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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
ライカ・クラサフカ
44/86

真珠の酒 その四

「これでお酒を作るんじゃよ」

「酒?!」


 にわかには信じがたい提案、アンジェラの言葉にクドリャフカは本日二度目にて目をまあるく、びっくりとさせるばかりであった。


 仰天としているクドリャフカをよそに、魔法使い仲間たちはいそいそと酒造りの準備を整えている。


「んるる」

 シズクが喉を小さく鳴らしながら、これから作ろうとしている美味についてウキウキとした気持ちを早まらせている。

「真珠酒はまさに、魔族が生み出した神秘の美味と言えますよ。もっとウキウキとして、期待に胸を膨らませ無くては」

「はあ……」


 シズクの提案とは裏腹に、クドリャフカはそう易易と期待感を高まらせる気分にはなれなかった。

 先程までの戦争話の云々はもちろん要素足り得るが、しかしそれ以上に目下の問題のほうが気になってしまう。

「本当かな……」

 クドリャフカはシヅクイ・シズクのことを疑っていた。

 この黒猫のような耳を持つ魔物の少女はどこか、物事の可能性をやたらとポジティブに捉える節があるように思われて仕方がない。


 また、ただ底抜けに明るい、つまり物事を深く考えないだけの馬鹿と言うならば、それはそれでむしろ単純で分かりやすくて安心しやすい。


 クドリャフカがそうできないのは、彼がシズクの瞳の奥にごまかしきれていない暗澹さを想像せずにはいられないからだった。


 さて。


「野ざらしで作るのもオツじゃけど、流石に魔術師の方々が集まっているところで真珠酒をこしらえるのはエチケット的にいけんじゃろうしなぁ」


 それに関しては魔術師側も同様と言えよう。

 いきなり魔法使い、いわゆるところの神殺しの専門業者が謎の神を殺してその死体を勝手に使って酒をこしらえようとしているのである。


 全く持って意味不明。

 

「っていうか、フツーに横領じゃね?」

 本来提出すべき神の死体を勝手に消耗品に加工して良いものなのだろうか?

 クドリャフカが柴犬のようにクリリとした瞳をアンジェラの方に向けている。


 アンジェラが答える。


「ほやからこうして、これからそそくさと御器所頭並にカサコソと逃げようとしとるんじゃけぇ」

「あ、やっぱり良くないことなんだな」


 そうと分かれば話は早い。

 いや、さっさと終わらせないといけない、でなければかなり面倒くさいことになること請け合いなし。

 

 お硬い、公務員業並にお硬い魔術師たちを相手にしたハードモード展開の濃密な予感。

 ひんやりヌルヌルとした危機感を覚えたのは、何もクドリャフカだけに限定された感情傾向でもなかった。


「シズクちゃん」

 モネがシズクに頼みごとをする。

「面倒事になる前に、さくっと転移魔法よろしく!」

「分かりました!」

 モネの頼みごとにシズクは景気良く答える。

 鈍色のコートの左ポケットの中から一本のガラスペンを取り出している。


 はて?

 とクドリャフカはポケットの中身について疑問を抱いている。

 あれはどこからどう見ても普通のガラスペン。

 色がほとんど含まれていない、限り無く透明に近しい色彩しか有していない。


 ひと目氷細工と見紛いそうなガラスペンに、シズクはまた胴回りに巻いた革ベルトからインク瓶を取り出している。

 

「ここは素直な黒色にしておきましょう」

 よく見ると胸の下から脇腹をぐるりと囲む、変わった一にある革ベルトには三本ほど小瓶が吊り下げられている。


 ちょうど左側の乳房の丸みの装用な位置関係に提げられた小瓶には、外見上には黒色以外の色には見えそうにない液体がたっぷりと詰められている。

 どうやらつけペン用のインクらしい。


 インクに濡らしたペン先で、シズクは空間を削るようになでている。

「何を……?」

 何をしているのだろうと、クドリャフカなどがシズクの行動に疑問を抱いている。


 何もない場所に線を描いたところで何かが起きるはずもない、インクはただ重力に従って落ちるだけ。


 ……それが正しいことのはずだった。

 それが、「普通」のはず。

 なのに、なぜだか今回はそうはならない、この場合、彼らのいる場所ではそうはならなかったようだった。


 かりかりかりかりかり。

 乾いた紙の上を湿った鋭いペン先がすべるような音がなる。


 魔法で奏でている音、そうなのかとクドリャフカは一瞬思い込みそいうになる。

 事実魔法使いなどという存在が許される場所ならば、何もない空間から線を描く音色を演出しても何らおかしくはないとは思う。


 だが、しかしながら実際のところはもっと驚愕で奇妙で、摩訶不思議な結果がもたらされることになった。


 ただ扉の形をかなり簡略化して描いただけのはず。

 そのはずなのに、描いた線は空間にとどまったまま、まるで毛糸玉を湯船で解きほぐすかのように膨らみ、増えて重なり合って一つの絵を作り上げていた。


 なるほど、そうかそうか、そうなのか。

 クドリャフカは気づいていた、これは魔法なのだと。


「魔法陣の一種なんよ」


 モネは、またたく間に現れた擬似的な「どこでもドア」のようなものを前に、クドリャフカに事情を説明している。

「魔力を練ったインクに魔法具で絵を描く。その際目的を明確化させたものであれば、限定された時間や空間内、まあつまり、描いた本人の目や意識が届くうちはほぼ確実に描いた対象と同様の目的を実行する」


 つまり。


「扉の魔法です」


 シズクは当然事のごとく、自らがこしらえた魔法に足を踏み入れていた。


 さて。


 扉の向こうは、古城であった。

 なんでも、とある魔法使いが作り上げた、いわゆる結界のような空間らしい。

 どこまでも、どこまでも果てしなく水で満たされている。

 魚や海藻やプランクトンが腐って死んでいく臭いがする。

 海のにおいだった。


 空間の殆どを海が埋め尽くしている。

 

「相変わらずダイナミックだよなー」

 海の中、小さな船に乗りながらクドリャフカはくるんと回るふわふわのしっぽをふるふると震わせ振り回している。

「ここだけでもちょっとした国ひとつ分の広さがあるんだろ?」

 クドリャフカの例え話にモネは首を小さく傾けている。

「ちゃんと測ったことはあらへんけど、でも」

 アンジェラがモネの言葉を予想して引き継いでいる。

 言わんとすることは容易に推測できていた。

 なぜなら。


「あないにおっきなお城を一からおっ建てられるくらいの魔力空間じゃけぇ、そりゃあそげな魔法使いなんざ国一個作るも滅ぼすも自由自在じゃろうて」


 まさにそうとしか言いようがない。

 それほどに大きく雄大で、またこの上なく美しい城が目の前にあった。

 古いようで、どこか新しい風景にも見える。


 とんがった屋根は攻撃性に満ち溢れ、まるでドラゴンの牙のよう。

 広々と広がる石材の壁にはほとんどつなぎ目がない、一枚の牛皮のように隙間を許さない。

 だが同時に本当に生きている皮膚のように、どことなく呼吸を行っている気配もある。

 事実、場内はほとんど換気機能がないはずなのに常に空気が新鮮で、夏の終わりのコンビニ店内程度にひんやりと心地よい。ただ寒がりの魔物は寒さに鼻水を垂れ流すかもしれない。

 というより。

「ずびっずびび……っ」

 すでにクドリャフカが、ほんわりととんがったマズルの先端の鼻孔から鼻水をこぼしていた。


「ううぅ〜相変わらずここは寒ぃな……」

 ぷるぷると、外見上は著しく可愛らしく震えているクドリャフカ。

 しかし声音はやはり成人男性のそれで、しかも男として平均的に考慮してもかなり低めの、どことなく地鳴りのような力強さとおどろおどろしさを想起させる声音である。

 そこへ鼻声まで混ざり込み、いよいよ傷ついた獣のような唸りを醸し出している。


 クドリャフカだけに限定せず、いつまでも肌寒い海の上で漂えるほど海に特化した個体は、今の所この魔法使いの一群には存在していない。

 

 現状この空間で一番の決定権を持っているのは。


「勇者様」

 城のことをそう呼ぶ、アイオイ・ルイ。

 すなわち魔王陛下その人である。


 人というより魔物に近しい、魔物たちの王たる彼の居城とされる建造物。

 すなわちここは。


「魔王の城、ですね」

 シズクは事実を確かめるように、オーバル型の銀縁メガネで城を見上げる。


 樹木のようなシルエット。

 そう、城は規格外の土地に建築されている。

 そもそも地続きの土地ですら無い。

 空間、ただそれだけが城を固定させている。


 つまりのところ海水の上に浮かんでいる、ただそれだけだった。

 空を飛ぶことができる魔王の城である。


「天空に浮かぶ城とか、王道中の王道としか言えませんがね」

 城の中を二人並んで進む。

 シズクは城の主で魔王、ルイ陛下に付き従っている。


「別に着いてこなくてもよいのだが」

 たっぷりの真珠を詰め込んだプラスチックの編み籠を携える。

 ルイがシズクに提案をしていたが、しかしシズクはさして聞く耳を持とうとしなかった。

「とんでもない。魔王城において魔王は主君そのもの、本来ならばぼくのような若輩かつ軟弱な魔法使いごときが追従することの方こそボロ布に金粉をぶちまけるかのような不相応ですのに」


 シズクは嘘偽り無く、殆どは本心に近しいところでルイと話そうとしている。

 

 しかしルイの方はしばらく眉間にシワを寄せながら沈黙したあと。

「……あまり自分を卑下するものではない、かえって惨めな気分になる」

 シズクの態度に不満を抱いていた。


 その後は取り立てて会話という会話もないまま、カゴいっぱいに詰められた清潔な真珠がアンジェラのもとに届けられている。

「アンジェラさん」

 シズクは真珠にしてはやたらと重みのある粒の集合を、重たいはずのそれらをしかして片手で持ち上げられそうな勢いにて台所の空きにドサッとおいている。

 

 かごの中の真珠たちがふれあいぶつかり合い、カラコロン、と軽やかなハーモニーをかすかに奏でていた。

 ふわ、と塩の香りさえわずかに立ち上ったような気がする。


「あんがとさん、魔法使い殿」

 アンジェラはシズクが一番気に入っている呼び名を使いつつ、手元はすでに真珠の酒を作る動作に入り込んでいた。


 清潔に洗った真珠。

 所謂科学世界、「普通の人間」が多く生息していた異世界に流通していた真珠とは根本的に意味合いが異なる存在となる。


「それって」

 クドリャフカが誰とはなしに気軽に質問をしている。

「魔力とかが中身にぎっしり詰まっているって感じなのか?

 ほら、あー……もともとはその、神さんの死体から採ったやつだし」

「ザッツライト、やで」

 クドリャフカにモネが笑いかけている。

 指先はすでに彼の子犬のようにもこもこと柔らかい頭部に触れ合わせている。

「単純に粉にして水と一緒に飲むだけでも魔力、マジックポイント? 

 あー……わたしら魔物にとって生命力に近しいなんかしらに効能があるとのことやから」


 シズクもまた見知っている情報から適切かと思わしき形容を考え出そうとしている。

「利用法やそれに準ずる役割としては漢方に近しいですね。

 まさに生きていたものを活用した薬、とでもいいますか」


 ここまで聞くと、魔物としてはかなり貴重なアイテムのように思われてくる。


「であれば」

 疑問点を早速ルイが指摘している。

「そのように有用なものであるのならば、やはり真っ先に公的な魔術師たちが率先して回収するものではなかろうか?」


 ルイの質問に対して、アンジェラはむしろ意気揚々と待ち構えていたかのように即答を返している。


「ちゃんとした活用法を知っていたら、の話じゃよ。

 神の目玉、それらが勝手に真珠に成り代わる仕組み……から話しとったら長ぉなるから」

 手短に、アンジェラは自身の耳をつんつんと指先でつついている。

「ここから先は血筋の話、ファンタジックに生きていた、かつてのエルフたちのお話じゃよ」

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