浮気話噂話 その四
「待ってくれ! 嘘だろ?」
にわかには信じられない。
実際問題、ラフィー・エイム氏は巨乳の魔法使いの話をまだ心の底では虚偽の内容ではないかと疑ってかかっていた。
果たしてそんなことが有り得るのだろうか?
「これ、この前のお父さんのお誕生日会の写真やって」
しかしモニカ・モネという名前の牛乳娘魔法使いは大きな胸(絶賛☆発育☆成長中)を重たそうに引っさげながらうつ伏せに姿勢を変えている。
どこからともなく取りだしているスマートフォン。
使用しているラブホテルの、安直にムーディーさを引っ掻き回そうとする色合いのライトでは足りない抗原を補うスマホの画面ライト。
煌々と光る静電気感知式画面には見知ったミドルの男性と、その男性に顔がソックリな女性が写っていた。
「うふふふ、愉快なくらいにお顔がクリソツですね」
「さすが親子って感じだよね、こん時は旦那の方はご同席しとらんかったみたいやけど」
「どうせ不倫相手に腰が頭がオツムでもブンブン振り回しとったんじゃろ」
ケタケタといやらしく笑う魔法使いの少女たち。
そのすぐ近く。と言うよりかはラブホのダブルベッドのど中心に座していて、エミル一人だけが絶望感に苛まれている。
「嘘だろぉ……?」
「どしたん? エミルさん」
もれなく絶望の根源の役割を担っているはずなのに、実質的はモネはなんの罪も犯していないのであった。
ただこの牛乳娘の彼女は、他の誰かから聞いた話をそのまま横流し式に噂しているだけに過ぎない。
とは言うものの問題の噂事態が、「うわさ」という概念が本来身に纏うべき曖昧さをすっかり脱ぎ捨ててしまっていた。
エイムは絶望感を確定させる。
「総理大臣の娘捕まえて、それで不倫しまくりって、もうただのバカじゃねえか」
「何をいうか」
アンジェラが雑にエミルを軽蔑する振りをする。
「不倫のフの字ば始まった時点でそいつはとっくの昔にクソ以下のゴミクソ野郎じゃろうて」
「ンなこたァ俺だって分かってるっつうの」
さて、家庭の個人的であったはずの問題点がいよいよ国家の威厳を揺るがす大問題に変異し始めている。
「やべぇだろ。大臣の娘の旦那が浮気十回目?! そんな特大スキャンダルなんざマスコミの大群が放っておくわけがないと思うが?」
世論が大事な資産のうちの一欠片と言える職業。
マスコミはいわば武器のひとつ。
武器ということは、ちょっとミスを犯せば簡単に手前の肉を切り刻んで血まみれにできるということ。
素人的に考えられる単純な仕組みではあるが、割合分かりやすい現象でもあるはず。
「であればこそ、なんよ」
「何がだよ?」
エイムが不思議そうにしているのに対し、モネが涅槃像スタイルでフフンと鼻を鳴らしている。
「下手に専門家に頼れんから、わたしらみたいなショッパイド三流の魔法使いを囲んで金払いで支配しつつ情報をかきあつめ、あとは優秀な身内でしっかり獲物の周辺を隙間なく固めていくんよ」
モネは虚空に人差し指でゆらりと縁を描き、そして描いたマルを拳でぎゅっと掴む素振りを作る。
「そんなこんなでかれこれ結婚生活十数年間、奥方は浮気性の色男を捕まえ続けているというわけなんよ」
「きゃあー♡」
シズクは白い肌をピンクローズの花弁のように可憐に紅潮させている。
「囲われたいぃーん、捕まえられたいィーン」
「……お前ってさ、もしかして人妻趣味アリ?」
エイムはやがてこの地に訪れるであろう我が恋人を、できるだけこの猫耳娘魔法使いに近づかせないよう勝手に覚悟を決めている。
それにしても。
「これがもしも至極どうでもいい他人の家庭の問題だったら、今頃俺はとっくに寝てたんだろうな」
安眠などという至高の贅沢までは望めなくとも、それでも休息ぐらいは実行できたはず。
なのだろうか?
「いや、そもそもこの状況自体がアレだったわ」
自己完結したところで、やれヤケクソとエイムは気になっているところを能動的に詰めていく。
「それにしても、応援しているやつがそんなクズ野郎でアニ研の奴らも気の毒だな」
「確かにそうですね」
珍しくエイムとシズクの意見が合致している。
「推しがやらかしてしまった時の代償というものは、三十分くらいお腹の奥がモヤッと気持ち悪くなるくらいの深刻なダメージを伴いますからね」
「言うほど深刻か? それ」
割合オタク気質なのが魔法使いの性、というのは勝手な思い込みとしてモネはことの詳細をもう少し、オマケ程度に話す。
「国家機密を守るために、なんでも強力な協力者が三人いるらしいんよ」
「協力者ねぇ」
どうせ政治家関係のコネか、と思ったがしかしエイムはすぐに思いなおしてみる。
はて、いくら愛娘がご執心とはいえ離縁すれば一発で赤の他人に切り捨てることの出来る野郎を身を切る勢いで守ってもしょうがないのではなかろうか?
エイムの予感は、今回はかなりの制度で正解に近しい部分に命中していた。
「わたしを含めて魔道に通ずる同志達がそれぞれ協力しあっているんよ。
なんやコードネームみたいなのつけあって本格的でな。
名前はボロンゴとプックルとゲレゲレと言って……」
「アニ研の皆様じゃねえか!!!」
エイムが懐かしい名前に叫び声を上げている、歓喜なのか悲哀なのか怒りのそれなのか、果たしてどれなのか彼にもよく分かっていない。
そもそも懐かしいと直感してみたは良いものの、実質的にそれらの名称が登場したのはほんの数分前でしかないのだ。
予想外の登場、これがいわゆる伏線回収なのか……?!
シズクはオーパル型の眼鏡を落ち着きなく指先でクイクイ弄っている。
いつの間にか寝る体勢すらも解いて、眼鏡を装着してしまっている少女である。
「なんと、ここで彼らが活躍の場を獲得してしまうとは、意外や意外です」
餌に釣られる魚のごとき勢いにて、シズクはモネに質問をぶつけている。
「しかしながら一回の中学生がそのような危険な道を管理する豪胆さを獲得するとは」
「意外でもなんでもないと思うがの」
シズクに向けてアンジェラが冷静そうな意見を呈する。
「総理大臣の娘っ子が通学できる学校なら、そりゃあ我々一般の雑魚魔物市民には考えにくいほどのエリートを寄り集めたエリート学校に違いなかろうて」
それなりに筋が通っているかもしれない主張。
「頭の良い奴には、頭のいいお友達が集まりやすいのが旧世界から面々と続く人の魂の習性と慣性というものなんじゃて」
「なんか悟った様なこと言ってやがるけれど」
エイムが呆れている。
彼に至ってはそれにしてもと、もはや感慨深そうな表情さえ浮かべ始めている始末であった。
「にしても、ただの中坊のオタク友達にしちゃあやたらめったら活動的だとは思っていたが」
確かにいくらなんでも関係性が、またそこに含まれる役割と能力が脈絡なく強すぎている気配も無くはない。
モネが何気なくつぶやく。
「なんと言っても副部長は今現役の官僚として働いとるらしいから、情報の管理については異常なまでに得意らしいんよ」
「……へえ」
アンジェラが「おや?」と意外そうにシャボン玉色の角を動かしている。
「いつもみたいに「ぎゃああ」だの「ぎょえー」だの言わんのかいな」
エイムはうっすらと笑う。
「もう、俺はもう疲れちまったよ」
ただ、せめてこれくらいは主張しておかないといけないような気がする。
「いずれにせよ、そいつらはもう信者ですらない、ただの支配者側だな」
「それはそうやね」
モネが欠伸をする。
「ふぁ~あ、色々話しとったらそろそろ眠くなってきたわ」
「そうだな、寝物語としてはかなりスケールがデケェ話だったもんな」
エイムは感心してしまう。
まさか人さまの家庭の事情から、よもや国家を揺るがす大スキャンダルに発展するとは。
「昨今ハリウッド映画でもなかなかおっ立てないくらいの頓狂なシナリオでしたね」
シズクは感服したように小さな鼻の穴を「ンフー」と吹かしている。
「キャラクターの関係性が世界観とともに広がりを見せていながら、同時に箱庭のような密接さを保ち続ける」
「色々考察しとるけれど」
シズクの様子にモネが小さく笑う。
「まとめちゃうと、浮気性の彼を延々と捕まえておきたい女の人の話なんやけどね」
それにしてはいくらなんでも規模がデカすぎている。
「まあ、あれか」
累積する疲労感がこぼれ落ちる前に、エイムはほんの僅かだけ強引に自らを納得させることにする。
「アメリカ映画の二番目の続編くらいには、愉快な話だったような気がするよ」
そろそろ本格的に休息が必要な時間帯になってきた。
「さて、もう寝ようぜ」
子供を見守る大人のような提案をして、ついに彼は眠りに。
……まだ、つけないようだった。
「……あ?」
部屋の電気を消したところで、隣からやたら眩しい光の気配を瞼の薄い皮膚を通して目玉が感じ取る。
「おーい?」
見るとアンジェラがスマホを取りだして画面をちまちまとタップ、スクロールしている。
「何してんだよ、さっさと寝るぞ」
しかしアンジェラがわがままを言う。
「んぇー。でも、気になるんじゃよ」
「何が気になるのですか?」
シズクがモネとエイムを乗り越えて、上半身を起こしてアンジェラの方を伺っている。
もはや寝る体勢ですらない。
シズクと同じようにモネも目をぱっちりと開けている。
「もしかして?」
なにやら期待を寄せている、モネの瞳は夜に似合わないほどに鮮やかな青色をしている。
期待を込めたふたつの視線。
壁のような立ち位置に急に押しやられた、エイムが困惑さえ抱けないままにアンジェラが解答を下す。
「そないにいい女捕まえられるやつなんて、一体どがぁな色男なんか一目二目くらい、せめて宣伝写真の一枚でも拝んでおかんと逆に失礼な気がしてな」
モネがすかさず反応をしている。
「わたしも見たい!」
シズクは思案するような神妙な様子。
「人妻を魅了し続けるフェロモン……気になる事項です」
すっかり眠る気を無くしている。
眠る前のスマートフォンなど、雷にへそを隠す位には通常的なジンクスであるはずなのに、少女たちはお構い無しであった。
そんな彼女らに。
「おいおいおい」
エイムはため息をつく。
呼吸を整えて。
「俺も気になるから、見せろよォ」
眠らないまま、彼と彼女らの時間は更けていくばかりであった。




