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第17話 卒業

「――諸君は、今日この日を以ってグランバート皇立学園を卒業し、ある者は騎士団として、ある者は魔導士としてまたある者は己の才能を生かした職に就き、帝国の繁栄と発展の礎となるのである」


 10年暮らした学園生活でも学園長の姿を見た回数はこういった畏まった場を除くと両手両足でほぼ事足りる。そして、このような場で学園長から発される言葉は毎年一言一句代わり映えしない形式的な挨拶のみなので、僕らが見ているものは投影魔法だという説さえある。


「君達が体験したこの学園での10年は帝国内でも随一の得難いものであることを認識し――」


 立ったまま寝る事を会得した生徒にとってはしばしのボーナスタイムと認識されている。例えば足を固着する魔法を悪用、いや利用して。四代元素を十分に扱えるようになった魔導士の中にはそういう応用魔法も駆使している者もいる。僕の右斜め前の女生徒なんかもそうだ。


「無論、騎士や魔導士としての任務には危険を伴い、また生命を脅かされる事態も想定されるだろう」


 上級(ウェルダ)に上がる頃、卒業まで伸ばすと言った赤茶色の髪は三度の熱期を経て、肩の下程までには伸びた。先端を赤いリボンでまとめ、直立不動で話を聞いている(振りをしている)のは、僕の幼馴染、エマだ。


「諸君が誇りをかけてその使命を全うし、願わくばその魂に恥じぬ生き方を選択することを心より祈るものである」


 僕は、魔法なんか使わなくても寝る事が出来るが今日は不思議と気分が高揚して起きていることができた。まあ、卒業式に気分の高揚も何もあったものじゃないけど。いつもの通りなら学園長の話もそろそろというところでエマが目を覚ます。正確に同じ文章を繰り返す学園長かそれに合わせて目を覚ますエマか。どちらを褒めるべきなのだろう。


「さて、騎士団と魔導士といえば今後、禁域への進出が期待されているわけであるが」


 予定にない学園長の挨拶に僕は少し戸惑う。現皇帝の禁域進出は三年の時を経てさらに現実味を帯びてきた。出来れば僕の卒業までに突撃して成功なり失敗なりしてくれると助かったのだが。現皇帝、覇権主義のトップにしては珍しく堅実と言うか慎重派で、大陸の平定と兵力の拡充を待ってから禁域へ進出するというのが、大方の見込みだ。


「諸君においては、一層の精進と研鑽を以って禁域の制覇を成し遂げていただきたい。学園長として卒業生諸君らへの祝辞は以上である」


 教師、生徒からの万雷の拍手を以って見送られた学園長はいささか満足気な表情に見えた。大半は、やっと終わったか! という意味が込められている事に本人は永久に気が付かないだろう。


「禁域関連の分だけ予定より長くなったな」


 僕はエマに後ろからヒソヒソと話しかけた。


「ふぇっ!?」


 どうやらこの短い間隔で二度寝に入っていたようだ。その胆力に恐れ入る。周囲の目を僅かばかり集めてしまった。


「の、ノエルか……。今日はやたら長かったわね。学園長」


 卒業課題の類を二年目の熱期には終わらせていたエマは最近、研究室にこもる事が多くなっていた。連日、魔法術式の構築や怪しげな魔具の開発に没頭している。例の魔石から作ったお守りは改良を加えて騎士団や魔導師の装備に導入が決まった。そんなエマさんは魔導師候補としては主席での卒業だ。この後、卒業生代表として答辞も控えている。


「もうすぐエマの出番だよ」

「よし、じゃあちょっと行ってくる」


 エマは僕に一言かけると列を抜け出し、舞台袖に消えて行った。そのすぐ後、堂々と登場した姿から、魔法を駆使して居眠りをしていた彼女の振る舞いを想像するのは難しい。


 そして、その後も卒業式は滞りなく進行し、在校生による火魔法の花火が昼の空を彩って、僕達のグランバート皇立学園の卒業の儀は無事終了した。


「ずっと寝てたね。研究が上手くいってないとか?」

「いいえ、むしろ絶好調。結局ノエルからもらった青国石は卒業までに使い切っちゃった。一個だけ残して」


 その一個は小指ほどの大きさのものが滴型に加工されてエマの胸元を飾っていた。曰く、大事な幼馴染からの贈り物だから一個くらいは手元に残しときたい、との事。つまり、今現在、僕は幼馴染と言う関係から脱却できていない。


「今日も式が終わったら研究?」

「ううん、今日はさすがにお休み。後で部屋の片付け手伝って」

「高いよ?」

「うーん、じゃあ騎士団に入団される、ノエル=フォルティス君が困った時に一度だけこの大魔導師候補のエマ=ハーヴェストが知恵を貸してあげましょう」


 知恵を貸すというのが引っかかるところだが、実際魔法に関してはまだ不得手だしこの先、頼る事は有るかも知れない。本人は冗談めかして言っているが大魔導師の称号もあながち絵空事とは言えない。


「では、謹んでお受けいたします。未来の大魔導師殿」

「それだと、私の働きの方が高そうね。やっぱり金銭は要求しようかしら」

「……僕が手伝う話だったよね?」

「冗談よ。さ、式も終わったことだし。これで私達も晴れて騎士、魔導師ね!」


 エマは卒業式でもらったメダルを見せて少し嬉しそうに跳ねた。8歳で入学してからここまで10年かかった。後は騎士として手柄を立てて、そして……。


「どうしたの? やっと騎士になれたのに。嬉しくないの?」

「ん、いや。何でもない」


 僕はまだエマの隣に立つほどの実力をつけてはいない。せめて、胸を張って自慢できるほどの手柄が欲しい。僕がなりたいのは君の騎士だ、なんてクサすぎてとてもじゃないが言えない。


「休暇が取れたらどこかに遊びに行こう、その時に近況報告も」

「始まる前から休暇の事なんて、ノエルらしいというか」


「手紙も書くよ」

「じゃあ、便箋は多めに買っておかないと」


「じゃ、また後で」

「ええ、力仕事に期待してるわ」


 それまで、僕のエマへの思いは封印。とにかく精進あるのみ。いつかは騎士団の団長にだってなってやる。見てろよ。


 そして、僕とエマはそれぞれの道で研鑽を積むことになった。

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