勇者魔王お姫様村人
黄昏の魔法使いが、殺されそうになっている世界の終わりの魔王にこんな話をしている。
「所詮ぼくは陰キャなんですよ。
性格暗いんですよ悪いんですよ陰険なんですよ。
永遠に、お姫様や勇者さんみたいな陽キャ集団の軍団には属せないわけであって」
魔王が言う、困惑気味に。
「シズクさん」
村人、だったはずのもの。
ただの村人で終わるはずだったはずの、美しい黒髪に美しい白い肌と、美貌にはあまりに合わない小ぶりの鼻を持つ。
そしてついでに、猫の魔物のような耳を頭部に生やしている。
それはそれはもう、見事なまでに猫耳な美少女だった。
そんな美少女に、美少女の魔法使いに、古城の主である魔王は憂いのお言葉をかけている。
「可愛い娘さん、そんな悲しい顔をしないでくれよ」
孤島に佇むお城、古いお城。
魔王城である。
森に生えているしいたけの石づきのようにたおやかな基軸。
それは樹木の成長過程のように螺旋を描くアメジストの巨大な塊。
上に乗っかっているのは、紀元前から紀元後、あるいは遥か彼方、神も仏も精霊も死に絶えた未来まで残り続ける岩石。
石を積上げ、削り出し、あるいはなすがままにあられもなく丸く溶かしたような様子、具合。
それらを丁寧に丁寧に、まるで一流パティシエが制作するミルクレープやパイ生地のように重ね、積み上げて焼き上げたかのような、そんな壁、床、天井あるいは屋根の群れ。
古城は、少なくとも二人の間物にとってはとても素敵な場所のように思われて仕方がなかった。
それもそのはず、ここには二人にとっての宝物だからである。
正確には。
「大切な女が眠っている、棺がある巨大な墓だから、……か」
古城の物陰から魔王とは異なる男性の声が聞こえてくる。
村人の声、魔物の村人、魔界の村人は犬男であった。
送り犬的存在ではなく、ただ単に犬っぽい特徴を宿した魔物である。
彼は「魔王」と同じく魔物である。
魔の道を基礎とした世界の見方、人間とは基本的な材料が異なる世界。
魔道世界、略して魔界と呼ばれる場所。
そこには当然のごとく、地球に人間がいるのと同じくらい当たり前に魔物がいる。
人間とは確実に、また確定的かつ絶対的に基本軸が異なる存在。
魔物がここに眠っている。
死んではいない、ただ肉体だけが孤城と化した。
「なあ、お嬢さん」
クドリャフカは彼女らのことをそのように呼んでいる。
お嬢さんん方のうちの一人、ジェラルシ・アンジェラがクドリャフカに返事をしている。
「なんじゃあ?」
アンジェラ、彼女の師匠筋に当たる男性が使用していたとされている西の果ての土地の言葉遣いを使いこなそうとしている。
「もとよりろくな頭しとらんとは思っとったが、いやはやそこまで低落しとるとは驚き桃の木山椒の木じゃのぉ」
「んだとコラ、やんのかこのちんちくりんドラゴンが」
その身に「ドラゴン」の物語を宿している、そんなアンジェラにクドリャフカが食ってかかろうとしている。
そこへ。
「喧嘩か?」
すでに観覧者たちの存在に気づいていた、ルイが壁の影からひょっこりと顔を出している。
顔、というかそこには顔自体は無かった。
顔の代わりに無機質な仮面、体のほとんどはマントに隠されている。
そしてついでに、あるいは事のトドメのように体は小さくなっていた。
妖精的に、あるいは精霊のように、幻想が過剰なまでに多い姿かたちをしている。
「ありゃりゃ」
アンジェラが残念そうにしている。
「イケメンモードが解除されちゃったのお、早いことで」
アンジェラはわざとらしく残念がるふうにしている
「申し訳ない」
それに対してルイが、あまりにも真剣そうな面持ちで反省している。
「何真面目に答えてんだよ」
その様子を見て、クドリャフカが苛立つようにしている。
「ここは大人の、紳士的なクソ野郎らしく! くそキモレベルにうますぎるジョークをだな」
「冗談言うとりなさんなって!」
あまりにも無理難題、魔王陛下を守るためにモネは魔法の杖を使った。
「トイ魔法番9784751522226「怪物はささやく」」
詠唱を無視した簡易的な魔法陣を広げている。
瞬間に強い陽の光のような一撃。
陽の光がクドリャフカを滅殺……せずにただぴょん、とデコピン程度の一撃を食らわせるだけだった。
さておき。
「今日は買い出しの日とな」
おもちゃのぬいぐるみのようにふっくらふわふわと頼りない姿になっている。
ルイがシズクの周りをてくてくと駆け回るようにして動いている。
遠目から見ると幼い弟と姉の和やかな散歩にも見えなくは無い。
しかし実際のところ色々な方面を鑑みた意味合いにて、彼と彼女の関係性は一筋縄では言ってくれないようだった。
「陛下」
かしこまった様子にて二人きり、崩壊した町の中を歩くシズクが隣の魔王、ルイに話しかけている。
「この先をもう少し進めば、今日の目的地であるはずのビルが見えてくるはずです」
何やら二人は買い出しに出かけ、街中を歩いて進んでる。
シズクがナビゲーションのような役割を買って出ている。
半ば義務感のような心構えであった。
魔物たるもの、それがまた雑魚であればこそ、偉大なる魔王陛下には付き従うべきである。
そう、自分自身を納得させようとしている。
納得させて、ほとんど無意識に近しいところで辛さから逃げようとしている。
彼から、大切な妻を奪った罪から逃れようとしている。
「陛下だなんて」
魔法使いの心遣いも虚しく、魔王陛下は心に不快感に類する感情を抱いているようだった。
「そんな呼び方はしないでくれ」
魔王陛下、もといルイは静かな声でそう言った。
なんの感情も読み取れそうにない、ただ何も無いだけのほぼ完璧な無表情のように見える。
延々と続く水面を目の前に望んでいるかのような気分にシズクは囚われそうになる。
じっと見つめてくる、ルイの瞳。
秋の熟れた麦わら畑のような豊かな色彩を有している。
思わず見とれそうになる輝きに見惚れないよう、シズクは己を強く自制するように、素早く深く短く息を吸い込んだ。
潮騒の音が聞こえてくる。
海の音、大量の魔物が死に、体が腐敗して溶けて蒸発した。
という変化についてはおおむね科学世界の生命体、例えば人間が志望した際の現象とおおむね代わりはない。
問題は魂の消滅、その仕方にあった。
科学世界とは異なる理論が罷り通る世界観、魔道世界において魂はかなり重要な要素となる。
「重要、といいますか」
シズクは都市部を侵食する水の流れ、コンクリートを染める海の水、波打ち際にたたずみながら考えを巡らせている。
暗さの濃いワインレッドのような色彩の編み上げブーツ。
どことなく「Dr.Martens」っぽいデザインのそれはとても頑丈そうである。
「この海は全部、なくなった魔物さんたちの物なのですね」
ブーツの爪先を海水に濡らしながら、シズクは海の水の招待について考察している。
考える、というよりかは知っている。
すでに幼い頃、彼女らにとっての「先生」がまだ元気に生きていた頃。
よく、寝物語として聞かされた話。
「この世界の魂はとても重たい。
まるで本当の意味で水を含んでいるかのよう。あるいは、水そのものと言ってよいほどなのですよ」
先生はそのようなことをいっていた。
シズクは頭のなかに彼女の声をおもいだしている。
「先生が、夜なかなか寝ようとしないぼくのために語ってくれたお話です」
ルイは、少しだけ笑みをこぼすようにしている。
「寝物語に学術的論文を用意するのは、幼い子供向けとは言えそうにないな」
ルイの意見にシズクは少しムッとする。
「そのようなことはございませんよ! 彼女は……先生のお話はどれも全て素敵で、寝るのが勿体ないくらいでしたから」
「そのせいで結局幼かった君は眠れなくて、代わりに彼女が毎日毎日寝不足になっていた」
ニコニコと過去の思い出を話す。
ルイの顔には寂しさと、そして公開のようなものが滲んで、抑えきれずに溢れてこぼれ落ちていた。




