第22話 初戦②
バルコニス城は、ギルテニア帝国に併合されたバルコニス国の主城であったが、50年前の戦いを最後に、その役目を終えていた。というのも50年前のギルテニア侵攻が苛烈を極め、城の内部はボロボロで、また比較的内地よりでもあったため、資金的な理由もあり、再建しての運用を放棄されていたからだ。それでも、盗賊が根城とするには十分な規模であり、堅守堅牢を誇った城壁は今も侵入者を拒み続けている。
「全く、厄介なところを奪われたものだ」
バルコニス城周辺の地図を眺めながらブライト隊長がため息をつく。この廃城に配置されていた人員はなんとゼロ。時折、兵士が巡回していたそうだが中に入って見回りまではやっていなかったらしい。まあ、今もなお戦争中である我が国で、遊ばせておく人員は居ないという事だろう。しかしながら今回、この兵士二名が消息を絶った為、偵察に来たところ魔法攻撃を受けた、という事らしい。
ブライト隊長の前に集められたのは中隊長クラス5名となぜか新入り10名。本来ならあり得ない光景だが、初陣に限っては作戦会議を新入りに公開するらしい。ただし、当然発言権は無い。
「まあ、取られたのがその辺の盗賊団ってのが不幸中の幸いですわな」
「だが、強力な魔法を使う奴が居るってのはどういう了見だ!? 魔導士崩れでも引き込んだか!?」
次々と中隊長が発言する中、僕の上官であるクラウス中隊長が口を開く。
「相手が誰であれ、今から攻略するのはあの堅牢と名高いバルコニス城です。今は朽ちかけているとは言え、用心するに越したことはないかと」
「ふーむ、魔導士の御二方はいかがか?」
今回、随行してきたのは男女二人の魔導士。名前は……確か……ウルスとリルカとか……。二人とも20代後半と言ったところか。騎士の正装が鉄の鎧であるように、彼らもまた、様々な術式を組み込んだ法衣を身に着けていた。
「ま、堅牢と言う意味では私の結界に並ぶものは無いでしょう。そして、こちらの矛はリルカ。これで相手が盗賊と言うのだから相手が気の毒というものです」
「ええ。ウルスの結界の内より、極大火球を放ち、門を焼き払った後は掃討をお任せいたしますわ」
自信満々に答える魔導士の二人。傍らには拳大の青国石が五つ嵌められている杖を携えている。あれなら、確かに大砲も撃てそうだ。
「では、当てにさせていただこう。決行は翌日。監視の目を怠るなよ!」
僕達は宿営地に戻る事になった。クラウス中隊長達は突入後の連携確認の為にもうしばらく会議を続けるそうだ。僕は道すがら、マリュウに会議の感想を聞いてみた。
「正直、攻略云々よりもあのメンバーをまとめ上げる大変さの方が気になりましたね」
「同感。魔導士の二人もなんだかすごい人だったし。僕もいつかはあんな風になれるのかな」
いやいや、何を言ってるんだ僕は。なれるのかじゃなくなるんだろ。エマの隣に胸を張って立つために。なんならエマを顎で使えるくらいにならないと。
「明日はいよいよ初陣です。緊張して眠れなそうなので僕は先にテントに入ってます」
「うん、それじゃ」
眠れないのは僕も同じだ。行軍で疲れているはずの体もどこか熱を帯びたまま宙を彷徨っているよう。気負いすぎるな。このままだと夢の第一歩目でつまずくことになる。昔、アレンやエマに言われたな……。難しいことを考えずに剣を振る。今の僕に出来るのはそれだけだ。
☆☆☆
翌日、快晴。到着前から定時連絡を絶っていた帝国兵二人の遺体が城門外に投げ出された。激しい暴行と拷問の形跡。クラウス中隊長の言葉ではないが、敵に対する怒りが湧いてくる。
「抵抗の様子次第では兵糧攻めという手もあったが、こうなってはな」
ブライト隊長の静かな怒りが隊員に伝播する。
「安い挑発だと思うか?」
「可能性は否定できません。が、ここで動かざるもまた騎士の名折れ」
「ウルスにリルカ、やれるか?」
「フッフッフ。ここまで虚仮にしてくれたんですよ?」
「消炭にするのは門だけで宜しくて?」
魔導士の二人も杖を握りしめる手に力を込める。
「よし、では結界の展開と同時に討って出る! 総員戦闘準備!!」
号令と共に全隊が咆哮を上げ、城門を取り囲む。そして、魔導士のウルスを中心に青い半球上の結界が広がっていく。球体の表面には僕では読み解くことのできない紋様がウネウネと動いている。
「魔法攻撃! 来るぞ!!」
誰かの叫び声と同時に鋭利な氷の塊が群れを成して飛来する。が、そのすべてが青い球体に阻まれ、砕けて消えて行った。球体に届かなかった氷柱は地面を深々と抉り突き刺さっている。魔法の便利さを、魔法の破壊力を忘れていたわけじゃない。これが魔導士の戦い……!
「リルカ! ぶっ壊せ!!」
「言われずとも! くらいなさい!!!」
リルカが杖を振るうと、激しく炎が渦巻く球体が現れ、それはどんどん大きさを増していった。結界内の温度が一瞬にして上昇するほどの熱量。それを城門目がけて思い切りぶつける。火球は軽々と門の一部に穴をあけ、その奥の城の一部すら半壊させたところで爆散し、掻き消えた。門の裏に人がいたとしたら、骨も残っていないだろう。
「アンドラ中隊! 先陣を切れ!!」
80名程の中隊が城門の穴から内部に侵入する。門のそばには人の気配は無い。
「あの威力の魔法……、魔導士崩れのレベルなのか……?」
クラウス中隊は魔導士の警護を任された。内部の討ち漏らしを掃討する役目も兼務している。内部への突入は他の四隊が担当している。クラウス中隊長はあごに手を当てながら思案に暮れている。そうこうしている内に水をまかれたネズミのように内部から敵が溢れてくる。
「さあ、各員! 抵抗する者は斬って捨てろ! 降伏の意志のある者は捕縛!! 行くぞ!!」
リィザ小隊長の檄に僕達は剣を抜いて応える。
「おおおおおおっっ!!」
破れかぶれに剣を振り回す者、得物を手放し、膝をつく者。様々現れたが、僕の前に来たのは前者だった。
「ためらうなよ! ノエル!!」
手持ちの剣を大きく振りかぶって走り寄る人相の悪い男。僕はただ漫然と振り下ろされたそれを受け止め、腹に一撃蹴りを入れる。
「があぁぁあぁっ!!」
血走った眼で襲い掛かってくるが、敵の剣には鋭さを感じない。首を狙っている。次は腹。敵の剣が見える。僕は剣を弾くと、肩を目がけて剣を振り下ろしたが、敵の肉を断つ寸前でなぜか手が止まってしまう。
「ノエル!!」
リィザ小隊長の声で我を取り戻すが、既に敵は腰の短剣に持ち替えていた。僕は完全に勢いの止まった剣を、再度力を込めて振り下ろす。
「あああああぁぁぁっ!!!」
肉を裂き、筋を断つ最悪の感触。
敵の首からは血が吹き出し、その顔は絶望に染まっていく。目は見開かれ、口はモグラの巣のようにポッカリと暗く開いたまま。
――僕はその時、初めて人を斬り、初めて人を殺した。