第25話 開戦
「ウェスタビア王国との戦いにおいての心得を伝えておく!」
開戦を前に、ブライト隊の全騎士を集めて隊長が口を開く。
「王国には魔導士の代わりに精霊術士が存在する。奴らが駆使する精霊術こそ今回の遠征において最も注意を払うべきモノだ!」
精霊術……、確か学園の授業でも習ったな。ウェスタビアには魔石であるマギカライトの産出が少ない為か、精霊術の研究が盛んに行われていたとか。
「新入りのノエル! 学園を出たところの貴様には即答できるであろう。精霊術のメリットデメリットとは!?」
やばい。いきなり聞かれて返答に困るなんてそのまんま授業の再現だ。
「えーと……、確か……、精霊術は魔石を必要としない代わりに精霊たちの信頼を得ることが肝要となり、その習得には多大な時間と労力を要するため、根本的に使用者が少ない……でしたか」
「良いだろう! ノエルに評点1を与える!」
ブライト隊長の学園そのもののノリに、隊員たちは笑いで応える。
「つまり数は少ないが、扱う魔法はほぼ無制限と言っていい。だからこそ我々は精霊術士を早急に排除せねばならん! 精霊術士と対峙できるのは騎士か魔導士のみだからな!」
ブライト隊長は腕組みをしながら頷く。今回の初戦は何が何でも勝たなくてはいけない。王国への進軍の第一歩として、また、橋頭保の確保の意味でも。帝国騎士団を投入するということはそれなりの重みを持つ。故に、剣聖、魔剣公、大魔導士の称号を持つ三人すらも戦場に送り込まれているのだ。
「そして、ノエルの解答に付け加えるとするならば、精霊術には契約と盟約の二種類が合ってだな。契約は精霊と個人が、盟約は国と精霊がそれぞれ結ぶものだ。わが帝国は、鳥の精霊、ファルフィード様一柱と盟約を交わしており、主に通信手段として眷属を使役している。だが、敵は二十柱にも及ぶ精霊と盟約を交わしていると言われておる」
この辺もうろ覚えながら授業でやった気がするぞ。盟約を交わした精霊は積極的に侵略に手を貸すことはないけど、その代わり守護には全力を尽くすとか。ウェスタビア王国が領土をほとんど増やさない代わりに、大陸一の古豪国として栄えたのもそんな理由だったな。契約の場合はその限りではなくて、精霊自身の好みにもよるけど、攻撃に手を貸すものもいるらしい。
「今ではほとんど存在しないようだが、精霊そのものを顕現させる精霊術師もいるらしい。精霊が顕現した場合は、赤毛から黒毛の魔獣が高い知能を持って攻撃してくると思っておけ」
想像しただけで恐ろしい。僕が対峙したあのファングウルフも知能はそう低くないはず。魔獣が魔法を使う可能性を考えると倒すのはほとんど無理なんじゃないかとすら思える。
「我々は今回、敵陣に土足で踏み入るわけだ。当然、罠を仕掛け放題、伏兵も潜ませ放題。そして、本陣は城に立て籠もり。考えられる限り最悪の状況ではある!」
一同は息を飲みながら、ブライト隊長の言葉に聞き入る。
「だが、案ずるな。我々には磨き上げた技がある。練り上げた魔法がある。日頃の鍛錬の成果、存分に王国の兵に喰らわせてやれ!」
ブライト隊は気分を高揚させるべく、雄叫びを上げ、剣と盾を打ち鳴らす。
「目標は敵城、ガドラン城! 数の上で有利でも決して油断するな! 侮るな! ブライト隊、出陣!」
「「「おおおおおおおおおおおっ!!!!」」」
僕たちはウェスタビア王国へ向けて進軍を開始した。
☆☆☆
「明日の今頃は戦場の真っただ中かぁ」
帝国の西の端、国境にほど近い街から敵城へ向けて行軍中の帝国軍。後方補給隊を街に残し、今夜は野営の予定だ。さすがに、国盗りとなると補給線の確保も大事になってくる。国境に近い街はこの数年で要塞化と駐屯地化が進められており、僕たちが切り開いた活路を辿って後発の味方が進軍していく。
「今からお喋りで体力を使わないほうがいいですよ、ノエル」
マリュウはいつもよりさらに真面目な顔で僕を諭した。
「ここはもう敵国なんです。どこに伏兵が潜んでいるかも……」
「ごめん、気を付けるよ」
とはいえ、先導の部隊はさっきから探索探知を続けているし、何なら魔導士が敵の侵入を知らせる結界を張りながら歩いている。精霊ファルフィードの眷属も飛ばしているし、急襲は難しいんじゃないだろうか。
だけど既に、敵国に侵入していることもまた事実。僕は素直にマリュウの苦言に従うことにした。だめだな。こんな間抜けじゃ殺されても文句は言えない。今一度気を引き締めなければ。
そうこうしている内に、今夜の野営予定地に到着した。僕とマリュウの小隊はテントの設営。斥候班と索敵班は忙しそうにしている。魔導士は敵の侵入だけでなく、物理と魔法をも防ぐ結界の下準備に取り掛かっている。この規模で結界を張るとなると、さすがに赤帝石が必要になってくるけど、それでもエマがいる魔導研究・開発局の研究の賜物で、大幅に省エネルギーを実現したらしい。
「このレベルの結界だと、物理ドームを移動させているようなものだな」
「ええ、今回は青国石も赤帝石もふんだんに投入されてますから、本当に負けられない戦いですね。もしかしたら皇帝はすでに黒神石の投入を考えているのかも」
「ここで投入するとヘルバニア攻略が数年規模で遅れるだろうし出すとしたら最終兵器としてだな」
「国宝ですからねぇ」
僕たちは慣れた手つきでテントの設営を進める。これも、学園にいた当初よりはるかに手際が良くなっている。地獄の訓練の賜物だ。
「おーい、次はこっちだぞ! ノエル! 終わったらうちは索敵の手伝いだ!」
「リィザ小隊長がお呼びだ。明日はお互いに絶対に生き残ろう、マリュウ」
「ええ、必ず!」
僕はマリュウと拳を突き合わせると、再会を約束して別れた。ああ、昔はここにサラも居たんだ。サラは別の部隊に配属になったけど、今はどうしているだろうか。彼女の才能なら魔法剣士として存分に腕を振るっていることだろう。願わくばまた三人が揃ってギルテニアの地を踏めますように。
僕は信じもしない神に向かって祈りを捧げた。