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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
あの素晴らしいFをもう一度
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地方都市のお城みたいな建物について考えること

「と言えば、どのような事が思い浮かばれますでしょうか?」


  黒猫のような耳を持つ魔物の魔法使いの少女シヅクイ・シズクに問いかけられた。


  話題に上がった内容の建造物について、そこに生息している「宇宙犬」の物語を受け継ぐ魔物である男性は彼女の言葉の意味を考える。


「田舎にあるお城みたいな建物なんざ、そんなの」

「Loveを求めるダブルベッドのそれとか、そういうのはええんよ、飽きたわ、ねぇ宇宙犬のお兄さん」


  彼の直感を否定するのは、モニカ・モネという名前の牛耳の魔法使い。

 

「昨日ようやくラフィー・エイム氏の騒動がひと段落ついたところなのに」


  固有名詞が登場した。

  何でもかんでも、目の前にいる割かし見ていて不安な気持ちになれる程度には美麗な造形をしている彼女ら。

  彼女らと、うら寂しい地方都市に残された寂れたラブホテルで朝まで同衾したという謎の男性。


  謎、と表現したのは情報の少なさのあまりに彼にしてみればエイム氏何某などほぼ完全に赤の他人以外の何物でもないからであった。


「もうちょい楽しい話ないんですかね? ねぇ」


  モニカはサファイアのように鮮やかな青色の瞳をジッと、犬耳の彼の方に向けている。


「ねぇ? ライカ・クドリャフカさん」


  クドリャフカと呼ばれた彼はどうすることも出来ないままでいる。

  いや、そもそもクドリャフカにしてみれば、現状などさしたる問題ですらないようだった。


「知らねえよ。んな事言われたって、俺にはどうしようもねぇって、そう言うしかねぇっての」


  割合至極真っ当な話をしている。


「その割には」


  思い悩むクドリャフカの右隣、何となく隣に座っている別の男性が声を発している。


「なんとなく、不機嫌な具合が多いように思われるが?」


  声であることには変わりない、そのはずだった。

  合成音声や人口音声のそれでは無い、しっかりと人間臭い雑味のある音程、リズム、息遣い。


「クドリャフカ殿、目がヌキっとしておりますが?」

「「ヌキッ」って、どう言うシチュエーションでかます擬音語なんだよ、アイオイ・ルイさんよぉ」


  どことなくふざけた響きの名前が多いが、それに関しては本人らもそれなりに自覚しているつもりらしい。

  なんにせよルイと呼ばれた男性は、仮面ごしの視線をじっとクドリャフカのように固定している。


「あなたは彼女らが性行為を主たる目的とした宿泊施設を、見ず知らずの男性と気軽に共有利用したことに怒りを抱いている」

「はあ?」


  クドリャフカは疑問形を意識して威嚇の声を発しようとした。

  意識する、ということはつまりそうする必要性があるということ。


  能動的に感情を作りたがっている、反射的な防衛本能のようなものだった。


  何故だか分からないが、クドリャフカはどうしようもなく右隣に座るルイという名前の黒髪の野郎に自分の本心を知られたくないと願っている。

  願う、そうやって他力本願に縋り付きたくなるほどには拒絶感がある。

  と、クドリャフカはルーティーンのような納得を胸の内へベイゴマのように素早く一回転させる。

 

  さておき。


  シズクが切り出す。


「そして、こちらが報酬として受け取った宝物です」

「た、宝物?」


  シズクの言葉遣いにクドリャフカはつい戸惑ってしまう。

  いくら魔道が存在する世界であっても、一応はまだ旧世界に存在していた人間社会の名残の上に成立している文化圏であるはず。

  そんな場所でよもや仕事の給料をRPGのクリアアイテムのように呼ぶとは。

  ふむふむ、なるほど、とクドリャフカはまた雑な納得をこねくり回そうとしている。

  いくら滅びの波打ち際の世界、子供(クソガキ)の身空で大人並みの労働力を提供して糧を稼ぐ日々とはいえ、それでもやはり子供は子供ということになるのだろう。

  日々の生活の中でゲーム、すなわち娯楽を空想することで色々なお悩みを誤魔化しているのだろう。


  そうなのだろう、と勝手に思い込んで、そろそろクドリャフカが魔法使いたちに憐憫のようなものを抱き始めた。


  そんな頃合、古城の小庭の大きめなガーデンテーブルの上にそれらの「宝物」はゴトゴトと置かれていた。


  硬くて重くて大きい音。

  それらの要素だけでもうすでに旧世界の「日本」で広く一般的に使用されていた通貨の表現としてはおよそ相応しくないと言えよう。


  なんと言ってもそれらは宝物、分かりやすく宝物らしく、少なからず金や銭の姿からは圧倒的にかけ離れすぎていた。


「何これ?」


  クドリャフカの問いに、とりあえずそれとなく彼の真向かい付近に座っているシズクが受け答えをする。


「ですから報酬の神様の骨ですよ」

「骨」

「ええ、骨です」


  シズクの言う通り、まさにそれは骨であった。

  しかもただの骨では無い。


  何故だか分からないがクドリャフカは直感する。

  これは魚や動物や、あるいは海獣やドラゴンのそれでない。


  紛れもなくそれは人間の骨である。

  実に人間らしい骨で、緊張感のようなものを皮膚に感じつつクドリャフカは涎をゴクリと飲み下す。


  衝撃のあまりに黙ってしまっているクドリャフカの沈黙を縫うように、シズクは次々と知っている事情を共有しようとする。


「さすがに長年「神様」を屠ってきただけの事はあります、獲得した宝石の備蓄も実に目を見張るものでした」


  どうやらこういうことらしい。

  神様と呼ばれる存在、この世界において現状核兵器より少し下程度、最新式の戦車ぐらいにはおっかない存在がいると前提する。


  どういうことか、何故そのような者がいるか。

  またそこもざっくりと、彼らは元人間で戦争の毒によって病気になってそのようになった。

  いわば病気のこと、科学的な呼び方では病気として魔道においては呪いと扱われる現象のことを指す。


  神様となった人間は現状この世界において、知的レベルでは霊長となるであろう存在を狙う。

  つまりは魔物族を狙って捕食する。

 

  少し昔くらいには、まだ人間と魔物の生存をかけた戦争が終幕を迎えていなかった時分。

  その頃合には神様も普通に人間を食べていた。

  共食い、神になれるくらいには魔力が強くて美味しい。

 

  そして、人間がいなくなったら次に魔力が多い何かを食べる。

  ただそれだけの事だった。


  さて、問題は目の前の人骨である。


「えっと、まさか人殺しでもしてきたのか?」


  クドリャフカはできるだけ相手を刺激しないように、丁寧な発音と柔和な表情を心がけている。


  主に向かい合わせっぽく座っている相手、シズクに向けて警戒心を抱いている。


  そうなのである、相手は曲がりなりにも神殺しを専門とした殺し屋の魔法使いなのである。

  神様を殺せるのなら、人間じみた雑魚など簡単に。


「人骨ではありません、いえ、(じん)と言えば神ですが」


  クドリャフカが抱く緊張感のことなど露知らず、知っていたとしてもきっとシズクは大して感動はしなかったのだろう。

  小粋でもなんでもないオヤジギャクのような冗談をかましている。


「あ?」

  クドリャフカは一瞬だけチンピラの威嚇攻撃のような声を発しかけて、また次の一瞬のうちに自己の苛立ちを努めて自制させている。

「あ、あーっ……と、その、神さんを殺した遺体ってことか?」


  先に答えたのはシズクではなくモネの方であった。


「正確にはクライアントさんが独自に貯蓄していた魔力鉱物であるらしいんよ」


  クライアントとは先程のエイムという男性のこと。

  戦争のさなかに人間の兵士に襲われ呪われ岩に封印され、その岩がそのまま場末のラブホテルの材料に使われ。

  そのまま、長年にわたってラブホテルに封印されたままじわじわと魔力、つまりは魔物にとって血液にも等しい生命の源を吸われ続けていた。


「……改めて語るとエグイな」

  状況を想像して脅えて青ざめている、クドリャフカのことをモネが直ぐに慰めている。


「心配せんでも、お客さん方はすでにマイホームでのんびり療養中やから」

「そうですとも!」

 

  モネの報告にシズクが想像と予想を上書きしている。


「今頃は愛しの奥方であるフィルディーさんと一緒にあんなことやそんなことやこんなことや色んなことを─」


  バシィ! 全てを言い終えるよりも先にモネが円筒形にした雑誌でシズクの脳天を丁度よく行動を妨害する程度にはたいていた。


「えっと」

  気を取り直して、モネはクドリャフカの疑問点に答えを呈しようとする。


「ご覧になられますこれは、神さんの肉体から剥がした骨であって。

  まあ、結局元を辿れば宇宙犬のお兄さんがおっしゃる通り人骨に限りなく近いそれになるわけなんやけど」


  だとすると、と、クドリャフカが別の予感を唾液の重さと同時に直感する。

  人間の骨にヨダレが、唾液腺が、体液の分泌を司る食欲が反応したのは確かな事実なのだ。


  事実はしかして、まだクドリャフカの理解の範疇外に遠く離れている。


「お兄さん?」

「うあ?!」


  モネに「お兄さん」と呼びかけられて、そこで初めてクドリャフカは自分が無意識のうちに神様の骨に触っていることに気づいていた。


  触れてみて、そしてさらに気付かされる。

  骨の破片のように思われたそれは、実の所はやはりその名の冠する通り鉱物のような重さをしっかりと有していた。


「結構重たいんだな」


  クドリャフカは骨の質感から医師の名前を、それらによく似た科学的存在を思い出す。


「方解石みたいな感触だ」


  次の瞬間、考える暇もなくクドリャフカは巨大な悪魔のようななにかに捕食されたような気がしていた。

  世界蛇のように一息に丸呑みなどという慈悲深き食べ方では無い。しっかりと歯で皮膚を破いて肉を噛んで、骨を砕いて内蔵の汁をごくごくと飲み干される。


「クドリャフカさん?」

「う、ぁ?」


  シズクにじっと見つめられている状況から、クドリャフカはようやくまともな呼吸の方法を取り戻そうとしている。


  落ち着かなくてはならない、クドリャフカは自らにそう言い聞かせている。

  胸の内で必死に己へと命令を下し続けている。


  信号を送り続けている。

  目の前の、悪魔のように黒く艶やかな毛並みを持った、黒猫のような魔法少女のことを。

  彼女のことを必要以上に怯えるなど、今のところは? ただの無意味な行為に過ぎないのだと。

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