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真珠の酒

「うちはいつか最高にケダモノなお酒を見つけ出して、それを使って拗ねきっちゃったうちのマイダーリンを起こして、それで三日三晩……いや、たとえ三十年かけてでも愛しのダーリンとの毎ベビーをこさえるために昼夜問わずせいこうしょう……」

「ぎゃああ?!」


 ちょっと与太話をしようとしただけのつもりだった。

 しかしライカ・クドリャフカという名前の小さな獣は酷く後悔する羽目になった。

 場所は地方都市「名古屋」。

 しかしながらその名前で呼ばれていたのはもう十数年以上昔の話。

 今は地方都市「灰の笛」と故障されることが主となってしまった。


「うちの願い事なんて、ほんの些細なことなんじゃろうといっつも思うんよ」

 クドリャフカのことを胸の中に抱きかかえている少女が、彼に向けてぼやくように話をしている。

「だから、ダーリンだって、フィッツ兄さん……いつかうちのことを……」

「ほの字になってくれると?」

 最初のインパクトに押し流されそうにはなっていたが、しかしクドリャフカはあくまでも大人としての意見を崩そうとはしなかった。


「そいつぁずいぶんと楽観的過ぎやしないか?」

 クドリャフカが彼女の名前を読んでいる。

「なあ、ジェラルシ・アンジェラのお嬢ちゃんよぉ」


 アンジェラと呼ばれた彼女は桜色が目に優しい髪の毛を位置が高めのツインテールにまとめている。

 それなりに癖が強めの柔らかな毛先がふんわりと風に揺れたり、歩調に合わせてひょこひょこと小さく跳ねてたりしている。

 若干ゴシックロリータ的趣味が混ざるハイウエストスカートに白色の長袖ブラウス。

 とりわけブラウスの袖は着用者のささやかなこだわりとしてかなり丁寧に洗濯やアイロンがけが施されている。

 絶対に中身を保護するという意思表明。


 さておき、アンジェラとクドリャフカはとある港街的風景をともに歩いていた。


「勘違いしてほしくないから、何度も言うけんど」

 アンジェラは西の果てに近いところの訛を使っている。

「本当に港って言う訳とは違うんね?」

「ああ、まあ、うん」

 若者に問われている。

 齢15を満たすか満たさないかかなり怪しいところの肉体年齢。

 若輩者に向けて、彼女にぬいぐるみのように抱き抱えられているクドリャフカはぎこちない様子で大人らしい情報提供を行おうと試みていた。


「前までは。……そう、人間と魔物との生存権をかけた生存戦争が起きる前までは、世界はもうちょっとマシな形をしていたんだぜ?」

 疑問形になってしまっているのは、ハテナになってしまうのは、何もクドリャフカの愚物具合がなすお粗末……というわけでも無さそうであった。


「あー……ワリぃ、無知なガキに世界の歴史をレクチャーしたいのは山々だが、あいにく俺自身もそんなにれきしにくわしいってわけじゃねえ。

 ……というか……」

「あなたは」


 別の少女の声が聞こえてきた。

 アンジェラとクドリャフカが、抱っこするオアされている状態で声のする方に目を向けている。


 するとそこには。

 巨大なわかめの化け物に襲われている、アンジェラの仕事仲間である猫耳の美少女がいた。


 悲鳴。悲鳴悲鳴に続く悲鳴、止まりそうにない。

「のわーっ!?」

 人々、この謎の港町風味の空間に訪れていた人々が上げる悲鳴、それらに紛れてクドリャフカは急ぎこの場から逃走しようとしている。

「なんだってんだよ?! のんびり海水浴に来ておいて、B級クリーチャースプラッタ映画なんざ誰も求めちゃいねえってのっ!!」


 ある意味では正解に近しい意見。

 大切な「場所」を荒らす現人神、荒ぶる神。

 要するに神様は魔物の存在が許せない、と同時に許容しがたいレベルで魔物の持つ芳醇な魔力を渇望している。

 ちょうど「普通の人間」が一生涯水を飲んで、飲み続けて排出し続けなければならない、そうしなければ死んでしまう。

 その程度の問題である。


「こんなにも潮の香りが心地よいのです」

 猫耳の少女は長めの黒髪を潮風に、あとついでに神様が放つ暴風や上に襲われる魔物たちの悲鳴などになびかせている。

「神様もきっとバカンス気分なのでしょう」

「シヅクイ! シヅクイ・シズク!」


 クドリャフカは猫耳の彼女の名前を怒るように叫んでいる。

「ンな悠長に構えている場合かっての! 状況考えろ?!」


 人が襲われているのである。

 人、という表現はあくまでも彼らの遺伝子情報の基軸に基づいた呼び方。

 見た目はそれなりに人間っぽいが、やはり魔物は魔物。

 今しがたクドリャフカたちの横を通り過ぎていった避難民の一家などは、当然のごとく頭に獣の耳を親子おそろいで生やしていたりする。


 人ならざるものが人ならざるものを襲っている。

 それはなんとも不気味で奇妙で、摩訶不思議な世界観であった。


「……とか、鑑賞に浸っている場合じゃねえっての」


 一転してクドリャフカは逃避行をやめ、急ぎシズクを助けようとしている。

「大丈夫かー!!」

「大丈夫ではありませんねー!」

 即答しているシズクに、クドリャフカは「だろうな……」と思わず無意味な返事をしてしまう。


 シズクは大変なことになっていた。

 軍用に適している上着はもとより男物のそれなのでかなりブカブカ、ワカメ触手の好き放題に弄り回されている。

  しかし対象が外皮と呼べる膜ないしガワに関心を持っているうちが安全としか言いようがない。

  なんと言っても軍用コスチュームの中身と言ったら!

  女児用の古めかしいワンピースタイプのスク水のごとき密着性の服。

  背中は開放感たっぷり、記事はジャージ並に着心地が良いそうだ。


  ツナギの形式にホットパンツを加え贅沢に盛り込んだデザイン。ワンピースパンツタイプアメリカンスリーブの制服と言えば聞こえがいい。

 ……色々盛り込みすぎか。


 色々と描写してみたが、とにかく彼女の先生に当たる女性が生きていた場所のバトルコスチュームらしい。


 時代錯誤も甚だしい、と思いつつもクドリャフカは触手がコスチュームの内側に侵入しそうになっているのぎょっと見つけてしまっていた。


「うああ……身内の触手プレイとか勘弁だっつの!」

 別段見られない風体ではない、ということをクドリャフカは頭の中で先ず認識していた。

 ほぼ無意識の行為。正直奇抜な衣装でさえも似合ってしまう小娘のポテンシャルに呆れてさえもいる。

 故に性的興奮云々よりも、それよりも短絡的な生命の危機を冷静に優先することができていた。

「今、今助ける!」


 クドリャフカが宣言した。

 頼りない後輩の魔法使いの手助けをするのも先達の魔法使いの大切な役割の一つ。


 しかし、今のクドリャフカには戦う術は残されていなかった。


 それもそのはず、と思うよりほかはないのだろう、彼の肉体はほとんど幼児に等しいレベルまで弱体化してしまっているのだ。

 それこそ。

「ほらほら」

 アンジェラに軽い調子で抱き抱えられて、安全な後方にサクッと回されてしまえる程度。

 その程度の戦闘力しかない、今のクドリャフカに戦う力は殆ど残されていなかった。

 理由については諸事情。

 しかして今はシズクを助けなくては、彼女はそろそろインナーごと皮膚をベチョベチョのヌルヌルに侵されつつある。


「戦いはうちの本分じゃないんじゃけぇのぉ」

 弱音を少し吐き出して、ジェラルシ・アンジェラは腰の細い革ベルトから一振りのハンマーを取り出している。

 金色の金属が全体の殆どの素材を担っている。

 鎚の部分は円形、釘を打つのに調度が良さそうである。


 アンジェラは息を整えると同時にハンマーを腕の中でくるくると回す。

 己の肉の動作、肉の間を走る血液が動きに合わせて鼓動、躍動と流動を繰り返している。


 血が持つ魔力、魔物という存在を保つ材料の一つ。

 人間にとっての水分や塩分などの要素に等しいもの。


 それらに反応して魔法の武器が反応、その姿を返信させる。

 秋の熟れた果実や紅葉のように濃密な匂いが空間を通り過ぎる。

 くるくると回転する、回り終える頃にはアンジェラの手元に槍のような武器が現れていた。


 槍なのか?

 否、それはやはりハンマーとしての形、元々の道具としての姿をある程度保ち続けていた。

 金色に輝く鎚。

 頭の部分からは蜂の針にも負けず劣らずの鋭さと攻撃性を帯びた棘がまっすぐ立っている。どうやら鎚の基軸が変容したらしい、よく見ると木材のそれと同じ香りを帯びている。


 ちょうど貴重な鉱物、宝石を得るのに向いていそうな削岩機能もついていそうである。


 アンジェラは杖のように長い姿に変身させたハンマーを、少しだけ重たそうな素振りで緩やかに舞うように回転させる。

 空気をはらんだハンマーの金属が、鉱石の部分が魔力反応を帯びる。


 アンジェラの血のように赤い瞳が狙いを固定、魔力の膨らみに確固たるイメージをもたらす。


 ブクブクと水が煮えたぎるような音がなる。

 シズクがその音に耳をかそうとした次の瞬間には、彼女の周りにアンジェラがこしらえた魔法の苔が生い茂っていた。


 苔と言っても人間感覚で観察するそれとは大きく異なっている。

 おそらく苔という植物の知識が歩いていど必要であり、何も知らなければ新種の針葉樹のような植物、あるいはそういうタイプの妨害魔法としか思わなかっただろう。


 魔法を突破するのに必要不可欠なのは知識である。

 何かしらの攻撃性でも含まれていない限りは、魔法というのは基本的にダマクラカシ、「手品」の手法を基軸にしている。


 知っていれば、少しだけなら恐怖が和らぐ。

 シズクは苔のことを本で読んでいた、「ピーターラビットのおはなし」を著したビアトリクス・ポターの研究にも興味を持った。

 だからこそ苔の正体が理解できた。

 しかし、理解できないままの神はただ慌てふためくばかりであった。

 神にしてみれば謎のやたら柔らかい突起物が周辺にいくつも発生したのである。


 意味不明なまま、苔たちは器用に丁寧に、毒素を持ってしてワカメ触手を犯し始めていた。


「あ」


 とても文字に形容し難いであろう悲鳴が周辺のあらゆる存在を震わせている。

 港湾を震わせる、海は音に怯えるように振動し、ぼろぼろになった船の残骸はパラパラとは変をこぼして海原をささやかに寂しく汚していた。


「姉御!」

 アンジェラがシズクに向かって叫んでいる。

「なるべく動かんで、息も止めといて!」

「んるぅ?!」シズクは一瞬だけなんのことかと迷い、しかし迷いを具体的に解決するよりも先にアンジェラのことを信頼する選択肢を即座に選び終えていた。

「はい!」

「ご協力感謝!!」


 アンジェラは息を深く吸い込んで、目を凝らす。

 視線の先に魔力を凝らせる。

 ぽう……とぼんやりとした光の集まりが即座に現れる。

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