リセマラについての駄弁
「ほら、うちってかなりブルジョワジーに優れとるからさ」
もれなく自慢げにしか聞き取ることしか出来そうにない。
「身の上の自慢話をしたい気持ちはわかりますが、もう少し分かりやすさが欲しいところですね」
シヅクイ・シズクは仲間のジェラルシ・アンジェラに向けていかにも考察ぶった意見だけを返している。
ふざけきった様子にしか見えないが、悲劇的なことにシズク自身はこれでかなり真剣な様子で物事を考えているつもりらしい。
「そうですね、ここはやはりもっと高圧的に」
「高圧的」
シズクの真剣さ具合にアンジェラの方は嘘か誠か真面目か不真面目おふざけか、神妙な面持ちでアドバイスを聞き入れようとしている。
そんなやり取りを聞いていた。
「んな事より、ちゃんと仕上げたんやろうね?」
モニカ・モネは最後の一本を、線を、ようやっと選び抜いた一筋へとインクを滲ませ終えた。
そのあとの、それなりの苛立ちと疲労感をこめた同業者への注意勧告のつもりであった。
しかしながら彼女の柔らかな牛の耳に向けて、二人の少女の、漫画仲間は宣告をする。
ジェラルシ・アンジェラの主張。
「うちはもうとっくのとうに原稿終わらせとるから、暇してオリジナルの短編漫画のプロットからネームまで終わらせたのよ」
誠に不本意かつ不得手、なおかつ理不尽でしかないただの愚痴である。ということを前提として。
「コンチクショー!」
モネはアンジェラの……それはそれはもう、とても優秀な漫画仲間の優れたる速筆ぶりに嫉妬せずにはいられないでいた。
「なんやねん! こっちはネームどころかコマの1粒の構成にああだこうだ、それどころかセリフの締めが気に入らんからどうのこうの……一本仕上げるどころか一ページ終わらせるだけでひぃコラひぃコラ言っとるのに……」
アンジェラはとてもわざとらしく、演技としては大根も勿体ないくらいのおそまつさ具合にて感情を表現する。
「うっへぇ~! 自分の遅筆さ具合に編集者さんとご一緒して絶望しまくればええんじゃよ」
「なにをぅ~~!!」
わかりやすい挑発行為であり、攻撃方法としてはあまりも短絡的かつ単純すぎてる。
が、しかしながら漫画を作るという行為の果てにおいて酷く疲弊してしまったモネの脳みそには、全てのわるくちは己への的確なる毒としか思えないようだった。
「分かっとるんよ……分かっとるんよ!」
モネはせめてもの抵抗、自らになけなしに残された正当性を懸命に誇示しようとしている。
「わたしが描くのおっそいから、だからいっつもいっつも締切ギリギリになってテンテコマイなんやって、分かっとるんよ」
「分かっているのならば!」
いきり立つのはやはり漫画仲間のシヅクイ・シズクであった。
シズクはモネの白黒のホワホワとした牛耳に対し、キリッと漆黒の猫耳をピリリと警戒心たっぷりにふるわせている。
「分かっておられるのならば、もう少し作業スピードを上げて詰めを詰めに詰めて最高品質へと至る道を何度だって模索するべきではなかろうか!」
高クオリティ、高品質、あるいはせめてそれら神的領域に少しでも近づきたい。
近づきたいと望んでいたい。
そうでなければ創作などやる意味なし!
と、極論を抱くシズクに対して。
「シズクちゃんは、うん、今すぐ横になって寝た方がええね」
モネは一旦は己の同様具合を忘れ去り、あからさまに動向が開ききってしまっている同志を心配することしか出来ないでいた。
「ええ、ええ……全くもってその通りですね……」
シズクは冬の終わりの風のような速度でするりするりとベッドに向かう。
「ふんわ」
普通に、「普通の人間」のように歩けば良いものを。
あろう事か、シズクは魔法を使って動いている。
いや、飛んでいる、とでも言うべきなのだろう。
背中から、限りなく透明に近い羽を生やしている。
天使のそれと言うよりかは悪魔の禍々しさに近しい。
まさしく「リトルデビル」の物語を受け継ぐのに丁度よさそうな魔法の形をしている。
「あああ、もぅ~」
モネがシズクに呆れている。
「そない横着して、ふつーに歩きなさいよ」
「んるぇぇ~」
ちょっとした不死鳥っぽい形状の謎の文様的な、悪魔の羽を生やしてシズクが駄々っ子のようにうなだれている。
「お仕事終えたばかりのぼくになんという仕打ち」
シズクは言い訳を口先からひねり出す。
「あらゆる行為において怠惰は二番目……あるいは三番目くらいなので」
「あぇ?」モネが
モネが意外そうにしている
「いっつも無駄に派手な言い回しを好むであろうシズクちゃんにしては慎ましやかやないの」
「一体ぼくをどんな大言壮語野郎だと思っているのですか……」
シズクはシズクなりに軽くショックを受けているようだった。
と、そこへ。
カランコロン、と鈴の音。
「んる」
シズクの頭に生えている、黒猫のような耳がピクリ、と動く。
グランディディエライトのような青緑の右目、右側にだけ残された肉眼がきらりと光った。
「お客様ですね」
「ええ、そうやね」
こんな時間に。
こんな雨の中。
季節が死んで久しい時間。
人間と魔物が起こした生存戦争、あるいはそれらに準じる行為によって科学的環境は著しく破壊された。
「そんな世界でも俺たち雑魚魔物が生きていられるのは」
語るべくを語っているのは、お客人として古城に訪れてきたリ・ハイネという名前の男性であった。
十九歳程度かあるはそれより上と見受けられる外見的年齢、肉体に鹿など偶蹄目のそれに近しい外見的特徴を宿している。
「どうしたべさ?」
ハイネは至って形式的に魔法使いの少女たちのことを気づかおうとしている。
「もしかしてスランプ? ドクターをやっているスランプな博士?」
「ちゃうって」
ハイネの確認をモネは即答気味に否定している
「わたしらごときをあんなドラゴンズ大好きな超絶怒涛の神的天才漫画家と一緒にせんといてよ、キレますよ?」
「はいはい」
モネの真剣な様子にハイネは呆れている。
「締切間近で机の上を箸が転んだだけで世界滅ぼしそうな気持ちになっているところ悪いけれど、ちょっとお使いを頼まれたいんだって」
ハイネの頼み事、いわゆる仕事の依頼である。
携帯型の魔法の武器。
基本的には水に近しい存在。
「旧い時代、科学世界においても水という物質はかなり特異なる存在であったらしいですよ?」
湯桶のような形状の船を漕ぎながらシズクが話している。
「科学からも、もちろん魔道からもはぐれた存在」
「だからこそ、」
モネが慣れた調子にてシズクの語りを丸め込もうとする。
「わたしたちは魔法使いでいられる」




