腥く忍び寄る救世主太郎 その一
犯罪の相談をもちかけられるのは、魔法使いが担当する仕事内容としてはさして珍しくは無い。
という前提を踏まえ。
「ゴミクソにキモイのぉ」
先手必勝よろしく、ジェラルシ・アンジェラが相手への不快感を包み隠さず伝えている。
「キモ。キモイキモイキモイ」
「アン!」
男性の声、若い、まだろくすっぽ成人も迎えていないくらいに未熟な音の震え。
十代半ばを少し超えた程度の外見年齢と思わしき、湖の青を湛えたような色彩を髪の毛の流れに湛える少年がいた。
「アン、止めるんだ」
少年はアンジェラのことを相性で呼びながら、その呼び方の可愛らしさとはとてもそぐわない程に重苦しい視線をアンジェラの方に向けている。
「犯罪のもちかけに抵抗感を覚えるのは、……確かに君のように」
少年はこの古城の、お城の中身にしては狭くて小さい客間にいる客人と共にアンジェラの様子を確かめている。
客観的に見る。見てみて、やはり彼女は加齢美少女にしか見えない。
桜の花びらのように可憐な色彩の髪の毛を位置が高めのツインテールにまとめている。
一種ロリータ趣味にも見えるそれは、紛れもなくアンジェラ本人が、
「めんこいじゃろ?」
という自負と自信を持ってして己への頭部へと導き出したヘアスタイル。……のつもりらしい。
要するにかなり子供らしい可愛らしさを盛り込んだ風体。
キュート具合に不安感を抱いているのは、何も湖色の髪の毛をした彼に限定した話でも無いようだった。
「なんだかなあ」
お客人である男性は、じつに悩ましげな声を発していた。
ミニチュアダックスフンドのように愛嬌のある耳が、イエイヌの安心感とキュート具合を余すことなくふんだんに表している。
「それなりに確かなツテで、確実に仕事終わらせてくれるっていう専門の魔法使いを紹介してくれるっている話のはずだったんだが……?」
ダックスフンドのような特徴を持つ魔物のお客人。
魔物と言っても科学世界における旧「アメリカ」の文化に顕著に合わられていたケモナー的趣向とは異なっている。
せいぜいホモ・サピエンスの造形に雑に獣の聴覚ないしそれ以外の特徴的な器官を取り付けただけに過ぎない。
とりあえず、お客人はダックスフンドの耳を動かして、別の獣耳なまものの少年、湖のように澄んだ髪色の彼の方へと助けを求めている。
「ねえ」
お客人が彼の名前を呼ぶ。
「フウラ・ウイさん、だったって?」
「わざわざファミリーネームを呼ぶ必要は無い、フリハラ・キアラ殿」
フウラ・ウイ。ウイはやたらと格式が高そうな雰囲気を醸し出しつつ、お客人であるフリハラ・キアラ、キアラに伺い申し出ている。
「して、貴殿はその芸能活動を行っている妙齢の女性にストーキング行為をせよと、我々に命令を下しているわけであると」
「いいぃ、ぃ、いやぁ……そのぉ……」
是か非かでとえば完全に是。
まさしく、正しく言い換えようもないただの事実である。
さて。
「というわけで」
シズクはふふん、と無駄なまでに形の良い小さめな鼻の穴を勢いよく吹かしている。
「ストーキング対象のアイドル女性が、この灰の笛で地方公演会を行うとか行わないとかそのような情報を頼りに彼女が停泊しているであろう高級ビジネスホテルを検索したわけでありますが」
サラリと、今回の依頼内容の最も困難たる部分であるはずの、そうでなければならないはずの部分を解決されてしまった。
フリハラ・キアラ依頼人は解決の速度に思わず表情を凍結を食らったかのように硬直させてしまっている。
「さて、暫くは張り込みですかね」
シズクは凶悪な犯罪行為を、仕事というさらに凶悪で残忍な建前と共に実行できるというシチュエーションをことのほか楽しもうとしていた。
「いいですね、いいですね。まるでかつての科学世界における仮設1990年代に流行したとされる刑事ドラマのような、そんなケレン味のある泥臭さがあります」
古いだのかつてだの、科学世界という名目上の、かつての、人間界のこと。
自分ら魔物が生息する魔界とは異なっていた場所。
不思議な存在、神にも等しい存在。
それらが全て否定された日があった。
キアラは周りを見て、思わず嘆息してしまう。
「それにしても、この当たりは随分と残っていてすごいな」
残る、という単語をことさら印象深く使用している。
「戦争の影響をあまり多く受けなかったんだな」
戦後まも無い時代。
科学的な戦争とは異なり、物理的な被害は魔物たちにはあまりもたらされなかった。
さすがに平常時における平和に近しい人間社会、とりわけ二千年前半の「日本」という国家の文明と比べるとなると、少し劣るくらいなのか。
怪しい、実に怪しいところである。
「魔防用のバリアが、めちゃくちゃ機能したようだな」
何故ならば、キアラが戦争の話題と同じような気軽さにて、ごくごく自然と魔の世界を受け入れているから。
魔物は人間と異なり、基本的な滅びの概念からはぐれてしまっている。
「恐らくですが」
キアラのため息を、シズクは黒猫のような聴覚器官にて静かに柔らかく、しかして確かに受け止めようと試みている。
「誰かが、もう誰も覚えていない「おもちゃさま」がいらっしゃるのでしょうよ」
「おもちゃさま……?」
とは、はて? 一体なんだったであろうか?
フリハラ・キアラがぼんやりしている。
聞きなれない単語。
あるいはどこかで聞いた覚えがあるような、そんな言葉。
とりあえず、何かしらを奉る言葉のように思われる。
御となり、そして様まで着いているのだ。
「嘆かわしいな!」
いきなり大きめの声を発する。
言われた、本人であるはずのキアラ以上にシズクがビックリしてしまっている。
猫型魔物は元来より音に敏感、とりわけシズクは不慣れな騒音に弱かった。
モネが戒めるような視線をフウラ・ウイに向けている。
「ちょっとちょっと、フウラさん……いきなり大きな声出さんといてよ」
「あ、ああ……」
フウラ・ウイはすぐさまモネに向けて反省の色を見せている。
その様子を見て。
「な、何……?」
キアラは驚いて、オドオドと状況を確認しようとしている。
「おれ、何かヤバいこと言っちゃった?」
意味不明に陥ってしまっている依頼人のために、アンジェラが説明役を買って出ている。
「これは宜しくないのぉ、かなりヤバたんじゃよ」
「いぃ?! マジで……?」
見るからに脅えてしまっている。
そんなキアラにアンジェラは、今日が乗ったように脅かしを重ねている。
「そうともそうとも、キリスト教徒の前で十字架を焼き払うか、あるいはイスラム教徒の前でキジトラ猫を虐め殺すのと同等の罪深さじゃよ」
「ひいい!」
一応高等学校レベル以上の知識量を有してはいる。
だからこそ、キアラは事の重大さに怯えずにはいられないでいた。
ビクビクしそうになる、あるいは既に怯え切る。
ひとしきり感情を絞り出して、後に残った吸殻だけを噛み締める。
「それはそれとして」
キアラは直ぐに切りかえて、そしてそのまま。
「君たちの後ろにいる、それももしかして俺たちのかみさま的何か?」
後ろにいる、亜空間から何処へ訪れる、異形の神の姿を認識していた。




