第23話 死線
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魔獣の肉質とは全く異質な感触。刃物の通りは良く、すぐに骨まで達する。血と汗と泥が交じり合い、乾いたと思えばまた浴びる。魔獣とは違い、斬りつけた瞬間に人を感じてしまう。僕以外の新兵もそうなのだろうか。だめだ。また、余計なことを考えている気がする。
「おかしい、なんだこの統率の無い動きは」
クラウス中隊長は、魔導士二人のそばから離れることなく戦況を見つめている。あれはあれで信頼の証なんだろう。
「ブライト隊長。中にはまだ魔導士クラスの敵が居るんですよね」
「ああ、悪い予感がする」
僕はというと心をただひたすら無にして剣を振るうように切り替えた。そのせいか皮肉なことに集中力は増して、剣筋が冴えわたり、体も軽く感じる始末。後から後から飛び出してくる盗賊を次から次へと無力化していく中で、頭空っぽな僕にでさえも疑問、というか違和感が生まれ始めた。
門を破られたとはいえこんなにも簡単に城を放棄するものだろうか。死体の数をきちんと数えてる余裕なんてないけど、捕縛者は既に100人に迫る勢いだ。だが、飛び出してくる人間の勢いに変化は無い。内に立てこもっていたはずの者が外に飛び出してくる……?
「何かおかしい。先行部隊を下がらせろ」
ブライト隊長の伝達精霊、通称伝霊が正に城内に入ろうとしたその時。激しい音を立てて城の中心部から爆発と火柱。敵味方の区別なく、動きが止まるほどの地響きが少し遅れてやってくる。
「総員!! 下がれ!!」
城外で戦闘していた騎士が全てウルスの結界の中まで退避する。結界の外では逃げ惑う盗賊たちが、降り注ぐ城の破片にさえも当たり所が悪ければ十分な殺傷能力がある事を証明してくれていた。どうやら爆発は城の地下で起きたようだ。
「退避の信号弾を!! 被害状況を確認しろ!!」
ブライト隊長の号令で僕達は城から離れつつ、火球を打ち上げる。城の中には中隊が少なくとも二隊は先行しているはずだ。あの爆発に巻き込まれたとなると……。
「魔法か、魔具か。いずれにせよ我々は嵌められた訳だ」
クラウス中隊長が苦虫を噛み潰したようなで呻くように声を絞り出す。嵌められたのは誰に? 盗賊? 近隣住人? 帝国兵? まだこの段階ではっきりすることは何もない。ただ、外にいた盗賊の様子から、彼らも作戦を聞いていたわけではなさそうだ。
城を覆っていた白煙と土埃が晴れていくにつれ、現場の様子が明らかになってきた。城があった場所には爆発の影響と思われる穴が開いていて、その周りには敵味方多数の怪我人が倒れて蠢いている。
「魔導士及び魔法剣士は回復魔法を! 剣士隊は索敵!! まだ爆発物が有るかも知れん! 慎重に動け!!」
僕達はゆっくりと穴に近づいた。あの爆発の規模にしては若干規模が小さいようにも感じる。魔法剣士が張る結界を頼りにして、穴の目の前までやってきた時、中から叫ぶような声が聞こえたので耳を澄ませてみると、
「おおおおおおい! ここにいるぞおおおお!!」
「生存者!!!」
穴が暗くて中が良く見えないけど、何人かが動いている様子が見える。
「生存者複数!!」
「怪我人は居ますか!?」
僕は火魔法でぼんやりとあたりを照らす。すると、中には一番最初に突入していったアンドラ中隊と思しきメンバーが各々鎮座していた。どうやら、回復魔法に魔石を回していたようだ。
「アンドラ中隊長はおられますか!?」
「……おう、ここだ」
無事が確認できた。だが、声のトーンは一段と低い。
「今、引き揚げます!」
「ダメなんだ。すまないが魔導士の浮遊魔法か吊り上げる仕組みを考えてくれ」
薄暗い穴の中へ目を凝らしてみると、アンドラ中隊長は左腕を失っていた。だが、斬られたというよりは肩から先がすっぽりと無くなっていて、まるで空間ごと削られたかのような鮮やか過ぎる断面だ。
「相手の魔法を封じ込める結界を作るのに無我夢中でな。どう見繕っても手持ちの魔石じゃ足りなかった」
なるほど、直接左腕ごと代償にしたわけか。よくとっさにそんな術式を構築できたもんだ。魔法剣士隊の中隊長ともなると、魔導士並の魔法構築が出来る人もいるが……。今はとにかく救出活動を優先しよう。
「ウルスさんとリルカさんを呼びます! 止血は済んでおられますか!?」
「ああ、何とかな。宜しく頼む」
☆☆☆
その後、城門の外へ移動したアンドラ中隊長から内部の様子を聞いてきたクラウス中隊長に事のあらましを教えてもらった。要約すると、今回の件は帝国内部にくすぶる反帝国主義者の犯行、ということになるらしい。
先行したアンドラ中隊長は内部に立てこもっていた勢力が半数以上戦闘を放棄して逃げ出していく様子を見て、戦いを選択した人員との温度差を感じていたという。捕縛した連中からも少しずつ話が聞けているが、外に出てきた奴らは本物の盗賊。どうも反帝国主義者の隠れ蓑にされたようだ。
徹底抗戦を訴える反帝国主義者達に愛想を尽かし、飛び出してきたが当然外にも部隊は配置されていて、そこでさらに覚悟を決めたものと捕縛されたものに別れたというわけだ。
「先行したのがアンドラ隊で良かったよ。アンドラ中隊長も魔導士には及ばないまでも相当な魔法の使い手だ。それでも、結界を維持できずに上部に穴を開けて爆発を逃がしたらしいからね。僕らの部隊なら確実に死人が出てた」
クラウス中隊長は笑いながら話すが、自分が最前列に立っていたらと思うとゾッとする。
「けど、アンドラ中隊長は左腕を犠牲に、隊員を守った。ただ、首謀者は自爆してしまって捕らえられなかったのが残念ではあるけどね。後は、帝国兵や調査隊の領分だろう。さあ、僕らも胸を張って帰ろう」
僕は今回の件で、初めて人を殺した。まだ、肉の感触や死にゆく者の顔が離れない。そしてまた、味方の犠牲が伴う作戦でもあった。この先、何度もこんな死線をくぐるのだろう。そして、そこを踏み越えられなかった者に待っているのは冷たい土の味だけ。
僕らはやっと騎士になった。
もう、学園生活が遥か遠いものに感じ始めた。