二番煎じ
「二番煎じ」
たったそれだけの事を言った。
それだけだった。
そしてシズクはクーの左目にナイフを突き刺していた。
骨の硬さや皮膚の伸縮性、あるいは眼球が持つ弾力性を全て無視していた。
1突きはただ攻撃性の名のもとにクーの右目が存在しているはずの部分を刺していた。
「あぅ」
悲鳴をあげる、声を出しているのはクーだった。
仕方の無いことだった。誰だって、顔の半分くらいをナイフで切り裂かれたら、悲鳴の一つや二つくらいあげたくなるものだろう。
だから彼は悲鳴をあげようとした。
人間らしい意思伝達とはまるで関係の無い、肉体本来が持つ生命の欲求に基づいた緊急性の信号をハッしようとした。
ぎゃあぎゃあと、叫んでも良いはず、そのはずの権利。
権利は爆発的な勢いで膨れ上がり、そしてほぼ同時と言える速度にて権利は暴力的に破壊されていた。
文字通りの暴力だった。
右の拳、シズクの右手が握りこぶしを用いてクーの顎を殴っている。
少し広めのベッド。寝室は女を連れ込むのにそれなりに適した環境。
シズクは下着姿、環境と身軽さを活かしてクーの体を横なぎに吹っ飛ばす。
何回も殴れる喜びをしばし味わう。
しかし決して陶酔してはならない。
不必要に相手を苦しませる必要性を感じない。
シズクは持ち上げるような勢いで、まるで蚊を潰すような気合いを込めてクーを壁に叩きつける。
べちゃり、肉がそれとなく潰れて唾液がクーの唇の端からこぼれる。
唇はほんの一分ほど前までシズクの咥内を蹂躙していたものだった。
LINEにて会う約束を取り付けてきた。
彼は三日前にシズクを強姦のような勢いでセックスに持ち込んだ。
友人的には「そんなんレイプと変わらへんやん」と、そう評されるほどの力を有した性行為であったらしい。
なんにせよ、シズクにはどうでもいい事柄でしかなかった。
そんなことよりも、シズクは今、彼と会話がしたくて仕方がなかった。
理由が知りたかった。
失敗、失敗としか言いようのない愚行の理由について。
「同じことを繰り返す」
クーはまたシズクのことを強姦しようとしていた。
正しくは、恋人だと思っている対象に性行為というコミュニケーション方法の一種を持ちかけようとしていた。
問題なのはそこに暴力性を含ませたこと。
「……怒っているのか?」
痛みに悶え苦しんでいる。
吐息の数、血の滴り、鼻水は血混じり。
それら全てを凝視している。
声もまたエッセンスにピッタリの美しさを有している。
夏の花のように明るく朗らかで、しかし秋の始まりに茶色く枯れる成熟の深みを有している。
「素敵ですね」
「は、ぇ」
痛覚の連続に息も絶え絶えになっている。
声の気配に聞き惚れる。
秋の夜長、闇に紛れる虫の羽音を嗜むような心持ち。
シズクは穏やかな気持ちで、ナイフでクーのアキレス腱をブツ切りにする。
体をひっくり返すのが面倒くさかった。
すこし横着をしてしまう。
仰向けの体制のままの彼、足首の方向もそのままに、串刺しのような勢いでナイフを突き立てる。
ナイフはやがて足の裏側、足首、アキレス腱まで到る。
骨ごと破壊された肉の太い筋が断絶される。
ぶつり、と音がした。
「あ、」
クーがまた悲鳴をあげていた。
声が聞こえる。
罵倒の声だった。
糞、バカ、マヌケ、あるいは女性においてのみ適応されるであろう女性器を題材にした罵詈雑言の数々。
それらを言葉として、シズクは彼の美声と共にシチュエーションに酔いしれる。
初めて聞いたかもしれない、嘘偽りのない、彼の心からの言葉だった。
「どうして」
質問をされた。
シズクは答える。
「先程も言いましたよね?」
同じ事を聞かれてシズクは不快感を覚える。
不快感を覚えた、感覚と同時にブーツを履いた足をクーの腹部にめり込ませる。
彼は苦しそうな息を吐いている。
吐き出す腹部は裸で、ついでに下半身は男性器をこぼし出したままの状態になっている。
かなり興奮状態なのか、あるいは生命の危機に瀕して遺伝子を急きょ残すよう脳が肉体に命令を下しているのか。
いずれにしても彼の肉棒は勃起していた。
「とても残念です」
質問への回答について、シズクはとても頭を悩ませていた。
「あなたのアイディアはとても素晴らしいものです」
アイディアとはつまりレイプ犯罪のこと。
「誤解させて申し訳ございません」
クーはシズクが謝る理由が分からなかった。
どうして被害者が加害者に謝っているのか? 意味がわからない。
「ぼくとしてはあなたに強姦されようがされなかろうが、たとえ合意の上の生殖行為だろうが、そんなのどうでもいいんですよ」
的確に、確実に、現実において、彼女は彼が確実に傷つく言葉を発していた。
選ぶ必要など無い。
心からの言葉。
十九歳の体がアラサー男性の、傷まみれで真っ赤になっている肉に寄り添っている。
素肌と素肌が触れ合って、とても温かかった。




