第9話 騎士
「よし、では剣技演習を始めろ」
言葉少なに男は僕たちに向かって号令を掛ける。僕達の膝より少し上ぐらいの高さから。
長椅子に寝転がったまま指導を始めたこの男は意外にも教師様だ。野太い声の指示が飛ぶ。時折、起き上がって無精髭をさすったかと思えばまたごろりと長椅子に寝転がる。
「ノエル! 集中が切れているぞ!」
しまった。なるべく先生の方を見ないようにしていたはずなのに。やっぱり元帝国最強の名は伊達じゃない。
この帝国では剣、魔法、魔法剣の使い手の中からそれぞれ一名に最強の称号が与えられる。剣技の最高峰には『剣聖』、魔導師の最高峰には『大魔導』、魔法剣の最高峰には『魔剣公』と言った具合。そして今、僕に注意したのが元剣聖のヴォルトー。現在は現役を引退して教職についている。上級から三年かけて剣の実技をこの先生に教えてもらう。
「いいか? お前たちが持っている剣は木で出来ている。だが、切れる。切られたら死ぬ。常にそう思え。そうしたら余所見なんて出来るわけがない」
ヴォルトー先生は言い終わると生あくびをしながら本を取り出し読み始めてしまった。僕達は、返事をするとまた演習に戻った。
「たぁぁぁっ!!」
僕の今日の相手は、現在のところ同期の中でトップのアレン。下級からこれまで50戦程剣を交えたけど、せいぜい10勝がいいところだ。完全な負け越し。
「やぁっ!!」
「ふっ!!」
カツカツと重なり合う木剣。力はほぼ互角なはずなのにどうしてか僕の剣はアレンに届かない。躱され、いなされ、或いは叩き落とされる。ならばと、相手の攻撃に乗じて被弾覚悟で刺突に切り替えたところ、
「ノエル!! 俺は死にたがりの剣は教えてねぇっ!!」
本を読んでいたはずの先生に怒鳴られてしまった。僕のクラスには40人の生徒がいるというのに本を読みながらそれぞれの動向にも注意を払っていたと言うのだろうか。
「いや、先生。あんまり剣技教えてくれないじゃないですか」
「……うるせぇよ。いいか? お前らのは剣技以前の問題だ。心構えがなってない」
やっと授業らしいことが始まったと言えるだろうか。だが三カ月もたってやっと心構えとは。
「いいか、騎士は死を恐れてはいけない。だが、死を受け入れるな。必ず生きる、生き残るって事が回りまわって国や人の為になるんだ。だから絶対にお前らは生き残れ!! わかったか!?」
僕たちは大きく返事をするとまた演習に戻った。そして、僕は今日もアレンの剣の餌食となった。
「おーし、今日はここまで。今日の話が理解できてそうな奴から真剣に切り替えていくからな。死なない覚悟の次は殺す覚悟だ。今日から卒業までその辺をみっちり仕込んでやる」
死なない覚悟と殺す覚悟か……。僕にはまだどちらも備わっちゃいない。だけど騎士である以上、魔獣どころか人間と対峙することだってあるんだ。そして、三年もすればその覚悟はすぐにこの身に問われることになる。
「アレン、僕の剣はどこがダメなんだ?」
アレンは答えを探して必死に考え込む。
「うーん……。ノエルの剣は怖い……よ。真っ直ぐ……で迷いが無い。ただ、だから怖くない……のかも?」
「怖いから怖くないってどういう事? もう魔法以外に頭を使わせるのはやめてくれよ……」
僕は頭を抱えてその場に座り込んだ。
☆☆☆
「へぇ~。アレンがそんなことをね」
「エマならアレン語を解読できるかと思って」
お互いの授業が終わってエマと一緒に食堂で昼食をとる事にした。エマはサンドイッチにイモのポタージュスープ。僕は少しでも背を伸ばしたくて肉。野菜。パン。肉。ミルク。
「気負い過ぎて狙いがバレバレってことなんじゃない? ほら、普段みたいに何も考えずに剣を振ってみるとか」
エイッと剣を素振りする真似をするエマ。横顔に見とれてしまいそうになる。
「確かにそういうところはある……かな。ただ、普段何も考えてないってのは心外だ」
「じゃあ、普段何考えて過ごしてるのよ」
それは……、剣の事とか……、魔法の事とか……。あと……。
「あらっ!? 少し顔が赤いわよ? ノエル、好きな子の事でも考えてたんじゃない?」
ニヤニヤと意地悪い笑顔で僕をつついてくるエマ。
「そんな事! エマは何考えてんだよ」
「そうねぇ、美しい術式の構築とか効率的な魔石の使い方とか……」
「わかった、僕が悪かった。もういい」
僕は両方のこめかみを片手でつかみながら首を振った。
「え、でも騎士になるなら一通りの魔法ぐらいは……」
「僕だって火や水ぐらいは扱えるさ」
「そんな四大元素で威張られても」
「学園に居ながら光魔法だの闇魔法だのにまで手を出してるエマが異常なんだよ」
「あら、褒められてるのかけなされてるのか微妙なとこね」
当然僕は褒めたつもりだ。学園では四大元素の魔法を最低限扱えることが魔導師としての第一歩なのだから。騎士に求められる魔法のハードルはさらに低い。ただし戦闘応用に関してはその限りじゃない。魔導師並みに派手な炎を繰り出す騎士もいるにいる。
「そういえば、剣の話だったわよね。多分ノエルは素直だから色々相手が読みやすいのよ。私だってノエルの単純な思考はある程度把握できてるし」
僕は思考を把握していると言われて押し黙った。もし、本当にそうだとしたら大変だ。僕の気持ちがダダ漏れになっているとしたら。そして、そのことを言ってるとしたら残念ながらエマの眼中に僕は居ない、という事だろう。
「怒っちゃった? 冗談よ! ノエルは昔っから色々抱え込んでは損するタイプだし」
「そ、そうなの!?」
「ま、所詮は魔導師見習いのアドバイス。生かすも殺すもアナタ次第よ!」
そう言うとエマは、トレーを抱えて先に行ってしまった。次の授業の準備が有るらしい。僕も同じ授業を取っていたはずだが。魔法学の準備ってそんな大ごとだったっけか。
「ま、エマが言うならその通りなんだろ。もうちょっと肩の力を抜いてみよう」
僕も残りの肉を平らげ、トレーを片付けると自室へ戻ることにした。