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第18話 騎士

 僕とエマがそれぞれの道に別れて三カ月経つ。エマは既に魔具の開発や新しい魔法術式の構築なんかを偉い人に交じって行っているらしい。この間、ついに焼却炉先輩と出会う事が出来たそうだ。発想は変人そのものとか書いてあったが、エマとどう違うのか文面からはよく分からなかった。相変わらずエマの魔法に関する話は難解だ。むしろ、格上の人たちと交わって磨きがかかったように感じる。


 ところで、僕が知りたいのはその焼却炉先輩が、


 カッコいいのかどうか。それに尽きる。


 そう、はっきり言ってただの嫉妬だ。恋人でもない身分でお門違いも甚だしいが。色んな交流が出来て、しかも自分と同じレベルの会話が出来る人が周りにたくさん居るのだからさぞ毎日が楽しいことだろう。ある日突然恋人が出来たなんて手紙が来ないことを心から祈る日々だ。


 僕はと言うと、騎士としてどこの小隊に配属になるかはまだ決まっていない。じゃあ、何をしているかと言うと入団後半年の配属決定まで訓練。


 ひたすら訓練&鍛錬。そして試練。


 新人担当の上官曰く、「貴様らは、今日この日を境に学園式の騎士から、騎士団式の騎士へと変わってもらう」との事で、学園での鍛錬を遥かに上回る厳しい課題が課されていた。昨日は日が昇ってから暮れるまで公設グラウンドをフル装備で周回させられた。兜の中に朝食を吐く者も出た。


 そんな日々なわけで三カ月を過ぎるころにはエマへの手紙の内容が極端に薄くなり、もはや課題メニューのメモに成り果てていた。


「今日は、ブロードソードの素振りと魔法の発動と筋力トレーニング……と」


 うん、我ながら酷い手紙だ。これなら送らない方がいいんじゃないか? エマも反応に困るだろ。


「ノエルー、もう消灯だぞー。消すぞー」


 相部屋になったシルキスがダルそうに僕に声を掛けてくる。


「ああ、ごめん。すぐにベッドに入るよ」


 僕達に与えられたのは机二つとベッドが二つの極めて簡素な部屋。牢獄と呼んだ方がしっくりくるかもしれない。ベッドは固く、布団も薄い。相部屋なので当然プライベートなど存在しない。極小の窓から差し込む光が唯一の救いか。


「早く寝ないとー。まーた明日も訓練訓練だぞー」


 シルキスの欠伸を噛み殺す声が聞こえる。もう今にも寝てしまいそうだ。手紙(?)も書けた事だしさっさと寝ることにしよう。


「そうだね」


 僕も大きく欠伸をするとさっさとベッドに入り、眠りについた。三カ月経ってもこのベッドの寝心地は慣れない。


 翌朝、僕より早く寝たはずのシルキスより先に目が覚めた。自分は寝起きの良くない方だと自覚していたが、シルキスはその遥か上を行く。朝は徹底的に起きない。それが、地獄の訓練の賜物なのか本人の資質によるものなのかは今だに測りかねているところだ。


「シルキス! そろそろ着替え始めないと間に合わないぞ!」

「大丈夫、起きてるよー」


 初日はこの反応で騙されたが、驚くべきことに彼は今眠っている。反射で僕の声に応えているのだ。そして、僕は彼の同部屋という事で初日から遅刻の連帯責任を取る羽目になった。シルキスは良い奴だが、朝に関しては全く信用していない。


「……水球」


 僕は手持ちの青国石を握りしめると、シルキスの顔を目がけて小さな水の塊を飛ばした。ふよふよと宙を浮かぶ水が勢いよく着水。


「ぶわっ!? お早う!? ノエル!」

「うし。後5分で点呼だぞ」

「任せといて!」


 シルキスは素早く訓練着に着替えると、あっという間に支度を整えた。このスピードは見習いたい。ただ、頑固なくせっ毛をほぐしている時間は無さそうだ。ところどころ緑色の竜巻が発生している。


「さすが、慣れてるね」


 呆れたように声を出すと、シルキスは満面の笑みで親指を立てた。全くもって褒めているつもりは無かったんだけど。ともあれ、僕達は点呼を終えると食堂へ急いだ。


「今日は隊列訓練か。初めてだな」


 全員の点呼が終わると同時にパンを、スープを口の中へ押し込む。朝食の時間も厳しく定められているからだ。なるべく食休みをとる為にほとんど無駄口を叩く者は居ない。


「基礎訓練ばっかりだったからなー。楽だといいなー」


 そんなシルキスの淡い期待は開始10分程で打ち砕かれた。上官の号令に合わせて目まぐるしく隊列を変えなくてはならず、少しでもズレたり遅れたりしようものなら容赦ない叱責と木刀が飛んでくる。


「学園出身の候補生は生ぬるくてイカン! 兵士やワーカントからの転向組は飢えた獣の様だぞ! 貴様らも見習うといい!」


 学園以外の候補生は全体から見れば1割にも満たないが、兵士やワーカントとして相応の功績をあげているのが条件な為、優秀な人材が多い。幼いころから騎士になる為の訓練を受けてきた僕達と肩を並べるどころか、既に実戦経験が豊富なので並みの体力や精神力ではない。


「いやぁ、つくづく上には上が居て困るな」


 午前の訓練を終えた僕は、当初の目的である騎士としての成り上がりを思い出して絶望した。剣術ではそれなりに上位につけているものの、上位陣にはぶ厚い壁がある。アレンは既にそこに食い込もうとしている。僕も負けていられない。だというのに昼食を進める手は遅い。


「配属まで後三カ月か……」


 今年、学園の騎士コースから実際に騎士団に入団したのは、9割程の450人。残りは怪我や病気、限界を感じた、なんかの様々な理由で一般社会へ帰って行った。けど、兵士やワーカントからの転向組を合わせると結局1学年分ぐらいにはなる。剣士と魔法剣士はバランスも鑑みて隊に割り当てられるのでもしかしたらサラやマリュウと組むことも有るかも知れないな。


 などと考え事をしている間に昼食の時間が終わった。少し休憩をはさんでまた訓練だ。そろそろ中だるみが出始めるころ。気合を入れなおして、僕は午後の訓練に臨んだ。

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