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マイタイム

  魔法の練習をしなければならなかった。


「魔法使いが練習、ねえ」


  魔法使いの一匹、ジェラルシ・アンジェラが気だるそうに呟いている。


「なんか、魔法使いって好き放題チートな魔力使って雑魚どもをめちゃめちゃに蹂躙するタイプの生き物だったような気がするんじゃけど?」

「それは」

 

  モニカ・モネはとりあえず少しだけでも真面目に考えようとする。


「そのライフスタイルが通用したのは異世界転生してきた「人間」だけやし、その人間は十数年前にとっくに絶滅しちゃったよ」


  謎に楽しそうにしているのは同じ魔法使いシヅクイ・シズクであった。


「「華麗なるギャツビー」ならぬ華麗なる大絶滅と呼ばれているものですね」


  シズクはつらつらとオリジナルの考察を重ねていく


「現状において、この世界にとって「人間」は唯一自分の物語に「完結」を迎えることに成功した生き物とされています」


  シズクの物言いにはどことなく、「人間」を一個の生命体として認識していない気配がある。


  それに関しては何も魔法使いたちが人間をゴミ以下と認識していることは無きにしも非ず。

  しかして、論拠としての主軸たり得ることは無い。


「この世界の場合は、この場所に限定するとして」


  アンジェラが歌うように呟いている。


「あらゆる存在は言葉を起因としている。全ての原因は言葉にある」


  どういうことか? といえば。


「我々の肉体は水分あるいはその他の元素などではなく、何処かの世界に存在する人間が作り出した言葉を材料にしている」


  アンジェラの少し色合いの濃い唇から語られる論述は、およそ科学的理論からかけ離れすぎている。

 

  有り体に言えば、有り得なさすぎる、のである。


  だが。


「魔法がある世界に常識なんて通用せんのよ」


  モネは、戦前の銀行員が使用していそうな重厚な作りの事務机の上に身をもたれ掛けさせている。


「あ~ピシッとした格好はやっぱしあっついわ」


  モネは制服の上に身につけている作業着の胸元をはだけている。

  灰色の作業服。

  ガスガスに擦り切れたロゴマークにはうっすらと「東……工房」という文字が残っている。


  女子高生サイズの魔物が着こなすには若干大きめだが、しかし胸囲については立場が逆転。

  つまりのところ、おっぱいが大きすぎて胸周りがキツキツなのである。


  だとしたら普通にレディース用のフェミニンな上着なり何なり、着用すればいいものを、何かしらのこだわりに基づいて彼女はその作業服を着続けている。


「ところでさ」


  アンジェラが黒いマネキュアのような色合いの爪をイジイジと弄っている。


「いきなり何の連絡もなしに遊びに来る親戚の婆ってどう思う?」

「どうも思わんけど」


  モネは率直な意見を主張する。


「たまの実家ぐらい帰ってきたってええやろ。むしろ、なんで彼女の実家に謎の美少女が居座ってんのか、そっちの方が問題やろ」


  アンジェラは徹底的に「美少女」の部分を無視しようとする。

  その言葉の使い方は彼女にとって必ずしも快いものでは無かった。


「謎とは失礼な」


  アンジェラは相手の不理解具合をわざとらしく嫌味に変換している。


「ちょっと孤立無援の謎の孤児が病弱な娘に取りついて家の資産を好き放題しているってだけじゃのに」

「まさに謎の美少女なんよ、絶対何かしらの闇抱えとるんよ」

「そうですよ」


  ヌルッとシズクが「美少女」というワードに反応を示している。


「ついでに実は物凄い最強の帝国の帝王のお姫様で、その気になれば頑張って世界をコロッと滅ぼせる、そんな謎の美少女になるべきなのですよ」

「いやじゃわ、面倒くさい」


  シズクの提案をアンジェラはダウナー気分で拒否している。

  やる気の問題で是非が決まるような願望だとは到底思えないのだが。

  と、モネは思ったが、しかし胸元に籠っていた不快な熱と汗が発散されて少し心地よくなったので、あえて何も言わないでおくことにした。


  ともかく、魔法の練習である。


「といっても、魔法は自動的には作られんのです」


  モネが訳知り顔で語っている。


「魔法陣ひとつとしても我々魔法使いは一個一個をハンドメイドで手作りしておりまして」


「ハンドメイドってさ」

「はいはい」


  何やら「普通」の方々に向けた宣伝材料を撮影? 録音? しているらしいモネ。


  彼女に割合近いところにて、アンジェラとシズクが暇そうにしていた。


  アンジェラは不安を抱いている。


「ハンドメイドという名目で許されるチャチさの範疇ってどれくらいじゃと思う?」

「そうですねえ……」


  シズクは真剣に考える。


「クオリティの善し悪しなんてものは個人の主観に基準してしまいますからね。

  ぼくなんかは、たとえ金具が錆び付いたピアスであってもそれが唇の柔らかいオフィスレディが休日にちょこちょこと拵えたものであったら喜んで宝石箱のメインキャストに据え置けますよ」

「ふ~ぅ、強気ぃー!」


  あたしの場合はどうしようかな、と、アンジェラが上手い例え話を考えようとした所で。


「何してんねん」


  ポココン! とモネがどこからともなく取り出した紙作りのハリセンで二人の頭をはたいている。


「アマチュア未満のオシャレ自己満高尚ご趣味のことなんてどうでもええねん。

  魔法の練習せなあかんって言うてるやろ」


  そう言いながら、アンジェラは大胆に胸元をはだけている。

 

  突然の露出?!

  事情を何も知らない「普通」の誰かがこの現場を見たら、まずそう思うだろう。


  あるいは、もしかすると世間一般にお天道様の下で真っ当に働いている魔法使いですら、同業者ですら訝るかもしれない。


  なぜならモネの使おうとしている魔力はあまりにも独特すぎているから。


  顕になっている胸元。

  まさに、この場合のためだけに開けておいたかのような上着の下、制服は女子高生が着用していそうなそれ。

  まだ新品っぽさが抜け切っておらず、白色のシャツはパリッと糊が効いている。


  制服のボタンは、実は少し改造してある。

  簡単に胸元をはだけられるよう、左手側に絶妙な力加減で引っ張った場合のみ上部のボタンが簡単に外れるようになっている。


  などなど、わざわざそのようなややこしい不思議な仕組みをいくつも施す。


  そうしてまでモロ出しにしたい乳房、そこには謎のバーコードのようなものが刻みつけられていた。


  刺青のように沈殿していて、焼印のように皮膚に食いこんでいる。


  デコルテよりももう少し下、心臓の真上に近い場所。

  あまり仔細に観察しすぎると、うっかり乳首まで拝見することになりそうな、そんな危うい位置にバーコードがある。


  本来ならば横一直線に並ぶはずのコードは、乳房の成長に形状が追いつかずまあまあ形が歪んでしまっている。


  なぜ、バーコードがあるのか。


  理由は単純。

  モニカ・モネ、という名前のメスの魔物は戦争用の武器としての機能を有しているから。

  人を簡単に殺せる機能を有している。


  なので、いわゆる旧世界などに類する科学的な世界観における規則に則って、戦争のための武器には識別番号が振り分けられる。


  モネの肉体に刻まれているのは、番号だった。


  番号が空気に触れる。

  世界の空気、魔物たちの世界の空気に触れている。


  番号の持ち主の以降に従い、武器として保有する戦争のための情報へとアクセスする。


  それはパソコンのログインに似ているかもしれない方法だった。


  巨大な情報源、戦いのための知識をたっぷり含んだインターネットに接続する。


  そうでもしないと、ただの小娘でしか無かったモネに、その武器はあまりにも凶暴すぎている。


  モネは目元に触れる。

  眼帯の下、ぎゅうぎゅうと熱を発する右眼窩の中身を、眼帯をはぎ取ってさらけ出す。


  丸出しになったそこには、深い裂傷のようなものがある。

  確実に失明するであろう深手の残骸。


  えぐれた皮膚の真ん中に、武器は鎮座していた。


「ほうほう」


  アンジェラが遠目に武器の姿を確認している。


「あれがかの有名な、真神の義眼と呼ばれる逸品かね」


  何やら荘厳なワードを使用している。

  が、要するに戦争で活躍した武器、その残骸という意味合いでしか無かった。


「男の人だけが変身できるものすごい魔術が存在していたそうですよ」


  モネの姿を凝視するシズク。

  丸っこいレンズの眼鏡の奥、右目の虹彩はエメラルドのような輝きをキラキラと瞬かせている。


「そもそも、我々魔物はオスとメスでそれぞれ元の材質になった材料が異なっているそうで」


  人間とは違い、魔物の場合はほぼ完全に違う生き物になってしまっている。


「メスは石と水、オスは文字と電気から作られたそうです」

「何だかのお」


  シズクがあまりにも真剣に語るものだから、アンジェラはブラウスの下の皮膚をぶるると震わせてしまう。


「幼稚園児でも知っていそうな常識をこうも真面目に語られると、自分の体がどんどん赤ん坊に戻っていく気がして怖いわー」


  常識が狂っている。

  魔物だから、どうしようも無い。


  起動をしたところで、使わなければ劣化してしまう。


  まさに機密な機械といった具合。

  まん丸の黒いピンボールのようなボディ。

  瞳孔部分は縁を基調として、従事方向に切込みを入れたような拡張視野がある。


  虹彩に当たる伸縮性の高い人工肉は黄色に着色され、発光性を高めている。

  中心のレンズは暗黒のごとき。


  右目の義眼で見る。

  世界を見る、アンジェラは武器を構える。


  公園の土地に眠る神様のことを思う。


  この世界。

  とりわけこの小さな魔法使い達が生息している島国はかなり特殊な神様事情を有している。


「旧世界において「日本」と呼ばれていた土地、国家、生活圏、文化体系」


  シズクは知っている情報から状況を照らし合わせる。


「宗教的な縛りが比較的少なく、サブカルチャー的娯楽に富み、そこに書き加えて人間が広く有していた祭り好きという性質から大量の神々受け入れ商業的に利用するという生活様式が各地で繰り広げていたそうです」

「要するになんでも神様にしたがる、ってことなんかね?」

「ありがたやってやつじゃの」

  シズクの長ったらしい話をモネがざく切りして、アンジェラが雑に納得する。


  それで、とモネは義眼を使って土地の神様を見ようとする。

  本来は見えるはずのない、尊いものを見ようとする。


  魂よりも不確か、心よりも不安定。

  命ほどに所在が不明の何か。


  何かは、滑り台の上にいた。


「おや」


  見つけて、モネは神様らしき存在に会釈をする。


「あ」


  神様が返事をしていた。


  大きさは小さいとは言えない。

  手足は沢山ある。

  目はひとつしか見えない。


  口は体毛や皮膚の間に隠れて見えないが、吐息の気配からかなり大きいものを持っているに違いない。


「お邪魔しますよ」


  モネは言葉で神様に許しを乞う。

  乞われた、神は哀れな魔物に慈悲を与える。


「有り難き幸せ」

 

  神様への賞賛を呟きながら、モネは腰にまきつけたホルダーから拳銃のような形状の武器を取り出している。


  片手で持ち上げられるほどに軽量化した重火器のようなもの。

  ベレッタ社の拳銃の系統を想起させる。


  とても子供に扱えるような代物では無いはずだが、しかしあくまでも類似品でしかない、本物ほどの重さは有していない。


  攻撃性に関してはほとんど魔力で誤魔化してしまっている。


  どのみち、この場面においては武器の攻撃性はさして意味を持たない。


  ただ、祈ればいい。


  祈りの言葉。

  生存のための戦略。


  魔物の間ではそのテキストを「(まじな)い」と読む。

  有り体に言えば呪文だった。


  モネが呪文を唱える。

 

「羅針盤を弄ぶ、帰路は失われた

  思考と不眠症の婚姻

  過去の証明こそ牢獄の鍵

  フィクションを止めてはならない

  そして海に錨を落とす」


  全体的には意味の無い言葉。

  造語に限りなく近い。ただ完全に嘘をつくと頭が混乱してしまうので、苦し紛れに現状文化的に通用する言語に当て嵌めている。

  それだけの事に過ぎない。


  願うとしたら、頑張りたい、たったそれだけ。

 

  言葉を受けて、聞いて、触れて、魔法陣が起動する。


  予め用意しておくタイプの魔法のひとつ。

  調味料のようなもの、効果をさらに具体的にする効能が期待できる。


  魔法陣は不変的な円形を描き、円の内側に不思議な形状の文字らしきものを含んでいる。


  薄目で見るとレモンの断面図を想起させる。


  古い文字。人間に支配される前の時代、人間の文化が入る前の原初の時代。


  魔物とすら呼べない何かしらの電気信号たちが使っていた文字……と言うよりかは記号に近い。


  そこには「怪物はささやく」とだけ記されていた。


  何処かの世界に存在してるらしい本の名前らしいが、詳細は不明である。


  名前を獲得した、言葉を確信した魔法陣が起動する。


  土地の魔力に接続する。

 

  繋がりを持ってして、モネは決定的な力を書き加える。


  拳銃を構える。

  狙いを定める、銃口が熱い吐息を吹き付けるのは魔法陣の中心点。


  引き金を引く。

  爆発の音。本物の火薬が奏でるそれよりかは、もう少し楽器のような軽快さを思い浮かべるような音色。


  弾丸が向かう。

  表面上は純潔のようにつやつやと清らかで、しかし行動は傾国の毒婦が裸体でひれ伏すほどにはおぞましい。


  弾丸が魔法陣を破壊する。

  ガラスが割れるような、鋭い音。


  バラバラになった魔法陣の中心から魔力が溢れる。

 

  濃度の濃い魔力。

  心臓に近しい部分の血液に似た匂い、水のように無臭。


  魔力は正しく雨水のようなものに変身して、溢れ出すように場所にざあざあと降り注いだ。


「狐の嫁入りみたいで、綺麗じゃねって、いつも思うよ」


  雨に濡れながら、アンジェラは静かに話している。

  何も無い場所から、勝手に落ちてくる水の数々。

  水滴がシズクの眼鏡に軌跡を描く。


「人間という汗腺を失ってしまったのです」


  雨の理由をシズクはひとりごつ。


「無限の想像力を持った唯一の個体が、戦争によって機能しなくなった。

  感情の否定、全体主義が蔓延る世界では、魔力の自浄作用が滞り、淀みが溜まった」


  モネが拳銃を丁寧に仕舞って、雨に濡れる前髪を適当に指でかき分ける。


「それをテキトーに発散させないと、漏出するんやけど」


  仕組み的には男性機のそれと似ているらしいが、あえて明言しない。


  のは、漏れ出る「もの」の存在の重さが遺伝子の伝達方法のそれとは比べ物にならないほどの凶暴性を有しているから。

であればこそ、遺伝子の伝達という生き物の伝達行為と並べる訳には行かないのである。

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