三話 死病
* * * *
その日の晩。
業務時間内は拙いと判断したのだろう。
俺の夕餉時を狙っていたのか、宿屋に泊まっている客と混じって俺が夕食を済ませようとしていたところに何処からともなくあの少女が姿をあらわした。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「……どーぞ」
ここ、暁亭は間違っても繁盛してる宿屋ではない。
だから食堂もかなりの空席が点在しており、あえて俺と向かい合って食べなきゃいけない、なんて状況に追い込まれたというワケでもあるまい。
だと言うのに少女は俺の目の前の席についた。
導き出される答えは1つ。
「アーデルさん」
もしゃもしゃと配膳された夕餉に手をつける俺とは真逆。
箸にすら触れる事なく、少女は何よりも先に俺の名を呼んだ。
付き添いだったであろう他の2人は少し離れた場所で夕餉をとっており、俺については目の前の少女に一任するという事なのだろう。
「……改めてになりますが、ダンジョン攻略に手を貸してはいただけませんか」
聞こえてきた言葉は、冒険者業をしていた俺にとって、とても馴染み深い言葉であった。
魔物が際限なく生まれる魔窟。
簡単に言えば、ダンジョンとはそんな場所だ。
「冒険者は辞めたって言ったろ。あれは嘘でも冗談でもないんだよ。正真正銘、アーデル・レヴィンは冒険者を辞めてる」
「……助けたい人が、いるんです」
これ以上なく真剣な眼差しで、少女の瞳は俺を射抜く。多少厚顔であっても、話さない事には前に進まないと理解してか。
突き放すような言葉を向けられたにもかかわらず、彼女は言葉を続ける。
「アーデルさんは、〝死病〟というものをご存知ですか」
不意に、動かしていたはずの俺の手が反射的に硬直した。
〝死病〟。
それはダンジョンに潜る事を生業とする冒険者が、特に罹患しやすいとされる病。
治療方法は1つを除いて確立されていない。
しかし、その1つがまた厄介で、治療法は、深層にて自生するとある薬草が必要となる。
また、その薬草が自生する場所の難易度は、第一線の冒険者ですら困難を極める程。
ゆえに、完治する可能性は絶望的と言われ、つけられた病名が〝死病〟。
偶に高額で取引されているとは聞くが、滅多に出回ることは無い。だから、治す手立ては絶望的といって相違ないだろう。
ただ、確かにそれならば過去に〝神童〟などと持て囃された俺を。
アーデル・レヴィンを、藁にもすがる思いで頼ってきた事にだって説明がいく。
が、しかし、だ。
「……一応は知ってるが、」
言葉を止めて、今度は俺が少女の姿を注視する。
薄々は気づいていたが、1週間の宿泊費は決して安いものではない。
法外に高いわけでもないが、それでも、少女にしか見えない彼女くらいの年齢ならば、ポンと出せる金額ではないはず。
だというのに即断即決で払えるだけの懐事情。
清潔感の保たれた身格好。
明らかに護衛役のような2人の男性の存在。
「あんた、貴族だろ? 別に〝アーデル・レヴィン〟なんているかどうかも分からない存在に縋らずとも真っ当なアテくらいあっただろうに」
「……そ、それは」
目に見えて顔を顰め、少女は言葉を詰まらせた。
やましい何かを抱えているのだろうか。
はたまた、それが出来ない事情があるのか。
「……ま、誰にだって話したくない事や話せない事くらい1つや2つある。無理に聞くつもりはないけど、俺を頼るって選択は一番悪手だったと思うけどな」
億が一程の可能性だろうが、俺が分かったと頷いたとして。4年のブランクがある時点でロクな戦力にならないだろう。
だから、一番悪手。
どう転んでも、得られる結果は最善とは程遠いものだ。
「……他の冒険者の方には、頼れない事情があるんです。だけど、それでも私、は、〝死病〟に侵された姉を救いたいんです」
「〝死病〟を持ち出した時点で、何となくの察しはついていた。が、どうして〝死病〟と呼ばれるのか。その所以を知らないあんたじゃないだろうに」
〝死病〟と言われる所以。
それは不治に近い病である事に加え、死を誘う病でもあるからである。
唯一の道である深層にのみ自生する入手困難の薬草——通称〝ひと咲きの花〟を求めるがゆえに、命を落とした冒険者は数知れず。
周囲の人間すらも死に誘う病——ゆえに〝死病〟。
「〝ひと咲きの花〟の自生場所の目処は既に立っています」
深層にのみ自生する。
という特性を持っているだけで、薬草である〝ひと咲きの花〟は何処にでも自生しているわけではなく、自生場所を見つけるにも相当の労力を要してしまう。
その分、深層には自ずと長く滞在する必要性が生まれ、あと少し、と割り切れずに死んでしまった冒険者の話も絶えず耳にする程。
だからこそ、彼女のその言葉には少しだけ驚いてしまう。
自生場所を知っているのかと。
「……階層は、56層」
沈痛な面持ちで、少女は言う。
4年前。
史上最強パーティーと謳われた冒険者パーティーの最高踏破階層が、72層。
最高級のアイテムなどを湯水のごとく使い続けて漸く踏破出来たのが、72層だった。
天才と呼ばれる人間が5人掛かりで、尚且つ、アイテムを使いまくって漸く72層。
たとえ、その時のメンバーであろうとたった一人では、50層に行けるかどうかも怪しい。
だからこそ、56層という言葉はあまりに絶望的過ぎた。
「無理を言っている事は、重々承知しています。ですがッ!!」
声を荒げ、次いで彼女は勢いよく頭を下げた。
「頼れる人は、もう貴方しかいないんです……」
56層など、普通に考えれば死にに行くようなものだ。
最強と謳われたパーティーのみが頭抜けていただけで、2番手のパーティーともなると60層あたりが限界だった筈。
加えて、何やら少女にも事情があるようで、第一線の冒険者を雇えない理由があるらしい。
何処からどう見ても八方塞がり。詰んでいる。
きっとここは、はっきりと諦めろと言ってやるのが正しいのだろう。
「どうか、どうか!! 伏して、お願い申し上げます……!! アーデル・レヴィンさん!!」
悲痛の叫びが、慟哭として耳朶を叩く。
その訴えは、ひどく耳に残るものであった。




