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過去話「猫耳魔法使い」

 魔法使いというのはとある強力な存在を駆除、すなわち殺すことを生業としている。

 相手は、かなり賢い。

 狡猾で残忍、まるで好きになれる要素が期待できそうにない。

 そのような相手を生活の糧のために殺す、それが魔法使いという職業の主たる役割だった。

 もとより魔物の中でも「特殊」に魔力が強い個体が、その内なる力に戸惑い振り回され、魔物の群体から仲間はずれにされてしまった個体。


「そんなグズ共をまとめ上げたのが、伝説に名高い「姫巫女さま」なのさ!」


 長々と話が続く。

 ここは食堂、かなり使い古された食堂。

 かつてこの世界を支配していた「人間」という生き物。彼らの基準、区分で考慮すると「日本」という文化圏に近しい内装となっている。

  また食事内容もラーメンだったりチャーハン、あるいはナポリタンやカレー、果ては刺身定食などなど。

 雑多で統一性がないあたり、かなり日本に近しい文化体系を形成していることが伺える。


「伺えるっていうか、ここはフツーに日本だよ、旅人さん」

 色々と細かいところまで気にしている若者に対し、食堂の店主が目の前にコーンたっぷりの味噌ラーメンを提供している。


「はいよ、味噌ラーメン一丁」

「あ、えっと、ありがとうございます」


 若者は、その穏やかで精悍な顔つきにはいささか似合わない程度に軽やかな声音で返事をしている。


 熱々のラーメンに早速ありつく。

 かなり空腹であったらしい。

 旅人と呼ばれる。

 雪のように白い髪の毛は長く、瞳は清らかな沼のように青緑色をしている。


 かなり旅慣れた雰囲気がある。

 宵闇色の外套は布地に余裕があり、足の付け根付近に大きなスリットが一つ開け放たれているため機動性が高い。

 インナーはかなり肌に密着するタイプの素材で、かなり不思議な質感を持っている。


 もの珍しい格好のため、旅人は先程からどこからとも無く現れた酔っぱらいの中年男性にしつこく絡まれているのであった。


「んるぅ……」


 まだティーンエイジャーも突破しきれていないような、そんな風体の若者でしかない。

 冒険者にしては肩幅はみみっちいほどに細くて小さい。


 戦闘に向いているような背格好ではない。

 その上身につけているオーバル型の眼鏡のような器具が、うまい具合に似合う分なよなよとした学者風情を醸し出してしまっている。


 だからこそ、一般市民の酔っぱらいは謎の華奢で、しかしどことなく精悍と高潔さ、あるいは海のような包容力を感じさせる旅人に関心を惹きつけられているのであった。


 もう少し時間がすぎれば……案外彼が慧眼であることが証明される。

 が、今は彼らの話題に耳を澄ませてみよう。


 中年男性が旅人にねっちょりと絡む。

「なあなあ、若いの。あんた、どっから……どうしたってこんな場所に来たんだい?」


 酒臭い行きに特に気を悪くするでもなく、ラーメンを順調に啜りながら旅人は相手に答えている。


「どこから、というのはお答えできません。

 また理由としても、あなたに語れるほど大層なものでもございませんよ」


 妙に丁寧で低姿勢な口調を好んで使っているようだが、だとしても何一つとして情報が解禁されていないという事実は酩酊状態の相手にも明白であった。


「なんだよお」

 旅人の秘匿具合を、男性は酔っぱらいへのあしらいだと勘違いしたらしい。

 分かりやすく機嫌を悪くする。

 しかし感情の機微は社会人としてのジェスチャーでしか無い。


「それじゃあよぉ」 

 男性は次の一手をすでに用意している。

 酔っ払って質問攻め、という名のうざ絡みをするのは彼の常套句であるらしく、実にこなれた所作であった。


「何でまたあんたみたいな眼鏡のひょろい優男が、こんな危険な場所に旅行しに来たってんだよ」

「優男、ひょろい……」

 旅人が少し眉間にシワを寄せている。

 だがすぐに表情を切り替えていた。


「まあ、あれですよ、ちょっとした研究といいますか、その」

 

 男性には区別できそうにないが、実際のところ旅人はかなり言葉に迷っているようだった。


 言いあぐねているわけではなく、ただ本当にいうべきセリフが分からないのである。


「そうですね……」


 旅人は眼鏡の位置を細い指先で軽く整え、物憂げにため息をついている。


「自分の失った記憶、それにつながる「魔王」の物語を探している。ということになりますか」

「マオウ」


 旅人がその名前を口にした途端、周囲の空気が一変した。


 と同時、別の男の声が旅人に話しかけている。

 話す、というよりかは。


「おいてめえ! いまなんつった!」

 声の大きさで殴りかかるような勢いであった。

 

 酔っぱらいの男性が「ひい!」と怯えて逃げる。

 その道すがらの跡を塞ぐように、旅人は声をかけてきた別の輩たちの方へと相対する。


 静かに視線を向けるだけの動作が、相手側にはどうにも悠長な動きに思えてしかたがなかったらしい。


 ぐわん、と旅人の視界が大きく動く。

 見れば輩の一人が上着の胸元を強く握りしめ、襟ぐりを掴むようにして旅人に詰め寄っている。


 ぐへへ、とどこからか、いやらしいとしか表現するしか無い笑い声が聞こえてくる。

「兄貴、いくらなんでもいきなりそれは……」


 気遣いとしてはあまりにもお粗末と言えよう。

 声を無視して、旅人はとりあえず現状の理由を相手に問うことにした。

 まず持って情報を集めなくては、旅人の頭の中でかつて、父親から教えてもらった教訓が音声のように再生される。


 輩は旅人の眼鏡の奥、緑の瞳につばを吹き付けるような勢いで語りだす。


「おめえさんも噂に聞く「魔王」とやらを手に入れに、わざわざこんなクソみたいな田舎に足を運んだんだろ?」

「噂」

「とぼけんじゃねえよ、ぶっ飛ばすぞ」

 脅しは耳に入らず、旅人ははて、と思いを巡らせるばかりであった。


 はてはて? 魔王というものは固有資産だっただろうか?

 この世界で目が覚めて、呼吸をするよりも先に意識が願った事柄、旅人はただその声に従っただけである。


「魔王は」

 周辺の魔物たちが怯えるのも構わず、旅人は白い髪の毛に包まれた頭部から生えている、白猫のように愛らしい猫耳をピクリ、と震わせた。

「ぼくにとって、愛しい……宝物の一つのはずなんです」

 

 一瞬にしてぽかんとした空気が流れ、かと思えば次の瞬間にはどかんと嘲笑の嵐が食堂内に吹き荒れていた。

「ぎゃははは! おい、いまこいつ何つったか分かるか?」


 おやおや、どうやら自分の願望はかなりこの世界で特殊な部類に入るらしい。

 旅人はなんとなくの事情を察しつつ、ダメ押しの確認を行っていた。


「ですから、魔王はぼくの大切な宝物なんです」

 ここまで宣言しておいて、しかし旅人はまだ本心を隠していた。


 内心に気づくこともないまま、輩たちは()()()にも旅人に「魔王」についての情報を教えてくれた。

 怒号と共に。


「魔王はなぁ! 俺達の世界と、俺達悪人共に銭わたしてくれる人間様を絶滅させやがった、とんでもないクソ野郎、世界の大悪人、この世の悪のすべてなんだよ!」


 驚いた事柄がいくつかあった。

 積極的に追求したいのは、以外にも魔王の性別についてであった。

 いや、確かに「王」を名乗るのであるから男性であることは安易に想像できるのだが。

 

「んるる」

 旅人が、憂いを抱いた白猫のような声を小さく喉からこぼしている。

 真剣に思い悩んでいる、ように見える。

 その様子を見て、輩たちは何かしら自分たちに共通する恐怖の要素を勝手に期待したらしい。

 やはりご親切に、「魔王」についてのさらなる情報を提供してくれた。


「先の生存戦争で人間の軍隊がこの灰の笛を占領しようとゲリラ攻撃を仕掛けようとしたんだ」

「灰の笛?」

 聞き慣れない名前。

「ここは、「名古屋」という名前の土地ではなかったのですか?」

「バカ言え。そんな名前、人間が滅んだあとにとっくに捨てられちまったよ」


 なるほどつまり。


「やはり人間は滅んでしまったと?」

 旅人は、しかしてあまり動揺することをしなかった。

 どこか、心の中は清々とした心地よささえある。

 

 もしかすると自分は、記憶を失う前は生存戦争で人間と戦っていたのかもしれない。


 旅人がひとり、自らの過去について思いを馳せている。

 この旅人はどこか独占欲が強く、ワガママで我が道を行く、という気配がるようだった。


 さておき、世界……と言っても人間側が暮らしていた科学世界に限定して、それらを滅ぼした魔王がその後どうなったのかというと。


「プッツリと姿をくらまして、噂じゃただの物語に戻っちまったとさえ噂れていたんだとよ」

「物語!」


 旅人は輩たちとの会話にて、この瞬間ようやく相手の言葉に強く関心を寄せていた。


「我々魔物族にとっての、魂の別の形ともされる魔法具……!」


 旅人が感動の念を抱くのにも一応根拠はある。

 根拠とは、彼ら魔物たちが暮らす魔の場所の法則に準じる事柄。


 魔物とは、かつて「人間」と呼ばれる生き物が作り出した物語から生み出された、とされている。

 人間が魂を込めて作り出した物語。

 言語だけに限定せず絵画、漫画、アニメーション、小説、果てはインターネットのうわさ話まで。

 

 かつて、人間は魂を燃やして物語を作ることができた。

 だが。


「おかしいですね」


 旅人ははて、と首を傾げる。


「最近の人間は、段々と物語と故障できるだけの魔力を使用することが困難になって来ているはず」


 そこまで話すと、今度こそトンチキなものを見るかのような目線が旅人に集中砲火されていた。


「んる?」


 この反応ばかりは予想だにしていなかったため、流石に旅人も戸惑ってしまう。


「な、なにかおかしいこと言いました?」

「あたりメェだろうがよ、アタマ大丈夫か?」


 異常さを通り越して、もはや異物を排除する敵意に変わりつつある。


「人間が、あいつらが魔力を持っているわけ無いだろうがよ。

 あいつらは魔術も魔法さえも使えやしない。

 ただ科学だけで生きるしか無いから、俺達魔物を奴隷にしたんだろうが」


 爆発が起きた。

 まちがいなく爆発した。


 爆心地は旅人、しかし音や炎が膨れ上がるような、熱を伴う化学反応ではない。


 あえて言葉に例えるとしたら、旅人の表情が一瞬にして変容したのである。


 今の今までなよなよとした態度に漂っていただけ。

 そのはずなのに。


「……貴様」


 貴公子の如き荘厳さをもってして、旅人は携えている武器に手を伸ばす。


 攻撃の準備。

 と、輩は思ったが、しかしそれは勘違いだった。


 攻撃の準備をしたのではない、かと言って選択肢を選ばなかったわけでは、決して無い。


 違う、選択肢はすでに選び終えていたのだ。


 少しの呼吸だけ、たったそれだけで十分だった。

 一瞬ののち、そよ風のような速度と柔らかさを伴う。

 すべての動作が風のように、旅人は腰に提げていた刀のような武器を抜き払い、白く光る刃を輩の喉元に突きつけている。


 日本刀のような拵え。

 だが金属のそれとは大きく異なる、氷のような透明度が存在を支配していた。


「あ、ひ」

 何かをする準備も意識さえも動かせないで、輩はいつの間にか自分が死の淵に立たされていることを嫌でも実感させられている。


 怯えている、相手の感情を無視して旅人は尋問を続行する。


「ああそうだ、戦争という言葉から疑うべきだった」


 なんの話をしているのか。

 他者に分かるわけもなく、そして旅人自身にも酷く不明瞭であった。


「戦場のみならず、ああ、我らが同胞を奴隷のみに貶めようとは、下劣な豚どもめ」


 旅人は、猫の目で射抜くように相手に質問をする。


「貴様、よもや同胞を屈辱の徒に引き渡した協力者では無いだろうな?」

「な、んなわけ無いだろうがよ!」


 輩は、その瞬間になってようやく年相応の対応を行い始めていた。


「戦争なんざ六年前にとっくに全部終わっちまったって。

 戦争の終わりは人間が魔王を材料に作った巨大魔術式で自滅して、ほら、ほら……!」


「え?」

 背後に現れた、巨大な怪物のようなものを見る。


 死が歩いてきた、そう思い込みそうになる。


 だが、これは旅人にとっても見覚えのあるものだった。

「神に成り上がったもの……!」


 物語を生み出せる人間だけが到れる境地。

 魔物には決して届かない、触れることさえできない神の座。

 存在そのものが魔力の極限である人間の魂。

 はては宇宙さえ想像することができるとされる。


 魂を外部に取り出す研究。

 

「ああ、そうかそうか、そうなのですね」


 だんだんと、世界の仕組みが理解できてきた。


「ついに彼らは! 己の魂さえも兵器にしてしまった、戦争の道具にしてしまったのですね!」


 答えを導き出した。

 達成感、旅人の体が知的快感にビクビクと震える。


 すっかり輩から気をそらしてしまっている。

 が、彼らの方ももはや旅人一人にかまっていられる場合ではなかった。


「神だ!」

 人間という生き物が生み出した究極の戦争兵器。

 魔物たちはどうやらそれを、「そう」呼ぶことにしたらしい。


「人食いの神が出やがった!!」


 輩たちは、あるいは食堂にいた全員がその場から逃げようとする。


 ただ、旅人だけが静かに、時間にしばし取り残されようとしていた。


 そこへ。


「お嬢さん!」


 呼ぶ声。

 視線を向ければ、先程の酔っぱらいさんが旅人に向けて叫んでいる。


「お嬢さん! 何してんだ!」


 男性は叫ぶ。

 赤色が生えるオフショルダーワンピース。

 ドレスのようなシルエットに、鎖骨や乳房の形に密着するインナー。

 丸っこい尻は長裾のスキニーのような、これまた女性としてのシルエットを誇張する動きやすい素材。


 戦うための服。

 まるで、人間たちが使用していたとされる科学の道具、戦争兵器。

 バトルコスチュームに身を包んだ、妙齢もろくに迎えていない女性の魔法使いと思わしい。


 そんな彼女に逃げるように促す。


「お嬢さん、危ない。

 ここいらの神は本当に凶暴なんだ」


 神と故障されて畏怖されるまでに至った、人間の魂と、奴隷とされた魔物の肉を媒介にこしらえる兵器。


 結果として生まれたのは、こうして戦後の人々にただの災害として扱われるだけの厄介者。


 獣としての純潔、魔物の心を粉々に、ただの塗料にしてしまう。


 しかし悲劇的なのは、人間としての魂を奪ってまで神の座に座ろうとした。


「向上心も、上だけ見て下に落ちている地雷に気づかなかったら意味ないでしょうに」


 食堂に集まっていた魔物たちを狙って襲いかかろうとする。

 神と相対し、旅人は刀を構える。


 神の御前、名乗らなくては無礼と言えるか?

 では名乗ろう、名を名乗ろう。


「サタ・ミズ。魔法使いとして貴様を切る!」


 ミズという名の旅人が、戦いに向かっていった。


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