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第8話 帝国

 帝国ギルテニア。山間部の一小国だったギルテニア王国は強固な要塞エイギスと山から現れる魔獣との戦いで培われた剣と魔法で各地の国に戦争を仕掛けてはそれらを傘下に収め、やがて大陸の7割を手中にする頃には帝国を名乗るようになった。


 だが、今から200年前に起こった事件を機に、帝国は侵略戦争を一時中断することになる。


 その事件以降、禁域と呼ばれるようになった大陸南部に広がる大森林地帯。そこには一人の魔女と数多の魔獣が生息していた。咽返るほどの魔素の濃度、それはその奥に豊富な魔石の採掘場が眠っている事を意味する。


 魔法の行使に必要な魔石。それは侵略戦争を繰り返すギルテニアにとって最も需要が高い素材の一つだった。魔石は代償の肩代わり。魔法を行使する者にとって必要な代償は様々だったが、魔素を含む鉱石『マギカライト』は単純に所持しているだけで魔法を発動することができ、且つその変換効率は一般的な動物の骨や皮、自分の血などよりはるかに優れており、もはや市民の一般生活にすら欠かせないものとなっている。


 よって、禁域の奪還及び探索の再開は大陸の覇者たるギルテニア帝国にとって急務とされている。


「――以上が、帝国史の概要を示すレポートです」

「はい、いいでしょう。……ですが遷都したとはいえ、かつてのギルテニア王国を一小国と評価するのは不敬に当たり、学園の評価と私の胃に宜しくないので、表現をもう少し柔らかくしておくように。ノエル君」

「はーい」


 僕は生返事で先生のご提言に答え、着席した。クラスの中からはクスクスと小さな笑い声が漏れる。ここはギルテニア帝国帝都のさらに中心部。帝国の発展、守護の要たる騎士と魔導師の養成所兼学園。名をグランバート皇立学園、グランバートは初代皇帝の名前らしい。掲げる理念は『忠誠・誠実・実行』だ。


 8歳の頃に入学したこの学園ももはや7年の付き合いになる。下級(ロー)三年、中級(ミディア)四年、上級(ウェルダ)三年。僕も今年から上級の仲間入りだ。そして、三年後には晴れて騎士団や魔導研究所に正式に配属される事になる。


 そんな僕たちの消化試合のような授業、それが帝国史。特に上級になってからは近代史をひたすら叩き込まれる。原因は勿論禁域。当代の王は残念なことに――と言ってもこれは口が裂けても声に出せないが――歴代随一の覇王である。現ギルテニア帝国は彼にとって狭すぎるらしい。噂によると禁域を制した後は大陸の外すらも侵略の視野に入っているとか。禁域から採掘されると目されている魔石、『黒神石』の埋蔵量試算を見ればそれも単なる夢物語とは言えない。


 「またノエルったら余計なひと言で先生の胃を攻撃して!」


 授業が終わるとすぐに声を掛けてきたのはエマ。魔導クラスの最優秀生徒。僕の幼馴染。良く言えば世話好き、悪く言えばお節介。そして平たく言うなら僕の想い人。もちろん本人は知る由も無いけど。本人はコンプレックスだと言っている赤茶色の長い髪も、研究者特有の透き通るような白い肌も僕にとってはたくさんある魅力の内の一つに過ぎない。


「退屈なんだよ、あの授業」

「騎士団候補生なんだから発言には気を付けなさいよ! 禁域に送り込まれちゃう可能性だってあるんだから」

「それは困るな。中心街の焼きたてパンが食べられなくなる」

「もうっ!! 後になって()()()()()()()青くならないでよ!」


 禁域、それは魔女の住処。200年前のギルテニア帝国拡大を阻んだ侵すべからざる領域。当時の皇帝グレンダイクはそれまでの帝国の覇権主義を継承し、領土拡大に躍起になっていた。そして目を付けたのが、莫大な量の魔石が眠っているとされるヘルバニア大森林地帯。だが、接収した近隣国では既に近づく者は居ない地域だった。


 調査目的で送り込まれた騎士、兵士、学者らの総数は延べ4万人を数えたが、その(ことごと)くが、消息を絶った。誰一人として帰還しない。何一つとして成果が無い。魔獣に襲われたか、知られざる原住民でも住んでいるのか。何もわからないままただ人員を浪費することをグレンダイクは当然に恐れた。そんな折、ついに一人の帰還者が帝都へとたどり着く。――しかしそれが決定打となり、以降、帝国はヘルバニア大森林地帯への一切の干渉を絶った。


 『ここは魔女の住まう森。手出しは無用。私はいつでも貴方達を見ている』


 森からの唯一の帰還者は皇帝の目の前で、36の肉片と大量の血液を撒き散らし、唯一の帰還者から最後の犠牲者へと変わり果てた。犠牲者の肉と血は文字を成し、皇帝達に警告。彼はメッセンジャーであり、手紙だった。これが、200年前の事件のあらましだ。


「そう言えば、三カ月後の騎士組の課外授業、『青国石』の採掘でしょ? 私、試したい事があるから少し多めに取ってきてよ!」

「簡単に言うけど採掘所ってことはそれなりに魔獣も襲ってくるってことだからね?」

「ね、お願い!」


 両手を合わせるエマ。彼女のお願いで僕が断ることは基本的に無い。……無いが、とにかく僕は一度難色を示してみる事にしている。予定調和と言えばそれまでだが、彼女は僕が渋々了承すると、満面の笑みで次の授業へと向かっていく。そして、彼女が走り去り、周りに人が居ないことを確認すると、彼女の笑顔を思い出し一人ほくそ笑むのだ。


「さて、次は剣技科目か」


 退屈な座学を終えて、僕は背伸びをした。魔導師としての才に溢れたエマの隣に立つには、僕も相応の努力をして騎士としての成績を上げて行かなくてはならない。だというのに今のところ同年代の個人ランクとしては中の上と言ったところ。騎士としての成績とは詰まるところ実技に集約される。実技とは剣技、そして魔法。


 僕は正直言って魔法が不得意だ。自分で言うのも何だけど剣技は上位のグループに属している。ただ、魔法の術式構築というものがどうしても理解を拒絶する。魔導師(それも超一流の)を幼馴染に持つ身としては不甲斐ない事この上ないが、エマとの会話で唯一全くと言っていいほど成り立たないのが、魔法に関する話題。


 エマが言うには魔法とは代償を媒介に事象を召喚しているのではないかとか、本人の潜在魔力値の高低が同じ術式、同じ代償でも結果の違いに寄与しているとか、術式を洗練すれば今度は結果が変わってくるとか、聞いているだけで睡眠の術式が発動する。


「自分の術式さえ構築してしまえば後は念じるだけでいいんだけどなぁ」


 僕は演習用の木剣で肩を叩きながら、修練場へ向かった。

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