二話 ロストエデン
……早いもので、もう4年も前か。
『ロストエデン』と呼ばれる冒険者パーティーが存在した。
まだ誰一人として完全踏破した事のないダンジョン。その最下層には、まだ見ぬ楽園が広がっている。そう信じ、それを追い求めようとした最強と呼ばれるパーティーがあったのだ。
ただ、そのパーティーは4年前に解散した。
メンバーであった5人のうち、4人が死亡するという事態に見舞われたが故に。
『————お前は生きるんだ』
本当なら、死ぬ筈だった。
あそこで、『ロストエデン』は全滅する筈だった。誰一人として生き残りはいない筈だった。
けれど、たった一人だけ逃がされた。
『————オレらの夢に付き合ってくれてありがとうな。5人目が、アーデルじゃなきゃ、ここまで来れなかった』
そう言って、当時のパーティーリーダー。
他のメンバーに、幼かったからという理由一つで、アーデル・レヴィンだけが逃がされ、そしてダンジョン階層73層にて、『ロストエデン』は壊滅した。
最高踏破は————72層。
足を踏み入れた73層にて、目にした光景は4年も経過した今も尚、誰一人にも未だ打ち明けていない。
そして、アーデル・レヴィンはその出来事を最後に冒険者を辞めた。
天才。神童。最強。
散々持て囃され、自身も天狗になっておきながら、大事なところで誰一人として守れなかった。
それどころか、逃がされた。
何が天才だ。何が神童だ。
己が天才である事を鼻にかけるようなクソみたいなやつを、仲間達は逃し、それどころか感謝の言葉を述べて俺の前から消えた。あいつら自身の命を犠牲として。
だから、戒めを込めて俺は冒険者を辞めた。
そんなクソとしか言いようがない俺に、冒険者を続ける資格はないと思ったから。
ロストエデンは、俺じゃない。
俺じゃない4人の仲間達がいてこそのロストエデン。俺一人が背負えるものではない。
だから、俺は魔法も剣も全てを捨てたんだ。
「良い機会だと、思うけどね」
「……何がだよ」
少女含む3人組の案内を終えた後、不意にフェイリアさんがそう口にした。
その理由は、あの少女が案内を終えた際に「ダンジョンについての相談がある」と言っていたからだろう。
けれど、フェイリアさんの言葉に対し、俺は不機嫌さを一切隠そうともせず、口を尖らせて責め立てるように言い返す。
「もう、4年も経った」
1つ、口にする。
いい加減に前を向こうよ。
そんな呆れの感情が混ざっていると分かっていて尚、俺は知らないフリを続ける。
「そろそろ、自分自身を許しても良いんじゃないの?」
「……変な事を言うんだな、フェイリアさん」
フェイリアさんは、事情を全て知っている。
取り繕いが意味を成さないと知って尚、俺はそれでも言葉を濁さずにはいられなかった。
このボロ宿屋は、かつてまだロストエデンが駆け出しだった頃から利用している場所だと、当時のパーティーリーダーからよく聞かされていた。
そして、一躍有名になった時でさえも、俺達はこのボロ宿屋を使っていた。
だから、フェイリアさんは、俺が冒険者だった事も、〝神童〟だなんて大層な名前で呼ばれていた事も、冒険者をやめるに至った理由ですらも、何もかもを知っている。
……そりゃあそうだ。
なにせ彼女は、かつて『ロストエデン』と呼ばれていたパーティーのリーダーの実の妹なのだから。
全ての事情を知っているからこそ、4年前、ボロ雑巾のようにくたびれていた俺に向けて手を差し伸べてくれた。
そして、こうして4年もお世話になっている。
「変な事って言う割には、随分と難しい顔をするんだね。図星って言ってるようなものだよ」
「元々がこんな顔でね」
「言い訳が苦しすぎ。せめてもう少し誤魔化す努力をしようよ」
笑われる。
次いで、ぺちんっ、と。
「っうッ?!」
デコピンによる痛みが、俺のおでこを襲った。
じんじんと広がる痛みに悶絶しながら、直撃した場所を手で摩りつつ、俺はフェイリアさんへ恨みがましい眼光を向ける。
「昔は今と違って生意気だったけど、冒険者であったあの頃のアーデルは楽しそうだったよ」
それが、冒険者に戻る気はないのかと遠回しに言っているのだと理解をして。
「今も楽しいよ。宿屋のバイトが俺の天職だと思ってるしな」
「……はあ」
言葉を返すと、殊更に深い溜息を吐かれた。
「じゃあなんで、ギルドカードを後生大事に取ってるの。冒険者に未練が一切ないなら、返納すればいいじゃん。なのにそれをしないのは、冒険者に未練があるから、なんじゃないの?」
「…………」
言葉に詰まる。
冒険者には、ギルドカードというものが一番初めに渡される。それが、己自身の冒険者としての身分を証明するものとなる。
ギルドカードには、かつて刻んだパーティー名と、最高踏破層。そして、名前が刻まれている。
それを俺は、フェイリアさんの言う通り後生大事に未だ持っている。
冒険者を辞め、剣を捨て、魔法も捨てた気でいる俺だけど、ギルドカードだけは捨てられなかった。
「……思い出だよ、思い出。なんだかんだとあの頃は楽しかったからな。忘れたくないんだ。それに、忘れるわけにもいかないだろ。たとえ、冒険者を辞めたとしても、あの日々だけは」
ずっと持ち歩いているギルドカードを忍ばせた胸ポケットに手を伸ばし、一度軽く握りしめる。
すると、「……やっぱり不似合いだよ、アーデルに、宿屋はさ」ともう一度呆れられる羽目になった。
「……それで、あの子達の事、どうするの」
控えめな様子で、フェイリアさんは言葉を紡ぐ。
あの子達、とは先程俺をアーデル・レヴィンと呼んだ少女一行の事だろう。
……どうして今回に限ってそこまで首を突っ込もうとするのだろうか。
一瞬、そう思ってしまったが、あの縋るような瞳を前にしては、「ど」が付くほどのお人好しなフェイリアさんは放っておけないか、と納得する。
「どうするも何も、俺はどうもしない。それが答えに決まってるだろ」
これでも、2年は宿屋で働いている。
だから人を見る機会は腐るほどあった。
今まで〝アーデル・レヴィン〟を求めて訪れた人物というのはこれが初めてじゃない。
ただ、そういう人間は総じて、下賎な貴族であったり、此方の都合など眼中にもなく、名を上げようとやってきた傍迷惑な冒険者や戦士ばかりであった。
それもあって、今回の少女のような人間は言ってしまえば珍しかった。
だから、フェイリアさんはどうするのだとあえて聞いてきたのだろう。
けど、俺の答えはそれでも変わらない。
「だとしても、俺からしてみれば、だから? って話だろ。たとえ誰だろうと、俺の考えはもう変わらねえよ。宿屋のバイトであるアーデルを頼ってきたのなら俺も手を貸すのは吝かじゃないが、アイツらが求めてるのは〝神童〟と呼ばれたアーデル・レヴィンだ。なら、俺が関与する余地は一切ないし、あり得ないね」
「……これからも、そうやって生きていくつもり? アーデル」
「何とでも言ってくれ」
深い、深い嘆息が続けられた。
明確な呆れを向けられるが、今更だ。
もう慣れた。
「……そんな事は、きっと誰も望んでないよ」
脳裏に浮かぶ人の姿。
『ロストエデン』と呼ばれたパーティーのメンバー。その面々の顔を思い浮かべて、「確かに」とフェイリアさんの言葉に俺は同意した。
あの連中が目の前にいたとしても、そう言うだろうなって思った。
「そうかもな」
でも、だとしても俺の答えは変わらない。
だから、話はこれで終わり。
そう言うように、俺はフェイリアさんに背を向けた。
歩いて遠ざかる最中に小さくひとりごちる。
「……分かってくれよ、フェイリアさん」
フェイリアさんが言いたい事は、俺自身が誰よりも分かっていた。
でも、冒険者はもう懲り懲りだ。
あの頃は楽しかった。そこに嘘偽りはない。
だけど、
「もう俺は、あの頃の俺じゃないんだ」
いつかは、前に進まなきゃいけない。
それは分かってる。
でも、またあの頃のようにとはならないし、その道を歩むつもりは毛頭なかった。
前から目をそらし、足踏みを続けて早4年。
魔法や、剣を捨てて、早4年。
……確かに、心残りがないと言えば嘘になる。
でも、俺はこれで良かった。
このままが、良かった。
もう、あんな思いは2度としたくはないから。
そんな想いを根底に据える俺は、立ち尽くしているであろうフェイリアさんに対して、心の中で申し訳程度の謝罪の言葉を残した。
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