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過去編「ルイ」、肉欲

過去編。

  はあはあ、と荒い息遣い。

  男の声で、それはルイという名前の子供の上に覆いかぶさり、彼の体を犯していた。


  体の中身。

  粘膜。自分自身では決して眺めることの出来ない部分。

  そこがヌルヌルしている。

  他人の精液でぬるくなっている。


  息が止まった。

  どうやら行為が終わったらしい。

  今回の客は随分と早漏である。

  手早く済んだ気軽さに安心しているところで、客は布団の上で大の字になって眠り始めていた。


  いびきが聞こえる頃。

  ルイは布団の少し外側で呻き声を上げていた。


「うぅ……うぅ」


  とても苦しそうな声。

  情交の乱暴さに傷ついた全身が、呼吸に合わせて神経をズキズキと弄んでいる。


  生命に危機が訪れている。

  ルイは凪のような感情の中で、極めて冷静に己のみに怒っている事を把握していた。


  お腹がすいた。

  アナルセックスと呼ばれる行為にとりわけ特別性を感じる訳では無い。

  この館に連れてこられた男の子のうちの何人かは、初夜を迎えた状態で次の日には自殺を試み、そして何件かは無事に成功を迎えていた。


  別段羨ましいとも思わない。

  ルイには特に死ぬ意欲はなかった。


  ルイには何も感じられなかった。

  彼にとっては精液もただの体液、鼻水ほどの意味合いしかない。

  セックスは飯の種、勝手に客が喜んで、自分が傷ついて、それで誰かが喜んで、パンの欠片一つと具のない薄いスープが配給される。


  食事だけが、ルイの心を一番動かす行為だった。


  食物を口の中に入れる時、感じる感覚。


  それに飢える、腹を満たす以上の欲求は、ある意味食事という行為が本来持つ意味を真っ向から無視していると言えた。


  生きるために食べるのでは無い。

  ただ、食べるために生きている、それだけに過ぎなかった。


  だから、考えれば考えるほどにルイの渇きは強まるばかりだった。


  食べたい。

  食べたい。

  食べたい。


  悲しいことに、美味しそうな肉は目の前にころがっている。


「……ぅ」


  ルイは我慢しようと、自分の腕に食らいついていた。


  歯を皮膚に突き立てると痛い。

  この痛みで少しは食欲を抑え込められるだろうか? ルイは淡く儚く期待する。


  歯が皮膚を破って中身に侵入する。

  表面を傷つける時の痛みはどうしようもなく辛い。

  感情が薄い分、もしかすると肉体の機能が敏感なのかもしれない。

  いつだったか、「比較的」優しかった客がそんな予想を立ててくれた。


  前歯は完全にルイの肉に沈む。

  痛みが膜のようなものを突き破ったような気がした。


  熱いとしか感じられなくなる。

  熱湯に皮膚を触れ合わせているような拒絶感。


  お風呂に入っていると思えばいい。

  そんなことを考えながら、ルイはじゅるじゅると自分の血液を吸い始めている。


  どろりとした舌ざわり、とても濃厚でキメの細かい野菜ジュースのよう。

  水とは異なる食感。

 

  鉄臭さの中に水分と塩分。

  栄養、そして何より魔力の味がする。


  魔物族にとって魔力は、食物よりも重要な立ち位置を占めている栄養素でもあった。


  ルイ自身が何者のまものの「物語」を受け継いでいるのか、ルイじしんにはわからない。


  ただ食欲が異常に強く、また血肉を多く求めるタイプの魔物であることは確実だった。


  吸血鬼や人魚、あるいは鬼……想像と予想だけなら色々とできる。

  だがそのどれもにルイは確信を持てなかった。


  魔物としての心がそれらの物語受け付けていない。

  人間としての魂の重みが、物語を気に入っていない。


  理屈では説明できない、感情の世界の感覚がルイを正体不明の迷宮にさ迷わせ続けている。


  迷えば迷うほどに、空腹は強まる。


  ああ。だ、めだ。

  飢えも渇きも収まらない。

  ちっとも収まってくれない。治らない、もっと食べないと治らない。


  食べたい。

  お腹がすいた。

  もっと大きなお肉が食べたい。


  ルイは涙ぐむように瞼を開けて、閉じてを何回か繰り返す。

  潤んだ瞳、エメラルド色の虹彩は涙に艶やかに濡れている。


  涙を流して、口からはダラダラとヨダレを垂らす。


  鼻の穴は悲しいほどに、目の前の美味しそうな肉を捉えていた。


「ぅ」


  ルイの喉がなる。

  爪が肉に食い込む。

  先程まで乱暴で凶暴な情交を行っていたばかりの、素っ裸の人間の肉が目の前に。


  唇にそっと口付ける。

  ルイは男の口内を舌で蹂躙する。


  ちゅくちゅくと、唾液に湿った口の中、不意に咥内に吐き出された精の苦さを思い出す。


「……」


  それすらも美味しいと思える、ルイはもう食欲を抑えられなかった。



  がちゅ。と歯を突き立てる、そのまま唇を、頬の肉を顎の力のままに引きちぎる。


「あ」人間の男がなにか、予想だにしていなかった痛覚に悲鳴をあげたような気がした。


  暴れる体。

  痛いのだから当然のこと。

  ルイは彼のことを可哀想に思う。


  哀れに思う。

  だから暴れて大切な血を無駄にしないためにも、ルイは背中から多数の触手のようなものを排出させる。


  植物の若葉のような柔らかさ。

  樹木のような器官がぞろぞろと伸びて、人間の肉を捕える。


  手足を固定。

  磔にして、ルイはまず腹の肉に食らいつく。


  はらわたはとても美味しい。


「あ」

  人間の男が何かを言おうとしたが、口を引きちぎったため声は上手く出ない。


  うるさくない。

  食事に集中できる喜びにルイは、ルイという名前の魔物の少年は少しだけ安堵した。






 さて。


  ロボット族という種族の歴史は長いようで浅いようで長い。

「どっちだよ」

  クーはシズクに思わず突っ込んでしまう。

  正直なところツッコミを入れている場合ではなかった。

  少なくとも目の前の少女に対して、今のクーが偉そうに指摘できることなどほぼ皆無である。

  というのも。


「なあ、嬢ちゃんよ」あからさまに輩っぽい魔物の中年男性が、魔法使いであるシズクのことをジロジロと睨むように眺め回している。

「無駄口を叩いて時間稼ぎをしてえなら、それは全くもって無駄な抵抗だぜ?」

  人を外見で判断しては行けない。

  などというおよそ人類にしか適応されないであろう観念、それらが頭に浮かんできたのはひとえに輩の厄介そうな見た目。

  なにより、見た目の荒々しさとはかけ離れた論理的かつ冷静な対応にクーがこっそり戸惑いを覚えてしまっているからであった。


  輩さんは事の状況を、この場にいる魔物の誰よりも冷静に理解しているようだった。


「お嬢ちゃん、君んとこの彼ピがうちのお嬢、えっと俺の上司の娘を謀ったというわけで」

「詐欺行為で一億の借金を一方的に背負わせたのですか?」

「ああ、いや、そこまで悪辣でもないが」


  輩さんはクーの罪状を告発する。


「我が組のお嬢様を誑かして一夜どころじゃねえみだらな関係を築き上げやがったんだよ」

「なんと!」

  シズクがギョッと、猫のような耳をびっくり動かしている。

「一夜の過ちならぬ百日草、千夜一夜物語ですか」

「何の話だよ」

  クーのツッコミを輩さんは雑に無視する。

「こっちとしちゃあ、ネバーエンディングストーリーだっての、ったくよぉ」

「ナイトメアの方ではなく?」

「まあ、どっちかって言うとそっち? かね」


  その証拠と、輩さんはクーの両腕を顎でクイと指し示す。


「思いのほか柔らかい肉だったから、勢い余って血管まで剥いじまったよ」





  魔法使いシヅクイ・シズクは静かに、とても静かに激怒していた。


「全くもって嘆かわしいですね。いえ、もはや侮蔑を通り越して哀愁さえ抱きそうです。

  あらゆる人間の魂は、最低でも34年はコトコトと煮込んで、ようやくまともな味が滲み出て美味しくなるというのに」

 

  少し話がややこしくなるが、しかし彼女はなにも本当の、直接的な意味合いにて人間を食べようとしている訳ではない。

  今のところは。


「それはつまり……」


  ククル・クーという名の男性が、初恋の女の美しい緑の瞳に問いかけている。


「年上好きということ」

「いいえ」


  シズクは速攻にてクーの予想を否定していた。

  言葉の勢いに殴るような気配があるのは、どう考えてもクーの抱いた予想が許し難いものでしかない、ということの照明でしか無かった。


「単純に年数の問題、時間の経過の話ですよ」


  であれば、自分が相手から見てどの年齢かどうかもあまり意味は無いようだった。


「ふむ」


  それっぽく思案顔になっているのはリ・ハイネという名前の若い料理人であった。

  訳あってシズクが所属している事務所の調理師のような立ち位置に食いこんでいる。


  そんな彼は今、……?


「えっと……何作ってんだ、それ」


  奇っ怪なものを見るようにしているクー。

  見慣れぬものに一定の距離感を保とうとする彼とは相対的に、シズクは積極的にハイネの手元を観察しようとする。


「ハイネさん、今日はまたかなり不思議な食材をご使用になられていますね」


  シズクは言葉で説明できる、最もそれらしいと思わしきワードを頭の中で検索してみる。


「絹糸を使った斬新な料理ですか?」

「絹糸は食いもんじゃねえな」


  回答はハイネより直ぐに返されてくる。


「これはクナーファとか呼ばれている、中東と呼ばれていた人間界の食いもんだよ」

「あ!」

  シズクは合点が行き届いたかのようだった。

「「ONEPIECE」で呼んだことがあります!」


 





  魔眼についての報告。と言うよりかは、これはぼくの個人的見解に近しい意味合いを持ったテキストになる予感がある。

  experiment No.978101250212

  人間を人工的に作り出す実験、「人間」という物語が「神」へと至るための実験。

  あるいは、人間という物語を完結させるための実験、あるいは自殺行為。

  その一部分、あるいは副産物的存在として生み出された、……いや、産み出されたの方が状況として正しいか。ぼくの体は残念ながら試験管の中で製造されたのではなく、どこぞに存在していたらしい女性の胎内じっくりぷくぷくと細胞分裂して構築されたもの。であることは確実らしい。だってへその緒まで残っているし。

  しかしながらほぼ完全に母親の体内から無事に産まれた、とも言い難いのが自分の身の上話をする上での厄介な点。と言うよりかは、ほぼ秘匿しなくてはならない異常事態が含まれている。

  臨月の終わり、もういつ産まれても高確率で外界でおぎゃあと生きていけるほどには健康的に育った。

  そんな胎児だったぼくは、しかしてお母さんから産まれることが出来なかった。

  お母さんからは「産まれなかった」のである。

  死産や流産とはことなる、かと言って生後すぐに母子が引き離されたともいえない。

  まどろっこしく色々と言葉重ねても仕方がない。

  はっきり言ってしまおう。


  ぼくは母親ではなく別の人間の体内から生まれた。

  それも生まれる、というか生んでもらった母体というのがこれがまた男性であるらしいのだ。

  そしてその男性に三日前、ぼくは強姦されたというわけで。


「ちょい待ちょい待ち、ちょい待ち!!!」

「あー……さすがに情報詰め込みすぎですかね? これじゃあまるで打ち切り寸前のコロコロコミックです」

「コロコロコミックバカにしとんのか。って、じゃなくて!」


  目の前の魅惑的なピチピチ女子大生が豊満な乳房をぶるんぶるんと震わせている。


「おい、乳に見とれとる場合かよ」


  Vシネマの女優並にドスの効いた声が聞こえた。

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