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ルシフェル((๑✧ꈊ✧๑)キラーン✧ショッピング

「おかしいな」

 ルイはこっそり疑問を抱いている。

「わたしたちは楽しくショッピングをしていたはずなのでは?」


 サラリーマンもどきの男はニコニコとしたままで、全く疑問に答えようとしない。

「何をおっしゃいますやら、魔にまつわる本を求めるなどと、そのような無駄な行為、全く持って無意味と言えましょう」


 金色の視線が不快感に歪んでいる。

 しかし男はそれに気づかない。


 男は場面に酔っていた。

 洒落た、開放感のある、陽の光をふんだんに浴びられるカフェ。

 そこで仕事をしている。

 「魔王」なる存在とコミュニケーションを取る、という仕事にプライドを持っている。


「自己紹介が遅れましたね」

 男はルイだけを見続けたまま、それなりに洒落ていると思わしき文字列の名前を相手に伝える。


 そうして、そのまま終わる。

「…………」


 ルイは相手が何を望んでいるのか、会話の開始時点ですでにあらかた理解し終えてしまっていた。

 だからこそ、あえて沈黙を長引かせて、少し過剰なほどに静けさが満ちたタイミング、それらを狙っている。


「あ、あの……?」

 相手が沈黙に耐えきれなくなる。

 あるいは金色の瞳の鋭さに不快感を覚えるか、いずれか、タイミングはわかり易すぎる程に明白だった。


 相手が自分の言葉を求めている、その瞬間、動作、挙動。

 おおよそのデータをルイはすでに収集し終えている。


「そちらのおふた方のお名前を、教えてはくださらないのでしょうか?」

「は?」


 質問の意図が分からない。

 予想外に驚かれてしまい、ルイは相手への失望感をより一層濃いものにしていた。


「そちらのお二人のお名前を、差し支えなければ教えていただきたいのですよ」

 ダメ押しのごとく、また再びの催促として同じ要求をする。

 相手が不快感を顕にし始める。


 後ろの二人を見ないまま、ため息をつこうかつかないか、それすらも判断しかねている。


 後ろの二人。

 彼らをみて、ルイの隣にはさみ合うように座っていたシズクとアンジェラがルイに耳打ちをしている。


「んるる……。ああ良かった、あまりにもあのサラリー風味さんが対応されないので、てっきりぼくだけに見える不思議な幻覚かと思い込みそうになってました」

「安心してよ」

 ルイがシズクに言い聞かせている。

「わたしのこの両目にも、しっかりきっかり見えておりますから」

「それにしたって」

 アンジェラが対象への警戒心を惜しげもなく高めている。

「あげな特徴だらけのイケメンば無視決め込むなんて」

「由々しき事態!」


 新し目の声の登場に、殊の外驚いたのはサラリーマンもどきの男ただ一人であった。

「誰だ?!」

 

 独り武器を構えそうな男に向けて、乳牛の耳を持つ亜麻色の髪の美しい乙女、すなわち魔法使いがニコニコと牽制をしている。


「ままま、落ち着きなされ。こちらに敵意はない、なんといっても」

「わたしの身内でございます」

 ルイは牛耳の魔法使いに向けて挨拶をする。


「こんにちは、モネさん」

 モネと呼ばれている、彼女の身につけている作業着のような上着にはモニカとも記されている。


 モニカ・モネという名前の少女に、シズクたちは既知の間柄特有のこなれた所作を繰り広げる。

「モネさん」

 シズクがはにかんだ顔で快活にモネに笑いかける。

「んるる、奇遇ですね。このようなにわか読書好きが集まるであろうしょっぱい薄いコーヒーしか出さないカッフェーをあなたがご利用なさるなんて」


 正直この状況をかなり気に入っていない、いや、むしろ今すぐナイフを振りかざして殺してやりたい。

 その程度の殺意をずっと我慢していたのが、モネという頼りがいのある仲間の登場についうっかり本音をちょびっと漏らしてしまった。


 当然のごとくサラリーもどきが不快感を顕にしていた。

 なので、モネはなるべく分かりやすく話題を反らすことにしていた。


「どうも、わたしはこういうものです」

 そう言いながら、さも当たり前のように浮遊魔法を使ってモネは一枚の名刺をもどきに渡している。

 

 魔物にとって手渡しに等しい行為。

 自転車に乗れる人間がかなり第多数を占める程度には、ものを浮かせる魔力運用は基礎中の基礎であった。


 だからこそもどきの方も最初の瞬間だけは素直に名刺を受け取ろうとしていた。

 魔力そのものの存在に異質さを覚えているわけではない。


 ただ、彼はどうやら魔法使いを嫌っている側の思考を有しているようだった。

 そしてそれをルイ、すなわち「魔王」を保有している側に主張しようとしている。


「であるからして」


 時間にして十五分ほど経過しただろうか?

 正確には測っていない、少なくともシズクとルイは時計の針を追いかけることをとっくに諦めてしまっていた。


「魔王様?」

「はえ?」

 ルイに至っては軽く眠りかけていたようである。

 サラリーもどきが無駄に大きい声で呼びかけるものだから、音に敏感な体質の彼は不必要なまでにびっくりとしてしまう。


 サラリーもどきは苛立ちを隠しきれないまま、そろそろ虚偽の笑顔の制作に限界を迎えようとしているようだった。


「あの、魔王様?」

「は、はい」

「話、聞いてました?」

「…………」


 沈黙、それを許した時点ですでにルイは敗北の地に追いやられているも同然であった。

 

 だが、この惨めな「魔王」はまだ潤滑で的確、また高品質なコミュニケーションの舞台を諦めきれていないようだった。


「えっと、その……後ろのおふた方のお名前について。ですわよね?」

「その話はしてねぇよ!」


 嗚呼、怒らせてしまった。

 手遅れと言いながら、しかしルイは後ろの二人にずっと視線を釘づけたままでいた。


「ああ、怒った」

 ニコリと笑う。

 三十代も中頃を終えているであろう大人の男性。

 これと言って特徴的とは言えない髪型、七三が現代的感覚を柔軟に取り入れた様子。とでも言うべきか。

 もう片方といえば。


「お前の脳みそがそのまま怒りでゆでダコのよう煮えたぎって全部の足が渦巻状に真っ赤になればいいのに」

 仕事の相方をこれでもかと嫌っているようだった。

 何だったら今すぐそいつの喉笛を噛みちぎってやりたい、気管支を食いちぎってやりたい。

 

「それぐらいの粋を感じますよ……!」

 シズクが仕えるべき主人であるルイに報告している。

「警戒したほうが良いです……! あのエキゾチックなエルフ風の男性はかなりの手練と言えましょう」


 口先でこそルイを心配する素振りを見せているが、実際のところ彼女は彼の命の有無など心底くだらないと思っている。


 どうでも良いというわけではない、無関心では決して無い。

 むしろ関心は中心点にある。

 ただそれが生存ではなく死に限りなく近しい方向性を帯びているというだけだった。


「心配する素振りは余計じゃよ」

 無理をなさっている麗しの先輩魔法使いに、アンジェラが助言をする。

「無理なさらんで、もっと自分をさらけ出すべきじゃよ」

「何を仰る!」

 アンジェラの提案にシズクは派手めとも取れるほどにギョッと怯えている。

「ぼくなんかが本音をさらけ出したら、公然わいせつ物陳列侮辱脅迫、その他諸々主に盗作問題で即お縄ですよ」

「盗作ものの本音ってなんだろうね」

 ルイがうふ、と微笑んでいる。


 その笑顔の、唇の少しの露出だけで溢れんばかりの妖艶さ。


 甘さになれていない。

 魔王の甘美に当てられた。


「があああああああああ!」

 毒に慣れていない哀れな個体。

 サラリーもどきがついにこらえきれなくなり、魔王に襲いかかろうとしていた。


「さっきから下手に出ていれば調子に乗りやがって! 人の話もろくに聞けないクソ社会不適合者共が!!」


 それに関しては否めない!

 シズクは心の中でもどきに同情を一瞬だけした。

 ほんの一瞬、確かな本心だった。

 だが。


「魔王陛下! 何をお考えか?!」相手からの否定の目が自分以外も対象としている、それを自覚した。

「そのような、愚劣で矮小な子供の魔法使いなどを侍らせるなど」

 金色の瞳が不快感に煮えたぎる。


 主にシズクのヘテロミクア、右目の金色が異質なまでにギラギラとしている。


 しかし所詮はクソガキのひと睨み。

 大人であるもどきにはあまり意味をなさなかった。

 今のところは。


「まったく、魔王殿もご趣味が悪い……」


 速攻戦力をつい優先したがるシズクとは異なり、他の魔法使いはいやらしくも反撃の要素をこと細やかに拾い集めていた。


 モネがアンジェラに目配せをする。

 アンジェラは無言の命令を承諾する。


「おじさん」

 あえて不遜かつ無礼なる魔物らしい態度をアンジェラは演出する。

 

「お話長いから、うちらの素敵な魔王サマが退屈しちゃっとるよぉ〜」

「はあ?」


 ツインテールがよく似合う、見るからに幼い、というよりこのメンバーの中では実質最年少の相手に真っ向から煽られた。

 もどきはいよいよ不機嫌の度合いを高まらせている。

 元々がキレやすく、そして常に他罰的。


「ふむ」

 初対面からやたらと怪しい雰囲気があった。

 モネは考える。なにもいきなりすべての魔物を怪しむのが趣味だとは認めたくはない、という善の心もなくはないが。

 しかし、それでも認めざるを得ない。

 そう、彼女の右目に埋め込まれている義眼と、そして。


「なあなあ……!」

 モネのポニーテールの根本にへばりつくようにしている、子犬のような姿の謎の精霊的魔物の一匹が先程からモネだけに聞こえる動悸を鳴らし続けていた。

「んる、どうしたのですか?」シズクがモネの頭の上にいる、神様?に問いかけている。


「そんなにビクビク怯えてしまって、ねぇクドリャフカさん」

 クドリャフカは少女に答える。


「ふざけんな……っ、お前らはへいきなのかよ? あんなキモい化物ども」


 クドリャフカが一体誰を対象としてそのような否定の言葉を言い放ったのか。


 答えは聞くまでもなく、少なくとも魔王側の魔法使いたちにしてみれば明白なことでしかなかった。


 ただ独り、サラリーマンもどきだけが理解の外側で怒り狂うだけ。


「クソが!」


 今の今までのすべてを自分に、「エライ」はずの自分自身に向けられたものであると勘違いしている。

 もどきは違いを正そうともしないまま、その努力と試みを捨て去って攻撃に移ろうとする。


 とはいえ、もどき本体そのものに戦闘能力が皆無であることは明白であった。

 少なくとも魔王側の魔法使い何名かはすでに彼奴のでっぷりとした肉の緩みを見抜いてしまっている。


 ならば、戦うのは?


「ミミロ!」

 名前と思わしきもの、固有名詞を呼ばれたほうが動く。

「エルメル・ミミロ! 行け、ぶち殺せ!」


 ミミロと呼ばれた方は刀のような武器を、緑の閃光を放つそれを迷いなく、躊躇いなく魔法陛下の方へと振りかざしていた。


 一瞬の出来事だった。

 いや、一瞬として認識できるかどうかさえも怪しい。

 知覚することすら非常に困難を極める、まるで光のような速さだった。


 真っ黒な光の一筋のように見える。

 ダークエルフのような見目麗しさ。耳も三角形に長く尖っているため、とりあえずエルフ系の遺伝子は混ざっていることは確実である。


 褐色の肌の剣闘士、エルメル・ミミロ氏は魔王めがけて宝石の刀を振りかざす。


 何事もなければ魔王も殺されていただろう。

 ミミロ自身もこの暗殺計画に何ら手応えを期待してなどいなかった。


 最強とまで謳われた、己の剣術を信頼しているがゆえの油断。


 盲信とは異なる、自らへの責任感のようなもの。

 故に、次の瞬間に現れたナイフの水晶のきらめきに彼も思わず赤色の目を見開かずにはいられないでいた。


「──ッ!!」


 鐘の音のように涼やかな響き。

 音はまるで鼓膜を直接貫くかのように、瞬時に空間を支配していた。


 場の支配力、それらは武器を握りしめた二人の男女の手に委ねられている。


 ンンン……。と、刃の残響が消えぬうち、ミミロは鋭い眼光で少女を、黒猫のような姿の可愛らしい少女を睨む。


「邪魔をするか、黒猫の魔法使い」

 まだ名前を知ってもらっていない。

 相手に、シヅクイ・シズクは「んるる」と喉を鳴らしてから返答をする。


「当然です」


 答えはそれだけで良かった。


「きっき」と少し引き連れたような笑い声。

 それがミミロの口から漏れ出た笑みであること、そのことに気づいたときには次の一発がミミロの肉体から放たれていた。


 ジュ。熱で肉を焼くような音。

 熱い、とシズクは左肩に感じる。


 瞬時理解する、ミミロの刀に切り裂かれたのだ。

 決定的に肉と骨を切り離すつもりだったのだろう。

 ミミロの太刀筋には一切の迷いがなく、ただ目的はシズクの後ろに守られている魔王、ただそれだけだった。


 現時点では。


 しかし。


「ぎいぃ」

 肉を切り裂かれた痛みを棄却して、シズクはミミロの突きの腕を刀ごと抱えるように捕らえこんだ。


「なっ……?」

 あまりにも無謀、己を省みない体の使い方にミミロは咄嗟対応することが出来なかった。

 

 よもや武器を構えたままの自分をまるごと捕縛しようとは。

 それほどの怪力、あるいは暴挙に到れる狂気が、一体この可憐な姿のどこに……。


 疑問を抱いた時点ですでに手遅れ。

 シズクはミミロの腕を捕らえたまま、武器を持った左手を己の手で完封したままで右手への攻撃を行う。


 魔法を使わない。

 否、ある意味では魔法を利用した戦闘方法と言えるのか。

 シズクは自らの右腕を補う、骨のように軽く丈夫な銀色の合金、それらで設えられた義手を思い切り相手にぶつける。


 ただ殴る、それだけだった。

 人間のそれよりも硬い物質、まるで鉄アレイに顔面をフルスイングされたような衝撃。


「が、ぁ!」


 顎が砕ける、肉が破れて血があふれる。歯が折れるなど、幾つかの生臭い破壊の音。


 ミミロの鼻の中にきな臭い幻覚が立ち込める。

 油断した、まさか右手に魔導式の義手を埋め込んでいるとは。


 ミミロの頭の中に懐かしさがこみ上げる。

 嗚呼、戦争の時代には確かに魔導をふんだんに利用した人間の兵器がたくさん、たくさん作り出された。


 兵器は敵を焼いた。

 兵器は人間を守るために魔物を焼いた。魔物、エルフも。

 

 ミミロの脳裏、瞼の裏、心の中、兵器に焼かれる故郷の森が蘇る。

 鮮明な映像、百年近くは忘れていたはずの故郷。


 郷愁の念などとおの昔に捨て去ったはず、だと思っていたがしかし、それはどうやらミミロの思い違いであったらしい。


 歯を食いしばる。

 ミミロは奥歯を砕けそうなほどに食いしばり、憎しみを込めてシズクの胴体を蹴り飛ばした。


 エンジニアブーツの頑丈なつま先が容赦なく少女の腹部を攻撃する。


 お腹への強烈な一撃に、元より斬撃でかなり意識を消耗していたシズクは流石に対応し切れなくなる。


 衝撃のままに体が後方へと蹴り飛ばされる。

 カフェの、他の客が利用していた座席に体がぶつかり、机の上のコーヒーがびちゃびちゃとぶちまけられる。

 

 カップの割れる音、流れ落ちる黒い液体。

「げ、ほ……ぅげ……」

 そこにシズクの胃から、圧迫された内臓から喉を逆流して唇を苦く汚す胃液が塗り重ねられる。

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