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マイタイム クローズユア

何気なく、一体どのようなきっかけにてそのような話になったのか、正直なところあまり良く思い出せないようだった。


「はええ」


いつになく可愛らしい声でアンジェラ……ジェラルシ・アンジェラという名前の「枠ドラゴン」もとい「ヤマタノオロチ」の物語を受け継ぐ魔物が驚いていた。


今は執筆作業終わりの晩酌時間。

アンジェラは片手にシングル・モルトを傾けている。

美しいブラウンを身に纏う透明度がグラスの中で揺らめいている。


アンジェラはウィスキーをちびりちびりと舐めつつ、漫画仲間のシヅクイ・シズクに質問をしている。


ここは灰の笛と呼ばれる土地。

かつての時代、古い時代、かつて人間が極限の科学技術において支配していた時代には「名古屋」と呼ばれていた都市。


地方都市は今、迷宮へと変身してしまった。


「そんな馬鹿な!」と誰かがいった。

というか、目の前で磔にされている犬男がそんなふうに瞠目しているのであった。


「また脱走しようとしたんかいな」


アンジェラは氷の茨(適温)に拘束されている犬の獣人、もとい古城の住人をじろりじろりと眺め回している。


「ダメだなあ」


シズクが長めに伸ばした髪下ろしを柔らかく揺らしながら、ニコニコと彼に笑いかけている。


「ダメですよ、ダメなんですよ、ライカ・クドリャフカさん」


呆れたように見える。

だがクドリャフカは相手に騙されなかった。

相手の美少女、黒髪に黒猫のような耳を生やした美しい少女。


少女は別に呆れてなんかおらず、ただひたすらに、悲しんで悔しんで憎んでいることに気づいていた。


「もうこの世界は人間のものではなくなってしまったんです。

人間は、神様であるはずだった人間は、ぼくたちを作ったはずの人間は、物語を紡いでいけるはずだった人間は、もうどこにも居ないんですよ」


人間という存在の否定を行う。


希望論や絶望的観点でもない。

何でもない。

ただの現実だった。


「戦争に参加した人、誰か」


シズクは事実を、自分より大人であるはずの彼に伝えている。


さて、いつまでも大事な住人を磔にしている場合では無い。


シズクはペンを取りだしている。

それはガラスペンのようなものだった、ガラスペンのような姿をした魔法の杖だった。


舞台上のエトワールの爪先が描く螺旋のような渦を帯びて、透明に近いペンは古城の微かな灯りを表面に反射させている。


つ、と小さく呼吸をするだけ、たったそれだで魔法は溶けてしまう。

ちょうど氷のような出で立ち、解呪によって溶けゆく魔法はまるで冬の終わりの如し、であった。


本物の水のように物質に潤いを、科学的な生命力をもたらしてくれる訳では無い。


何となく、冬の末後のような生暖かい感覚とともにクドリャフカは古城の冷たい石の床に降り立っている。


受動的に降ろされた、と言うべきか。


「ううう……」


脱走者もとい古城の住人であるライカ・クドリャフカ氏はとても気分が悪そうにしていた。


「何が住人だっての……体のいい囚人みてぇなモンじゃねえかよ」

「たしかに住人(じゅうにん)に、「人」としての「じゆう」……「ジユウニン」は!!! ないですがねっ」

「うるせぇ」

自信満々としか言いようの無い様子でクソ寒いだじゃれを決め込むシズクに、クドリャフカは年上らしからぬ子供じみた悪態を吐き出している。


「はあ……」


ため息ひとつを置いてきて、クドリャフカは「元の姿」に戻ってしまう。


PONっ!

何ともユニーク且つコミカル、王道中の王道な変身の音色である。

そして、見事なまでに明確な返信をクドリャフカはその身体に起こしていた。


もくもくもく……。真珠のように白い煙の後。


「あー! もー!」


一匹の子犬のようなケモノがその場に現れていた。


突然出現したという訳ではなく、もとより存在していた「何かしら」の正体、真、本当の姿が顕になったと言うだけの話である。


「くっそ……」


クドリャフカ、と思わしき獣。

彼以外にありえない波の形をした声、声をごくごく自然に使いこなしながら、獣は文句を言っている。


「またこんな、こんな……しょうもない姿に戻っちまった……っ」


こんな、とは。

例えば、遠くから見るとまるでふわふわのヌイグルミのようである。

所謂商業的マスコット、丁寧に計算を織ったデザイン性とはまた異なっている。


かなり、獣の造形が深い、若干過剰に感じそうになるくらいには生々しい。


とりわけ後ろ足の屈折などは、ヌイグルミとして量産するにはいささか複雑かつ本格的すぎるほどだ。


結果として獣の姿でもクドリャフカ本人はかなり楽に歩行できるようではあるようだが。


「こんなんじゃまともに人間社会生活も送れねぇよ」


子犬、生後一ヶ月を無事に経過した程度の子犬のような造形の顔面。

毛の一本一本はとろとろとカスタードクリームのように繊細で柔らかく、程よく色合いまでもそっくり。


「ふひゃー!」


アンジェラが素っ頓狂な声を発している。

普段は箸にも棒にも引っかからない飄々としたキャラを演出しようとしているが、こう、目の前に巨大なキュートが現れた途端に元の乙女回路を取り戻してしまうのである。


「かわいいのぉ、かわいいのぉ」


アンジェラはサラリと気軽にクドリャフカの体を持ち上げ、小さな胸の前で抱きかかえてしまっている。


「よぉ〜しよしよしよぉ〜し」

「ちょ……おい、やめろって……!」


 軽々しい調子にてアンジェラはひとしきりクドリャフカを撫で回した。そして。


「さて、魔法の練習にでも向かうとするかの」


 そう言いながらそっと慎重に、どこか恭しさも感じさせるような動作と所作にて彼の体をそっと古城の地面に置いている。


「切り替えがキモいくらい早ぇよ……」


しかしながら要件の必要性は高い、かなり高いものだった。


彼らは古城の中にある、それなりに大きめな資材置き場のような場所へと移動する。


もちろん魔法を使う。


「魔法の精錬への道筋は日常生活の憂いにこそ潜んでいるのでございますよ」


 シズクは得意気にそのようなことを語っている。


「言葉の同じで、日々の積み重ねが美しい形の習得となり得まして」


そうして到着したのは古城の物置。


 物置と言ってもさすがにお城、その大きさは軽く高等学校の体育館を越えている。


「子供の頃はお城にすみたいとおもっとったけんど」

 ジェラルシ・アンジェラが改めて嘆息せずにはいられないでいる。

「実際住んでみるともう、掃除掃除掃除、ひたすら掃除で嫌んなるのぉ」


 魔法の修行と題してはいるが、結局のところは古城の清掃作業が主たる役目であり、第一に解決すべき目的なのであった。

 

「文句をこぼしとる場合ちゃうで?」


 アンジェラの愚痴にモニカ・モネがきりっとした様子で軽い調子の注意のようなものを向けている。


「こういう時しっかりきっかり魔法の練習をしとるやつから、それはそれはもうエグいくらいの良策をひねり出したりするんやから」

「へえ〜」


 驚いているのはクドリャフカであった。


 そうなんだ。

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