじい夫婦に横恋慕して、それはもう情熱的なネトラレを繰り広げる。

 しかし特筆すべきは主人公、要するに竿役である間男の陰鬱かつ情熱的、それでいて純粋な甘酸っぱさを感じさせる精神性の未熟さが、エロ漫画界隈に置いて前代未聞、主人公が一番人気となる非常事態に……」

「ミミロ」


 流石にTPOその他諸々のマナー問題に引っかかりすぎているのか、クルミが真っ当にミミロのことを冷ややかな声で呼んでいる。

「公衆の面前で何を猥談決め込んでんだよ」


 しかしミミロの方はクルミの意見をほぼ一蹴している。

「たかがフィクションのジャンルごときでビンビン興奮しとんなや。そないやからいつまで経っても心の童貞が剥けへんのやって」

「な……っ! 誰が童貞だ!」

「え? 童貞ですら無く、ただの頭蓋骨白子詰め下半身完全支配され尽くされ腐れ下郎だって?」

「てめえ……!」


 罵倒の毒々しさがエグい……!

「なんて、関心しとる場合ちゃうね」

 モネはゴホン! と明確な空咳を1つ噛ませる。

「仲良おしとることロ悪いんやけど、さっさとそちら側の要求を教えてもらいたいんですけれど?」


 こっちも暇ではないのだ。

 という嘘をつく。

 本当は茶番に付き合える程度には暇だが、しかし向こうのペースに合わせすぎるのも場のバランスに良くない。


「率直に要求をするとしたら」

 クルミが願い事をする。

「すべての魔法使い、……いや、この世界に存在するすべての存在を利用してでも、姫を探すことを協力してもらいたい。

 姫を、勇者に救ってもらわないといけないんだ」」


 ここで1つ、姫という概念についてクドリャフカがまだ完全に理解しきれていないとのこと。

「これはまた……」

 クルミがあからさまに無知で愚かなる存在を見下すような気配を色濃く滲ませている。


「あ?」

 バカにされていることにすぐに気づく、クドリャフカが獣の唸りを喉から垂れ流している。


 とても可愛らしい見た目、ぬいぐるみのようにフワッフワの子犬のような造形の妖精に、可愛らしさのかけらも微塵もない凶悪な視線で睨まれる。


「う……」

 怖さにひるむクルミ。


 クドリャフカをなだめるついで、モネがもっぱらの話題の中心について解説する。


「ざっくりと例えるなら地球全体を千年くらい余裕綽々とまかなえるくらいの巨大な油田だと思えばエエんよ」


 そんなものを手に入れれば、無論個人の人生ではとても対応しきれない程の幸福、富、権力栄光その他色々を手に入れられる。


「つまり?」

 クドリャフカも自分なりに考えてみる。

「万能の魔術式ってことか」

 何でも願いを叶えてくれる、そんな魔術師。

 それが姫なのである。


「そんなバカみたいな存在が本当に存在するのか?」

 クドリャフカの疑問に、今度こそいよいよ、本格的にクルミが蔑むような目線を傾けてきている。


「嘘も何も、ほんの十六年前に実際に観測されたんだから、いるに決まってんだろ。

 ニュースも見ないのかあんたは」


 クドリャフカは相手に食ってかかろうとして、しかし「うぐ……」と言い淀んでしまう。

 実のところ彼にしてみても、彼自身の無知具合には常々悩ましいと思っているようだった。


「仕方ないんじゃよ」

 アンジェラがなんの気もなしに、世間話のような気軽さでクドリャフカのフォローをしている。

「この子犬のお方は最近この世界に目覚めたばかりで、実質社会常識的には五歳程度のオチビサンなんじゃけぇのう」


 人間らしい真似事をする程度には理性がある。

 だが、魔物としてはほとんど知識を失ってしまっている。


「おやおや」

 クドリャフカの事情を聞き知った、ミミロが軽妙に驚くマネを見せてきている。

「実を言うとこちらにも人間味発達みたいな状態の活かした男がいるんよ」

 

 そう言って、ミミロはつま先できように靴を脱いでいる。

 器用なマネ、まるで軽業師のごとく。

 どうやらメイド服の下にはかなりの秘密が隠されているようだった。


「いえ、いえ」

 シズクは静かにかぶりを振っている。

「ぼくは何を愚かなことを言っているんだろう。すべてのメイド服には一服では飲みきれない、胸焼けしそうなほどに甘美な秘密が隠されているというのに」

「意味わからんこと言っとらんと」

 モネがシズクの幻想を中断させる。

「なんや、シズクちゃんの持っとる義体と同じようなのがくっついとるよ?」

「おおお?」


 シズクはびっくりと目を見開いてい、次には納得をしている。

「ああ、なるほど、なるほど、どおりで蹴られたときのエグみがエグい感じでした」


 その件に関して、クルミは改めて異質なものを見るような視線をシズクに送っている。

「まじさ、サイボーグダークエルフの全力蹴り受けて内蔵破壊されなかったって、頭おかしいだろ」

「失敬な!」

 シズクがムキッと反論をする。

「ぼくが頭おかしいのは明白過ぎる事実でしょうが! むしろひと目見て判別しないといけませんでなければ人死が出ます」

「知らねえよ、意味わかんねえよ」


 冗談めいた愚痴はさておき。

 シズクはワンピース風味の戦闘服の右袖を軽くめくりあげている。


「ご覧の通り、ぼくにも超科学兵器が埋め込まれておりまして」

 シズクは特に感慨もなさそうに、当たり前のように自分の体の一部としてコチコチと動かしている。


「気持ち悪い」

 様子をぼんやりと見ていた、サラリーマンもどきがようやく意識を取り戻し始めていた。

「人を殺そうとして、殺人未遂をしておいて、何のんびりティータイムしてんだよゴミどもが」


 ミミロが盛大なる舌打ちを一つかます。

 そして悲しそうに、神秘的な妖しさを含ませつつ、戦闘準備に入る。

「そろそろ、神様が暴れだす頃だ」



 さてさて。


 ぎゃああああああああああああああ!

 そんな悲鳴が確かに聞こえてきた。

 それは「神様」が発した悲鳴だった。

 動物の鳴き声ではない、ましてや無機物が発する雑音などでは決して無い

 

 紛うこと無く人間の音声であり、そして悲鳴の原点はカフェの出入り口をほぼ完全に破壊しながら街の往来へと捻り出ていた。


「わー?!」まずもって決定的に哀れなのはカフェの経営者である。

 

 いきなり店内で神が暴れだした。

 しかもただの客だと思っていたものが、いきなり神様に変身しだしたのである。


「お客様は神様です、とはよく言ったものですね」シズクがニコニコと笑っている。

「笑い事じゃねえっての」クルミはため息混じりにカフェの経営者へ小切手のようなものを提示している。


「えーこちら、魔道機構プロダクションGOが保証いたしますので……」


 所作的には山吹色の菓子折りのごとし。


 クルミのこと、そして彼の提示を快く受け入れている経営者もとい一般市民。

 

 彼らのことを訝る、アンジェラはミミロにこそっと質問をしている。

「ねえねえ、ミミロさん」

「んあ?」 

 ミミロは褐色の表皮に包まれた三角に尖る耳をアンジェラの声の方に傾けている。

 アンジェラはクルミの手の中にある小切手を指で指す。

「あの山吹色のお菓子の匂いがプンプコプンな紙切れは、一体?」

「あーあれは、おれらが所属しとる組織の、えっと、要するにコネクションやで」

「それはなんとも素敵じゃのぉ」


 訝りはそのままで、しかしアンジェラは金銭的な問題をサクッと解決してくれる機構については素直に感謝をしている。


「ありがたい、ということで」

「せやねぇ」アンジェラに皆まで言わせるまでもなく、モネは頭のなかで戦いの準備を整えている。


 ここから先は魔法使いの領分。


「料金の分は働かなくては!」

 シズクは懐から武器を取り出している。

「カフェの修理代には到底足りませんが、しかしガムシロップのお代の足しくらいには足り得るでしょう」


 魔法使い共が率先して戦闘へと参戦しようとしている。

 この状況をクルミは素直に良しとしているようだった。


「よし、魔法使い共が勝手に暴れているうちに俺らはさっさと避難」

 全てを言い終えるよりも先にクルミの脇腹へ強烈なハイキックが炸裂していた。


「がっふぅ?!」

 空気漏れと歯車の軋みのような声を出しながらクルミはぐちゃぐちゃになったカフェの内部をごろごろと転がっていった。


 ミミロが彼に吐き捨てるように言い放つ。

「ガキに洗浄任せておいて、なに喜んでんだよ、このクソガキが」


 

 さておき。

 まずは観察である。なるべく的確に、しかし速やかに時間に追われるように。

 瞬間的に情報を収集する魔術機構を搭載した眼球型の魔法具。

 略して魔眼である。


 観察する。

 神の姿。

 サラリーマンもどきであったはずの男の体は真っ黒に染まっていた。

 全身の皮膚という皮膚からインクのような黒い液体がにじみ出す。

 あっという間に表皮を覆い尽くし、対象は1個の黒い塊となる。

 しかし尚も液体の浸出は止まらない。

 どくどくと溢れるそれらは個体を完全に包み、くるんで1個の丸いひとかたまりにしてしまう。


 どろん、どろん、血液が少し凝固したような状態。

 ゲル状の黒い固まりはヒレや足のようなものを数本形成させた後、やがて二粒の眼球のようなものをぎょろりと剥き出していた。


「眼球を確認しました」

 神の主たる弱点は目玉である。

 見ることを必要としないはずの「神」が目を持つことは物語に矛盾を産み出す。


「左目を狙いますよ」

 シズクはナイフを構える。


 戦い、戦いという名目の殺しあいに向かおうとしている。


 そんな魔法使い共の背中に向けてクルミが提案をしている。

「せっかくなら「魔王」の力でも使ったらどうなんだ?」


 最強最悪の魔物、全ての魔物を圧倒する強さ、王の御力がこちらにはあるのである。

 提案としては至極真っ当。最善といえるほどの優良さではある。


 故に。


「嗚呼~悲しいかな~ぁ」モネはクルミによく見えるように、それはもうわざとらしく嘆いている演技をしてみせていた。

 仕事用の服、シンプルなパンツスーツに武骨で機能的な灰色の作業服を上着として着ている。


 露出が少ない分ほどよく肌のラインに馴染んでいる服のサイズ感が余計に扇情的なのは別問題として、もっと注視すべき問題は魔王が使用できないということだった。


「は? 何でだよ」

 クルミが訳がわからなさそうにしている。


 なので、魔王御自らが事の証明をしていた。

「なぜって」

 

 当代の魔王であるルイは魔法を使おうとした。

 魔法に通ずるもの、魔術に関連するなにか。

 とにかく魔につながる行為をしようとしていた。


 だがその瞬間、ドロリドロリとルイの肉体が溶け始めていた。

 まるでゼリーを熱したかのように、ゲル状になったルイの姿が空間に溶け始めている。


「あのように」

 モネは既にいくらか慣れた様子で一人の麗しき男性の液体化を見守っている。

「魔王としての権利を一回捨ててしまった弊害で、ちょっとでも魔力の回路を使用すると個体のアイデンティティを保てなくなる」

 要約すると。

「からだが溶けてしまうんよ」

「いやどういう理屈?!」


 なんにせよ魔王は戦いには参戦できない。

 であれば魔法使いが戦う、ただそれだけの事である。


「モネさん!」シズクがモネに要求をしている。

「周辺の皆さんの避難指示等々、お願いします!」

「はいはい」


 シズクに言われるまでもなく、モネは周辺の人々の騒ぎを抑え、冷静にこの場からできるだけ多くの個体を安全な場所に避難させる。

 という仕事、作業に取りかかろうとしている。


「落ち着かせるっていっても、ガキ一人に荒れ狂った魔物の群れがどうこうできるのか?」


 クルミのご心配はごもっとも。

 しかし神に襲われる、殺されそうになる、食べられそうになるという事態はもうすでにこの世界の魔物たちにとって慣れきった事象でしかなかった。


「突然雨に降られたからって、天気に文句を言ったって、どうしようもあらへんし」

 モネは特別語るべき内容でもないことを寂しそうに呟いている。

「生き残るなら、生き残りやすい道を選べるように」


 モネは腰に巻き付けた革製の頑丈そうなホルスターから拳銃を取り出し、両手を使って武器を構えている。

 「ベレッタm9a3」類似している武器。

 機能性の高そうなそれを、何もないはずの虚空へと定める。


 そう、何もない。当然の事として神様も目が届かない、すなわち何も起きないであろう安全圏である。

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