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第7話 不死

 僕は、走った。時折、挑発するように後ろを振り向きながら。二人が追跡を止める可能性もある。応援を呼ぶ可能性も。だから、着かず離れず、村を抜けた先にある森を目指して。あの森はちょうどいい隠れ蓑になりそうだ。魔素も……大丈夫そうだ。二人の死体を魔獣に食わせるわけには行かない。簡易結界はギルドに返却したからな。


「いつまで逃げてやがる! この臆病者が! さっさと剣を取れ! 俺と戦え!」

「こうなってくると生死問わずの依頼が生きてくるな。仕留めさえすれば後は帝国兵を呼んで検分するだけだ」

「簡単にゃ殺しゃしねぇ! 拷問して色々吐かせてやる! 帝国兵や騎士団が着くまでなぁ! それでも静まらなかったら次はあの女の番だ! へへへ」

「全く、獲物は犯罪者だけにしておけよ。なるべく、な」


 聞くに堪えない会話を繰り広げながら僕に迫る二人。やがて、森に入ってしばらく経った。ここなら安心して戦えそうだ。


「お、やっと観念しやがったか」

「ダラスとスレイ……だったか。もう一度言う。僕を殺そうと思わないことだ」


 僕は短剣を構えながら二人に告げる。ダラスはショートソード、スレイはロングソード。得物は完全に不利。


「ふっふっふっ、随分腕に自信があるようだが、見たところ19、20の若造だろう。戦場に赴くたびに死線を越えてきた不死のスレイ。貴様ごときに遅れはとらんよ!」

「待て待てスレイ! こいつは俺にヤらせてくれよ! なぁっ!」

「む? ふむ。まぁ、油断はするなよ? なんといっても相手は騎士様なんだからな」


 二人で向かって来ないつもりなのか? ちょうどよかった。どうにかしてダラスの武器を奪えないかと思ってたところだ。短剣でロングソードを相手にするよりは多少マシだろう。


「っっしゃああああ!!!」

「!!」


 やはり人狩り専門の剣技。魔獣相手の場合、敵の動きはある程度単調なものになるが、対人戦を想定した場合はるかに複雑な対応を要求される。どうやら、名乗りにハッタリは無いらしい。


「うひょ!? これもいなしてくるか! さすが騎士様だぜぇ!!」


 刀身の軽い剣からは斬撃よりもむしろ刺突が飛んでくる。拷問すると言っていた割には平気で心臓なんかも狙ってくる。酒気を帯びているせいかはたまた天性のものか。剣筋が読みにくい。


「オラオラァッ! 学園だかなんだか知らねぇが騎士様のお坊ちゃん剣技を見せてみろよ!」


 ならばお望み通りとばかりに、振り下ろされた剣を躱すと、素早くダラスの腿に刃先を突き立てた。


「ってぇな! この野郎が!!」


 今度は水平に払われた剣。刃先は顔横数cmの所で止まる。両の手で持った血染めの短剣で受け止める。


「んだよ! この馬鹿力は!?」


 さて、動きは止めたが……。


 【――ほらほら、お人好しがまた死ぬよ】


「発雷!! でやあぁぁぁぁっ!!!!」


 スレイは静観していたわけではなかった。ダラスの状況が不利と見るや、即座に戦闘態勢に移行。彼の魔法だろうか、轟音が鳴り響いた後、僕は背中をバッサリ切られたらしい。直後、激しい痛みと衝撃が全身を貫く。そこで僕の意識は一時、飛んだ。


「手出しすんなよ! と言いたいところだが助かったぜ。この野郎俺に怪我させやがって。クソ! 痛ぇ!!」

「フン、油断しておるから……ダ? が、あ、ああああああああっ!!!」


 僕がムクリと起き上がると同時に雷鳴のような音が再度辺りに響き渡る。まるでやまびこのように。


「――油断。そう、油断だ」

「は?」


 僕は倒れているスレイの心臓に剣を突き立てる。不快な感触が手を通して全身に広がる。彼は充実した生を送れただろうか。満足のいく死を迎える事が出来ただろうか。考えても仕方ない。答えはNOに決まっている。こんな理不尽な死、受け入れられないだろう。


「な、なんで! なんでお前が起き上がる! なんでスレイが! なんで」

「なんでだろうね? どうしてだろう。どうしてこうなってしまった」

「こ、殺してやる! お前ぇっ!! 風刃!!」


 ダラスが剣を振るうと、刃先から風の刃が飛び出し、僕の頬を切り付け後ろの木を薙ぎ倒した。結構な威力だ。


 だけど、僕の顔には傷一つない。いや、正確には出来たそばから消えていく。


「いてぇ!! なんで俺の顔に!! や、やめろ!! 来るな!! 風刃!!」


 今度は僕の腕を風の刃が持っていく。それでも、切られた腕は飛んでいくことなく、また僕の腕としてくっつき、動き始める。そして、またもや理不尽なことにダラスの左腕はダラスと別れる羽目になってしまった。


「な、なんで……、うっ、ああああぁぁああ!!!!」

「僕は、()()死にたくないな」


 僕はふらつくダラスの腿を突き刺した。これで、彼の両足と片腕は機能を失った事になる。


「これで、もう逃げられない」

「ひぃっ!!」

「でも、安心して。僕は()()()を知ってる。なるべく、楽な。苦しくない奴を」


 僕はダラスの心臓の鼓動を持っていた短剣で止めた。


「痛かったろう。苦しかったろう。本当にすまない。ゆっくり休んでくれ」


 僕は二人の遺体を丁寧に埋葬し、けれども墓は建てなかった。二人が死んだことも、ここに居たこともなるべく知られないように。これは完全に僕の都合だ。神の存在を二人が信じていたかどうか僕は知らない。けれどもどうか二人の魂がせめて安らかに神とやらの下に召されるように。


 それにしても、スレイ。不死のスレイか。僕の呪いのせいであっけなく死んでしまったが、恐らく不死と渾名される程、本来は強かったのだろう。剣撃に雷の魔法を付与する使い手。ダラスにしてもそうだ。風の刃を操る魔法。威力、速度。まとも戦っていたら苦戦していたはずだ。


 だが、二人とも強すぎるが故に死んでしまった。僕を殺してしまう程の強さ故に。そう、僕は――――


 僕こそが、不死。比喩じゃなく、騙りでもなく。僕が受けた呪い。それは、痛みを、傷を、死を、人に押し付ける最低の呪い。禁域を侵した僕への罰。それとも帝国への?


 僕は突然降り出した雨に打たれながら、帝国領域の外を再び目指し歩き始めた。


 そしてまた、無性にエマに会いたくなった。

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