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ぼくとわたしの生存戦略プロトタイプ  作者: 迷迷迷迷
あの素晴らしいFをもう一度
24/86

浮気話噂話 その三

  落ち着くわけが無いが、しかし肉体の疲労感はありとあらゆる違和感と不条理と不服を飲み込んでしまうような、そんな許容量の広さを発揮しつつある。


「ああ……」


  嘆きとも呻きともつかない声を漏らす。

  そんなエイム氏に、彼と同じベッドに横たわるシズクが提案をしている。


「眠れない夜ですね? そういう時は語り明かしましょう!」

「いや、語らねぇで寝ようぜ? 今すぐ、永遠レベルに」


  先程までさんざん騒ぎ立てた手前が言うべきか否か、エイムはほんの少しだけ悩んだ。

  しかし悩みはすぐに解消された。

  どの道ありとあらゆる原因が全て、自分と強引に同衾しようとする謎の美少女魔法使い共に集約されてしまうのだ。


「というわけでモネさん」


  自発的にアイディアを出しておきながら、シズクはほぼなんの躊躇いもなく話題をモネにシフトしようとしている。


「何か愉快なお話をひとつ」

「そうやねぇ」


  モネの方も、猫耳魔法使いの突拍子の無さには慣れきってしまっているのだろう。

  取り立てて困惑する必要性もないままに、サラリとお願いごとを聞き入れている。


「それじゃあ、わたしが新人魔法使いだった時分に経験した浮気調査について話そうかね」

「うわぁ……クッソつまらなさそうだな……」


  エイムのエアプな批評を聞き流しつつ、モネは語り始める。


  こんな感じの出来事だったらしい。


  とある大人気男性声優が不倫を働いた。


「うわぁーよくあるやつ」エイムが吐き捨てるように言う。「アイツら大して顔イケメンでもないくせになんであんなモテんだろうな?」

  シズクの意見。「おそらく声ですよ、褥ではどうせ明かりを消して顔なんてほとんど見えなくなるのです、となれば、やはり声の善し悪しはメスとオスの本能を掻き立てる重要なスパイスたり得るのでしょう」

「いや、別にヤル時だって普通に明かりつければよくね?」

  エイムの現代的真っ当な意見もそこそこに、話は続く。


  なんでも、その男性声優の彼はかれこれ十回目の不倫であるらしい。


  「どんだけヤッテんだよ!!」エイムは吐き捨てるよう言う。

  どれほどか、と聞かれてモネも改めて記憶を整理してみる。

  「せやねえ、わたしが調査に参加した時点では既に八回目に到達していたね」

「なんなんだよそいつ……」

  エイムは他人事ながら嘆く。

  その近く、同じベッドの上でランジェリー姿のアンジェラが首を傾げる。

「そんなにモテたい癖に、何故にわざわざ結婚なんかしたんじゃろうか」


  なんでも、奥方の方がとてもお金持ちだったそうな。


「うげぇー」エイムが分かりやすく苦いものを口に含んだような表情を作る。

「逆玉ってやつ? それでほかの女にまで手ぇ出すとか、ただの社会不適合者じゃねぇか」

  ひゅう! と口笛のような音を唇から吹いているのはシズクである。

「さすが! 長年行方不明の愛しのハニーを諦めず探し続ける不屈の恋人を見つけ出すようなお方は、性根からして王子様臭プンプンですね」

 

  とても褒め言葉のそれとは思えないが、どうやら褒めているらしい。

  それはさておき、事情は段々と進む。


「決定的な証拠をいよいよ集めなくちゃならない自体に陥ってな」

「何が起きたんだよ?」思わずエイムがモネに質問をしている。

 

  なんでもこんなことが起きたらしい。

「ある日夫婦が喧嘩してな。いわゆるよくある夫婦喧嘩ってやつやね」

  して、その喧嘩内容とは。

「推しのブイチューバーに万額超えるスパチャを勝手にしちゃったっていうのが理由なんやけど」

「路傍の選挙ポスター以上にありきたりな理由じゃの」

  アンジェラが期待はずれに軽く意気消沈する。

  そのすぐ隣にて。「え? え? V……なんだって? 何それ?」

  諸事情によりインターネットの流行に興味をもてなかったエイムが困惑。

  そんな彼にシズクが。

「あれですよ、ちょっとしたアイドル行為の流派の1つと言いますか」


  ひとしきり説明コーナーが終わったあと、エイムがモネに詳細を求めている。


「んで? 喧嘩の腹いせに不貞行為ってか」

  そうだとしたら他人とはいえ、いやむしろ、他人だからこそ自由気ままに相手を唾棄できる。

  とはいえ、いくらなんでもエイムは大人であり大人でしかない。

  無責任に見ず知らずの他人を真っ向から否定できるほどの純真さも勇気も、遠の昔の少年時代に捨てるか人生という道筋にて枯れ果てたか。

 

  ともあれモネは事情を端的に語る。

「旦那が奥方を「ババア」呼ばわりして、それで奥方の方がついに堪忍袋の緒をぷっつりと切らしてしまったわけなんよ」

「うーん……」

「見に覚えがある感じやね」

「ああ、いや……」モネの指摘にエイムは咄嗟の誤魔化しをしてしまう。

「ほら、ババアってなんか数ある罵倒語の中でもトップクラスに言いやすいって言うかなんというか」

「攻撃力も高いですからね!」

  シズクが意気揚々と言葉が含む毒性について考察している。

「時間が全ての存在に等しく平等に流れているという前提を無視して、相手の老化具合しか視界に入れない視野の狭さは注目と歓喜に値するセルフィッシュですよ」


  ともあれ。

「なんにせよ、その嫁が旦那より年上だってことは確実に分かったな」

  とりあえず確定された情報を噛んで冷静さを取り戻そうとするエイム。


  だが。

「いや?」

  すぐにモネに否定される。

「彼女は旦那よりも年下だよ」

「え、あれ?」


  エイムの方でも直ぐに頭の中を整理する。

  出来てしまえる、つまりは。


「あー……年下を平気でババア呼ばわり、あー……うん、なるほど」


  多くは語らず、それに関しては流すことにした。


  しかし残酷かな、そんな彼にモネが補足を入れる。


「ちなみに年の差は10歳くらいだったよ」

「10??!」


  エイムはビックリしてしまった。

  数字に聞き間違いは無いはずだった。

  いくらなんでも同じベッドに眠る距離感で間違えるほど鼓膜まで衰えているつもりはさらさらない。


  いやしかし、それにしても。

「嫁の方が下なんだよな」

「ええ」

「それで10離れている……」

「そうやね」

「……」

 

  数字というものは時としてありとあらゆる言葉の暴力よりも単純で明快、明確な攻撃力と毒性を帯びることがある。

  それらの可能性について、よもや噂話からエイムは吐き気を催すほどに実感させられようとしていた。


「そいつは……」ついにこらえきれなくなる彼。

「バカなのか?」

  一度否定文を零せば、もう止めどない。

「10……十! 10も年下とか……っ、ただのロリコンじゃねえか!!」

「何を言うか!」

  否定するのはアンジェラ、一番ロリに近しい肉体年齢の彼女である。

「人間、弱い三十四ば超えたら十や十五の年齢差なんて些末な問題になるんじゃよ」

「三十どころか二十歳もろくに迎えてねぇクソガキが言ってもなんの説得力もねぇよ」

「まあまあまあ」モネが仲裁のような雰囲気を醸し出している。

「世には二十超える年の差もままある訳やし、その辺に関してはそない目くじら立てることもあらへん思いますけど」

「別に怒っているわけじゃ……」


  別に、誰がどんなやつと付き合おうが突っつき合おうが、そんなのは当人同士の問題である。


「んるふふふ……」

  シズクがいやらしく、妖しく笑う。

「二十歳の大学生年齢で、相手はまだ十を迎えたばかりの小学生ですね……!」

「頼むからその計算方法だけはやめてくれ」


  そして何故にそのように嬉しそうにしているのか。

  その辺の仔細については、エイムは今だけは無視することにした。

  なんにせよ、まだ内容は核心にすら至れていない。


「んで?」


  すっかり眠るという目的を忘れ去ってしまっている。

  エイムはごく自然な所作にてモネに事の顛末を語るよう求めている。


「そのクソロリコン野郎はどうなったんだよ」

「エイムさん、不倫関係が抜けていますよ」

  エイムはシズクの意見を柔軟に聞き入れる。

「んで? その不倫ロリコンクソ野郎はどうなったんだよ?」

「ああ、わたしが担当した部分においては、とりあえず奥さんに情報渡してそれで一旦は事は終了になったんよ」

「はあ?!」


  深夜に有るまじき大声を発しているのはエイムであった。

  シズクがびくっと小さく驚いているのにも気づかないまま、エイムは思わずモネに詰め寄る勢いで質問をしている。


「嘘だろ?! そんなキッツイやつになんのペナルティも無いとか」


  ペナルティ無し。

  という仮定について、何故かモネが如何ともし難いうめき声のようなものを漏らしている。


「うううーぅんんん……ンン? まあ、確かに法的関係ならそういうこと、に……なるんかね?」

「なんじゃあ、歯切れが悪いのぉ」


  怪訝に思うアンジェラと共に、エイムは別の悪い可能性に気づき始めている。


「なあ、モニカさんよ」

「はい?」


  あえて苗字を呼ぶ辺りに、エイムは事の緊張感をうっすらと察してしまっている。


「もし、もしも個人情報の秘匿義務に引っかからない範囲なら、できるだけ詳しく嫁さんの方の事情を話してくれないか」


  今までは旦那の方面でしか話題を掘り下げなかった。

  ここへ来て本来ならば被害者であるはずの「彼女」に注目する。


  モネは特に何かを不思議がる訳でも無く、アンジェラは肌でそれとなく嫌な感じを予感する。

  そしてシズクは香り立つ不気味の世界観に喉を「んるる」と楽しそうに鳴らしている。


  どうやら、彼と彼女はこのような馴れ初めであるらしい。


「そもそも、奥さんは中学校時代アニメ研究部の初代部長を担当しとったんよ」

  もともとその中等学校にはアニ研など欠片も存在していなかったが、娘時分の奥さんが頑張って作ったそうだ。


「なかなか濃いめのバイタリティをお持ちの方ですね!」

  シズクは先ほど以上に鼻息を荒くしている。

「なんか謎にテンション高くなってんな……?」


  エイムがシズクの様子に形容しがたい、薄暗い違和感を覚え始めている。

  さておき、モネが語るところによればアニ研はそれなりに活動的ではあったらしい。


「旧世界における2000年代のネット文化をリスペクトしつつハンドルネームを使って部活内で掲示板チャットとかしとったんよ」

「部室内にいるなら普通に会話しろよ……」

「あれじゃよ」

  エイムの正論を横目に、アンジェラは勝手に彼らに深い理解のようなものを寄せようとしている。

「今どきの柔いオタク文化とは違うて、当時の先人たちは未開発の荒野なアングラと真っ暗闇の深淵の世界にショベル一本で挑む豪傑しかおらんような、修羅の世界観じゃと事細かに語り継がれとるからの」

「その言い方だとまるで未完結のダークファンタジー大作なんだが?」


  さておき、アニ研のメンバーはこのような感じであったらしい。

「まずは部長の奥方さん。名前は……さすがに個人情報なので隠すとして。

  友人型はペンネームだけ交渉させてもらいます。

  まずは副部長のボロンゴさん。

  次に友人のプックルさん。

  最後に友人その2のゲレゲレさん」


  彼らは活動の中で段々とひとりの新人男性声優にハマり始めた。

  それが。


「あいつか……」


  何ともなしに、エイムは苦いものを噛み潰したような表情を浮かべてしまう。


「オタク趣味が人生の詰みになるとは、因果関係も」

「いや?」


  エイムの予想をモネは直ぐに否定していた。


「そない悲観することもあらへんよ」

「あ?」


  どうやらモネにしてみればエイムを励まそうとしているつもりであるらしい。

  本人にしてみればより一層混乱へと引きずり込まれそうな予感におかんを覚えているだけなのだが。

  しかし、一旦しっぽを見せられてしまえば獲物を探さずにはいられない。

  悲しき魔物の(さが)である。


  優位性の問題点について、考察する上でまずもってアニ研部員の能力を解説する必要があるらしい。


「まず彼らはその男性声優のオフィシャルファンクラブの設立者で」

「は?」

「グッズの開発と生産と流通にも携わっとるらしい、最近は転売ヤーが多くて新しい仕組みを考えるのにてんやわんやしとるらしいよ」

「ちょっと待て」


  相手の話の腰を何度も何度も折るのは無礼にあたる云々。

  しかし今はコミュニケーションの基本のキを遵守している場合ではなかった。


「俺は今、雑多ななろう系の切り抜きを見ているのか?」

  エイムは雑な区分に要素要素を当てはめることで、何とか理性を保とうとしている。

  粗雑な決めつけと思い込みに逃げ込まなければ、せめて一時避難でもしなければとても理性を保てそうになかった。


  エイムの必死の努力を嘲笑うかのごとく、(本人にその意思は皆無でも)モネは追い打ちをかけるように補足を速筆し続ける。


「あとは事務所のスポンサーとして資金援助を」

「もうダメだ、率直に質問させてもらう! 何モンなんだそいつら?!」


  絶叫のごとき問いに答える。


「何でも、実家がすごいお金持ちらしくてねぇ。テレビにも毎日出まくりの超有名人らしくて」


  なるほど、芸能界における身内同士の婚姻関係という風体が。


「はーん? まあ、まあまあありがちな話に戻ってきたな」


  ほんのわずかの希望を見出そうとするエイム氏。

 

「するとあれか? 芸能界の大御所ってやつなのか?」

「いやいや、ちゃいますよ」


  モネは少しの間違いを訂正する。


「芸能界じゃなくて政財界なんよ」

「は?」

「ほら、奥方のお父さんはちょっと前に仕事を交代するという感じで、やたら毎日テレビで選挙の宣伝を」


  絶句しているエイム。

  沈黙をそ知らぬ顔で通り過ぎ、シズクがポコンと寝っ転がったままの姿勢でグーとパーを触れ合わせ「成程」のジェスチャーを作る。


「ああ、あの総理大臣の」

「へーえ」アンジェラはまだ見ぬご婦人に早くも感心している。

「中学生ごときが学校に部活動一個創立させるなんて、そない漫画じゃあるまいし。とは思っとったけれど、なるほどのぉ。

  政治家の血筋となりゃあ、人材確保から人心掌握、果ては集団の運営もお手の物というわけかの」


  なるほど納得。

  という所で。


「オイオイオイオイ」


  驚異的と評するべき速度にて情報を整理することに成功した、エイムがモネへの指摘を再開させている。


「何?! 不倫野郎の嫁さん、総理大臣のご関係者?!」

「そうなんよ」


  と言うより、とモネはより正しい情報を伝える。


「関係者や無くて身内やね、娘さんなんよ」

「マジですか」

  シズクはさして驚いた風でもなく、ちょっと目の前をモンシロチョウが通り過ぎた程度の感情しか動かさなかった。

「となりますと実質的にこの国のお姫様になりますね」

「もう王様引退しとるんやけどなー政権交代なんよ現代式革命なんよ」

「ギロチン送りにならんかっただけ、うちらもちっとは原始時代から進化しとるのぉ」


  HAHAHA!

  と笑った後に。


「それで、まあ金の力でことは有耶無耶に隠されるとうわけなんよ」

  モネが雑にまとめて、もう眠ろうとしたところ。


「まてまてまてまて」


  納得なんてできやしない。

  エミルは最重要すべき項目を自分なりに選んでいる。

 

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