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第26話 攻城

 僕は今、立ち止まっているのだろうか。


 腕は動いている?


 それとも――。




  ☆☆☆




 ガドラン城を前に、無事に布陣を終えた僕達は、少ないながらも城の外に配置された兵を見て、直ぐに悟った。彼らは捨て駒であり、時間稼ぎに過ぎないと。


 装備は貧相、体格は貧弱、恐怖に塗りつぶされた眼は気概の欠片もない。斬ることを躊躇わせるほどに明らかな戦力差。ここまで見え見えだと逆に罠のような疑念さえ湧いてくる。


「相手がどんな状態だろうと躊躇うなよ! 一瞬でも隙を見せれば死ぬのはこっちだ!」


 ブライト隊長の檄が飛ぶ。僕達は突撃の時を今か今かと待っている。風が一筋駆け抜けると同時に小隊を包む結界の付与が終わった。今回、ギルテニア軍の総指揮を買って出たのは魔剣公のマルグリート。帝国軍と騎士団を統括する総司令の立場だ。マルグリートは結界の展開を確認すると、高揚した面持ちで全軍に通達した。


「全軍、突撃!!!!!」


 合理主義の現れか、はたまた生来の高慢か、全軍を鼓舞する檄などは無く、ただ簡潔に突撃を命じるのみ。それを受けてまず前方のワーカントと帝国軍の混成部隊が動く。


「我らも前線が接敵する辺りのタイミングで進軍するぞ!」


 ブライト隊長から更なる指令。僕は、ただ殺すことよりも生き残る事を考えていた。エマから送られてきた魔石のペンダントを握りしめながら。


「そろそろだな。ブライト隊! ついてこい!」


 ブライト隊長の指示でブライト隊が塊をなして敵陣へ飛び込んでいく。前方では激しい斬りあいや鉄の触れ合う高音が響いていた。僕たちは正面からの対峙を防ぐように横へスライドした。敵軍の脇から切り崩していく形をとるために。反対側にも同じように騎士団の混成部隊が伸びていく。僕達に展開されている結界は大規模な魔法攻撃を警戒してのもので、兵士は素通りして攻めてくる。強化魔法の施されていないワーカントや帝国兵と、敵兵の戦いは拮抗していたが、魔法を駆使して横から攻めてくる騎士たちには為すすべなく、敵兵の屍の山が築かれていく。


 ここで、アンドラ隊が何かに気付いたらしく、接敵している部隊に最速の精霊をもって伝令が飛ぶ。


 曰く、前面に爆発を防ぐ、結界を――


 その言葉が全て届く前に、敵兵は炎をまき散らしながら爆発した。最初の爆発はワーカント部隊の目の前、正面から相対していた敵。ワーカントの数名を巻き添えに自らも四散する程の爆発。その爆発を皮切りに、次々と吹き飛んでいく敵兵。巻き込まれる味方の兵。


 僕達の目の前で戦っている敵兵が悲壮な顔を浮かべる。まずい、結界を――!


 そう思った刹那、僕の一歩前を進んでいた、同じ小隊の仲間が二人、炎の渦にのまれる光景を目の当たりにした。声を上げるでもなく、覚悟を決める間もなくただ剣を振り上げたまま、赤く染まりゆく二人。そして、まるでコマ送りのように僕の眼前にも炎がその手を伸ばしてくる。


 ――死ぬのか。


 ――ここで終わるのか?


 時が止まったかのような一瞬の静寂。僕の前に青く光る壁が現れた。そうと分かりながらも迫りくる炎から、あるいは吹き飛んだ仲間から? 目を背けてしまう。


「なんと非道な……!!」


 クラウス中隊長の目に怒りが滲む。


「あ……れ……? キースさん? メリアさん?」


 僕が目を背けた一瞬で二人は()()()()()


 僕が助かったんだ。二人もきっと僕が見ていない一瞬で結界の内側に入ったに違いない。


 いや、そうじゃない。僕は見た。二人の飲み込まれる様を。


 もしかしたら、瞬間移動する手段を持っていたかも?


 いや、炎は確かに二人を、包んだ。


 どうして僕は無事なんだ?


 結界が守ってくれたんだ。後方の魔導士の反応が一瞬勝った。


 それなら、やっぱり二人も


「――ル! ――エル!! ノエル!!!!」


 どうしたんだ? なんでこんなにマリュウは慌てているんだ?


「ノエル! 無事でしたか! 火傷を!! 手の火傷を見せてください!」


 火傷? なぜ? あれ? 僕は何をしていたんだっけ?


「動けますか!? とにかく後退です!」


 交代? 誰と? ああ、もう僕の番が回ってきたのか。


「ノエル!! しっかりして下さい!!」


 僕はしっかりしてるさ。しっかりとここに立って――。あれ? 体が? 重い? 動かない? 僕は何をしていたんだ……っけ?


「どけ! マリュウ!!」

「ウグッ!!!!!」


 マリュウを押しのけると同時にリィザ小隊長の拳が僕の頬を撃ち抜く。意識が遠のく寸前、僕の足は倒れることを拒否してその場に踏みとどまった。


「すいません、リィザ小隊長」

「良い! 織り込み済みだ! 城の中からさらに自爆兵とみられる部隊が出てきた! 剣士隊は一回退いて魔法攻撃で撃退するぞ!!」


 僕は、改めて眼前の光景に戦慄した。血の赤、肉の焦げる臭い。原型を残さぬ死体に、まだかろうじて息のある重傷者。夥しい数の人らしき何か。その中にはきっとキースさんやメリアさんも含まれているのだろう。ふと思い出した瞬間に胃の奥からこみ上げるものが。


「吐くならここから離れてからだぞ!」

「そ……ん、ウッ……グ……」

「行くぞ!」


 僕はリィザ小隊長に半ば引きずられる格好で後方へ退避した。僕たちが拠点に着く頃には魔導士隊による魔法攻撃が開始されていた。巨大な火球、降り注ぐ氷柱、押し寄せる土の波、風の刃が敵兵を切り裂く。


「被害状況は!?」

「騎士と魔法剣士は一度下がらせろ!」

「帝国兵・ワーカント混成部隊、前方三列まで壊滅状態です!」

「魔石は惜しむな!!」

「衛生兵!!!!! 重傷者が運ばれてくるぞ!!!!」


 様々怒号が飛び交い、司令部に僅かながら混乱が伺える。


「しばらくは魔導士の独壇場だな」


 リィザ小隊長は顔をしかめながら吐き捨てるように言った。


「まさか、自爆するとは……」

「アンドラ隊の伝霊がなければウチも巻き込まれていただろうな」


 アンドラ隊と言えば、先の任務でも自爆に巻き込まれていた。何か同じような気配でも感じ取ったのだろうか。


「クソッ! キース、メリア……!」


 初日、それも開戦からわずか数時間で騎士に犠牲者が出た。王国中枢への道は遥か険しいものと最前線の人員は理解せざるを得なかった。

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