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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
あの素晴らしいFをもう一度
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地方都市のお城みたいな建物について考えること その二

「そんなことより」


  魔王である彼は、居城である古城で不満げにしていた。


「今はまだ食事の最中でありますよ」

「ルイさん」


  シズクがルイの方を、今現在向かおうとしている場所の持ち主の方へと視線を向ける。


  古城の主。

  古城と言う呼び方をしているが、正式名称は「ラストダンジョン」である。


「なんつうかよぉ」


  和洋に中やら中東やら、とにかく国籍が安定しないがとりあえず基本的に和風な家。

  一軒家がそこにある。


  家、と言ってもまあまあでかい。

  屋敷のそれとも言える。


  屋敷の一番目立つところ、エントランスホールとでも呼ぶべきなのか。

  いや、何もホテルの目立つところほどの豪奢さがある訳では無い。


  どちらかと言うと少し過剰なまでにファンタジックな探偵事務所、あるいは旧世界における戦前の銀行受付をイメージしてみる。

  それらが何となく想像にふさわしい気がする。


  とかく居住エリアとは呼べない、お客人用の空間。


  そんな場所で茶を嗜んでいる。


  そのせいなのか、どうにもクドリャフカは落ち着かなくてソワソワしているのであった。


「客まで食事行為とか邪道だろ邪道」


  クドリャフカの愚痴に少し驚いているのはモネの姿であった。

  青色、「プレイステーション4」のホーム画面程に鮮やかなブルーの瞳。

  一見して相手を落ち着かせようとはしているものの、今すぐにでもゲームのアイコンを丸なりバツなり押して、押すだけで、たったそれだけで電子の異世界に誘ってしまいそうな、そんな恐怖が潜んでいるような気がする。


「なんだか借りてきた猫みたいになっとりますよ?」

「猫ぉ?」


  モネの冗談にクドリャフカはうげーっとする。

  わざとらしい素振りを噛ませるほどには、既に彼も余裕を取り戻しつつある。


「冗談じゃない、俺は「宇宙犬」ライカ・クドリャフカだ」


  クドリャフカは魔物らしく己が引き継いでいる物語をわざとらしく主張している。


  そこへ。


「うへぇ~なんじゃあその、年寄りくさい挨拶の仕方」


  別の魔法使いの声が聞こえてくる。


「この声は」


  クドリャフカは最近知り合ったばかりの、若い魔法使いの方を見やる。


  膝下のチラリズムが悩ましい(これはシズクの意見)。

 

「これはこれは、ジェラルシ・アンジェラ殿ではありませんか」


  クドリャフカの、この無駄に丁寧な言葉遣いのそれは何も新参者同士の気遣いという名目の元繰り広げられる皮肉やアイロニーやらの応酬という程のことでもない。


  ただ単純に、クドリャフカはなれない美少女にドギマギしているし、そもそも美少女がこんな狭い空間に密集している事態こそ、信じ難いことのように思われて仕方がない。


  信じられなさすぎて、もはや許し難いと苛立ちさえ覚えそうな始末。

 

  というわけで、結局のところは苛立ちに任せた挨拶であって、皮肉にすら到達していないガキ臭い威嚇行為でしかないのである。


  さておき。


「しかしながら、なかなか上玉の骸が集まったのぉ」


  神の遺体やら遺骨やらを総じて骸と呼ぶ。

  どうやらアンジェラの師匠筋に当たる「超絶怒涛に優秀な魔術師」なる人物の故郷に伝わる慣習らしい。


  やたら人間の尊厳に係わりそうな、安直に人体の死に直結しそうな言葉よりかは非日常的な呼び名で誤魔化しが聞くような気がする。


  それにしても。


「なあ、アンジェラちゃんよ」

「あいあい、なんです? 子犬のあんちゃん」


  子犬呼ばわりも何故だろう、アンジェラ相手だとクドリャフカもあまり不快感を上手く抱けないでいる。

  見た目、外見年齢、実際の肉体年齢としても彼女が一番幼いと言うのに。


「なんにせよ、これが手に入ったんじゃよ」


  やはりアンジェラは「師匠殿」の故郷で使用されていた言葉の訛りをそれとなく自然に使いこなす。

  言葉の先、指先に彼女は一本の酒瓶を携えていた。


「酒とな!」


  珍しくルイがギョッと目を見開いている。

  麦わら色の瞳がギラリと輝く、欲望による渇き、その兆しであった。


「いきなりどうした?」


  いつになく音量のある彼の声にクドリャフカは少しだけビックリしてしまう。


  クドリャフカの訝るような視線などお構い無しに、ルイの視線はじぃぃっとアンジェラの手元に固定され続けている。

  時間にしては三秒ほど。


  たかが三秒、しかしされど三秒、よもや「魔王」の物語を引き継ぐものが三秒の暇を捻り出してしまうとは。


「なんなんだよ、しっかりしてくれよ」

  隣人の様子からクドリャフカはアンジェラの手の中にあるアイテムのただならぬ気配を察する。


「それは……」

  シズクが横に平らなオーバル型の眼鏡を指先でつつ、と調整している。

「「スピリタス」を象った魔酒ですね」


「ま、まざ……ざまぁ?」


  科学世界にて流行した某小説投稿サイトの王道ジャンルではなく、ただの魔道世界における専門用語である。


魔酒(まざけ)ですね」

 

  シズクが、どう考えてもどう聞きいれてもトンチキなそれ以外に聞こえない単語をあまりにも淡々と使っている。


「なんだよ、そのふざけた名前の酒は」


  ただ一つ、酒であることの証明をクドリャフカたちが自覚する。


  と、そこへ。


  ガシャアン、ガシャアン!!

  ガラスの板が砕かれるような、不快感を催す破壊の音が鳴り響いた。


「なッ……?!」

「……!」


  クドリャフカとルイがほぼ同時、魔法使いたちよりも早くに異常事態を認識し警戒心を昂らせる。


  それより少しあと。


「これは」


  シズクが両目のまぶたをぱちり、と確実に瞬きさせながら想像力を巡らせている。


「やれやれ」

  とても気合いの入る感情表現を噛む。

「これはこれは、とんだお客様ですこと」


  シズクはのんびりと座っていたはずの木製椅子から飛び上がる。

  それはもうほぼ垂直に近しい飛び上がり方、背もたれを跳躍による上昇力においてのみ乗り越えてしまう。


  友人の人外、あるいはいかにも魔物然とした奇行に対して、しかしてモネとアンジェラは取り立てて動揺することもなかった。


  黒猫が慌てるということは、つまりはそういうことである。


「御用改めである!!」


  客間ないしエントランスホール的空間からシズクを戦闘に魔法使いと魔術師がとびだすと、なにやら「人間」っぽい生き物が一方的に演説をかましてきていた。


  人間。といっても基本的な造形は魔物のそれと変わらない。

  もとより人間を基準に生み出されたと言われる空想物語の数々、よほど特殊なこだわりでもない限りは人のそれと同様。


  であれば、神と霊長の座から呪いによって引きずり落とされた人間もまた魔物の一種となる。


「というわけで、あれもまたぼくらと同じような存在というわけで」


  誰ともなく、シズクは少なくとも身内には必要のない説明を独り言のように呟いている。


  本来ならば聞こえるか聞こえないか程度の音量。

  しかしシズクの、まるで春に取り残された冬の冷たい甘さのようなウィスパーボイス気味が神様の耳を蠱惑的に刺激していた。


「うわ!」


  神様、若い男性に似ていいて、とても健康的な出で立ちで、今すぐにでも電車に乗りこんで仕事場にパソコンをあや釣りに出かけそうな、そのような出で立ちの相手。

  相手はシズクの声にビクッとなっている。


  驚いたのは一瞬だけ。

  さすがに神の領域へと到達した種族、個体が持つ思考能力の可能性は強く現実味を帯びている。


  聞こえてきた声。

  敵であるはずの魔物の声。

  それが人間のそれと変わらず、また女性のような高さの細さ、加えて子供のような拙さがまだ少しだけ残っている。


  それらを確認した、神様は油断の気配をふんわりと全体から滲ませている。

  ゆっくりと落ち着いて呼吸をするその様子は、傍から見ればサラリーマンが昼休憩に向かう姿にしか見えない。


「やあ、お嬢さん」


  神様はシズクの出で立ちから女性性をテキトーに見出している。

  髪の長さや、けっして「小さい」という言葉では誤魔化せられない肉の質量の胸元。

  あとはざっくり知りや太もものまるさを眺めて。

  ふと。


「?!」


  神様はどこからともなく己のみに注がれる視線の鋭さに怯える。


  ビクビクと神経が震えて、ブルブルと肌が強ばる。

  ナイフで首を裂かれることよりも痛い。

  拳銃で蜂の巣にされるよりも苦しい。

  あるいはハンマーで脳天をぶち壊されるよりも惨い、そんな視線の鋭さ。


  いかに鈍感なる人間であろうとも一瞬で視線の出処がわかってしまえる。


  言うなれば圧倒的強者のそれではあるが、しかし隠匿という面においてはあまりにもお粗末と言えよう。


「ああ、ああ!」


  神様はまるで物凄い貴重なモンスターに出会った「勇者」のような反応を見せている。

  一匹殺せば近場のボスモンスターを楽々と攻略できそうな雰囲気。


  水銀のようなモンスター、あるいは「たぶんね」という鳴き声の桃色。

  なんにせよ、魔王攻略の第一歩となり得る。


  ……いや、そもそもソレを倒しさえすれば魔王さえも無関係でいられる。

 

  何故か? 答えは単純。


「貴方様こそが魔王なり!!」


  敵である神様が相手を見て、見つけて叫んでいた。とてもうるさい声で。


「………………」


  声の圧力に、アイオイ・ルイという名前の男性の魔物はあからさまに、一切合切隠そうともせずに嫌悪感を顔面から漏らしていた。


  相手の表情や様子などお構い無しに、神様は勝手に話を進めようとしている。


「お探し申した」


  かつて、確かな事実としてこの世界において栄華を極めた存在である人間。

  それらを材料にして作られた神様は、よしんば神へと至れたが故に狙っている対象の招待を直ぐに察知することが出来ていた。


「愛しの魔王よ、さあ、我らに殺されてはくれまいか」


  相手に、それも尊重すべき相手に向ける要求としてはあまりにも猟奇的すぎていると言える。

  何より脈絡が無さすぎる、突拍子な願い事。


「はあ?!」キレ気味に反応、ないし嫌悪感を表したのはルイではなくクドリャフカの方であった。

「いきなり何言ってんだ、あの変質者」


  とても健康的で、至極真っ当なる正常な意見であった。


  だからこそ、基軸が「病める時」の人間である神様は苛立ってしまう。

  誰だって風邪をひいてヒィヒィと苦しんでいる時に世界平和についてご高説されたら、多少なりとも不快感に近しい感情を抱きやすい傾向があると思われる。


「黙れ下賎のものが」


  テンプレートに当て嵌めたがごとき見下し、差別の言葉であった。


  神様のセリフに思わずアンジェラは、頭に生えているシャボン玉のように綺麗なくるりとしたドラゴンの角をブルリと震わせてしまう。


「お嬢さんがた、あのならず者のお言葉をお聞きになったかね?」


  ニヤニヤと楽しそうに、嫌味ったらしく雑魚っぽく笑っている。


「今どきあんなに分かりやすく差別的発言なんて、「手前は他者を安直に勝手に評価するド三流、いえ、映す価値なしなんです」って自己紹介するようなものじゃろうて」


「その意見にはおおむね賛成やけど」

  モネがそっと耳打ちするようにしている。

「もうちょい音量下げんと、向こうさんに丸聞こえやで?」


  モネの憂いはそれなりに的確な方向性を突いていた。


「貴様らァ!!」


  わるくちは概ね全て相手に、神様に丸聞こえであった。


「下賎の肉の身の分際でこの神聖な骨組みを愚弄しよって……ッ!!」


  あからさまにこちらばかりをバカにしてくるような態度。


  嫌気がさす、モネが動こうとしたところで。


「モネさん」


  シズクがさっと彼女を制し、そして視線を神様の方に固定したまま、相手の方へと一歩ずつ接近する。


  迷いが一切ない。

  まるでお気に入りの本屋へ買い物にでも出かける道すがらのような、そんな足取りだった。


  楽しんでいるのかもしれない、などと、そのようにイカれた思考を神様は有していなかった。

 

  なぜなら彼らはとても優秀だから。

  神として崇められた過去。チートなり最強なり、あるいは様々な呼び名が彼らに与えられ、そしてこれからもどこかで与えられ続ける。


  シズクはその事を考えると、もう。


「え?」


  好奇心が止まらず、止まらず、友まらず、思わず相手を隠し持っていたナイフで刺し殺そうとしていた。


  ひゅう、とナイフの鋭さ、金属質な冷たさが空気を切り裂く音が鳴る。

 

  銀色に輝くナイフだった。


  魔物の武器。

  ……神様は考えている、と思われる。

  累積した、あるいは蓄積して沈殿していった記憶や情報の数々。


  神とはつまり集合意識。

  全体性が強い、そうであるが故にナイフの危険性をすぐに察知できた。


  避ける、神様が避ける方向性へシズクは追い続ける。


  本来ならば体制を整え、次の一撃のために万全の準備を整えるべきところ。


  実際問題において、シズクの戦闘能力においてはそのタスクは十分クリア出来るはずであった。


  相手のことなど何も知らないはずなのに。

  この目の前にいる猫耳の、ある種十二分に可愛らしく弱々しいだけの存在。


  しかし攻撃性と凶暴性、そして何より殺意のそれは間違いなく紛れもなく、誤魔化しようもなく本物のそれだった。


  首を切られる神様。

  血が溢れて、神様の意識が痛覚の異常さに暴走をきたす。


  ぎゃあ、と悲鳴をあげて爪を振りかざす。


  とても人間が行うべき攻撃方法とは呼べない。

  人類の枠組み、「人間」という存在が持つ意義から墜落した、実に野性的で原始的な攻撃方法であった。


  だからこそ、シズクはその攻撃をほぼ真正面から受けてしまう。


爪の攻撃が、彼女の柔らかい頬を裂いた。

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